第1章 第1話 『さようなら現実世界』
第1章 第1話 『さようなら現実世界』
西暦2021年2月9日13時30分
神奈川県川崎市川崎駅東口
「ふぅぅぅ〜〜〜風つよ‼︎昼間でも寒いんだな〜外。」
昨日交わした約束通り、本郷瑞樹は昴駿太郎の話したいこととやらを聞くため集合場所の川崎駅に到着していた。天気は曇りひとつない快晴だったが、寒空のせいか気持ち的にはそこまで晴れ晴れとは感じられなかった。
「おう‼︎瑞樹〜‼︎よく来てくれた‼︎」
「おう‼︎さっさと用件済ませて帰ろうや。」
「会ったばかりでもう帰る話かよ‼︎」
瑞樹は現在外の気温の寒さに完全敗北しており、そっけない会話しかできなくなっていた。
「外出たの何日ぶり⁇」
「一応毎日出てるよ。ただ、太陽を見たのは久しぶりかもしれん。」
「なるほど、やっぱお前すごいな。」
肩を震わせながら話をする瑞樹を見て、駿太郎も少し察したようにこう提案する。
「まぁどっか店入ろうか。話はそこでしようぜ。昼はもうなんか食った⁇」
「食べてから来るつもりだったけど、寝坊したから何も食べてない。でも本当は会食が1番危険だからちゃんと食べてくるべきではあった。」
「じゃあすぐ食べ終えてその後マスクして話そう。う〜ん。とするとモックでいいんじゃね⁇」
「………モックか〜。」
モックバーガー。おそらくこの世界で最も代表的なファストフード店の一つだろう。短時間で食べ終えることができ、その後も席で長時間居座ることができる。まさに今の条件にぴったりだが、瑞樹にはそれとは関係なく少し特殊な理由でこの提案に賛同しかねていた。
「よし‼︎モックにしよう。じゃあ西口に行くぞ。」
「いや、そこにもあんじゃん。モック。」
「………。」
モックバーガー川崎駅東口店
「いらっしゃいませ‼︎ご注文をどうぞ〜…ってもしかして昴くん⁇」
「ん⁇もしかして豊坂さん⁇」
瑞樹がこの店に来たがらなかったのはこのためである。豊坂雅美、20歳。瑞樹と駿太郎と同様の高校に通っていた同級生である。しかもそれだけではない。親同士に2人が産まれる前から交友関係があったようで、瑞樹と雅美は幼稚園からずっと共に成長してきたいわゆる幼馴染というやつである。
「すぐ気づかなかったわ〜。なんか凄い大人になった感じするね。」
「え⁉︎そうかな〜。多分マスクしてるからだよ〜。」
流石は見た目はイケメン。中身もイケメンな駿太郎だよ。そういう台詞を簡単に言えちゃうんだからな。そこに痺れる。憧れるぅ‼︎
脳内でそんなことを呟いていた瑞樹だったが、
「…瑞樹も一緒だったんだ。」
「…あ、うん。なんか駿太郎に誘われて。」
「…そうなんだ。」
「お前がなんか渋ってたのは豊坂がここでバイトしてるからだったのか。」
注文を終えた瑞樹と駿太郎は8番と書かれたプラカードをテーブルに置き、商品が来るのを待っていた。
「いや、まぁ知り合いが客として来ても迷惑かなって。」
「そんなことないだろ。にしても豊坂もこの辺に住んでたんだな。大学はどこなんだっけ⁇」
「確か女子大だった気がする。俺も知らないよ。」
「本当か〜〜〜⁇卒業後も何度かあってんじゃないの⁇俺とは違ってお前にはすぐ気づいたみたいだしな。」
「………。」
「…ついに付き合ったとか⁇」
「付き合うわけないだろ。あいつは俺のこと多分弟とかそんなふうにしか思ってないよ。俺が基本情けない奴だから。」
「ふ〜ん。幼馴染なんてそんなもんなのかね。」
駿太郎からのしつこい質問攻めに不愉快さを瑞樹は感じていた。幼馴染だというのは周りからしたらそれなりに面白い関係なのだろう。豊坂関連でいじられることは昔からよくあった。まったく本人の気も知らずに。
そうこう話していると雅美が商品を届けに来た。モックバーガーは商品が出来上がるこの速さも大きな売りの一つである。
「お待たせしました。チーズバーガーセットとチキンバーガーセットね。」
「ありがとう豊坂さん‼︎ところで瑞樹はよくこの店に来るの⁇」
「………‼︎うん‼︎よく来てくれ……、」
「モックバーガー好きだからね。新発売の商品が出たら行くようにしてる。」
少し食い気味に瑞樹が口を挟んだ。
「………はは。、そうらしい。」
「…なるほどね。まぁ豊坂さんありがとう。頂くよ。」
「うん…。ごゆっくり。」
そうして雅美は一階のレジへと帰っていった。少し悲しげな表情をしたまま。
「お前が来てくれること喜んでたポイけどな。なんでそんな冷たい感じなんだ⁇」
「別に冷たくなんかないよ。お前もそのギャルゲー特有の主人公のそばにいがちなチャラめの親友みたいスタンスはもういいよ。」
「いや、知らね〜よ‼︎ギャルゲーやったことないから‼︎あるあるなの⁉︎それ‼︎」
「いいから食事は無言でさっさと済ませるぞ。」
「そだな。なんかこの話は瑞樹には地雷らしいし。これ以上はやめとくよ。」
そうしてお互い無言でバーガーにかじりつき、モックバーガーの変わらない美味しさを静かに噛み締めた。
「では本題に入る。まずはこちらのデータを見てくれ。」
そう言って駿太郎は鞄からノートパソコンを取り出し何名かの名前と年齢、大まかな住所などが示された表を見せてきた。1番上から2人は昨日話した行方不明者2名のものであることが分かったが、その下から書かれている何名かの人物たちについては特に思い当たることがない。いや、この表にまとめられているということは、
「もしかしてこれ全部行方不明者なのか⁇2、30人はいるぞ。」
「ああ。全部で34人だ。しかも昨年の11月後半から2月の間でこの数だ。これはかなり異常だよ。それに実際にはもっと多くいるかもしれないし、この国だけじゃなく世界中で起きていることかもしれない。」
「こんな大人数が行方不明になってんのにどうしてニュースになってないのよ。」
「それは政府と警察がメディアに報道することを許可してないからだ。今流行り病で世間は大混乱中だし、そこにさらに恐怖感を増やすような事件の情報を公開するのは賢明じゃないって判断らしい。」
「なるほど。で、お前はなんでそんなデータ持ってんの…⁇」
「俺の父さんが警視庁刑事部の捜査第一課に勤めてるって話はしたよな。それでこっそり父さんのパソコンを覗いちゃったんだよ。パスワードも解いちゃったし。」
それは駿太郎が凄いのか。それとも駿太郎の父親の管理が甘かったのかどっちなんだろう。駿太郎の父親が警視庁で働いているというのを聞いたのは確かごく最近のことだっただろうか。高校の頃は公務員ということしか聞いたことがなかったため、初めて知った時はその衝撃を隠せなかった。公務員という職業の幅広さに改めて驚かされた出来事である。
「ってか盗み見たって普通にやばいなおい‼︎下手したら捕まるよ⁉︎」
「大丈夫。お前にしか言ってないしこれ以上他のやつに言う気もない。まぁそんなにビビるな。ネットやSNSなんかでもその行方不明者の知り合いが普通にこの事件について騒いでたりしてるよ。だから世間にこの事件が漏れる日もそう遠くないと思う。」
ここでまた駿太郎がヒートアップし始めたが、瑞樹も薄々こうなるだろうなとある程度予想していた。
「だがしかし‼︎俺はこの事件を自分の力で解明したい‼︎瑞樹お前も力を貸してくれ‼︎」
「じゃあ本屋寄って帰るわ。またね。」
「なんかもう帰ろうとしてるですけど‼︎」
「にしてもニートや引きこもりが消えてるってのはなんなんだろうな。」
瑞樹と駿太郎の2人は早くも帰路に着いていた。モックで例の事件について聞いたあの後、すぐさま本屋に向かった瑞樹は後ろからついて来た駿太郎と一緒にしばらく店内を物色し、いくつかの漫画とラノベの新刊を購入していた。なんなら瑞樹にとってはこちらが今日のメインだったと言っても過言ではない。
「お前も若干引きこもりみたいなもんだろ⁇なんか心当たりないか⁇」
「普通にそれ悪口だよね。」
「ソードナイトオンラインみたいにゲームの世界に入っちゃったとか⁇」
「それなら体は残ってるだろ。やっぱり異世界に転移したんじゃね⁇そういう作品ごまんとあるんだし1人くらいちゃんと実体験のあるやつがいても不思議じゃない。」
「そんなバカな〜。ははは。」
「今頃異世界でチート能力を駆使して第二の人生を無双謳歌してるよ。」
「おい‼︎テキトーすぎるぞさっきから‼︎」
正直瑞樹はここ最近の生活にかなりストレスや疲労を感じていた。きちんとした会話をする気力も今はないほどである。
「………。いや〜…最近さ。自粛自粛って毎日退屈じゃん。お前の言う通り引きこもりみたいな生活しててさ。」
瑞樹本人にも自覚はあった。こんなつまらない生活を送り続けて本当に良いのだろうか。自分はこの世で何かを成し遂げることもなく、なんの功績も残さずそのまま一生を終えるのではなかろうか。冴えない人生を過ごし、冴えない死に方であっさりと誰の記憶からも消えるんじゃないだろうか。
本当に俺は、本郷瑞樹はこの世に生まれて来て意味があったのだろうか。
そんなことすら考えるようになり寝る前に虚しさで押しつぶされそうになることも珍しくなかった。
「このつまらない生活をニートの人や引きこもりの人は前から感じてたんだろうなぁと思うと、異世界に夢見るのも理解できるような気がするよ。俺も将来のこと考えると怖くなったりするんだよね。自分もそうなるんじゃないかとか、一生変わんないままなんじゃないかとか。」
「…でもそれって結局逃げてるだけじゃね〜の⁇」
その通りだ。失敗するのが怖くて、傷付くのが怖くて、安全な殻の中で自分を慰めているだけだ。変わろうとしなければ何も変わらない。
「彼女作ったら⁇少しは楽しくなるぞ。」
「そうかもね。でもさ…出会いや身だしなみに金をかけず、ただの一枚のイラストを手に入れるためにソシャゲに課金する。結局俺ってそういう人間で、もう手遅れなんだよ。」
「そっか〜。まぁそれならそのままでいいんじゃね⁇」
「うん…。え⁇」
唐突に肯定され、少し驚いてしまった。
「なんで俺が卒業してもお前とこうして会ってるか知ってる⁇」
確かにこれは瑞樹にとっても謎の一つであった。駿太郎は瑞樹とは違い、他にもたくさんの友達がいることだろう。それにも関わらず自分のような陰キャラと今でも仲良くしてくれている。
「それはお前といると楽しいからよ‼︎面白いしな‼︎気が向いた時にちょっとでも本気出してみろよ‼︎世界広がると思うぜ‼︎」
「…そうか。ありがとう。ちょっと頑張ってみるわ。」
「おう‼︎俺はいつでも相談に乗る‼︎」
この駿太郎の言葉は瑞樹の心に深く刺さった。それと同時にこのような友人が自分にいてくれて良かったと、そしてこの言葉を忘れないようにしようと心にしまった。
「おっ‼︎SNSで動きがあったぞ瑞樹‼︎俺たちの母校、川崎南高校で6月から不登校だったやつが今行方不明らしい‼︎」
「遂に身近な場所でも発生したな。」
「もしかしたら俺たちの知り合いかも‼︎」
「…いうて今の3年生の何人かとしか接点ないだろ俺たち。サッカー部の後輩とかその辺。」
「まぁいいや‼︎どのみち誰かわかってからのお楽しみだな‼︎よし‼︎次会う時は南高校行って調査しようぜ‼︎」
「はいはい。わかったよ。」
こうして瑞樹は次に会う約束を交わし、駿太郎と別れた。振り返って今日はなんだかんだ悪くない一日だったなと感じながら。
「豊坂に強く当たりすぎたな。あとで謝っとくか。」
時折独り言を呟き、歩いて帰路についていた瑞樹。駿太郎と別れて20分ほどで自宅の一戸建て住宅まで到着していた。
「少しは他人と話す機会増やすか〜。まぁ昔からムードメーカー的なポジションではあったけどな。いや、どっちかというといじられ役か。」
門の鍵を解除し、階段を3段上がった後、玄関の鍵も開け家に入った。
「ってかそもそも大学入ってから全然他人と関わってないんだよな…。このまま異世界に転移してもコミュ障で何もできなさそう。」
自室は2階にあるため、そのまま階段に直行し登っていった。良い子のみんなはきちんと帰ったらすぐ手洗いうがいをしよう。
「でも環境が変わったら何か変われるかもしれない‼︎まぁそんな虫のいい話はないか。異世界行ったら行ったで別の問題に直面しそうだし。」
そしてようやく自分の部屋の前に到着した。
「でも………。」
『お試しでいいから俺も一度異世界に行ってみたいな。』
軽い気持ちでそんなことを呟いた瑞樹だったが次の瞬間、
キーーーーーーーーーーーーーーー。
眩い光ととてつもない高音が瑞樹の目と耳に突如として襲いかかってきた。
「なんだこれ⁉︎何も聞こえない‼︎何も見えない‼︎」
そして畳み掛けるように、今度は謎の浮遊感を感じ、一瞬の内にどこかに吸い込まれていくような衝撃が身体全身を襲った。
「あがっ‼︎助け………‼︎‼︎‼︎」
最終的に瑞樹の身体が部屋の前から綺麗さっぱりと姿を消していた。そしてそこに残されていたのは、地面に無造作に投げ捨てられた漫画とラノベの入ったビニール袋、ただそれだけであった。