59話 大聖堂
ルークを討伐したあと。
「…………」
聖剣の光が収まってからも、俺はしばらく無言で立ち尽くしていた。
頭上には、新たな対魔物結界が張られている。
この町に残っていたグールたちは、この結界によって消滅しただろう。
だけど、気分が晴れることはない。
『ねぇ、今どんな気持ちなのかしら?』
フィーコがからかうように尋ねてくる。
『同じ人間に裏切られて、魔物になって襲われて、それを自分の手で殺すことになって。悔しいのかしら? 悲しいのかしら? みっともなく声を上げて泣きたいのかしら?』
「…………その全てだ」
聖剣を握る手にぎりっと力を込める。
ルークとは外の世界について話し合った。
もしかしたら、救うこともできたかもしれない。
もしかしたら、一緒に冒険する仲間にだってなれたのかもしれない。
『まったく……あなたは人間に甘すぎるわね。この程度の悲劇は、この世界のどこにでも転がってるでしょう?』
「ああ、その通りだ」
この世は食うか食われるかだ。
正しさも、優しさも、美しさも、踏みにじられるのは当然だ。
「だから、俺は――この世界を赦さない」
俺は魔剣を地面から引き抜き、大聖堂へと歩みを進める。
左手には漆黒の魔剣。右手には純白の聖剣。
もはや、俺の道をさえぎるものはない。
全ての元凶であるセラフィムはこの先にいる。
だが――。
「……っ……っ」
一歩が……重い。
黒々とした底なし沼の中で、もがき進んでいるかのようだ。
本能が逃げろと訴えかける。全身が前に進むことを拒否する。
それでも、進む――進み続ける。
そして、大聖堂の扉の前にたどり着いた。
「……………………」
扉の前に立った瞬間――理解する。
この先に、セラフィムがいることを。
扉越しでも理解させられる。
……こんなの、勝てる相手じゃない。
戦うべき相手じゃない。この先に進んではいけない。
肉体が、魂が、本能が、理性が、知識が、経験が、計算が……。
――“止まれ”と警告する。
「……っ……はっ……はッ」
進むな、止まれ、行くな、負ける、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ――――。
心臓が暴れる。汗がどくどくと流れ落ちる。呼吸ができない。吐瀉物が喉元までせり上がる。耳鳴りがする。目眩がする。
心がくじけそうになる。あきらめたくなる。止まりたくなる。
それでも――。
――人間を、魔物たちから救ってください。
約束を、思い出す。
「……フィーコ」
『なにかしら? もしかして、ここまで来て怖気づいた?』
「……勝つぞ」
『勝算はあるの?』
「ない。だが、勝つと決めた」
『へぇ……? それは楽しみね』
フィーコが愉快そうに笑うと、俺の体へと飛び込んだ。
『いい? わたしはまだ、あなたで遊び飽きていないの。あなたを壊していいのはわたしだけ。セラフィムごときに勝手に壊されたら――食い殺すわよ?』
「安心しろ。俺には世界一やっかいな敵どもが憑いてるからな」
俺ではセラフィムには絶対に勝てない。
だが、俺は1人じゃない。
だから、もう迷わない。止まらない。
「――俺たちで勝つぞ」
俺は両手の剣を振り抜いた。
目の前にある大聖堂の扉を――斬り開く。
ずしん……と埃を立てて倒れる重厚な扉。
その先に、大聖堂の厳かな広間が現れた。
大聖堂の中に灯りはなかった。
宙に舞っている純白の羽根たちが、ぽつぽつと光を発して内部を照らしている。
「…………」
俺はゆっくりと大聖堂の中に、足を踏み入れた。
正面から堂々と、両手に抜身の剣をたずさえて。
祭壇まで一直線に敷かれた赤絨毯の上を、進んでいく。
その赤絨毯の道の先――。
薔薇窓からの月光に照らされた壮麗な祭壇。
そこに、純白の天使がいた。
この世のものとは思えない神々しい姿。
天使の最高位を表す6枚の翼。
そして、その頭上に輝いているのは――レベル75を示す光の輪。
間違えたくても、間違えようがない。
――死天使セラフィム。
この地獄の夜の元凶が、そこにいた。
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