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この世界で俺だけが【レベルアップ】を知っている(Web版)  作者: 坂木持丸
第10章 結界都市シーリア

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55話 平和の終わり


 大聖堂から脱した俺たちは、夜の結界都市を足早に歩いていた。

 月灯りに照らされた町には、いまだに勇者祭の仮装している人々が多く出歩いている。


 いや、むしろこういう祭りは、夜中ほど盛り上がるものなのだろう。

 町中のランタンや篝火が灯され、あちらこちらから笛や太鼓の音楽が聞こえてくる。


「……とりあえず、不審がられてる様子はないな」


「……なめるなです。ボクの擬態が、人間ごときにバレるわけないのです」


 結界騎士の服装に化けたミミスケが、ふふんっと鼻を鳴らす。

 まあ、得意になるだけのことはある擬態能力だ。

 他に騎士たちの姿もないあたり、ミミスケの能力で作った死体が偽物だとバレた様子もない。


『とりあえず、何事もなく街から出られそうね』


「“何事もない”……とても心に染み入る言葉なのです。ぜひ、今月のスローガンにしましょう」


「いや、最後まで油断はするなよ。俺たちは目立つんだからな――」


『はっ! これなら、1匹ぐらい人間をテイクアウトしてもバレないんじゃないかしら?』


「俺の話聞いてたか?」


『そういえば、この町を出てからどうするの?』


「ひとまずはレベル上げをしないとな」


『ま、いきなり七公爵が派遣されてきたってことは、テオのことをかなり警戒してるってことでしょうしね』


「この辺りにはサイクロプスみたいな追っ手が放たれてるらしいし、まずはそいつらを片っ端から倒すとするか」


 サイクロプスのことを思い出す。

 レベル60台の追っ手は強力だが、こちらのほうがレベルは上だ。

 逆にそれぐらいのレベルの敵が相手でなければ、レベル上げがしづらい。


『どのみち、今までまっすぐ進みすぎて居場所がバレてきてるものね。いったん迂回するのも悪くはないと思うわ』


「……性には合わないけどな」

 

 そんな話をしながら、市門前の広場までたどり着いた。

 浮かれている人たちの頭上に、そびえ立つ市壁が見える。

 その先にあるのは、都市をすっぽりと覆っている結界の障壁だ。


『ふっ、勝ったわね。ここまで来たら脱出したも同然よ』


「えへへ……ボク、この町から出たらいっぱい寝るのです」


「不吉なフラグを立てるな」


 とはいえ、ここまで来れば脱出はできるだろう。

 あとはどうやって壁を超えるかだ。


 まだ周囲には人の目が多い。

 今ここでよじ登れば、さすがに目立ってしまう。

 それはできれば避けたいが……。

 などと考えていると。



「なぁ……なんか、いつもより“救済”が遅くないか?」「結界騎士の人たちが全然見えないけど……」「いつまで魔物の仮装をしてればいいんだ?」



「……ん?」


 不安そうな人々の声が聞こえてくる。


「……なにかトラブルか?」


『ま、注意がそれてるならチャンスじゃない』


「それはそうだが……」


 と、俺が言ったときだった。

 ――みし、みしみし……と。

 ふいに小さな崩壊の音が、頭上から聞こえてきた。


「……ん?」


 音のしたほうを見上げて気づく。

 この都市を覆っているドーム状の結界に――黒い亀裂が走っていた。


「な……!?」


 みし……みし、みし、みしみしみしみし……!

 音はだんだんと激しさを増していき、そして――。


 ――ぱりんッ! と。


 都市を覆っていた結界が、砕け散った。

 粉々になった結界が、ガラスの雨のように月光に瞬きながら町へと降り注ぐ。


「…………え?」


 誰もが唖然として、その光景を見上げていた。

 この都市を長年、魔物から守っていた結界が――消滅したのだ。


『ん……? 鬱陶しい結界が消えたわね』


「……あっ、体が軽くなったのです」


 と、うれしそうな声を出すのは、魔物2匹だけ。

 他の人間たちは戸惑うようにどよめきだす。


「結界が壊れた……?」「なにがあったんだ?」「これ、もしかしてまずいんじゃないか?」「い、いやいや。どうせ、すぐに結界騎士たちが戻してくれるさ」


 まだ楽観的な市民たち。

 平和ボケしているおかげか大きなパニックは起きていない。

 おそらくは――()()にも気づいていないのだろう。


「……っ! なんだ、あれ……」


 先ほどまでいた大聖堂のほうから、強大な魔物の気配がした。

 いや、気配なんて生やさしいものではない。


 これは――“力”だ。

 隠しようもないほどの膨大な力が、圧となって遠くにいる俺たちにまで襲いかかってくる。


「……セラフィム、か? さっきまで、こんな気配はなかったが……」


『たぶん結界を利用したのね。あえて結界の中心部にいることで、自分の力を薄めていたのよ。あなたから隠れるために……』


「俺が死んだと思ったから、もう隠れる必要はないってことか?」


 一応、納得はできる。


「と、とにかく、愚かな人間どもが混乱してる隙に逃げましょう……! あれは、ちょーやばいやつです……!」


「ああ……そうだな」


 足早に広場を通り抜けようとする。

 セラフィムのところに引き返したところで、なにができるわけでもない。この町を戦場にしてしまうだけだ。


 しかし、なぜだろうか……。

 ここまできて嫌な予感が、俺の足を止める。

 そして、その予感は――当たってしまった。


「あっ、結界騎士たちが来たぞ!」


 その声に振り返ると、大聖堂のほうからやって来る結界騎士たち。

 市民たちがその姿を見て、安心したように笑いだすが。


 しかし……様子がおかしい。

 なぜだか、人間味のようなものが感じられなかった。

 その雰囲気はどちらかというと――。


「おい、結界騎士さん! いったい、どうなってるんだ?」


 と、そこで。

 不機嫌そうな男が騎士たちにつめ寄った。

 騎士たちはうつろな目で、男をじっと見つめると。


 にぃぃぃ……と頬が裂けんばかりに、笑う。

 その口内に白く光るのは――牙。



「――ッ! 逃げろッ!」



「んぁ? お前さん、なに言って……?」


 俺がとっさに駆け寄るも……間に合わなかった。

 騎士たちが男に飛びかかり、牙を突き立てる。


 ぶしゅぅう――ッ! と。

 冗談みたいに盛大に血飛沫が上がり、男がその場に崩れ落ちた。



「………………は?」



 市民たちは、なにが起こったか理解できていないのだろう。

 誰もが固まって、倒れたまま痙攣している男を眺めていた。


「な、なにこれ……?」「どうなってるんだ……?」「パフォーマンス?」「血……血が出てないか?」


 そんな市民たちの視線の先で。

 やがて、男は何事もなかったかのように、ゆらりと起き上がった。


「あ……無事だったんだな」「なんだ、驚かせやがって」


 そう、人々がほっとしたのもつかの間。



「ぅ、ゔぁぇッアァ――ァァッッ!!」



 立ち上がった男が、白目を剥きながら獣のように咆哮した。

 あきらかに異常な様子だった。


 闇夜のように黒く染まった肌。

 紅くぎらついている瞳。唇からはみ出た牙。

 そして、その額には――レベル5の刻印。


『――食屍鬼グールね』


「……ああ」


 噛んだ人間をグールに変えることができる魔物だ。

 グールとなった結界騎士たちは、市民たちに視線を向け――舌なめずりをした。

 そして――。


 ぞろぞろと、ぞろぞろと、ぞろぞろと……。


 紅い目玉を“食欲”に光らせながら、グールの大群がにじり寄る。

 人々はいまだに呆然と固まっていたが。


「…………魔物だ」


 やがて、ぽつりと誰かが声を震わせた。



「魔物が……魔物が出たぞぉぉお――ッ!?」



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