53話 脱出
結界騎士たちがぞろぞろと脱走者の部屋へと突入する中――。
1人の騎士がそそくさと集団から離れ、廊下を曲がってきた。
影に沈んだような人気のない薄暗い廊下。
その先に――剣を振りかぶった俺が待ち受けていた。
「…………え?」
――がんッ! と。
やって来た騎士の頭を、剣の腹で殴り飛ばす。
騎士は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ち、そして――。
「な、なななぁ……なにするのですか、人間!」
ぽんっ! と騎士がミミスケの姿に変化した。
どうやら、ダメージで擬態が解けたらしい。
「お、おのれぇ……人間めぇ……」
ミミスケはぷんぷんと怒るが、小動物的で怖くはない。
『落ち着きなさい、ただのミミスケチェックよ』
「お前の擬態は見分けつかないからな。チェックするには、こうするのが手っ取り早い」
これなら、本物の騎士だったとしても目撃者を気絶させられるし。
「とりあえず、その様子だと潜入バレはしなかったみたいだな」
「ふっ……擬態界のレジェンドたるこのボクがバレる? ないですないです。ボクの辞書に“バレ”の2文字はないのです」
「得意分野の話だと饒舌になるんだな、お前」
そんなドヤ顔ミミスケは、さておき。
ミミスケにはその高い擬態能力を使って、ちょっとしたスパイ活動をしてもらっていた。
ここからどう動くにしても、どんな魔物がこの都市の裏にいるのかは知っておきたかった。
「で、どうだった? なにか情報は手に入ったか?」
「もちろん、手に入りましたが……」
ミミスケがなにかを思い出したように、がたがたと震えだす。
「……や、ややや……やややや……!」
「や?」『や?』
「やばいです……! な、なんかやばいのがいました……!」
ミミスケが半泣きの顔でフィーコにすがりついた。
もちろん、すかっと空を切る。
「も、もうやだ、おうち帰りたい……ぐす……」
「いや、やばいのってなんだよ。もっと具体的に説明しろ」
「えっと、えっと……ちょーやばいのです!」
「お前の語彙力に期待した俺を殴りたい」
「だ、だってだって……やばいぐらいやばかったのです! あっ……見た目はこんな感じなのです」
言葉による説明を早々にあきらめ、ぽんっと擬態する。
その姿は――。
「……天使?」
そうとしか言いようのない見た目だ。
純白の衣に、純白の6枚の翼。
6翼といえば、最上位クラスの天使だろう。
『…………死天使セラフィム』
フィーコが呆然としたように呟いた。
『なんで……こんなとこに、あいつがいるのよ』
「知ってるのか? ミミスケの命が惜しければ、情報を吐け」
とりあえず、ミミスケを人質にして情報を引き出そうとするが。
『……それは後よ』
フィーコがいつになくシリアスな声を出す。
『テオ、すぐにこの町から――いえ、この“地方”から離れるわよ』
「そ、そうですね、フィフィさま! “この身を大事に”の精神でいきましょう」
「お前がそこまで言うってことは、そんなにやばいやつなのか?」
『セラフィムは七公爵の1柱――そう言えば充分でしょう?』
「……っ!」
言われてみて、気づく。
天使の頭上の光の輪――それがレベル刻印になっていることに。
その刻印が示しているレベルは、“75”。
『少なくとも、今のあなたには絶対に勝てないわ』
「……だろうな」
文字通り、レベルが違う。
完全体の不死鳥と同格の相手……それも、レベル65のミミスケが見ただけで恐れをなして逃げたがるほどの相手なのだ。
『とにかく、情報なら後で話すわ。今は一刻も早くここから離れるわよ。セラフィムに見つかったら面倒なことになるわ』
「……そうだな」
フィーコにふざけている様子はない。
ここで戦うべきではないだろう。
むやみやたらに人間を虐殺するような魔物ではなさそうだし、ここで俺が戦ったほうがこの町に被害が出かねない。
冒険をすべきタイミングは見極めなければならない。
「それじゃあ――えいっ!」
と、ミミスケがしゅるしゅるとスライム状になって俺にまとわりつき、結界騎士の服になる。
ミミスケの能力さえあれば、変装も一瞬だ。
やはり、利害が一致したときのミミスケの便利さは心強い。
『――それじゃ、わたしも合体!』
さらに、一番目立っていたフィーコも俺に憑依する。
これで傍から見ていたら、ただの1人の結界騎士にしか見えないだろう。
本物の騎士やセラフィムは“脱走者”に注意を向けてるだろうし、町から出るには今がまたとないチャンスだ。
「それじゃあ、ここから出るとするか」
俺がそう言って、大聖堂の出口へと足を向けた――。
そのとき、だった。
「……? なんだ?」
突然、大聖堂の鐘が高らかに鳴り響いた。
その音に反応したように、大聖堂のあちらこちらから、結界騎士たちが現れる。
「げ……」
どうやら招集の鐘かなにからしい。タイミングが最悪だ。
俺はとっさに物陰に身を潜ませるが……。
「――なにをしてるんだ?」
と、不審げに声をかけられた。
聞き覚えのある声だ。俺が目だけで後ろを見ると、こちらに近づいてきているのは――結界騎士団長のルークだった。
(……よりにもよって)
今、一番会いたくないやつに見つかるとは。
一番顔を突き合わせて、一番会話をした相手だ。
俺がここにいることがバレたら、セラフィムにもバレる。
気絶させて逃げたところで、騎士団長の不在なんてすぐに気づかれるだろう。
「緊急招集の鐘が鳴ってるだろ? 早く礼拝堂に向かうんだ。遅刻したらセラフィム様に殺されるぞ」
「い、いや……ちょっと気分が悪くて」
俺はとっさに顔をうつむかせ、その場に軽く嘔吐した。
いつでもどこでも嘔吐する技術は、冒険者としての必須スキルだ。
「……大丈夫か?」
ルークが心配そうに声をかけてくるが。
「ああ、大丈夫だ。吐いたら少しすっきりしてきた」
「それならいいけど……」
敬語じゃないせいで不自然かもしれないが、まだ気づかれた様子はない。
日も暮れ始めて辺りは暗くなっているし、兜もしているのだ。顔は判別できないだろう。
「……すまない」
と、ふいに背後でルークが呟いた。
なんの謝罪かわからず、返事につまる。
「僕が弱いばかりに、君たちにはつらい思いをさせてしまった。セラフィム様に従うことにしたのは、全て僕の判断だ……僕の罪だ。僕のことを恨んでくれてもいい。贖罪はいずれ必ずする。でも、君たちの苦しみも――もうすぐ終わるんだ」
「…………え?」
「“救済”が始まる。僕たちはようやく救われるんだよ」
――“救済”。
意味わからず、思わず首をかしげそうになるが。
そういえば、そんな言葉をさっき聞いた。
――いつか人間の中から勇気ある者――“勇者”が立ち上がって、人類を魔物から救済する……とまあ、そんな言い伝えがあるんです。それにちなんで、勇者祭ではみんなで魔物に仮装して騒いだあと、お祭りの最終日に一斉に仮装を脱ぎ捨てるんですよ。
その言葉からするに、祭りのフィナーレの儀式のことだろうか。
しかし、それにしては様子がおかしい。
セラフィムが関わってそうなのも気になる。
とはいえ、ルークの口ぶりからするに悪いことではなさそうだ。
「それじゃあ、遅れずに礼拝堂に来てくれ」
そう言って、ルークが俺に背を向けたところで。
「……そういえば、脱走者はどうなった?」
念のため、確認する。
ルークはぴくりと立ち止まると、そのまま振り返らずに答えた。
「ちゃんと――殺したよ」
「……それならよかった」
どうやら、部屋の“仕掛け”はうまく働いたらしい。
聞きたいことは聞けた。もうここに用はない。
「引き止めて悪かったな」
「ああ……とりあえず、君も急ぐんだよ」
そう言って、足早に離れていくルークの背を見送ったところで。
フィーコがひょっこりと俺の背中から顔を出した。
『それじゃあ――急ぎましょうか』
「ここから脱出です!」
「……ああ。セラフィムの注意がそれてるうちに、な」
俺は騎士たちが礼拝堂の中に入ったのを見送ってから。
大聖堂に背を向けて、町のほうへと歩きだしたのだった。
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