51話 罠
俺はルークと酒を酌み交わしながら、これまでの冒険を語って聞かせた。
ルークは好奇心旺盛に質問し、俺にとっては些細なことでも子供のように目を輝かせた。
俺もこうやって冒険について語れるのは前世ぶりだったから、思わず気分が高揚した。
気づけば、俺の周囲にいた結界騎士たちも話に聞き入っていた。
「うわぁ……何度死んでも蘇る魔物に、山に化ける魔物ですか。レベル1なのに魔物に立ち向かえるなんて、すごいですね」
「まあ……知恵でなんとか乗り切った感じだな」
とりあえず、【レベルアップ】のことや俺の現在レベルのことは伏せておくことにした。
「でも、どうして……そこまでして冒険をするのですか? 魔物に立ち向かわず、隠れていることもできると思いますが」
「魔物に怯えて隠れてるんじゃ、檻の中と変わらないだろ。それに、俺の冒険には目的があるんだ」
「目的……?」
「ああ。俺は魔物の“王”を討伐して、人類を解放する」
「…………え?」
「だから、お前もすぐに、外の世界に自由に出られるようになるさ」
ルークが顔を強張らせる。
「人間が……魔物に勝てると思いますか? それも1匹や2匹じゃなく……魔物全てを敵に回して、勝てると思いますか?」
「ああ、勝つと決めた」
「…………はは」
ルークがどこか呆れたように苦笑する。
「やっぱり……テオさんは“勇者”ですね」
「“勇者”って、そんなご大層なものではないとは思うけどな」
と、俺も苦笑したところで。
「くぅ……くぅ……」
ぽすん、と。
ミミスケがテーブルに頭をもたれさせて寝息を立て始めた。
『ミミスケ、起きなさい! 起きるのよ! まだ食べ物が残ってるわ!』
「えっと、お連れの子はもうお疲れのようですね。今日は遅いですし、こちらに泊まっていってください。別館に部屋の準備をしてありますので」
「ああ、助かる」
「いえ、僕にはこれぐらいしかできませんので」
ルークが寂しげに笑う。
「今日はたくさん話を聞かせてくれて、ありがとうございました。楽しかったです、とても……とても」
「聞きたいなら明日も聞かせてやるよ」
「…………はい、ぜひ」
そして、俺たちはルークと別れて、客室へと向かった。
◇
食事のあと、俺たちは1つの部屋に通された。
豪華な部屋だ。ベッドには清潔なシーツが整えられ、芳しい香が焚かれている。
ただ都市に立ち寄っただけの旅人には、分不相応な待遇だった。
「では、私は扉の前にいますので、なにかご用の場合はなんなりとお申しつけください」
「ああ」
騎士が扉を閉めてから。
「…………はぁ」
俺は肺にためていた空気を吐いた。
調度品に興味を持っていたフィーコが、すぐに見飽きたのかすいーっと戻ってくる。
『ふふ、愚かな人間たちね。わたしたちに媚を売っちゃって。そんなに歓迎していると思わせたいのかしら』
「いや、歓迎はしてくれてるんじゃないか?」
『たしかに、そうかもしれないわね』
フィーコがくすくすと意地悪そうに笑う。
『で、あなたも気づいてるでしょう?』
「……ああ」
声を低くして頷く。
さすがに、素直に歓迎されてると思ってやれるほど平和な脳みそはしてない。
「――この結界都市シーリアにいる人間は……魔物の味方だ」
俺は窓から外の町を見下ろす。
どこまでの人間が、魔物の味方かはわからないが……。
少なくとも、扉の前にいる騎士は監視だろう。
『へぇ、根拠はあるのかしら?』
「ああ」
そもそも、最初から不審な点がありすぎた。
あのルークという結界騎士団長の青年は、誰かを騙すことに慣れていないのだろう。“脱走者”の存在を知っているのは魔物だけだ。魔物から情報を聞かなければ、知っているはずがない。
そして、なにより決定的だったのは――。
「食事に毒が盛られてた」
『毒?』
「とりあえず、ミミスケに食わせてみたが……たぶん眠り毒だな」
わざわざ俺の食事をミミスケにやったのは、毒のチェックのためだ。
匂いで異物の混入を感じ取ったものの、うまく香りの強いハーブなどでごまかされていた。
レベル67の俺が毒を食ったところで問題はないが、レベル1の人間に性質まで完璧に擬態しているミミスケには効き目があったらしい。
「それに、お前が言ったんだろ? ここは“ただの養殖場”だって」
『へぇ……? いいの、敵であるわたしの言葉を信じて』
「べつにお前のことは信じてないが、お前は嘘がド下手だからな」
嘘をつくと挙動不審になるし、すぐに我慢できなくなって『はい、嘘でしたぁ! もしかして騙されたのかしら? ねぇ、騙されたのかしら? ねぇねぇ?』などとうざったらしくネタバラしをしてくる。
だから、逆になにが本当かもわかるというわけだ。
俺がフィーコの言葉を信じて、この都市を襲撃しようとしたのも、その言葉に関しては嘘をついていないと思ったからに他ならない。
「結局のところ、この世界は全て魔物の支配下だ。この結界都市シーリアも含めてな。そういうことだろ?」
そもそも、こんな閉鎖的な都市で自給自足ができるわけがない。
それも、旅人に恵んでやれるほどの物資があるわけがない。
魔物に依存しなければ、まともに生きることなどできないだろう。
『まったく、あなたは1人ですぐに答えにたどり着いちゃうからつまらないわ』
「ということは、正解なんだな?」
『まあ、そうね。ここは“ただの養殖場”の1つにすぎないわ。人間に自治を任せてるのは魔界の人手不足解消のためよ。古代遺物の聖剣で野良魔物から家畜を守る結界を張って、生贄だけ取ってるの』
「生贄……“勇者”、か」
その言葉が脳裏によぎった。
オーガの町の“投票”や、セイレーンの鳥かご都市の“歌鳥”のような、この都市ならではの言葉――この都市特有の生贄システム。
「勇気のある者が立ち上がって生贄となり、腹をすかせた魔物から人間を守る……それが“勇者”ということか」
『ま、そうね。ここの都市の人間はストレスなく育てられてるから、高級肉として扱われてるわ。それも人間に自治を任せてる理由の1つよ』
「どちらにしても、ここが魔物の支配下ってことは……魔物が家畜の人間を使って、俺を罠にはめようとしたってことだろうな」
『ふふ……もしかして、今さらショックを受けてるのかしら? だから、最初に会ったときに言ってあげたでしょう? “王”を敵に回すということは、世界そのものを敵に回すということ――その敵の中にはもちろん、人間も含まれるって』
「……わかってる」
この都市の人間が俺を裏切ったのではない。
俺が人間を敵に回したのだ。
この世界の人間が、魔物の味方であるのは当然だ。
今さら人間と敵対したくない、というのは甘い考えでしかない。
だから、俺は決意を固めるように言葉にした。
「――この都市の人間は……全員、俺の敵だ」
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