48話 天使襲来
――結界都市シーリア。
それは、対魔物結界に覆われた、人間最後の自治都市。
その都市の中央にある大聖堂に、その日――。
ふわり……と、白い羽根が舞った。
「――聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」
歌うように言葉をつむぎながら、女が大聖堂に足を踏み入れる。
その堂々とした来訪に、その場にいた誰もがしばらく――“敵襲”だと気づけなかった。
「な……なん、だ……?」
大聖堂につめていた結界騎士たちが、呆けたように来訪者を見る。
6枚の純白の翼をきらめかせる、白い衣の女。
2枚の翼が仮面のように顔を覆っているが――しかし、顔が見えなかったとしても、彼女のこの世のものとは思えない美しさが損なわれることはない。
彼女は恐怖さえ感じるほどに美しかった。
まるで――人間ではないかのように。
「おめとうございます」
天使はいきなりそう言った。
「私は魔界七公爵が1柱――死天使セラフィム様であらせられます。ありがたいことに、聖なる私はあなた方“下等生物”ごときを救済なさるためにいらっしゃいました」
どこまでも上からの――まるで、雲の上からの目線の言葉。
「…………ま……魔物、だ」
最初に我に返ったのは、結界騎士団長の青年ルークだった。
「て……敵襲ッ!」
ルークが叫ぶとともに、剣を抜いて頭上に掲げた。
周囲の結界騎士たちも、はっとしたように一斉に抜剣する。
「ま、魔物だ!」「な、なんで結界の中に!?」「と、とにかく聖剣を守れ!」「人が魔物に勝てるわけないだろ!?」「あ、相手は1匹だ! 俺たちが束になればきっと……!」
ふわりふわりと羽毛のような足取りで歩み寄ってくるセラフィム。
騎士たちが震えながら、その剣の切っ先を彼女に向けた――瞬間。
「…………え?」
――ぱんっ。
と、小さな湿った破裂音がした。
同時に、剣を抜いていた騎士たちが、一斉に血飛沫を上げた。
彼らがその場に倒れ伏す。
がらがらと鎧が床に落ちる金属音が、遅れて礼拝堂に反響した。
倒れた騎士たちは――全員、絶命していた。
「な……なに、が……?」
ルークを含め、生き残った騎士たちが呆然と立ち尽くす。
天使はなにもしなかった。
速すぎて見えなかったとか、そういう次元ではない。
……本当に、なにもしなかったのだ。
騎士たちに顔を向けることも、指先を動かすこともせず。
ただこちらに歩いてきただけだった。
それなのに、騎士たちは死んだ。
「ああ……死んでしまうとはかわいそうに。慈愛に満ちた私は、とても憐れにお思いです」
天使が悲しげに涙を流す。
「やはり、人間は愚かな生き物です。いきなり、この聖なる私に剣を向けるとは。この偉大なる私が正しくお導きにならねばなりません」
「な、なにを、した……のですか?」
ルークが慎重に問う。
「……? 私はなにもなさってはいませんよ?」
「……え?」
「彼らは聖なる私に武器を向けたので、心臓が破裂して死にました。この世界はそういうルールで回っているのです」
「…………」
なにを言っているのか、ルークには理解ができない。
ただ、彼女が嘘を言っていないことは、周囲にいる仲間たちの死体が物語っていた。
――これが、魔物の力。
想像の外にいる化け物が、ゆっくりとルークに歩み寄る。
まだ若い青年のルークには、この都市の誰よりも実力があった。
今までこの都市の結界を魔物から守るために訓練してきた。
古代人間文明の遺物――“聖剣・白夜ノ剣”による結界があれば、魔物に脅かされることはないとバカにされることもあったが。
それでも、魔物から結界を守れるように、いつの日か魔物の支配から人類を守れる“勇者”になれるようにと……ずっと訓練を重ねてきた。
だからこそ、わかる。
そのせいで――わかってしまう。
この場にいる誰よりも、残酷な理解を突きつけられる。
「さて、それでは生き残った下等なあなた方ごときには……聖なる私のお言葉を拝聴することをお赦しになってあげましょう」
ルークは壊れたように薄く笑いながら、その場にひざまずいた。
人間ごときが、こんな存在に勝てるわけがない。“勇者”なんてものは夢物語だ。
自分の努力は全て無駄だった。
どんなに努力しても、どんなに知恵を回しても、どんなに勇気をふりしぼっても……。
――人は、魔物には勝てないんだ。
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