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この世界で俺だけが【レベルアップ】を知っている(Web版)  作者: 坂木持丸
第8章 人喰山脈

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39話 魔物の正体


 ――テオ様、壁の向こうへ行ってはなりません。

 ――テオ様はそこに座っているだけでよいのです。

 ――なにもしてはなりません。なにもしゃべってはなりません。

 ――それが、テオ様にとっての幸せな生き方なのですから……。


 幼い頃、俺は住んでいた城を抜け出した。

 玉座から飛び降りて、止めようとする大人たちをなぎ倒して、高い壁を乗り越えて、そしてたどり着いたのは――移動遊園地だった。


 ――やぁ……君は迷子かな?

 ――ワタシ? ワタシはこの移動遊園地の支配人モリガナだよ。

 ――え? 甘いものを食べたことがない? わくわくする冒険をしたこともない? 涙が出るほど笑ったことも、みんなからバカにされるような夢を見たこともないのかい? それは大変だ! 急いでワタシについて来たまえ!

 ――さあ、剣はしっかり持ったかな? かっこいい決めゼリフは思いついた? 不敵に笑う準備はOK? それじゃあ――君の冒険の幕上げだ!



「………………ちっ」


 いきなり目の前に現れた遊園地のせいで、昔のことを思い出す。

 幼い頃の、初めての冒険の記憶――。


 改めて、辺りを見回してみるが……。

 やはり、幼い頃に見た遊園地とほとんど同じ光景が広がっていた。

 まるで前世の空気をそのまま持ってきたかのような、にぎやかな景色……。


「……ありえない」


 今は前世からかなりの時間が経っているはずだ。

 こんな世界が平和であるような光景が、この時代にあるわけがない。

 あ(・)い(・)つ(・)だって、もう生きていないはずだ。


(……幻術か?)


 とっさに左目に手を当てる。


「――魔力色覚《ライラ》」


 幻術を看破するのは簡単だ。

 ただ、魔力反応を視ればいい。幻では魔力反応まではごまかせない。

 しかし――。



「………………本、物?」



 ここにある全ては、幻ではない。実体がある。

 わけがわからない。余計に混乱する。

 そんな俺の思考をかき乱すように、遊園地はあいかわらず陽気な音楽と笑い声を響かせている。


「……な、なんなんだ……いったい」


 まるで、たちの悪い夢だ。


(いや……夢なのか? それとも、こっちが現実?)


 本当は転生なんてしていなくて、今まではただ悪い夢を見ていただけなのだとしたら……。


「くそっ」


 思考が正常に働かない。

 あきらかに異常事態が起きていることはわかる。


 これはきっと罠だ。攻撃だ。

 だが……いったい、敵はどこにいる?

 この場には、敵意も殺意もない。平和で幸せな光景が広がってるだけだ。


(……俺はいったい、なにを斬ればいい?)


 なにも考えずに斬れるような、わかりやすい敵がいてくれたらよかった。

 すでに殺し合いは始まっている――そんな感覚はあるのに。


 しかし、周りにあるのは、遊具にお菓子に子供に笑顔……。

 平和で、陽気で、笑顔に満ちあふれた光景。


(……頭がおかしくなりそうだ)


 俺は迷子になったように、きょろきょろ辺りを見回すことしかできない。

 そんなときだった。


 ――ぱちぱちぱちぱちぱちぱち……!


 と、いきなり無数の拍手の音に包まれた。

 それから、ぱんっ! ぱんっ! とクラッカーの破裂音が鳴り――。



「――ぱんぱかぱーん♪ ボクたちの町へ、ようこそです!」



 背後から、そんな調子外れな少女の声が聞こえてきた。

 俺は反射的に、剣で斬りかかる。


「ここは魔物から逃げ延びた人間たちの町です。ここまで来るのは大変だったでしょう。でも、もう大丈――って、わぁああっ!?」


 剣の切っ先が、少女の大ぶりの帽子をかすめる。

 うまいこと身をのけぞらせたらしい。


「ちっ、避けられたか」


「……ふ、ふへっ!? な、ななな、なにを……!?」


「お前が人喰山脈の魔物だな? とりあえず――まずは死ね」


「ひ、ひぃ……っ!?」


 それから、さらに攻撃しようとしたところで――。

 ぴたり、と俺は剣を止めた。


「ん、お前……」


 頭を押さえて震えている少女を改めて見る。

 着ぐるみの一部みたいな帽子。

 人畜無害そうな小動物じみた顔。


 そして、その手の甲に刻まれているのは――レベル1の刻印。

 その最弱のレベル刻印を持っている種族は、1つしかない。



「…………人間?」



「え? あ……そ、そうです! ボクは……ボクたちは人間です……!」


 いつの間にか――いや、最初から少女とともにいたのだろうか。

 俺を取り囲むように大勢の人間が集まり、俺の来訪を歓迎するように笑っていた。

 その手の甲に刻まれているレベルは、どれも――“1”。


(……本物、なのか?)


 魔力色覚《ライラ》の魔法でこっそり確認してみるが、やはり幻覚ではない。


「……ここはどこだ? お前たちは、なんだ?」


 帽子の少女に剣を突きつけながら問う。


「え、えっと……ま、まずはその剣を下ろしていただけると……」


「3秒以内に質問に答えろ。はい、いーち……」


「わ、わわ……っ! あ、あの、ですから、ここは魔物から逃げ延びた人間たちの町です……!」


「魔物から逃げ延びた?」


「は、はい」


 少女が笑顔を取り戻す。

 それから、背後にいる人間たちを示して。


「こ、ここにいる人たちはみんな、魔物の支配から逃げてきた人です。みんなこの町にたどり着いて、ここが気に入って生活しているのです」


「なら、この山に入った魔物が消えてるのはなんでだ?」


 この山に入って消えてるのは人間だけじゃない。

 むしろ、人間が消えるだけなら、なにも問題はないのだ。ただ食われているだけのことなのだから。


「それは……ボクたちが魔物を倒してるからです」


「…………は?」


「人間はたしかに最弱種族です。しかし、力で敵わずとも知恵があれば……人は、魔物に勝てます。ここにいる人間たちは、みんな魔物の倒し方を知っているのです」


「そうだ、人間は魔物に勝てるんだ!」「俺たちが守ってやるよ!」「もう魔物に怯える心配もないぞ!」「危険なことはなにもないんだ!」「毎日ぐっすり寝られるよ!」


 周囲の人々も、少女に同調するように言う。


「……なるほどな」


 山に足を踏み入れた人間はこの町で暮らし、魔物はその人間たちに倒される。

 だからこそ、山に足を踏み入れたものは全員消える。


「……それが人喰山脈の真相、ってわけか?」


「は、はいです! ここでなら、あなたはなにもしなくても、望むものは全部手に入ります。甘いものも、綺麗な服も、楽しいおもちゃも、きらきらした宝石も、気のいい友達もなんでも手に入ります! あなたも外の世界のことなんて忘れて、ここで幸せに生きましょう! ボクたちは、あなたを歓迎します!」


 少女が抱擁を求めるかのように、両腕を広げる。

 背後にいる人間たちも笑顔で拍手する。


 優しくて、美しくて、幸せな夢のような光景だ。

 その中で、俺は――。



「――ダウト」



 すぱんっ、と。

 手にしていた剣で、少女の首をはねた。


「…………へ? ……あれ?」


 少女の頭がぽかんとしたような表情のまま、地面に落ちる。

 そんな少女の背後では――。


「歓迎するよ!」「おめでとう!」「やったね!」「僕たちは仲間だ!」「幸せに生きよう!」


 幸せな言葉がつむがれ続ける。

 目の前で少女の首がはねられたというのに。

 ここにいる人々は……笑顔のままだ。


 まるで、それしか表情を知らないとでもいうように。

 まるで、幸せな夢がまだ続いているかのように――。


「なるほど。すっきりした。たしかに、これはあのアホインコも騙されるだろうな」


「ど、どう……して?」


 首だけになった少女を、俺は無感情に見下ろした。


「それはこっちのセリフだ。どうして、お前らは魔物を倒せるのに――全員レベル1のままなんだ?」


「…………え?」


 きょとんとした少女に、俺は手の甲のレベルを見せつける。

 ここに来るまでマントでレベル刻印を隠していたから、俺のレベルも1だと勘違いしていたのだろう。

 しかし、俺の手の甲に刻まれたレベルは――。


「れ、レベル……65……? な、なぜ……人間が……」


「やっぱり、お前は人間の天恵を――【レベルアップ】を知らなかったな」


「……っ!」


 魔物を殺してきたのなら知っているのが当然だ。

 集団で倒そうが、罠で倒そうが、魔物を殺せばレベルは上がるのだから。


「まあ、それがなくても、お前らのにやけ面のおかげでピンと来た。人喰山脈の正体がな」


「……え?」


「この遊園地は、たしかに幻じゃない。遊具も、青空も、人間たちも――どれも実体がある」


 幻ではないのだとしたら、ここはなにか?

 その答えはシンプルだ。

 それでも、あまりにも突拍子もない考えだったから、幻だと考えようとしてしまった。

 俺は手にした剣に、魔力を込め――。



「――風王剣《フゥゼ・ハルテ》」



 青く澄んだ空、カラフルな遊具、甘いお菓子、笑顔の人々……。

 その幸せな夢みたいな光景に向けて、俺は全力で剣を振り抜いた。


 ざん――ッ! と。


 放たれた風の刃が、遊園地を真っ二つに斬り裂く。

 そして――ぶしゃぁあっ、と遊園地が血飛沫を上げた。




『『『――――ィィイッ!!』』』




 どこからともなく、人間の赤子が泣き叫ぶような絶叫がとどろく。

 まるで、遊園地そのものが生きているかのように。

 青空が、木々が、遊具が、人間が……血を流しながら、どろどろと表面の絵の具が溶けるように生肉へと変貌していく。


「やっぱり……幻術じゃなくて擬態か」


 不意にダメージを受けたことで擬態が解けたのだろう。

 どろどろと赤黒く染まっていく空。

 その表面から――。



 ――――ぎょろり、と。



 数千もの巨大な目玉が浮かび上がり、一斉に俺を見た。

 その目玉の下から、ぱかりと開くのは、にたにた笑いを浮かべる牙だらけの口……。

 そんな悪夢に変貌した光景を見上げながら、俺は両手に剣をかまえた。



「……ようやく化けの皮を剥がしたな、人喰山脈の魔物――ミミック!」


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