七、流されながらも進む事にした
(今、黒瀬の旦那…と言った?)
「自分で探さないのかねぇ。まーた緒花の所で飲んだくれてんだろ?妻でツケ払う気満々だけど大丈夫なんかねぇ」
(美富屋…そうだ、先代がよく商談で使っていた、遊郭、の…な、まえ…の)
考えながら血の気が引いてきた。呼吸が浅くなり、口元を手で押さえた。
(見つかったら、連れて行かれてしまう…!)
男達はそれ程熱心ではなかったのか、サラリと確認すると町の入り口の方へと戻って行った。
千律は息を潜めて、男達の姿が完全に見えなくなるのをまって、急いで山へ駆け込んだ。
息が苦しい。吐きそう。
本当のほんとうに。
(私を、売ろうとしているのね…)
時々街道を確認しながら山中を突き進んだ。枝がかかり、草が絡む。
(ねぇ、寿人様。そんなに私がお嫌いでしたか?)
がむしゃらに進む中、視界がじわりと歪む。顔が濡れ、鼻が垂れても拭わずに、とにかく足を動かした。
(もう戻れないのだわ)
目がよく見えず、木の根に足をかけてしまい転んだ。気がつけば辺りは暗くなり始めていた。
「ふっ…うぅっ…」
足が掛かった根に座り、幹に身体を寄せ啜り泣いた。
***
目が覚めると、また朝がきていた。
野宿も二晩続き、流石に身体が痛い。だけど沢山泣いたからか、妙に気持ちがすっきりしていた。
行李を開けて、胡瓜を出した。味噌をたっぷり付けて、思いっきりかじった。ばりぼりごりぼりと一気に食べて、水を飲んだ。それから金平糖を半分くらい掌にざらりとだして一気に頬張った。ごりんごりんと噛み砕き、飲み下した。
(行こう。進もう)
千律は歩き出した。
***
千律の住む矢凪の城下町から舘浜迄は徒歩で三日程だ。途中、大きな宿場街が二つある。仕入れで何度か通った事のある千律には、さほど難しい旅程ではなかった。
その一つ目の宿場町に、千律は西門から足を踏み入れた。
少し俯き、長めの前髪で顔を半分隠しながらご飯屋を探す。
流石にもうお腹が空いていた。
時刻は丁度お昼時。どこものれんを出していて、人が並んでいる所まである。
まだ混んでいない蕎麦屋を見つけて足早に入った。かけそばを怒涛の勢いで食べ、足りなくてお代わりした。水筒に水を入れてもらい、お金を払って店を出た。人が集まる所に長居は無用だ。
町を突っ切り東門から出ようとし、門前の団子の屋台にふらふら引かれて、みたらしを三本購入する。ついでに団子を包んでいる経木を数枚売ってもらって、改めて町を出た。
次の宿場町まで走れば夕暮れに間に合わない事もないが、お昼過ぎてから向かう人は殆ど居ない。東門に向かう人ばかりの中、少々目立ちながら逆行し、人が途切れた所でまた道横の藪へ入った。
追手は無さそうだが、自分から人気のない場所へ飛び込むので、追い剥ぎを警戒して過ぎることもない。
今晩また野宿して、次の宿場町に到着するのは明日の夜になるだろう。森の中を通るので遅くなるのは仕方のない事だった。
(まぁ、急いでないしね)
早さより人と会わずに安全に、矢凪から距離をとれることが重要だった。
夕暮れの少し前に今日の寝床を探し始める。街道からしばらく離れると、登りやすそうな広葉樹の下に三畳程の広がりがある場所に出た。
「ここでいいか」
空が茜色になってきた。
石を丸く積み、素早く乾いた枝を集めると火を点けた。行李から土鍋を出して、中の味噌をさっき団子屋で買った経木に移すと、雑穀と水を入れた。積んだ石の上にそっと置く。夜の焚き火は目立つ。なるべく明るいうちに炊いてしまいたい。
ふつふつと蓋の縁から泡を出す土鍋を眺めながら、この後どうしようかと考える。
(親や姉兄に迷惑はかけたくないな)
実家が黒瀬屋と同じ町にあると言っても、流石に両親に千律の居場所を訊きに行ったりはしていないだろう。と言うか、行ってたら驚きの非常識さだ。
(お婆様の所へ行こうかしら)
北政州に住む祖母なら確実に匿ってくれるだろう。だが、今季節は秋。
(北は寒いんだよねぇ)
もういっそ、行った事のない土地を巡ってみるのもありかも知れない。舘浜港は外国との貿易も盛んである。外国に行って初めてみるであろう染物や着物にも興味がある。
そこまで考えて、土鍋の汁気が無くなってきた事に気がついた。手拭いを使って火から下ろす。
「と、しまった」
しゃもじがない。箸すら無かった。
木を見上げて、一寸程の太さの枝を落として、薪割りの要領で縦に裂く。真ん中の幅広いの部分取り出して皮を落とした。
へら状にした枝の出来栄えに満足した時、カサ、と小さく枯れ葉が鳴った。
「!?」
息を詰めると脇差だけをそっと握り、低姿勢のまま後退して、背後にある幹に身を隠す。
ドキドキしながらそのまま待つ。
カサ、ガサガサ。
草を踏む音が徐々に大きくなり、ガサリと大きな音を立てて、その人は焚火の前に倒れ込んできた。
『あれ…誰も、いない…?』
(!?フェアラル語!?)
そっと幹の影から覗き見ると、明るい髪色の男が四つん這いになって、肩で息をしていた。
『あ…もー駄目…』
そう呟くと、男は地面に突っ伏して動かなくなった。
涙と甘味は女子の味方٩( 'ω' )و
そうしてまた立ち上がる女の子は素敵だと思います(*´꒳`*)
次回からヒーローが動き出します。