三、振り返る
湿っぽい内容が続きます。
すいません((。´・ω・)。´_ _))
嫁入り後も勉強、勉強の日々だった。
お手伝いさんや奉公人を多数抱えていた為、寧ろ家事は一切しなくて良かった。
しばらくは女将であるお義母様についてお店に立ち、お得意様を必死で覚えた。好きな色や生地、柄を頭に入れて、新しく入荷した反物を勧める。反物も産地や染め方、織り方、素材をひたすら覚えた。
お義父様である旦那様に付いて仕入れ先を回ったり、新しい柄や染め方についての話し合い等にも同席させてもらった。武家の出である事で同業者よりも出遅れていると感じていた千律は、出来るだけ多くの経験に触れるよう心がけた。
そして嫁入りから一年後、流行り病でお義父様は亡くなった。
誰もが衝撃を受けたが、泣いている暇などなかった。あまりにも急な事で引き継ぎも継承もなにもされておらず、旦那様は残された書類と格闘し、お義母様は仕入れや取り引きに手一杯だった。
千律は若女将として店頭に立ち、売り上げを伸ばす事を具体的に考え始めた。
その手始めとして、近頃増えている外国のお客様に目をつけた。というのも外国人達はどうやら娯楽や文化に触れる事が目的で三国を訪れているようだった。つまり金銭に余裕があるのだ。
噂によると最近新型の動力炉が開発されたとかで、今までの八割程の日程で海を渡って来られるらしい。
その事もあり外国からの人が増えてたのだ。
千律は空いた時間に外国語を習い始めた。外国人で一番使ってる人が多い"フェアラル語"と次に多い"ディベルート語"。余裕があればもう一、二ヵ国語程勉強しようと決めた。
そして結果は直ぐに出た。
外国の女性達は三国の色取り取りの着物を美しいと気に入り、その場で四〜五着買入してくれる事が多かった。着付けを教えて欲しいと頼まれたり、新しく仕立てる事もあった。
更に滞在中毎日の様に訪れてくれたお客様から、反物をドレスにして欲しいと言われた。ドレスの構造が分からないと言うと、一着譲ってくれもした。
そこからお店の針子や交流のある裁縫師に習いながら独学でドレスを仕立ててみると、お客様には好評だった。普通の着物の裾から三尺くらいの高さに、三角の布を何ヶ所か足して、スカートの様にひらりとさせた物もドレスの羽織として人気が出た。
千律が嫁いだ頃の"領主との繋ぎ"は上手く果たせなかったが、お義父様亡き後、落ち気味だった業績がやっと戻りつつあった。
お義母様にも「よくやりました」と言われ、ほっとした。三人でこの先頑張って行ける。そう思っていた。
お義父様の死から二年後、風邪をこじらせてお義母様が亡くなった。
疲れていたのだろう。重責もあったのだろう。あまりにもあっけなかった。
お葬式の後、棺の前で虚に佇む寿人の後ろに立ち千律は言った。
「これからは二人で頑張って行きましょう。お義父様、お義母様がきっと見守ってくれま…」
くるうりと寿人が振り返った。闇に穿たれた穴のような瞳だった。
「お前はなんと目障りなのだろう」
千律にそう呟くと、寿人は立ち去った。
胃の腑ごと吐いてしまいそうな、大きな不安を感じた。
それから寿人は朝起きなくなった。夜は遅くまで飲んだくれて、店の仕事の一切をしなくなった。時々ふらりと出掛けては、丸一日帰って来ない日があった。
お義母様が亡くなって一年経ったある日、「溜まったツケを払って欲しい」と連絡があった。それは一件や二件には留まらず、店の財政を傾かせる程の額だった。
堪らず寿人に小言を言うと、寿人は家に帰らなくなってしまった。
食事処から、賭博場から、時には遊郭から。届き続ける"ツケ"の請求。
更に一年後、とうとう店は潰れたのだ。
店に屋敷、紙一枚、糸一本に至るまで全て売り払った。新居の長屋に運んだのは、粗末な仏壇と一竿分の荷物。あとは布団とお膳だけ。
奉公人達に最後にお給金を支払えたのにはほっとした。そうして手元に残ったのはたったニ両だ。
「はぁ……」
小さな溜息が中庭に吸い込まれた。
千律は涙を拭き五年過ごした屋敷を後にした。
一尺は約30cm
二両は千律が住む町の平均月収
と設定しています。