二十一、船中
アインが手配してくれた船は、貨物船だった。
というか、これから雪に埋もれるという冬の時期に客船の行き来はないそうだ。貨物船と言っても船室に空きがあって、そこを安く貸し出して稼ぎの足しにしているようだった。
食事は無く、持ち込むなり釣るなりして各自で賄ってくれとの事だった。小さい調理場もあって、一回五十文で使ってもいいそうだ。
案内された船室は四畳程で、左右両壁に寝床が三段に連なって設置されていた。
『3段ベッド…頭ぶつけそう』
エディの呟きはもっともで一段当たり二尺三寸と言ったところだ。千律ですら腰掛けると、猫背でギリギリ頭がぶつからないくらいの高さである。朝勢いよく起きようものなら、男性陣は揃ってたんこぶをこさえるだろう。
さらに一番下に至っては囲いが付いているだけで最早唯の床だ。
囲いは三段全てにきちんとついていて、寝る時は必ず囲いに紐を通して体を固定する様に言われた。うっかり忘れてしまうと海が時化た時に寝床から投げ出されて大怪我するらしい。
軽い話し合いで、一番下がアインとイアン、二段目がジークとレリファム、一番上がエディと千律になった。
千律は早速寝床に上がると、行李を閉じている紐を一旦解き、囲いに通して結び直した。そして、荷を枕にゴロリと横になる。むしろ横になるしかない。
『……アイン、船室から出てもいいのか?』
ジークの疑問は全員が思っていた。
船旅三泊四日、立つことすらままならないこの部屋でずっと過ごしたら心が死んでしまう……!
『甲板に出ることは許可されています。調理場も使っていない時は入室が許可されています。あとはトイレですね。それ以外の部屋は入らない、荷には触らない、マストに登らない。以上です』
『調理と留守番を私とアインが交代で行いますので、皆さまはどうぞお寛ぎ下さい』
アインとイアンから簡単に説明された。
船室に鍵はないらしい。留守を買って出てくれた二人に感謝して四人は甲板へ出た。潮風が若干肌寒いが、今日は天気がよく日差しが気持ち良かった。
滑り出しは順調なようで、陸地はもう霞の様に薄くしか見えない。手摺りに寄りかかりぼんやり眺めながら、千律は何をしてようかと考える。
(こんなに暇な事って人生で初めてだわ。いっそ船員さんの手伝いでもさせてもらおうかしら)
流石に邪魔になってしまうかな、と思案していると、エディがレリファムに声をかけた。
「レリ、ワタシ三国語ベンキョ、すル…!」
決意に満ちた宣言だった。
「おや、珍しい。大体わかればいいと仰って、あまり真面目に勉強して下さらなかったのに」
「リツ、フェアラル語上手。ナンか……悔しイ……‼︎」
(え!?そんな理由!?)
千律がフェアラル語話せると知ってからも、必要ないのに三国語頑張って使っているな、とは薄々思っていた。ただ勝手に、エディなりの気遣いだと思っていた千律は、その本音に呆れる。
『レリ、俺にも教えてくれ』
そう言ってジークも寄っていく。彼は三国語の聞き取りは何となく出来るものの、喋りは全くだった。
「仕方ないですね。リツさん、手伝って頂けますか?」
「私ですか?…分かりました。人に物を教える経験が皆無なので自信はありませんが」
急に話を振られて驚いたが、やる事が無かったので丁度いい、と千律は教師補佐を引き受けるのだった。
***
船に乗り込んで三日。明日の昼過ぎには到着だ。
甲板に出ていると船員と挨拶する事もよくあり、軽い会話もする様になった。
今日も今日とて甲板に繰り出す。大分北に来たので、海風はかなり寒い。それでも船室の閉鎖空間の方が辛かった。千律程ではないが、皆も寒い寒い言いながら出てくる。
「北政州へ行く時は何時も陸路を利用していて大波打港は初めてなんです。どんな所なんですか?」
千律は甲板で休憩中の船員に声をかけた。
男二人は話好きらしく、快く教えてくれる。
「漁が盛んだから、魚介が旨いよ。あと、潮に乗って赤熔島からクズ石が流れ着くんだ。それをピカピカに磨いて飾りにして売ってたりするよ」
赤熔島は北政州の北東に位置している。小さい島なのに活火山が二つもあって、島中から鉱石がとれた。
北にあっても管轄は西都州だ。採れた金銀は主に貨幣に加工され、国の命運を握っていると言っても過言では無い為、天皇の在わす西都州が管理する事になっている。
島への出入りは勿論厳しく、小石一つでも無断で持ち出せば死刑。だが自然に流れ出てしまった物にまで取り締まることはないようで、それを利用した飾りが安価で可愛いらしい。
「あとは、そうなぁ。坊主達日翠に行くっつってたっけ」
「はい、私の親戚がおりまして」
「大波打から日翠に行く途中に村は端野っつートコだけなんだが……」
「あー、あの噂な」
「噂、ですか?」
歯切れの悪い物言いに千律は首を傾げた。
「ちょっと前になー、神隠しがあったと」
「その後から狐が結構出るようになったっつっててな」
「居なくなった者も一人や二人じゃないっつー話でな。坊主も端野に行く時は気をつけな。神隠しもだけど、そんなだから端野の人間もピリピリしてんだわ」
「分かりました。貴重なお話ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げて千律は船室へ戻っていった。
しかし、と首を捻る。
(狐が化かすなら聞いたことあるけど…神隠し?)
とりあえず情報共有だと、千律は急いだ。




