十九、買い物
部屋に戻ると、洗濯から帰ってきた着物が部屋の隅に置かれていた。
こんなに早く乾くなんて驚きだ。
有り難く着替えて、財布を懐に仕舞い脇差を差して宿の出入口に向かう。
(綿入り半纏は必要だよね。出来れば丹前も欲しいけど、嵩張るかなぁ。でも暫く逗留するんだからやっぱり必要だよね)
本当は掻巻も持っていきたい。寝る時に絶対必要。
でも丹前で代用出来なくもない。それから道中は半纏。これこそ本当は丹前着て歩きたいけど、袴だから厳しい。
笠と胴藁は多分買えるけど、藁沓はどうだろう?この辺りで見たことないなぁ。
真剣に考えて歩いていたら、エディの前を通り過ぎていたらしく、後ろから襟首を掴まれた。
「どこ行ク」
「あ、何買おうか考えてて…」
聞いたエディは頷いて、言った。
「ワタシの行ク店、一緒に行コウ」
「え」
「ジュウタンやソファ手配したトコ。フェアラル人、信用あル」
「ええええぇぇ」
(それすごく高いヤツじゃん!!……………いや、でも見るだけなら!興味はある)
引きずられて歩き出す。
今日エディに同行するのはジークのみらしい。
三人で歩いていくと、店は直ぐ近くだった。
鮮やかな赤い花柄ののれんで、それだけで目新しい異国の風情がある。引戸を潜ると、髭を蓄えた初老の男が迎えてきた。
『これはエディ様!ようこそいらっしゃいました』
『やぁ、ロータス。今日は防寒具が欲しいんだ』
『かしこまりました。用意して参りますのでこちらへどうぞ』
草履を脱いで店に上がると、奥座敷へと案内された。室内はエディの使っている客室のように絨毯とソファ、脚の短い卓があった。絨毯は毛足の長い羊の毛皮だった。
三国で羊は赤熔島でしか飼育されていなくて、とても珍しい品である。千律も将軍様のお宅に納品に行った一度きりしか実物は見たことなく、またとない機会に絨毯を撫で回す。
直ぐに三国人の女中がお茶とお茶請けを運んできて下がった。
その後ロータスと呼ばれた男はフェアラル人の部下を数人引き連れて部屋に入ってきた。
『お待たせ致しました。幾つかご用意してきましたので順に説明させて頂きます』
そうして並べられた商品は、千律にとって初めて見る型のものばかりだった。
動物の皮で出来たコートという外套や洋袴。羊毛を太く縒って編んだセーターという服。麻や綿などの植物から作った服は無かった。
『植物繊維の服は編み目から風を通しますからね。革製品がお勧めです』
『成る程』
興味深々で片っ端から細かい所まで触って確かめる千律の横で、エディは北政州に行く話をしていて、それならばと追加で外套が運ばれてきた。
『少々重たいのが難点なのですが、此方はどうでしょう。防寒に重きを置くなら一番のお勧めですね』
出されたコートはフードと呼ばれる笠が襟首に付いていて、長さも膝下まであった。しかも胴回りの裏地に羊の毛皮が縫い付けられていてかなり暖かそうだ。機動性が落ちる為袖裏には付いてないが、袖口とフード裏には兎の毛皮が付いている。
試しにエディが袖を通して、腕を回す。体を捻ったり、足を軽く開いたりして、ふむと悩む仕草をした。
『確かに重いが、悪くない。降雪中でなければマフラーや手袋すらいらないかもな』
『日中であれば中の重ね着は最低限で大丈夫かとおもいます。夜間や曇りの日は流石に寒いかも知れませんが、ロハール国でも着られているコートなんですよ』
ロハール国というのは、フェアラルよりずっと北に位置する国で、夏でも涼しいんだとか。冬は雪に埋れてしまうらしい。
『ではこれを3着。それから175センチサイズで2着。あとリツのサイズで1着くれ』
「えっ!?」
千律は驚いて振り向く。若干顔を青くして、小刻みに顔を左右に振る。
(お金無いお金無いお金無いお金無い)
心の中で呪文を唱えるも、エディには通じず。
『あと雪用ブーツもそれぞれのサイズで5足くれ』
と、無情にも追加された。
『かしこまりました。此方のお連れ様なのですが、足のサイズを確認させて頂いてもよろしいですか?それからコートのお色なのですが、その、この背丈ですと女性用しか用意がありませんで。赤みの強い物になりますがよろしいでしょうか?』
『色は任せよう「リツ、足サイズ…大きサ、測ル」』
諦めた千律は力なく頷く。
お店の人が目盛りと数字の書かれた板を持ってきて、上に足を置いてくれと言われて素直に乗せると、従業員の顔がピシリと固まった。
中々サイズを言わないので、エディとロータスも見にくると、え、と声を上げた。
『22センチ無い…ですと』
『子供か』
『だっ、誰が子供ですかっ!』
無言で控えていたジークまで千律の足をジッと見てきてなんだか恥ずかしい。
『フェアラルだと子供でも23センチはあるぞ』
そう言ってエディは、千律の爪先から二つ先の数字を指差す。
三国では草履や下駄なので厳密な足の大きさなど測った事はない。千律には負の意味で衝撃だった。
『申し訳ございません。雪用ブーツのご用意は23センチからしかありません。内側に毛皮を貼って加工いたしましょうか?』
『仕方ない、お願いする。どれくらいかかる?』
『そうですね、明後日にはお渡し出来ます』
『わかった。では明後日』
***
二日後、ブーツを受け取ると直ぐに出発した。
荷物は全てエディ側で用意しておいてくれたという。しかし、アインとイアンが人でも入りそうな、大きな革製の行李を持っている以外に荷物はなかった。
千律はかなり心配だったが、エディが大丈夫と言うので信じるしか無い。千律なりに行李に着替えや食糧を詰めて、船に乗り込むのだった。




