十三、舘浜の宿
朝、身支度を整えて宿を出た。
門の近くでは旅人の出立に合わせておにぎりの屋台が数軒出ていた。八つ買って、その場で二つずつ食べてから出発した。
「休憩を挟んでも普通に歩けば、舘浜には夜までに到着するはずだから」
「ウン」
今日も引き続き観察するらしい。
(気まずいというか、やりずらいというか…)
エディの視線を感じつつ、気づかないふりして先へ進む。
昨日は他の人の目がない為に襲われやすかった、という事を考慮して、今日はあえて街道を進む事にした。
千律的にも、外国人の連れがいる事は助かる。もし追手がいても目眩しになる為、そこまで危険は無いだろう。
道程は順調で、途中おにぎりや焼き栗で休憩を挟みつつも、夕暮れの前には舘浜に到着した。
何事もなく町に入れた事に二人でホッとする。
「まだ明るいけどどうする?とりあえずエディの連れとやらを探そうか?」
「そうダナ…宿、行ク。マダ泊まってルか、確かめル」
「それもそうだね」
何処に泊まっているのかきいたら"ハマジヤ"と言われた。
まさかとは思うが舘浜で一番高いお宿の波間路屋ではあるまいな。
場所は覚えているようなので、エディの後について行けば、現れたのは見事な楼閣であった。
(波間路屋…だ。でか…豪華…)
入り口をくぐれば、海の絵が入った金の衝立が出迎えてきた。
商談でそこそこ大きいお屋敷を訪ねたことはあるが、規模が全然違った。
気を抜くとキョロキョロしてしまいそうで、エディの背中だけを睨むように見続ける。背中にじっとりあぶら汗が浮く。堂々と入って行くエディは随分と慣れている風情だった。
「あら、まあ、まあ!フェアラリーチ様!よくぞご無事で」
楚々と出迎えに来た女性は若女将のようであった。
エディが居なくなってしまった事を知っているようで、満面の笑みで中へと促した。
『連れはまだ宿泊しているか?』
『はい、いらっしゃいますよ。ですが、フェアラリーチ様の行方がわからなくなったと、連日詰所へと通ってらっしゃいます。呼びに人をやりましょうか?』
『ああ、頼む』
若女将の指示で丁稚が一人、宿から駆け出て行った。
それから若い男が足洗い用に盤を運んできて水を張る。エディは腰掛けて当然のように足を差し出して洗われていた。
(自然に洗ってもらう流れになっている…慣れてるなぁ)
千律は遠い目になりそうな己に激を送って、エディに声を掛けた。
「エディ、大丈夫そうだから私はもう行くね。とりあえず今日はこの町に宿を取るから、何かあれば西門で言伝を頼んで欲しい」
では、と辞すると行李を思いっきり後ろに引っ張られた。
「ぐぇっ!」
『女将、リツは命の恩人なんだ。一緒に泊まるから』
『わかりました。直ぐにご用意いたしますね』
そう言ってにっこり微笑んで、また指示をだしていた。
(待って!この小汚い格好で立派な楼閣に上がれと言うの⁉︎流石一流店の対応だけど、帰れと言われた方が気が楽だよ!)
そして何より。
「エディ、待って!私ここの宿泊費払えないよ⁉︎」
お金がない。
一体一泊何両するんだ。部屋によっては十両超えるかもしれない。一番安い部屋でも怖い。
高級店の店先で下品な話をしている自覚はあるが、身の丈というものがある。
エディの耳元で小声で叫ぶ。
「大丈夫。ワタシ払う」
だが、エディはにっこり笑って行李を放さない。
下働きに千律の草鞋を剥ぎ取らせ、足を洗わせると、そのままずるずると引きずって行った。
部屋に通されて身が縮こまった。
襖で区切れるようになっている部屋を見渡す。一区切りおおよそ三十畳。それが五間続いているようだが、端の部屋はは遠すぎてよく見えない。
畳は青々と美しく、畳縁も水紋に紅葉が舞う特注品だった。一番感嘆の息が溢れたのは応接間の中央に敷かれた絨毯だった。
畳に膝をつき絨毯を撫でる。
(滑らかな毛織物…とても大きい。外国産ね…素敵)
瑠璃色に藤色と藍色で模様が織られている。
(これ一枚で一生暮らせるわ)
撫でられただけでも貴重な経験で、とても上には座れない。だがエディは素足で上をずかずか歩き、横に置かれた、足の高い白い布張りの長椅子へどかぁっと座った。
『あー落ち着くー!ん?「リツ、座らナイ?」』
入り口のすぐ横、畳の上に正座するリツを見て、エディは一人掛けの腰掛けを指差す。
流石に首を横に振った。
「汚すとべんしょ……宿の人に悪いから」
払えないのにお金の話も不粋だろう。慌てて言い換えるが、エディはにっこり笑って大丈夫と言った。
「ワタシが持ってキタ」
もう何も言うまい。
宿もエディも感覚が違いすぎて、頭が追いつかない。
このまま、置物の様に大人しく控えて、エディが連れと再会するのを見送ろう。
心を無にすることに徹していると、ドタドタと忙しない足音が聞こえてきた。
外からの声かけもなくいきなり襖が開いた。
『殿下‼︎』
(…はいね…?え?ハイネス⁉︎ハイネスって殿下よね⁉︎今殿下って言った⁉︎)
ぶわりと汗が吹き出す。
よく顔が、視線がピクリとも動かなかったと思う。置物に徹していたのが功を奏した。
入室してきた男は一直線にエディへ駆け寄った。赤い髪を短く刈り込んだ髪型で帯剣していた。護衛だろうか?
一拍遅れてもう一人入室してきた。
小鹿色の柔らかそうな長髪を緩くまとめている。エディを見てホッとしているようだった。




