十、魔法と朝食
空が白み始めて千律は目を開けた。
軽く動いて体をほぐす。連日野宿はあちこち痛い。
(今晩は休憩も兼ねて宿を取ろうかな…)
町の様子をみてからだが、視野に入れておこう。
目の前を見るとエディはまだ眠っていた。
手拭いを軽く湿らせて顔を拭く。水筒の残量に少々顔が歪んだ。
(珍客がいるから減りが早いな…。次の町までは保たないな)
朝飲んだらなくなりそうだが、この季節なら柿が成っているし、なんとかなるだろう。
昨夜作ったおにぎりを行李から出した所でエディがむくりと起き上がった。
声をかけようとしたが、妙な動きを始めたのでピタリと止まる。人差し指を上に向けて、何やらぶつぶつ言いはじめたのだ。
発音はフェアラル語に似ているが、なんと言っているのかよく聞き取れない。言い終わると彼の目の前に、頭程の大きさの水球が現れた。
エディはそれで顔を洗ったり口を雪いだり水を飲んだりと、一通り済ませると、余った水を横にぺいっと捨てた。
そしてすっきりした顔で千律に目を止め『あれ?』と言った。
両の手を表裏満遍なくみて、もう一回千律の顔を見た。
『俺、今魔法つかったか?』
(魔法?今のが?)
初めて見た、感激!と言いたいところだが、あまりにも寝ぼけ様が酷くて感動半減である。昨日も酷かったけど、毎日酷いのだろうか。
しかし、"守りの魔法"の話を聞いたときは"呪いの様なもの"と認識していたが、随分と違う。
千律が何も答えないでいると、エディはもう一度同じ動作を繰り返した。やはり同じように水球が中空に現れる。
『使える…どうして?この国の精霊とは波長が合わなかったのに…』
何を言っているのかよく分からなかったが、千律は水球をマジマジと見た。
(これ…飲んでた、よね?)
エディは思考に没頭したまま、また水をぺいっと捨てようとしたので、千律はその腕に勢いよくしがみ付いた。
『うぉあ!な、なに…』
「捨てるならください!!」
片方の手には水筒を握りしめている。
『あ、あぁ、うん』
千律の勢いに押されて、エディは素直に水筒に水を注いだ。
「ありがとう!」
(沢を探しながら歩かなければと思っていたから、僥倖だぁ〜)
水の憂いがなくなって、満足顔でおにぎりをかじりだす。
『無駄に疲れた訳でもないし、細かい操作もちゃんと出来るな…』
エディは自分の体をペタペタと触った後また、呪文を唱え始めた。今度は怪我をした脚に両手を当てている。
唱え終わると、巻いていた布を外した。傷はすっかり治っていた。
「便利な物だな、魔法とは。不思議だ。」
そう声をかけたが、エディの方がよっぽど不思議そうな顔で首を捻っていた。
(あまり突っ込んで聞かない方がいいのかな?呪術師は気難しい人もいると聞くし)
「取り敢えず食べるか?」
おにぎりを差し出すと、エディはやっと表情を緩めた。
「あ、ありがトウ」
先に食べ終えた千律は荷物をまとめ始める。ちらりとエディに目をやると、寒いのか、着物を羽織ったままだった。
(大分血を流していたからな…ご飯も足りてないよな)
案の定、食べ終わったエディは眉が八の字に垂れて足りなそうだった。
「エディ、これも食べていいよ」
「え、あ、ありがトウ」
袋ごと金平糖を手渡す。
一粒手に取り、ためつすがめつしてから口に入れた。ぱぁっと表情を明るくして次々食べる。
それを見て、千律も表情を緩ませながら、エディが枕にしていた帯を回収する。
「リツ、このキモノも、ありがトウ」
「いや、寒そうだから着ていていいよ」
そう答えればエディは素直に、また礼を言った。
派手ではないと言え、女物の着物を羽織っていると歌舞伎者感はある。しかし三国人ではないし洒落者で通るだろう。
エディが食べ終わるのを見届けてから行李を背負い、声をかけた。
「では、私は行くよ。達者でね」
言った瞬間エディは目を剥いて、千律の袂に飛び付いてきた。
『え、待って待って待って待ってー!俺ここに置いて行かれたら遭難する!死ぬーー‼︎』
「水は出せるし、怪我も治ったようだし大丈夫だよね?街道はあっちに真っ直ぐだよ」
街道の方を指し示して言うが、エディは留守を申し付けられた幼子の如く、目を潤ませてすがってくる。
やたらと罪悪感を刺激してくる顔で、袖を強く払えない。
「命、狙われてル。道、行けナイ」
「あのね、こんな山中を通っているんだから察してるとは思うんだけど、私とて大手を振って街道を歩ける身ではないんだよ。だから離して」
軽く袖を引いてみるも、ビクともしない。
「でもリツ助けてくれタ。ジュジュジュ教エてくれタシ、話もっとシタい。リツいい人」
(困った…)
千律の事情を話してしまおうかと思ったが、話しても諦めてくれなさそうだ。
「どこマデ行く?」
「え、あー目的地?一応舘浜だけど。とりあえず今日は宿場町の崎田まで行くつもり」
エディは一瞬だけ考えて、顔を上げた。
「ワタシ、舘浜で襲ワレた。けど、舘浜に連れイル。だから戻りタイ。リツ、案内人で雇う!どう?」
「…案内人か…」
確かにこの先、町に泊まったり食事をしたりすにはお金が必要だろう。
だけどもし追手がきたら?迷惑をかける。
「…私には私の事情がある。もし私にとって都合の悪い状況になったなら、何も告げずに姿を消す事もある。それでもいいの?」
「イイヨ」
エディの真っ直ぐな態度に千律は折れた。
「…はぁ。わかった。それで、幾らで雇ってくれるんだ?」
「…えっと…一日一両でどうかな」
「いっ…げふっごほ…」
むせた。
「え、少ない?デモ今あんまり持ってないンダ…」
そう言って洋袴からじゃらりと小判を出した。
(金持ちー‼︎外国から来る人達は富裕層だって知ってたけども!小判しか持ってないじゃん!)
「因みにエディ、三国でお金を使った事は?」
「?ないヨ」
何時も連れが払ってるカラ〜とあっけらかんと言われて、千律は遠い目をした。
舘浜までの寝食の支払い、世話代全て込みの値段だな…と思い、掌の小判の山から一両を頂くのだった。
当作品では
小判(一両)=12万円くらい
小判(一両)=4000文
一文=30円くらい
と設定しています。
あくまでフィクションですので、想像の一助として考えて頂けると助かります((。´・ω・)。´_ _))




