『ターニング・ゼロ』
本編に関係あるのでこちらにも出します。
ワシはプレシス。バルキューレ…簡単に言うと某女児向けアニメや魔法少女の親戚の存在として戦っている。……ああ、一応女だ。この話し方は気にしないでくれ、昔からのクセなんだ。
ある時、家に帰る途中普通じゃないイカれた魔物共に襲われて切り札を使うしかないかと思った途端、目の前に好みの美少年が現れて『僕と契約してバルキューレになってください!』とか言いやがったから仕方ないかと乗り気で契約してやった。
そうしたら見事に変身して、動きやすいショートパンツに黒いブラトップと白銀のジャケット姿になり、ワシの手には戦いに応じて勝手に最適な武器を生成する力が宿った。ちなみに変身アイテムとかはないらしい。強いて言うなら先述の力くらいだとか。
で、"運命"と記されたスキル以外は普通の戦闘職と知力が少し高い程度しか変わらない程度の詳細不明職だったワシのステータスは正式に『戦神乙女』と記され、ステータスは変身時に限るとはいえ大幅に上昇することとなった。
だが、契約ならば代償は必須。いやまぁ、ワシにしては軽いものだったから問題はなかったが。その内容は不定期に出現するイカれた魔物…通称"グバ"を消し飛ばす事。出来るだけ早くが良いが基本は日常生活優先でいいとのこと。……逆に言えば緊急のグバが出る事もありそうで戦々恐々。
ま、ワシの力は必ず勝機を生み出す能力と解釈できる。ワシが道を違えなければ負ける事はないだろう……
『とぅるるるるんっ とぅるるるるんっ』
…例の美少年からの着信だ。グバの出現情報は彼から渡された"携帯電話"とやらに音声で届く。声を聞けるからワシは嬉しいが……情報伝達としては難点が多いよな……
「はい、もしもし」
『プレシスさん、まーたグバが出ました。測定上のランクはCです。位置をマップに出すのでお願いしますねー。報酬はいつも通り振り込みますー』
「…了解、暇していた所だ。今から向かう」
『はーい』
携帯電話には先程の電話以外にも彼が"アプリケーション"と呼んでいた機能が搭載されている。マップも地図の事で携帯電話自体に映し出すか、立体的に半透明な実態のない地形図を出現させるかどちらかを選べる。ワシは携帯電話自体に映し出す方が見やすくて好みだが。
なんだかんだ言っていれば現場に到着。携帯電話を操作して変身用のアプリケーションを起動する。これをする事で変身時にダメージを受けなくなるらしい…本当か?これまで攻撃を受けたことはないが……いや、いい。さっさと変身しよう。
「大海原にて吹き荒ぶ風、超天空にて舞い踊る雷、そして遍く在りし水よ、斯の身に古今無双の力となりて顕現せよ。戦いの地に於いて無双なれば我等最強と成る。【戦神乙女・転身】!」
地面に胎動する汞で円と四角形で魔法陣が形成され、ワシの身体を浮遊させる。そして、噴出した汞が身体を覆い、作り替える。柔軟さは強靭に、儚げは遥か彼方へと強さを引き立てる。そして紡塵の記憶がカタチを作り、服となった。違法改造の塊な厚底シューズで着地して適当にポーズを決めれば変身完了。
「ワシはお前の……死神だ」
決まった……誰かに見られていたらと思うと少し羞恥心が湧くがグバの近くにはそうそう人はいないのが幸いか。もし居たら戦うまでもなく死ねる。
『eeeeeeeeeeeeereak!』
空間が拡張され、スラムだったココは次の瞬間には暗闇の洞窟に。あやふやだったグバの形は蝙蝠になり、わしの方へと飛んできた。さて、今回のワシの武器は……あん?なんだこれ
「とりあえず引き金を引けばいいんだよな。……ファイヤーーーっ!?」
引き金を引くと持っていた棒の先から勢いの激しいうねるような火炎が噴き出した。グバは反応出来ずに突っ込んで焼き焦げた。既に虫の息だな。耐久無いのに突っ込んでくる方が悪い。
「なら、早いがココで幕引きと洒落込むか!【戦神乙女・招天】!」
武器が聖なる光を纏い、解放の言葉を今か今かと待ち詫びる。グバの眉間に銃口?を突き付け、泡沫を紡ぐ。
「【清浄なる聖火よ暗闇に灯を】」
グバは逃げる事も能わず、容赦なく焼き尽くされた。んー…倒すと無駄にいい匂いするんだよな。最近流行のオーガニックとかそういう感じの。
現実世界に帰ってきたワシは報酬を銀行で受け取って、古本屋で買った本を読みつつラジオを聞き流しながら珈琲を飲んで昼下がりを過ごした。戦った後の一杯はやはり格別だな……待てよ、あの美少年から振り込まれる"報酬"って何処から現れてるんだ…?ま、ワシに害は無いし先送りにするか。今日の晩飯は…面倒臭い、酒場にでも行くか。
「はぁ…今日は冒険者共に絡まれなきゃいいが…」
夜の酒場へとやってきた。最近は物騒なもので、依頼が豊富でカネがよく入るから冒険者の気が大きくなっている。ワシも昔はやっていたが、色々あったのと戦神乙女の仕事ができたから実質引退中。この酒場のマスターともその時代からの知り合いだ。
「やぁプレシスさん、今日も相変わらずお綺麗ですね」
「当たり前だ。ワシとお前らじゃ身体の作りが違うからな。ま、お前もそろそろ身嗜みというものを考えた方がいい。未だ独身なんだろ。それといつもの頼む」
「はははっ、こりゃ手厳しい。ですが生憎、私は独身が性にあっているのですよ」
「珍しいよな、お前って」
ワシがマスターと呼ぶコイツはアレス。人間とエルフの混血で、寿命が普通の人間と比べるとかなり長い。その為か昔から色恋沙汰には無縁で少し不安ではある。ま、ワシも似たようなものだが。
「そうでしょうか。生活を楽しくしようというのは変わりないと思いますし、プレシスさんの方が…いえなんでも。はい、『スゲーテの揚げ物』です」
「おお…いただきます」
茹でる前の細長いスゲーテを軽く油で揚げて塩を塗しただけだが家でやってもうまく出来ない、ある意味でここの名物料理だ。ついでに幾つかの料理と酒を頼みながら話に花を咲かせる。
「プレシスさんは最近、何をしているのですか?冒険者は辞めたはずなのにこうやってよくお金を落としてくれますが…もしかして、犯罪者に……?」
「馬鹿野郎。ワシがそういうのは嫌いだって知ってるだろ。そこまで困窮する前にワシならまた冒険者をする。一応ランクは凍結のままにしてあるんだから。」
「ですよね。はい、次の料理は『ボルケスパレア』です」
「おお、美味しそうだな。それで最近は…簡単に言うと人を助ける仕事をしている。まぁ、詳しいことは言えないが…ワシの職業に関係のあった事だ。やっと"運命"が繋がったってとこだな」
「それは…おめでとうございます。ダメ元で聞きますが…職業の名前はなんという名前だったんですか?読めない職業だったのでとても気になっていて…」
「ふふふ…そうか聞きたいか…乙女の秘密を聞きたいか……」
「言い方!私が変な人みたいになるでしょう…」
「ははは悪い悪い、それくらいなら問題はないだろう。『戦神乙女』だ。あれだけ旅しておいてワシ以外聞いたことも見たこともない職業だったからな。わかった時も少し特殊だったが…流石にそれは秘密にさせてくれ」
ワシの仕事の事がバレるのは少し不都合だ。コイツには余計な心配もさせたくないしな。
「わかりました。しかし『戦神乙女』ですか…本当に風の噂でさえも聞いたことがありませんね。唯一の職だなんてカッコいいじゃないですか」
「だろう?変身するときになんて胸の内から力が溢れ出るような感覚でな…っと、口が滑った。今のは口外なしで頼む」
「勿論です。しかしプレシスさんに胸なんてな…「あん?」…いえ何でもありません。ほら、『パーフェフルーティエ』をどうぞ」
「ワシだってちっとは気にしてるんだからな…というかお前の分寄越せよ。それか揉ませろ。うちの枕より気持ちいいんだよお前の胸」
「嫌です。そう言っていつもちょっかいかけてくるのやめてください」
アレスは男のような顔をしているが女だ。正直、身体は私と逆だろうと常々思っている。
「はははっ、悪い悪い。膝枕で勘弁してやるよ」
「……はぁ…後で、ちょっとだけですからね」
こういうワシにはなんだかんだ甘い所が非常に愛らしい。ついついイジめたくなるような愛くるしさだ。
「わーったわーった。ほら、新しい客が来たぞ。私はコレ《料理》食べとくから行ってこい」
「…むぅ……いらっしゃいませ、今日のご注文はなんでしょうか」
……ちっ、また仕事か。ペーパーに『少し用ができた、すぐ戻るから膝は開けておけ』と書いてこっそりと酒場を出た。
「どうした」
『ちょっと強いグバの反応を近くに感知しました!万が一の事があるので今すぐにお願いします!』
「報酬は」
『勿論色をつけて渡しますよー!』
「了解。詳細な位置を送ってくれ、今すぐ向かう」
携帯電話に送られてきた位置情報をマップで確認……おいおい、店の裏かよ。ショートカットして現場へと急行。
『ululululululululululug』
そこには、"獣"だとしか形容出来ない異形のグバが居た。まるで、ワシを待ち構えていたかのように。上から降りる時にも隙だらけの癖に殺気を撒き散らし不意打ちをしようものなら返り討ちに遭いそうなほどの圧倒的威圧感を感じる。だが、変身するのくらいは待ってくれそうだ。変わったグバだな
「大海原にて吹き荒ぶ風、超天空にて舞い踊る雷、そして遍く在りし水よ、斯の身に古今無双の力となりて顕現せよ。戦いの地に於いて無双なれば我等最強と成る。【戦神乙女・転身】!」
本日二度目の変身。1日に何度も変身すると身体への負担が大きいとか何とかで控えているが緊急とあらば仕方ない。できるだけ早く終わらせてアイツの膝へと帰ろう。
「ワシはお前の…死神d…っ……ぅ……!」
『alalalalalalalalug!』
決め台詞を言い終わる前にヤツが突っ込んできた。幸いにも爪は咄嗟に出した剣で弾き、空間拡張も行われた。ワシが負けなければ周りへの被害はないだろう。
「だが…速いっ!」
ワシの変身後の力を持ってしても防戦で防ぎ切るのがやっと。朝に戦ったあの蝙蝠とは全てにおいて段違い。だからこそこの空間のように、何も邪魔するモノは無い月光の丘で殺し合うには丁度いい相手だ。
『ololololololololol!』
「ぁがぅらぁっ!」
『auga!?』
グバが何気なしに紙を裂くが如くプレシスの腹を抉る。だがプレシスも顎先へと剣を打ち上げる。大きく身体を仰け反らせ勢いを保ったままバク宙、仕切り直し。
「カハッ…やるな、なら次はこっちからだ」
剣に気合を脈打たせ、身体へと還り、脚力を高め、一瞬にして肉薄。
『uti!?』
「ぶっ飛びな!」
お返しにと腹へ剣を突き刺し、振り回す。遠心力を利用して傷口が広がった。
『ut……aaarg!』
「ぐっ……視界が歪む…危ねえっ!」
グバは一瞬の隙を縫い頭を叩きプレシスに剣を抜かせ、背後へと回り爪を振るう。第六感で感知ししゃがみ状態から立ち上がると並行で回転打ち上げカウンターを決めプレシスはギリギリセーフ。
「行くぞオラァ!」
『uuuuuuuuuuuug!』
肉を切らせて骨を断ち、血で血を洗う戦い。お互い黒い泥に染まりながら互角の戦いを繰り返している様はまるで定められた運命に引き寄せられたよう。一つ刺せば一つが裂け、一つ叩けば一つ壊れる。攻撃の応酬はどこまでも続いた。
『uuuuuuuuus………』
「はぁ…はぁ……どうした?さぁ、来いよ」
プレシスはとっくに全身から血が流れ出していて、いつ倒れも不思議ではない怪我だらけ。力無く垂れ下がった腕、削げ落ちた脚、唯一生気…いや、狂気を留めているのは幽鬼の如き煌々たる灯を浮かべた瞳のみ。決して『乙女』がやってはいけないような身体状態。今も剣を向けグバを挑発している。
『aaaaaaaaaaaah……』
対して獣のグバも、存在には似つかわしくない程の美しさを持つ赤と白の織り混ざった毛並みだったが今や戦いの中で千切れ、傷口から溢れる泥と煙で汚れ、超高速機動で酷使した爪と牙は脆くなりつつあった。苛烈な攻撃には彼女自身にもそれだけリスクが伴っていた。
だがお互い、撃殺の気持ちは滾る事を忘れられない。一つでも目を逸らせば死ぬ。ただそれだけの事。それだけの法則が場を支配する。月が笑い、星は囃す中二人の戦いは絶頂を迎える。
「…来た。【戦神乙女・招天】」
剣は極大の力へと変貌し、プレシスは千早振りすぎる力を両手へと強引に掴み収める。天へと登る柱が、獣を眼前に据える。
『tsaaaaaeeeeeb……ooooooooooooooooooooo!!!!』
だが獣も、残存の力を全て解き放つ。咆哮はフルオーケストラの旋律のようであり、空間内全てに反響。その音色は響きを増し、幾層にも織り重なり、観客《世界》を味方につける。
「いい声だ…だが、越えさせてもらう…声だけにな!」
立ち昇る力の奔流。それを傾け、地に伏させんとし、薙ぐ。
「【我らが源流よ力を示せ】!」
広がる光景を汞一色に染め上げる。そして、霧散した汞は獣に対し牙を剥いた。先程迄の観客《世界》は、刺客《異常》へと変わり果てたのだ。
『uuug…aaaa……ayh……!』
一転してハミダシモノに堕とされた獣は汞に呑まれて力を奪われた。削がれて、喰われて、何故か哀れな乙女に見える。
「トドメだ。【戦いにて我らは天翔を為す】!」
『nnnnnaaaaa…………』
爆散。振りかぶった力を見上げた獣の鼻先へ叩きつけた。空間も同時に叩き割れ、元の空間へと帰還した。手に溢れる余韻が、身体に刻まれた跡が、霞よりあっさりと掻き消えたあの空間での出来事を証明している。
「……やった…な……」
安堵と同時に、彼女は血塗れのまま地に伏した。流石に無理が祟ったのだろう……
『報酬は送っておくので、起きたら確認お願いしますね。今回はお疲れ様でしたー』
「……さん…レシ…ん…」
気がついた。何か柔らかいものに包み込まれるような感覚がする。
「ん……あ…?」
目を覚ますと……いや、そこそこ見覚えがある。アレスの家の天井だった。ワシは一糸纏わずアレスのベッドで寝ていたらしい。
「……ってなんでお前も裸なんだよ!?」
ワシの横でアレスも起き上がった。少し眠たげで朝日が差し込んだ髪は輝いて見える。
「へ?私がプレシスさんの傷を癒したからで……」
「だからって服を剥くなよ!」
「……最初から着てませんでしたよ。血塗れで裸のまま店の裏で倒れてた方がどうかと思います」
「……それは…なんか…すまん」
いつもとは違って服は直らなかっだのだろう。あまりに酷い傷だったからな…変身前にまで影響したか。
「どうして、かは聞きません。大方プレシスさんの仕事に関することでしょうから」
「…ノーコメント」
呆れた目を向けられたらワシに為す術はない。沈黙を突き通す。
「私が怒ってるのは血塗れのプレシスさんをここに連れてきた事でもなく、全力で治療させて疲れさせた事でもなく、7日も目を覚まさなかったことでもなく、約束を守ってくれなかった事です。プレシスさんがすぐ戻ると言っていたのに閉店まで待っても帰ってこない、どうしたのかなと裏口から出ると倒れていたので急いでここまで運んで癒して命を繋いだのにプレシスさんはとんだ寝坊をして……」
「悪い悪い」
「っ…もうっ!」
…謝ったのにキレられるのは流石に困惑するんだが
「悪いと思ってるなら、誠意を見せてください。誠意を!」
「はぁー……分かった分かった。今日一日は好きにしていいぞ」
流石に誘っておいてぶち破ったのは罪悪感を感じる。七日も世話になったのならこれくらいはしてもいいだろう。
「……本当にいいんですね?」
「お、おう?……おう。」
今何か圧を感じたな。主に物理的に。獣と相対した時より更に重いのが。
「じゃあ、私とで、で…デートしてくださいね!」
「はいはい。……と言いたいが一度家に帰りたいから服を貸してくれ、街中で裸は嫌だ」
携帯電話は…あーうん、枕元にあったな。
「…取りに行くので安心してください。七日間も寝てたんですから身体を軽く動かしていてくださいね」
「…あいよ、いってらっしゃい」
部屋からアレスを出ていくのを見送り、ストレッチや軽い筋トレで身体の状態を確認。寝ていた割に然程下がってはない。まるで、何かに動かされていたように…って、ワシの身体が強くなってるだけだろうな。
「それにしても……腹、減ったなぁ」
朝日は登る。世界は回り始めた。輪転の刻が、今、始まった……