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月兎の十二ヶ月

星蒔き

作者: 矢宵羽鷺

その年の最後の満月の夜のことでした。

南の鯨座(くじらざ)にお出かけの主様から、十六夜の塔に彗星便(すいせいびん)が届きました。

十六夜の塔の天井に開いた星見(ほしみ)の窓から、橙色の炎をまとった彗星の便りは、薄暗い塔の中を明るく照らしながら落ちてきました。

塔の留守番役の銀兎(ぎんと)は、目の前でふわりと浮かんだ炎を、おっかなびっくりしながら両手で受けとめると、

「わあ、冷たい!」

彗星は銀兎の手の温もりで炎を弱め、最後の火が消えると、一葉の便りに姿を変えました。

文字の苦手な銀兎は書いてあることが分りませんが、主様の御印(みしるし)があるのに気づきました。

「どうしよう、早く白兎(はくと)に知らせなくちゃ」

一年の終わりの月は大切な仕事がたくさんあるので、一番年長の白兎が月番(つきばん)を勤める決まりです。

白兎が「今朝は月の原でお役目があるから」と、言っていたのを思い出し急いで向かいました。

銀兎が(まり)のように丸くなって跳んで行くのに気づいた二番目の月兎、玉兎(ぎょくと)は、あまりの勢いに驚いて大声で叫びました。

「おーい、銀兎ぉ。そんなに弾むと、また月からこぼれ落ちるぞぉ~」

そうです、前に銀兎は月からこぼれ落ち遠くの翡翠星(ひすいぼし)で迷子になって、仲間たちにとても心配をかけたのでした。

しかし銀兎には玉兎の声が届かずに、跳んで行ってしまったのです。

月兎の中で跳ぶのが一番上手な銀兎に追いつけるものはいなかったので、玉兎は仕方なく耳を立てて仲間たちに銀兎のことを伝えました。

もちろん月の原で月番を勤めている白兎の耳にも届きましたが、その時には既に銀兎の姿が、月光草(げっこうそう)の間に見え隠れしていました。

「おーい、銀兎、ここだよ」

息を切らせている銀兎を、手招きで呼び寄せました。

「…っ、白兎、主様から彗星便が届いたんだ、ほら!」

銀兎は懐から便りを取り出して、白兎に渡しました。

「これは大変だ。主様は星の種を忘れたと書いてあるよ……」

「星の種って、新年に蒔くやつ?」

やっと銀兎に追いついて月の原に着いた玉兎が聞きました。

「やあやあ、玉兎、そうなんだよ。先の月に収穫した種だよ!」

月の原を埋めつくす月光草は、十一の月にだけ実をつけるのです。

それは(ふる)い年に流れて失った流星の数だけ、新しい年に新しく生まれる新しい星の種として実を結ぶのでした。

月兎たちはその種を大切に収穫して、主様に献上します。

主様は、その年の吉方にある星座で新年が明けるのをお待ちになり、言祝(ことほ)ぎを与えてから、星の種を夜空に蒔くのです。

すると小さな星の子供が目を覚まして、夜空の果てまでも散って行くのでした。

「急いでお届けしないといけないね」

白兎と玉兎がおでこにシワを寄せて、口をキュッと結んで頷き合いました。


「さて、誰が届けようか?」

白兎が十六夜の塔の円卓に揃ったみんなを見回して問いかけました。

「まずは、月番の白兎は月から離れられないよね」と玉兎。

「ボクも行けない。歳星(さいぼし)まで銀木犀を刈りに行かなきゃならないから…」と月桂(げっけい)

年の終わりの月は一番小さな銀兎と十一番目の月兎、月影(つきかげ)をのぞいて、みんなに違う役目が振り分けられているのです。

しかし月影は「月を出る」なんて、想像するだけで涙がこぼれてしまう有り様です。

「うーん、銀兎を一兎(ひとり)で行かせるのはどう思う?」

白兎はみんなに聞きました。

銀兎はひとりぽっちで行くのかとドキドキしましたが、同時にワクワクもしました。

『この前は寝ぼけて月から落ちちゃったけど、今度はちゃんとしたおつかいだ』

翡翠星で迷子になった時に、瞳が真っ赤になるまで泣き続けたことなんて、すっかり忘れてしまったようです。

早く白兎が「一兎(ひとり)で行っておくれ」と言うのを、耳を立てて待っていました。

『ちゃんと届けたら、帰り道で星蒔きが見れるかもしれない』

本当なら、この星の種を蒔く儀式は、手伝うことも見ることもできません。

なぜなら月兎たちは、星蒔きからお戻りになり、新年を月でお迎えになる主様のために、真っ白いお餅をたくさんこさえなければならないからです。

「でもさ、銀兎だけじゃ心配だよ。だけど月影がこれじゃあどうしようもない」と、ため息まじりに玉兎が言いました。

みんなが考え込んでシーンとなった、その時に兎角(とかく)が、

「そうだ!猫目星(ねこめぼし)の『おつかい猫』にお願いしてみたら?」と、思いつきました。

月兎たちはいっせいに顔を見合わせ『賛成!』と、和音のように声を重ねました。


おつかい猫のタビィさんは、夜空で迷うことがありません。

だから月兎だけでなく、織姫星(おりひめぼし)双児星(ふたごぼし)も、みんなが『おつかい』を頼むのです。

そしてタビィさんは、一人でおつかいに行ってもくれるし、こうして夜空の旅に慣れない者には、水先案内人として同行もしてくれます。

「なァるほどね。ツクヨム様のお使いじゃ、アンタらもシクジれないさね。いいよ、アタイがチビタのお供を引き受けようじゃないか」

心よく引き受けてくれたタビィさんは、旅支度を終えた銀兎の首筋を優しくくわえました。

月の原で見送る仲間たちは少し驚きましたが、銀兎が笑顔で「いってきます」と手を振ると、応えるように「いってらっしゃい」と手を振りました。

それを合図に、タビィさんは突風を巻き起こして月から離れて行きました。

月の光もだんだん小さくなり、闇の静けさの中で聞こえるのはタビィさんが蹴る星屑の音だけになりました。

銀兎は足下に広がる天の川の靄に包まれて、周りが良く見えませんでした。しかしタビィさんは、少しも迷うことなく南へ南へと向かって疾走していました。


突然、天の川が大きく波打ちました。

タビィさんは走るのを止めて、ゴロゴロとのどを鳴らしました。銀兎はくわえられた首の後ろがくすぐったくて体をよじってしまいました。

するとポトンと銀兎はタビィさんの足元に落ちてしまいました。

「……チビタ、よォくごらん。鯨のおむかえだよ」

星の流れの向こうに大きな『何か』が見えてきました。

「わあ、あの大きなサカナがクジラっていうの?」

「くくく、バカだねぇ…… いいかい、鯨ってのはね、魚じゃないんだよ」

「でも、ボクにはサカナにしか見えないよ」

「強情な月兎だ!」そう言うと、タビィさんは前足で銀兎の頭を小突きました。

銀兎は、アッとよろけて天の川に落ちそうになりましたが、誰かがひょいと持ち上げてくれました。

「これはツクヨム様! 御身(おんみ)がお出ましになりますとは……!」

急にタビィさんが畏まってかしづきました。

銀兎はびっくりして仰ぎ見ると、自分を持ち上げている方が主様だと分りました。

そしてそれが嬉しくて、主様の手のひらに額をこすると、にっこり笑って耳の間を優しく撫でてくださいました。

御遣(みつかい)い猫よ、銀兎が世話になったね」

「恐れ多きことでございます。アタクシめも、月兎をこんなに遠くまで案内するなんて、とても稀な体験でございました」

主様はタビィさんの言葉に、クスッと声をたててお笑いになりました。

「それでは報酬を、上乗せしなくてはいけないようだね」

するとタビィさんは銀兎をチラリと横目に見てヒゲを揺らすと、吹き出して大笑いをしました。

自分が笑われているのは、ひとりで何も出来ないからだと思い当たりました。そして、今まさに、一番大事なお届けものを、まだ背負ったままだと気づきました。

銀兎はあわてて背中から、星の種の入った巾着袋を差し出し、

「主様、星の種を、お届けに、あがりました」と、白兎をまねて丁寧な言葉遣いをしてみました。

「ほう、銀兎はいつそんなに難しい言葉を覚えたのだろうか?」

ぎこちないけれど間違えずに、白兎に教わった通りに言えて得意になりました。

「くくくく、でもね、ツクヨム様。このチビタは鯨とサカナの違いは知りませんのよ!」

タビィさんの言葉が合図だと言わんばかりに、天の川の星の流れを分けて大きな鯨が近づいてきました。

シャラシャラと星が波打つと、小さな衝突が起こり白い火花がはぜるのでした。

それはまるで、魚といわれた鯨が、カンカンと怒っているようにも見えました。

銀兎は近づいて来る鯨の大きさに怖じ気づいて、主様の衣の袖をギュッと握りしめました。

「ほら、銀兎。鯨の尾ひれが見えるかい?」

「ハイ、とても大きいです。ボクらがみんなで繋がってもかないません」

「そうだね、では、形はどうだい?」

「カタチ」と主様はお尋ねだけど、魚の尾ひれの形なんて同じに決まっているのに、と銀兎は不思議に思いました。

それでも答えるために、さっきよりもずっと真剣に鯨を観察しました。

『……おや、何かが違う?』だけれど、どこが違うのか……

首を傾げても、頭を抱えても、全く分らなくてジタバタしてしまいます。

そんな珍妙な銀兎の仕草に、またも主様とタビィさんは大笑いをしたのです。

二度も笑われた銀兎は、恥ずかしかったり悔しかったりで、とうとう拗ねて隠れてしまいました。

「ごめん、ごめん。拗ねないでおくれ、私の月兎よ」

そうおっしゃって主様は銀兎を優しく抱きしめてくれました。

「いいかい、銀兎。こうね、鯨の尾ひれは水平なんだ」

主様は手のひらを下に向けて水平にし、手招きをする要領で鯨の尾ひれの動きを真似て見せて下さいました。

「……あっ! そうか!」

銀兎は靄が晴れたように、すべてがいっぺんに理解出来ました。


「おやおや、そろそろ刻限だ。鯨座で種を蒔かなくては……」

「いってらっしゃいませ、主様。ボクは先に戻ります」

そして連れて帰ってもらおうと、タビィさんにお願いすると、

「おや、アタシは片道だけの約束だ」

「えーっ、ボクはどうやって月に帰るの?」と銀兎は言って、翡翠星での寂しい気持ちを思い出して泣き出してしまいました。

「しぃ、よしよし。そんなに泣いていたら、星蒔きが出来ないよ」

「えっ?? 星蒔きって? ボクがお手伝いなの?」

もうすっかり、いつもの言葉遣いに戻ってしまった銀兎は、月兎の誰も見たことも、手伝ったことも無い『星蒔き』に想いをめぐらせて耳を揺らしました。

「さあ、タビィ殿もご一緒に参らせ。極上の木天蓼酒(またたびしゅ)を用意しておりますよ」

猫目星に帰ろうとしていたタビィさんも、主様のお誘いを恭しく受けて、一緒に鯨の背中に乗り込みました。


鯨座に到着してほどなく、新年を告げる一声(とき)が響き渡ると、主様は星の種を夜空に蒔きました。

そして主様に続くように、銀兎も小さな手で星蒔きを手伝いました。

星の子供たちは、高らかに誕生の喜びの歌を斉唱してから。それぞれの星座へ散って行きました。

最後の星の子供はひときわ元気で「今年も良い年になりそうだ」と主様を喜ばせてくれました。

タビィさんは星蒔きの様子を肴に、月の雫で作った極上の木天蓼酒を、ちびりちびり舐めながら上機嫌でのどを鳴らしていました。


月に帰ってから仲間たちは、銀兎を羨ましがりました。しかし、白兎だけは違いました。

だって、この『おつかい』は最初から銀兎のためにと、主様と白兎で考えた計画だったからです。

このステキな冒険で、銀兎は少しだけ大人になったようです。

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