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09話「冒険のはじまり」

 翌日。まだ早朝だが、今日はすでに皆起床して庭に集まっている。

 責任全部押し付けるようなもんだから、見送りくらいはしたいとかそんなところか。こういうのはやる気のあるやつだけで行った方が苦労が少ないんだぜ、気にすることはない。のだが、まあ素直に親切な皆に感謝しとこう。

 とはいえまだ出発の時間までは時間があるので、各々には自由な時間を過ごしてもらっている。そして、だからこそ俺はこの束の間の安息中に確かめたいことがあった。


「なぁ聖司よ。超絶重大な話がある」

「なんですかな?」


 俺は対象、月宮柳瀬さんを捕捉したまま隣に肩を並べる親友に語りかける。


「月宮さんのブラはおそらく黒」

「あぁ…………はい。それで、なんですかな」

「上下お揃いってのが定番だが……そうなるとつまり、月宮さんの下は……」

「どうでしょうな」


 俺は地面に伏せると、双眼鏡を左手に月宮さんがまだこちらに気づいていないのを確かめつつ接近。


「ボタン長押しで伏せる。そのまま左スティックを前後左右に倒すことで匍匐移動できるぞ。これで敵に見つかりにくくなる。カムフラージュ率にも注意するんだぞ薫」


 一人で呟きながら、生暖かい目で俺を見つめる聖司に別れを告げ月宮さんに背後から近づく。

 距離は約3メートル。絢香から画面の操作法を習っている彼女はやや前傾姿勢を取っているため、スカートの防御が甘くなっている。俺は躊躇なく双眼鏡を構えた。

 そして俺は見た、深淵を。暗い、どこまでも黒く染まった空間。それを二つ連結した筒の奥に俺は見出したのだ。

 ってそりゃそうだ、だってレンズ保護のフタ取るの忘れてんだもん。


「っく、俺としたこと──があああああ!?」


 直後、俺の背骨が軋んだ。いや、砕けたかもしれない。

 

「アンタ何してんの……ほんっとアンタ何してんの」

「双眼鏡を装備したことで視界が遮られたところを強襲……いい策だ。ちょっと俺のカムフラ率足りなかったね……ジャケット茶色だからいけると思ったのに」


 俺の背中を踏みながら見下ろす絢香に、俺は親指を立てて褒めてやる。

 でもすっごく痛い。まだゾンビの爆発の方がましなくらいだ。なんてこったローファーの威力は洒落にならん。世の暴力ヒロインはもう少し主人公に手心を加えるべき。


「このまま砕いていい?」

「馬鹿野郎冗談でもやめろ!」


 少しずつ加わる足の力に危険を感じ、俺はすぐさま飛び退いて絢香から脱出。強引に跳ね除けたのにバランス一つ崩さんとは、絢香もなかなか運動神経はいいようだな。相変わらずピンク色の逆三角形の物体がチラってるが。しかし不意のチラより羞恥を含んだチラ派の俺はこの程度では動じないし、何よりこいつ相手に興奮などせん。


「か、薫君どうしたの……? もしかして傷、痛む?」

「違うよ柳瀬さん、コイツあなたの──」

「あー! アー! 待って、それはやめて。冗談、冗談だから!」


 俺はすぐに立ち上がって絢香の言葉を遮る。

 でも月宮さん近づいてきてくれたし、もしかしてあのまま地面に伏せてたら見えたかも。ちぃ惜しいことをした。


「ごめんなさい……これも全部俺の右手に封印された月の獣ってやつのしわざなんだ」

「そういうの柳瀬さん分からないと思うわよ」

「っく……生きづらい世界だ」


 でも困り顔で首をかしげる月宮さんもいい。どうしてあの画面にスクショ機能がないのか理解に苦しむ。いやスクリーンショットって言っていいのか分からんが。ともかくあの顔をどうにかして保存したい。形に残るものとしてな。あれはいいものだ。

 

「ん? んんと……もし包帯変えたくなったら、いつでも言ってね?」

「あー、ソウイエバナンカホウタイガユルンデ……」

「……せいやっ!」


 バカピンクの弱パンチが俺の右腕に入る。こいつ容赦なく傷を狙って──できる。


「できる、じゃねぇ……おまえ、傷のある方はやめろ。やっと血が止まったんだぞ」

「え、あ、ごめん……弱くしたつもりだったけど。ごめん……大丈夫?」


 やっといて謝るのか。こいつもなんだかいつになく情緒不安定というか、らしくないというか。もしかしてあの日か?なわけないな、たぶん昨日の夜のことを気にしてるのだろう。あの時の俺はどうにかしてたし、ちょっとこいつにもそっけなくしてしまった。さてじゃあ……どうするか。


「お? 何だ何だお前がそんなに心配してくれるとは。いやあ異世界に来て何故か理由もなく異性にモテる能力発動しちゃったかーつれーわー」

「んなわけないでしょ馬鹿!」

「異世界に転移した幼馴染の二人。何も起きないはずもなく……」

「なにアンタ……私とそういう関係になりたいの?」


 露骨に嫌な顔された!こっちにその気はないとはいえ女子にこんな対応されるのはキツいな。


「無理! 無いです! そんなオカルトありえません! 大体お前はアレだ! 程々に大きく形の良い胸に、それなりにスレンダーな体型。運動とか好きなのかな? と思わせる健康的な肉付きの足が魅力で、さらに元々バランスの良い整った顔立ちを綺麗に見せるための手入れも怠らないマメな一面もある。そんな平均よりやや上ランクな美少女──の皮を被った血に飢えた獣! それがお前だ! そんな奴と付き合うわけがないだろ!」

「なっ……ば……え? あ……び、微妙に反応しにくい否定の仕方すんじゃないわよ!」

「貴様が本性をさらけ出せばどんな男だろうと逃げていくに決まっている。今から男探しに苦労するがいい。ふはは、ざまあみろ」

「一応……彼氏がいたってこと忘れてない?」


 そういえばそうだったな。まあわりとさっくり別れたみたいだけど。初恋は実らない的なアレか?


「……淫ピめ」

「彼女の一人も作ったことのないやつに言われたくないわよ!」

「作る前にお前が別の男と組んじまったんじゃん」

「っえ……」


 おい、なぜ頬を赤くする。冗談に決まってるだろ。


「えと、ごめん……」

「嘘だよ。何だその反応、気持ち悪い」


 綺麗な強攻撃三連続コンボが俺に決まった。体力バーがあったらたぶん今ので7割は削られたと思う。絢香はあれだ、なんとなくボタンをポチってるだけで勝てちゃう感じのキャラだな。俺では相性が悪い。


「今のは殴られても仕方ないと思ってる、すまん。ちなみにお前の性格だと、だったら一度くらいデートにでも誘いなさいよ……馬鹿。と俺に聞こえないように小声で囁きつつ泣きそうになりながら立ち去るのもポイント高いぞ。参考にするといい」

「死神とデートでもしてきな、クソ野郎」


 吐き捨てるように言って、絢香は去っていく。

 今のは悪党にとどめを刺す主人公みたいな台詞でちょっとかっこよかった。80点。


「薫殿、無事ですか?」

「大丈夫、かろうじて致命傷におさえた」

「それ大丈夫じゃないやつですぞ」


 俺は聖司の腕を借りて立ち上がり、壁に体を預けて一息つく。

 じゃれ合うだけでも結構右腕に響くな、銃は左で使った方がいいかもしれん。利き腕でもなく、ストックもない拳銃でどれだけ命中率が確保できるか。正直、俺は戦力として考えないで作戦を練らないといけないかもだな。

 さて、まあその辺の難しいことは追々考えるとして、まずはなぜかじっと俺を見てる月宮さんの対処をしよう。珍しく真顔だ、なに考えてるか分からん。


「あの……月宮さん?」

「…………」

「え、あー……その、なんだ……むぅ」


 呼びかけても彼女は答えることなく、俺の両目をじっと見つめ続ける。ちょっと恥ずかしい。


「……良かった。薫君、元気出たみたいで」

「あ……」


 月宮さんの満面の笑み。さすがの姫路薫もこの不意打ちには抗うすべもなく。不覚にも言葉を失ってしまうのでした。

 おのれ白玉、スクショ機能を加えなかったことを一生恨むぞ。


「うん、もうだいじぇ──大丈夫、だよ」


 ヤッベ噛みかけた。落ち着けー俺。心の深呼吸だ。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。


「って、違うだろ!」

「えええ!?」

「あー! ごめんなんでもないんだ月宮さん!」


 自分にツッコむにしろ口には出すな間抜けめ。ええい、まだ本調子じゃないのか?


「ふー……大丈夫、本当に大丈夫ですんで」

「そ、そう? じゃあ、私みんなの様子を見に行ってくるから……もし何かあったら言ってね? 絶対だよ!」


 笑顔で去っていく月宮さんを、俺は手を振って見送った。

 やはり月宮さんにとって俺は、大切なクラスメイトであってそれ以下でも以上でもない。よかった、俺に意識が向きすぎて周りが見えなくなっては困る。出来れば、この関係を続けたいところだな。




 いよいよ、時が来た。

 時刻はおそらく昼前。塔を目指す面々の状態も良好。とりあえず不備はないはずだ。


「しかしなんというか……」

「あぅ……」


 俺の視線に気づいて、月宮さんの背後に隠れる小柄な女の子。出席番号23番、椎名紫さんだ。

 彼女はなんというか、あまり人と話したがらない子で、俺の認識ではあまりこのクラスでも友人は多くない。せいぜい、委員長とか月宮さんが気を使って話しかけてるのを見るくらいだったからな。

 だからか、彼女が俺達の側に参加すると月宮さんから聞いた時はちょっと驚いた。

 でも、考えてみればそう思うのも分かる。友だちがいない状態で、こんな建物一つの空間にずっと押し込められるのは辛いだろう。それに、もしここで何かあった時に真っ先に標的にされるとしたら、それは紫さんだ。

 あまりそうは思いたくはないが、男子もなんだかんだで昨日の内にゾンビの死体で遊ぶ連中もいる。何をしでかすか分からん。少なくともその点においては、俺と聖司ならば問題ない。とはいえ紫さんからすれば、俺も他の男子とそう変わらず怖い存在なんだろうけど。

 だが攻略組にもヤンキー達がいる。安全とは言い難い。仕方ないな、俺が紫さんの親衛隊となって守ってあげよう。


「よろしく、紫さん」

「は……ぃ」


 月宮さんの腋から紫さんの腕が伸びる。こんな握手のしかた初めてだ。でも手の位置を確認すると見せかけ合法的に月宮さんの胸に視線を向けられるのでグッジョブ紫さん。

 しかも紫さんの手ひんやりして気持ちいい。なのに俺ってば汗ばんでて超失礼というかマナーがなってないというか本当にごめんなさいだ。でも謝ったら多分横にいる絢香にどつかれるんだろうな。


「んじゃまあ、俺らは塔を目指すってことで、こっちはよろしくな」

「ああ、出来る限りのことはする」


 そう言って答えたのは、初日に俺に反発してきた女子。委員長のことや昨日の俺の一件があったせいでずいぶんと丸くなっちまった。

 そんな彼女は籠城組のまとめ役に志願してくれた。まあなんだかんだで他の女子連中とも上手くやれるし、なんとかなるだろう。

 それでも不安なことに変わりはないが、銃の扱いや警備の仕方、諸々を伝えてあるしこれ以上俺達に出来ることもない。後はクラスの連中の人間性に委ねるのみだ。


「しつこいようだけど、地上だけじゃなくて空の監視も怠らないこと。警備は1時間位の交代制で一度に四人以上はつくこと。銃の発砲はなるべくさける。銃座担当の子を必ず一人は常に待機させる。このへんは特に注意してくれよ」

「分かってるさ。アンタのメモに従う。こっちも自分の命がかかってるんだ、手を抜くやつはいないだろうさ……今ン所はな」

「……分かってる。こっちも急ぐよ、できるだけな」


 盛大に、とはいい難いが皆から見送られ、俺達はついにこの場所を去る事になった。

 塔を目指すメンバーは、俺と聖司、月宮さん紫さんに絢香。そしてヤンキー三人組の8人だけ。

 この8人で、異世界での冒険を始めるんだ。それは俺の望んだものとは到底かけ離れた、最悪なものだけれど。

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