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06話「全てはここから」

 安全地帯にいるという安心感からか、クラスのみんなは拠点の各所で和やかに談笑を始めていた。

 ここだけ見ると、まるで変わらず学校にいるかのようにも思えてくる。あるいは、修学旅行に浮かれ宿泊する宿で騒ぐ高校生と表現するのが適切か。

 これで作業も一段落。俺も虚ろな目のまま一旦塔を出て庭まで降りる。と、それまでせき止めていた感情がついに心のダムを決壊させ、その場で膝から崩れ落ちる。

 俺のMP7は死んでしまった。正確には、転生して鉄という名のクラフトアイテムになった。俺のクラフトスキルだと鉄板が一つ製造できるぞ、やったぜ。


「……薫殿」

「…………」


 ちなみに月宮さんからのプレゼントは無事だった。あくまで本体の分解だったようだ。好感度まで分解しなくてよかった。

 

「ねんがんの土(小)をてにいれたぞ!」


 地面から掬い上げられた少量の土は、俺の手から消えていく。インベントリに空いていたマスには新しく、土(小)のアイコンが追加された。

 

「あああああ! なーにが(小)じゃ! 顔文字みたいな形しやがって! 俺の顔がまさに今そんな感じじゃ! ふっざけんな!」


 俺はインベントリから土(小)を取り出すと、それを渾身の力を込めて地面へ叩きつけた。しかし大地に効果はない。

 突然怒声が聞こえたせいかクラスの奴らが数名こっちを眺めていたが、今は気にもならん。笑いたければ笑うがいい、惨めな俺を。


「薫殿……気を確かに。さすがの私もそんな物、殺して奪いたくないですぞ」

「これが落ち着いていられるか! 俺を落ち着かせたいなら月宮さんのお──」


 ──なかを見せろなんて口が滑っても言えんぞしっかりしろ俺。当の本人が俺の30センチ右隣にいる間は我慢だ。

 駄目だ、混乱の状態異常にかかってる。とにかく今は名前が挙がったせいで首をかしげる月宮さんになにか言ってやらないと。


「……しぼりでも貰えないと、な」

「え!? えと……ごめんね、おしぼりは持ってない……かな」


 苦しすぎる。何でおしぼりなんだよ他にもあんだろ。おっぱいとか。いやおっぱいは駄目だ。違うそうじゃない、ええと、なんだっけ。


「んんんんんー!」

「薫殿!? そんなに土を入手しても意味がないですぞ!」




 テンパった俺が真顔で唸りながら土を集める狂人という認識を皆に与えてから五分後。

 状態異常は回復した。虚しくなってきたし、いつの間にか所持可能な重量が40キロになってるからな。


「土(小)×99……99って表示を見るだけでなんか安心するよね」

「あ、それはちょっと分かりますな。して、落ち着きましたか?」

「なんとか。過ぎたことは仕方ない」


 そうだ、俺達にはやるべきことがある。

 とりあえず土掘ったところが小さいクレーターになってるから、今のうちに戻しておこう。さすがに99個も土はいらん。でも、もしかしたらなにかに使えるかもしれないし、十個くらいは持っとくか。


「ごめんね、薫君。私のせいで……」

「月宮さんは悪くない!」

「柳瀬殿のせいではござらん!」

「ひぇ!? う、うん……そう言ってくれると、嬉しい……かな」


 揃って大声を張り上げた俺と聖司に驚く月宮さんも良い。

 騒ぎの原因となったのは紛れもなく月宮さんの行動で、結果的に俺が銃を失ったとなれば彼女が責任を感じるのは分かる。だが、何も悪いことばかりではない。あの機能の危険性を早期に見つけられたという意味では、むしろ今の内に分かってよかった。むしろ月宮さんに感謝だ。後で皆にもあのボタンには間違っても触れるなと伝えなくてはな。

 

「それで、本題に戻りましょうか薫殿。今すぐ始めますか?」

「ああ」


 俺は即答する。情報は何事においても最優先ってくらい重要だ。

 俺と聖司は月宮さんや委員長と一旦別れ、建物一階の奥へと向かう。すれ違うクラスの連中から刺さる視線が痛かったが、一旦真面目モードに入った俺は月宮さんが全裸で抱きついてくるレベルのドッキリイベントでも起きない限り動じないぞ。

 

「この部屋でございます」

「ふむ……」


 黒のマジックで立入禁止と書かれたドア。その向こう側から、爪でドアを引っ掻く耳障りな音が聞こえる。顔を近づければ、微かな呻き声。

 この部屋には聖司が捕獲したゾンビがいる。捕獲といっても、この部屋に元から入ってた奴をそのまま閉じ込めただけなんだが。まあ聖司に無理はしてほしくなかったし、アイツも怪我せず楽に捕獲もできてラッキーってやつだ。神様仏様に感謝だな。この世界から俺らの祈りが通じるか分からんが。


「んじゃちょっくら調べ物のお時間ってことで。万が一があるから……そんときゃ遠慮なく、な」

「こんなところでやられてしまってはこの先生きのこれませんぞ」

「きのこ先生……分かった、まあ無理しない程度にやってみるさ」


 俺は頬をドアに擦り付け耳を澄ます。浅く早い息遣い、かりかりとドアを爪でなぞる音。このドア一枚を隔てて、反対側にゾンビがいる。

 一度深呼吸して、息を整える。俺のシールドはもうない。正確には3割回復しているが、一噛みであの減りようだ、ほぼ意味はない。


「せぇ……の!」


 体重を乗せて、俺はドアを思い切り押し開いた。どさ、と向こう側で大きな音が立つのを聞き逃さず、開いた隙間から部屋の中へ滑り込むように入るとドアを完全に締め壁際まで後退。

 この部屋も広さは俺が襲われた場所と同じくらいだ、そんなに大きくはない。部屋の中央で仰向けに倒れるゾンビと壁際にいる俺との距離も、目測で2メートルと少しくらいか。上手く立ち回らないと捕まるな。

 とりあえず動けなくなってる内に最初の行程を済ませよう。まずジャケットを脱ぎ、ゾンビの頭に被せ素早く袖で結んで固定する。これであるのか分からんが視覚は封じた。


「……ぅ」


 のっそり立ち上がったゾンビは数度俺のジャケットを腐った指で引っかき取ろうとしたが、なかなか外れないからかすぐに諦め部屋の中をうろつき始める。

 俺を認識できていない。生体センサー的な能力、野生動物レベルの嗅覚はなし……かな。知能はあるかないかで言えばほぼないだろう。ただ、聖司が言うには一階のゾンビはM16……ライフルで武装していたとのことだ。こいつも持っていたが聖司が取り上げたみたいだな。だがこの感じからして、狙って撃ったり罠を張るほどの知恵は回らないと思う。

 まさか、めちゃくちゃ頭が良くて馬鹿を装い俺が油断するのを待ってるとかは──ないか、少なくとも俺を襲ったやつに知性は感じられなかった。

 あと外見だ。こいつはスーツ着てるのでサラリーマンゾンビとしとこう。俺が倒したのはTシャツに短パンとなかなか個々で個性がある。腐敗度はどう言うべきか、遠目に見れば痩せこけた人に見える程度には原型が保ってると言えるかな。中身がでろんとしてたりは無し、血色悪いしところどころ腐り落ちちゃあいるがまあ最近のゲームとかにいるやつに比べりゃ大分新鮮な方だろう。あくまで、こいつは。


「…………よし」


 小声で囁いて、俺は次の実験を始める。

 装備画面を開き、ホルスターとP226、それと弾倉を入れる拳銃用マガジンポーチを選択し装備。

 すると、腰に突然銃とポーチが出現。俺はポーチに収まったP226の弾倉を手で引き抜く。と、空になったマガジンポーチに、新しい弾倉がまるで生えてきたかのようにセットされた。魔法か何かは知らんが、これのおかげで各銃につき一つのマガジンポーチで済むのは非常に助かる。フル装備の軍人というより軽装のPMCって感じのスタイルが基本になるのかな。ただの学生なんだし、できるだけ身軽でいたいから丁度いい。

 ちなみにダンプポーチと呼ばれる、空になった弾倉や小物を放り込んでおくためのポーチを装備すれば、そこに突っ込むだけで空弾倉や道具が自動的にインベントリに格納され簡単に回収できる。とても便利。まあ薫さんには配布されてないから関係ないがな。これは持っていた聖司の情報だ。

 だから俺の場合、空弾倉をその辺に放り投げれば捨てた扱いになって失くしてしまうので画面を操作して回収する必要がある。さすがに戦闘中にそれは面倒だから学生服に突っ込んでおくとしよう。制服って何気にポケット多いしね。


「ァ……」


 ゾンビは同居人に気づかないまま、部屋の中で彷徨っている。

 俺は握った弾倉から一発だけ弾薬を取り出し、それを反対側の壁まで放り投げた。

 ゾンビは音に釣られ壁際まで移動すると、壁に頭をぶつけて倒れ込む。

 聴覚はあるな。クラスの連中を背後から追っていた奴らがいたって話からも、これは疑いようがない。どの程度のレベルなのかは分からんが、こんだけ発砲して周辺に動きがないところを見ると人並みってとこかな。

 せっかく倒れてるから、次に進もう。


「アー!」

「うおっ! あぶねぇな」


 頭からジャケットを外した瞬間、上半身が跳ねるように起き上がり、ゾンビの歯が俺の首筋を掠めた。

 いかん、集中せんと本当に死ぬぞ。これを皆に伝えるまで俺は死ねないんだ、しっかりしろ。


「……ほれ、どうだ。使えるか? ん?」

「……アァ」


 俺はホルスターからP226を取り、弾の入った弾倉を抜いてから立ち上がりかけたゾンビの足元に狙いを定め床に銃を滑らせた。擦り傷できちゃったかも、すまん俺のP226。

 金属が擦れる音に、ゾンビは俺の方を向いていた頭をゆっくり下にさげる。すると、銃を見つけたゾンビは少し骨が見える腐敗した指を伸ばし、床に落ちたP226を器用に拾い上げた。視覚もちゃんとある。


「……どうする?」

「……ウゥ」


 ゾンビと俺の距離的には、走って引っ掻くより銃を使う方が早い。まあ、そいつに弾は入っていないのだが。

 俺が選択を与え、ゾンビは決断した。虚しく、P226の撃鉄が落ちる音が室内に響く。それでもゾンビは銃の引き金を何度も引き、撃鉄が奏でる金属音をしばらく聞かされるはめになる。とてもではないが、弾が入っていないことを理解しているようには思えない。やっぱり知恵はそんなにないな。でも武器があればそれを使うくらいの頭はある。だから銃で武装してたんだろうけど。

 しかも、構えるわけでもなく拾ってこっちの方に銃口向けて引き金引くだけ。拳銃はまだいいが、これでライフルをフルオートで撃たれたらどこに飛ぶか分からんぞ。狙って撃たれるより危険だ。これを一般的なゾンビと仮定しても、ただの学生が対処するにはちょっと難易度が高いな。


「さて、とりあえず今はこんなとこか。じゃあ銃を……銃、を……」

「ゥ……」


 俺近づく。ゾンビ襲いかかる。怖い。逃げる。

 また俺近づく。ゾンビ襲いかかる。怖い。逃げる。

 

「…………し」


 しまった、取り返せない。どうすんのこれ?もう唯一の武器だよ?正確にはヤンキーから取り上げたショットガンあるけど弾一発しか入ってないし。


「お……あ……せ、戦略的撤退!」


 急いでドアをくぐり、俺は安全地帯へ。通路で聖司の他に委員長や月宮さん、絢香までもが俺の帰還を待っていてくれた。


「お疲れ様です、薫殿」

「もう……聖司くんから聞いたよ? 無茶しないって約束したばかりなのに、言う事聞かない子はめっだよ?」

「お、おう……ごめんいいんちょ。でも、もうちょい用があるからもう一度だけ入るのは許してくれ」


 びし、と人差し指を立てて委員長は頬をふくらませる。これリアルでする人いるんだな、すげー初めて見たぜ。

 いやそれはいい、とにかくもう一度部屋に入らなければ。まだ後少しだけ確認作業も残ってる。


「なあ淫ピよ」

「ッ……何よ!」

「俺を蹴ってほしい」


 ゴミを見るような目、ゴミを見るような目だ。これで対象がヤツでなければ最高の気分だったんだが。


「マジで言ってる」

「死にたいなら殺すわよ」

「オートマグで撃たれてみたい気持ちはちょっとあるけど間違いなく死ぬのでホルスターにお収めください……」


 狂獣め。だがトリガーに指をかけていない点は褒めてやろう、言いつけを守るのはいい子の証だ淫ピ。


「頼むよ。いい女でありたければ男の子からの本気のお願いにはちゃんと応えてあげなさいって夢の中で義母も言ってたぞ」

「お義母さん何者……って、ほんとに本気で言ってるの?」

「だからマジだよ。俺のシールドを剥がしてほしいんだ」


 おい、なぜそんなに目を丸くする。そして俺の胸ぐらを掴むでないわ馬鹿者め、シワになるだろ。


「アンタまさか──」

「どうどう、落ち着け。自殺するにもゾンビに殺されるのは嫌すぎるし、そもそもおそらくこの世界を今一番楽しんでる薫さんがそんなことするわけないだろ。ちょっと調べたいことがあんだよ」

「……信じるわよ」

「当たり前だ。せっかくの異世界転移、こんなとこで真っ先に脱落なんかせ──」

「せいっ!」


 ピンクのスカートの中のピンクが見えるだけの、おそろしく素人な上段蹴り。オレでなきゃ避けちゃうね。

 つまり、薫さんは被弾した。てか不意打ちだったから会心の一撃だぞ、999ダメージくらいは食らったかも。


「ぎざまぁ……」

「や、やれって言ったのそっちでしょ!」


 しかもあのクソアマ喉を狙いやがった。あんだけ言っといて殺す気か。

 でもまあいい、薫さんは優しいから許す。これで確認はできたし。俺のシールド残量は再びゼロになっている。少なくとも、攻撃の意志があれば仲間でもシールドは削れる。銃弾や武器での攻撃は、シールド強度的に試す気にはなれないがおそらく通るとみて考えよう。


「んじゃ、もう一回入るから」


 誰かに止められる前に、俺は痛む喉を押さえながら部屋に入った。ゾンビは相変わらず部屋の中をうろうろしている。

 だが、さっきとは変わったことが数点。まず臭い、とにかくすげぇ臭い。これが腐敗臭ってやつか。なんと表現すればいいか、五分もここにいたら気分が悪くなって吐くかもしれん強烈なやつだ。今でもキツい。密室だしな。

 つまり、シールドにはこの類の悪臭などをカットする機能もある。一般人には親切な設計だ。そして、


「…………」

「……ゥ」


 ジャケットを放り投げ、ゾンビの頭に被さったところを俺はすかさず接近。P226を奪い取って距離を取る。おかえり俺のP226。

 さて、今は被せているだけだからすぐ取れる、時間はかけられないぞ。

 今の所最後の確認になるが、予想通りだった。視覚を奪われた状態で、さっきは音にだけ反応していたゾンビが今は正確に俺のいる方向へ体を向けてくる。シールドが剥がれている状態だと人間の臭い、あるいは生命反応だけでも反応する。さすがにこれのどちらかかを判別するのは、人間の死体でも用意するかなんかしないとだめだし難しいな。

 シールドの展開、非展開状態でのゾンビの動きがわかれば今のところは十分だ。


「よし……ふぅい、とりあえずこんなとこだな」


 俺はさっき壁に投げた一発の弾丸とジャケットをゾンビから回収し、部屋を後にした。

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