05話「折れる刃」
「薫くん!」
二学期開始までの数ヶ月の間で聞き慣れた声。間違えるはずもない、委員長だ。
何でここにとかそういうのよりも、まずAA-12の銃口がゾンビの頭を捉えていたことに俺は心臓が止まりそうになった。これは冗談抜きでやばい。
「ま、待ていいんちょ! 撃つな!」
「今助け──」
「委員長殿!」
その時、自然な流れでMP7のセレクターをフルオートにし、ゾンビの額に銃口を押し付けて引き金を絞った俺を褒めたい。そして、委員長の銃を掴み上へそらした親友のことも。グッジョブだ聖司。
おかげで俺の左腕は吹き飛ぶことも挽き肉になることもなく。ゾンビもたぶんだが倒すことが出来た。
「間一髪ですな。お怪我は?」
「大丈夫だ、助かった。さすがだぜ相棒」
ショットガンの弾のような太い指が5つ並んだ大きな手の平を取って、聖司を支えに俺は立ち上がる。
外傷は、おそらく無い。MP7のハイダーに付いた肉と血が気になること以外に問題はなさそうだ。あと、呆然としてる委員長もか。
「あ、え、えと……」
「いいんちょうも助けに来てくれてありがとう。でも今はとにかく、皆を呼んでこよう」
横で何度も頭を下げる委員長を横目に、俺は聖司と一緒に屋上の塔から作業の進捗状況を確認していた。
頭にくる話だがあの淫ピ、六角絢香は支給された銃がオートマグ一つのかわりに持ってる道具がとんでもなく充実していたのだ。土嚢に鉄条網、陣地を作るために必要な物資とかな。とはいえ拠点一つカバーする分程度しか量はなかったから、こうしてこの建物の周りを囲うだけでも大分消費してしまっただろう。これでやつも役立たずよ、ざまあみろ──と、言いたいところだが、実はあいつクラフトの機能も性能がいい。あの画面からアクセスできるクラフト機能は持ち物を材料にして新しいものを作り出すってやつだが、なんと人によって作れるものが違う。絢香は今設置してる陣地防衛、構築用の道具一式に、銃弾まで作ることが出来た。
ちなみに俺は鉄板と角材だけだ、死にてぇ。でも鉄と木材さえあればいくらでも作れる、やったぜ!……やったぜ。
まあともかく、そんな絢香も食料面はカバーしきれていないようだったが、その辺は月宮さんの力が頼りになるだろう。なんと彼女は汚れていたり汚染されている水をきれいな飲料水に作り変えられる。しかも材料は火とか鍋とかいらなくて汚水だけでいいようだ。どうなってるんだ、シールドの浄化作用が働くのか?ちょっとクラフト機能雑すぎるぞ。
でもまあ、彼女がいれば川でも見つければ水は大丈夫そうだ。水源が見つからなくても最悪、人間も下の方から出る水がある。最終手段としてはそれを使おう。そう、つまり月宮さんの──
「…………最っ高に気持ち悪いな!」
「どうかされましたか薫殿?」
「オタク特有の気持ち悪い妄想」
「理解」
さすがに猛省。その域の沼にはまると後が怖い。
と、そんなこんな妄想をしている間に絢香達が設置を終えたようだ。取り出した道具は所有者の手の中か持てない物は近くに落ちるだけだから、土嚢を積むのも鉄条網を引くのも手作業だったんだが1クラス分の人数もいれば何人か協力的じゃないやつがいてもなんとかなるもんだな。しかも暗くなる前には終わらせられたし、上出来だ。
一応俺も塔からぐるっと周辺を確認してみるが、塀のないところは重点的に、全体的に鉄条網の囲いと土嚢の壁が問題なく出来てるし大丈夫そうだ。絢香には現場監督を任せたが、やっぱり判断に狂いはなかったな。アイツはなんだかんだ言っても仕事はきちんとするタイプだし。
「おーい、後は何やればいいのよー」
「今日はもうこんなもんだ! 皆を休ませてやってくれ!」
庭から手を振る絢香に答えて、俺は未だに呪文を唱えるように謝罪文を紡ぐ委員長に向き直る。てかよくこんな謝るだけで言葉がすらすら出てくるな、語彙が豊富だ。やっぱ委員長気質な人は本とかたくさん読むんだろうか。
「もうそのへんでいいよ、いいんちょ。どういう銃か詳細を伝えてなかった俺も悪い」
「でもでも、助けるどころか薫くん殺しちゃうところだったなんてぇ……」
「いやさすがにあの体勢で頭に当たることはそうないと思いたいけど……まあ腕は無事か分からんかったが」
「うぅ……本当にごめんね。私、薫くんが殺されちゃうかもしれないって必死で……」
言われてふと思い、俺は左腕の袖を捲り上げる。意外に制服って頑丈だよな、歯は貫通してない。もしものためにジャケットを脱がずにいて正解だった。
それでも、うっすら皮膚は歯型の形に赤くなってるわけだが。ほんの一瞬だが、ヤツを撃つ直前で俺のシールドが壊れたから攻撃が通ったんだ。まさに間一髪ってやつだな。
「でも、もう一人であんまり無茶はしないでね」
「あ、ああ……」
無茶したわけじゃなくて、無様にもクリアリングミスして襲われただけとは言えんな。
「ふふ、薫殿……FPSはキャンペーンだけでなくオンライン対戦もプレイしてスキルを磨いた方が良いですぞ」
「っく……」
バレてるし、さすがだ相棒。しかもちゃっかりゾンビも捕獲してるし有能すぎる。何が俺はチートだ、貴様の方だろうが。
「まあとにかく、これで一息つけるな。屋根もあるし、今日はここで休もう」
これで一日経過は確実。戻る時に時間が経ってないとかならいいが、そうじゃないなら1クラス全員が失踪とかヤバいことになるな。今の俺達がそれを気にしても仕方ないし、それ以上の問題が山積みでそんな事に思考を割く余裕もないが。
集中していたからか、階段を駆け上がる足音に俺はすぐ気がついた。板の軋む音が少なく、音も軽い。女子か?
「薫君! 言われた通りみんなの食料と水、一つに纏めたよ」
「ああ、ありがと月宮さん」
汗で頬に髪の毛がくっついてる……いい。
制服も相変わらず透けそう──いや、よく見りゃ肩に黒いラインのようなものが。もしかして黒いブラ紐……なのか。なるほど、とてもいい。
「……ハラショー」
「急にどうしたの薫君!?」
いかん、口に出た。だがまだ何を考えていたかは気取られていない、大丈夫だ。それに俺は無様にニヤけ顔を晒す変態と違いポーカーフェイスができる男だからな。いや、真顔でいきなりハラショーとか呟く男も十分気持ち悪いが。
それにしても、月宮さんは色々隙が多いな。確か2年の時も、水泳の授業が長引いて次の時間に遅れそうだからって、身体も拭かずおまけに下着までつけ忘れたまま着替え、透けた制服であやうく大惨事になるところだった。幸い、あの時は隣の席だった俺が真っ先に気づけて上着を貸してやれたから彼女の黒歴史になる前に未然に防げたんだが。そんな感じで、ちょっと月宮さんは色々危なっかしい。
「薫殿、まだやらねばならないことがたくさんありますぞ。それに……一人きりになれる時間もないですから、記憶に刻みすぎるのはよろしくないかと」
「ごめんなさい! こんな状況で邪な感情を抱いて申し訳ありませんでした……これから真面目にがんばりますぅ」
そうだ、ふざけてる場合ではない。ぽかんとしている女子二人組にもまだまだ協力してもらうことがある、クラスの皆はともかく俺達にはまだ休みはない。
とりあえず、食料と水の件は無事済んだようだ。総数がすぐに確認できないとどれだけ消費していいかもわからないからな。こんなのは俺がやってもよかったが、リーダー面して命令してんじゃねーよと非難されたら俺のガラスハートが持たないので月宮さん任せにしてよかった。と、それは半分冗談としても自分の持ち物を回収されて気分が良い奴はいない。クラスのアイドル的な月宮さんなら男子も女子もできるだけ協力的になってくれるだろうという考えだったが、まあこれは成功だな。
じゃあ次は、情報収集の時間だ。
「よし、じゃあ──」
「あ、ねぇねぇ薫君。ちょっと、いいかな?」
質問する時に上目遣いで首を傾げる必要があるのだろうか。そういう義務があるのは二次元女子に限られるものだとばかり思っていたが。
だがしかし今の俺は真面目モードだ、屈しないぞ。
「何? 月宮さん」
「えっとね、私のところに入ってたこれ……薫君が使った方が良いんじゃないかなって」
画面を呼び出し、月宮さんはだいぶ手慣れてきた操作でインベントリを開いていた。交換か。
物の交換は手渡しか、5メートルくらいまでの距離なら相手を視界に入れてさえいれば、インベントリの画面で移したい道具を選択した時に交換の項目が現れるから、そこで表示された相手の名前を押せば向こう側の手持ちに入る。でかい荷物とかを交換するなら後者がいいだろう。しかし、これも渡したい相手を心の中で思うだけで表示される名前が切り替わるんだから、やっぱ心の中を読まれてるんだろうな。魔法か。まあ周囲にいるやつ全員表示とかだと一クラス分の人数いるしこれの方がスムーズにできて俺達的には助かるが。
「ほい、来た来た。……あー、短距離用のスコープか。確かに、月宮さんの銃には良いのが乗ってるしそもそも銃の特性的にも合わないかなぁ」
「うん、二つあっても仕方ないし……だから、薫君が持ってた方がいいかなって」
優しい。女神か。
俺は早速インベントリを開いて、MP7のアイコンを押し続けざまに改造の項目を選択。すると画面いっぱいにMP7の全体図が現れた。ところどころ光ってる部位があるから、そこを押すと対応したカスタムパーツが取り付けられるとかそういうやつか。ゲームすぎる。
自分で組み込みたいところだが、スコープ系は調整面倒だしな。いや、調整とかも自動でやってくれんのか?ゼロインの距離とかどうなってんだ?MP7は大雑把でもいいが月宮さんの銃とかは結構重要だぞ。
ええいクソ、こんなとこだけ親切設計でも戦闘方面は現実的なんだからゲームみたいに省略しないでもっと詳しいことをだな。銃の操作のマニュアルすらねーしあの白玉勝たせる気あんのか。
「…………とりあえず付けてみた」
「おお!」
銃を装備して構える俺を見て、何故か月宮さんが拍手をくれる。なんか恥ずかしい。
とはいえ一応ストックを伸ばして構えてみたが、予想通り重くなっただけでやっぱ使いづらいな。MP7につけるパーツじゃねぇ。
「分かってたけど使いにくくなっただけだった……聖司が使ってくれ、ライフルなら使い道もあろう」
「分かりました」
「あ……そうなんだ。役に立てなくてごめんね」
そんなちょっと残念そうに目を伏せないでくれ月宮さん、俺のガラスハートが砕ける。
俺の心がダメージを受ける前に、意識を別のものに逸らそう。シールドは心の傷まで守ってはくれない。
震える指で装備画面を操作して俺はMP7を外し、手の中から消えていく銃を眺めながらインベントリに切り替えMP7のアイコンを選択。改造の画面を開き、右下に見つけた分解の項目を押す。一括で即パーツを外せる機能とかは便利でいいよね。
「……んんぅ?」
おかしい。インベントリの画面に戻った上に、なぜかMP7のアイコンが表示されていたマスに別のものが。
選択して名前を確認してみると、鉄(小)×1と表示された。おかしい。
「薫殿?」
「え……待って」
「薫殿……まさか」
「まっ、今のナシ! 今のナシで!」
俺の叫びも虚しく、鉄をいくら選択しても交換とか捨てるとかそんな項目しか出てこなかった。
あれはパーツの分解じゃなくて本体の分解ボタンだ。って、改造の項目にあるのおかしいだろそれ。
「……死のう」
「薫殿ー!」