04話「CQB」
「馬鹿野郎! 何かいたなら撃つ前に逃げろ!」
俺は不良の腕を掴み、握っていた銃身切り詰め式のショットガンを強引に奪い取ると来た道を逆走するように走り出す。とにかくこいつを連れてここから離れなければ。
なのに、俺は一歩踏み出すと同時に逆方向へ引っ張られるような抵抗を感じバランスを崩して危うく尻餅をつきかける。足から根っこでも生えたかのように不良が立ちつくしていたからだ。こいつ状況を理解していないのか。
「待てって、焦んなよ。ほれ、あんな遠くだしすぐにはこねーだろ?」
「……はぁ?」
怒気のこもった声を吐き出しつつ、俺は振り返って不良の視線を辿る。
約200メートルくらいか、先の方にぽつんと建物があった。ボロボロだが塀もあるし、二階の屋根の一部が塔のように突き出し周囲を見渡せるようになっている。監視所か何かか?塀と建物合わせて敷地の広さはおおよそ学校の体育館の半分、拠点には使えそうだが。
いや、今そんなことはどうでもいい。
「ほれ、あそこの家の影になんか動いてたんだよ。ゾンビかなーって……ちょ、おいおい何で睨んでんだよ」
「ショットガンでこの距離から何かも分からないもんを撃っただと……ふざけるな!」
俺は不良の頭を鷲掴みすると、体重を腕に乗せて地面に引き倒す。この場所はそれほど高くはないが丘になっている、二人で棒立ちになっていればどこからも丸見えだ。
なるべく地面に体を擦り付けるようにうつ伏せになり、まず建物周辺をそっと頭を上げて確認。今の所接近してくる物陰はない。すぐに首を捻って仲間たちの方を向くと、同時に聖司と月宮さん、委員長が俺の傍に滑り込んできた。
「やられましたな薫殿。状況は?」
「分からん、何も分からん。クソ、クソ……」
「薫殿! 冷静になってください!」
「分かってる!」
もうバレたのか?それとも不良の見間違い──いや、楽観的な考えは捨てろ。あの建物にいるとして何体だ。俺達でなんとか出来るのか?だがアレを捨てるのは惜しい。皆を集めれば攻略も──いや、使える人材が少なすぎる。どうする、もう発砲から何秒たった?聴覚があるタイプじゃないのか?それとも距離があるから聞き逃しただけで──
「薫くん!」
「ッ!?」
俺の両肩を誰かが掴んだ。そのまま無理やり仰向けにされて、反転した俺の視界には必死に涙を堪えた委員長の顔。
「どうすればいいか教えて! 私達は何も分からないから! 薫くんだけが頼りなの! 君の言う通りにするから!」
「あ、ああ……」
俺の胸を叩く委員長の悲痛な声に、引いた血の気が逆に頭に上った血液を取り去った。そうだ、迷ってばかりじゃ何も道は開けない。
「薫殿、いつもと同じです。ゲームなら、こういう場合どうしますかな?」
「そう、だな……」
策を練る俺の横で、スライディング気味に滑り込んでくる桃色の影。この焦りよう、茶化しに来たわけじゃないな。
「はっきり確認したわけじゃないけど、カナちゃんが後ろの方で人影っぽいのが動いたって! 地面ボコボコしてるからよく見えないごめん!」
つまり背後からも敵が接近している可能性がある。ゾンビかは分からんが、聴覚のある生き物が周囲にいるとみていいだろう。
となればあの建物を確保するしかない。建物の規模からしてぎっちり詰まってて30、いや50人はいけるか?それだけの数がいたら攻略は無理だ。だが確かめずに諦めることはできない。
「月宮さん、銃の使い方は聖司から聞いた?」
「う、うん! たぶん……大丈夫!」
「ならここで狙撃。ただし俺が両手を上げて合図するからそれまで撃たないで。それと、撃つ時は俺らから一番離れた敵だけを狙って、スコープに少しでも俺らが入ってたら撃たない、いいね?」
「わ、わかった!」
いそいそとM95を取り出す月宮さんは、やっぱり体が強張ってる。キツいが狙撃は最終手段だ。でも画面の操作速度は上がったな、練習してくれたみたいだ。ありがたい。
「淫……絢香は散った他のヤンキーと皆をここに呼べ! そんで月宮さんの周りで周囲を警戒。もしゾンビとかが来たら、俺らが外に出て合図してれば建物に、中入ったままなら右の方角に走れ! 俺達も後で合流する!」
「わ、わかった!」
絢香は一言一句聞き逃すまいと俺の目を見つめながら話を聞いて、それが終わるやいなや制服を翻し丘を飛ぶように駆け下りていった。アイツ髪もピンクなら下着もピンクか、ピンク好きなのか?部屋の内装からして緑か白かと思ってたが。や、それはどうでもいいか。
「ははっ! ……なんだかな」
「調子、戻ってきましたな」
「らしい、そんじゃ分かってると思うが……」
「ええ、私は薫殿と建物を攻略いたしましょう。幸い私のMk18は屋内戦向きです」
「いいんちょも来てくれ。できるだけ俺らで処理するがいいんちょのがあるとありがたい!」
一瞬すごい飛び跳ねたが、すぐに取り直して委員長は頷いてくれる。やっぱしっかり者だな、恋愛的な意味ではないけど彼女のことが好きになりそうだ。
「う、わ、分かった!」
「いいか、絶対俺らが前にいる時には撃たないでくれよ! 絶対な! 振りじゃないぞ!」
「ははは、はい!」
実際のところ、フルオートショットガンに撃たれたら人間ってどうなるんだろうな。いや、想像はしない方がいいかもだ。
「時間はかけたくない、走れ!」
俺の合図で、三人一緒に丘から飛び出す。しまったな、委員長は気を使って銃を出してくれてるが200メートルを銃抱えたままは辛いだろう。ドラムマガジンのAA-12は重量どれくらいだ?6か7キロくらい?そんなん俺だってキツいぞ。
とはいえ足を止めて画面を操作させるわけにもいかん。委員長にはすまないがこのまま頑張ってもらおう。
「はぁ……ふぅ……やれやれ、異世界で体育の授業をすることになるとはな」
「はは、まだ射撃訓練の授業も残っておりますぞ」
「……だな」
所々欠けたコンクリート塀に身を隠し、俺達は建物に接近した。今の所、周囲に気配はない。全部建物内にいるのだろうか。日はまだ十分なのに窓から中の様子は見えない。暗すぎる、電気は通ってなさそうだな。
さて俺らといえば、委員長が意外にバテてないのは想定外だ、もしかして隠れマッチョか?まあそれはそれでよかった。んで俺と聖司の銃の腕は、正直不明。トイガンは触ったことがあるが実銃は初めて、さてどうするか。
「いいんちょは建物の外側を見てくれ、ゾンビっぽいのがいたら撃つんだ。いいか? 胸の辺りを狙って、トリガーは引いたらすぐ離す。引いて離す、だ。じゃないとそれはすぐに弾切れになるからな」
「り、了解!」
なぜ敬礼をする。いやそれはいい。安全装置もかかってない、大丈夫そうだな──って、もしかしてセーフティ外したまま走ってたのか危ねぇ。
「よ、よし……じゃあ聖司は一階、俺が二階だ」
「了解であります。ではこれを」
聖司は画面を呼び出し、Mk18を装備しながらインベントリに格納されていた懐中電灯を取り出した。気が利くな。
「一階は陽の光が入ってきますが見たところ二階は窓も少ない。薫殿がお持ちくだされ」
「助かる」
俺は再度委員長、そして聖司と目配せ。一斉に頷きながら、行動を開始する。
建物への入り口はすぐに見つかった。木製のドアを前に、俺は装備画面を開いてMP7を装備。突然手の中に出現したMP7、そのグリップを握りしめながらなるべく音を立てないようにゆっくりとドアを開──こうとしたが固定する金具の部分が錆びてギシギシ鳴りやがる。クソ、映画のようにはいかんな。
さっとドアを開けて俺と聖司は建物に侵入。出迎えてくれた長い通路の奥にはテーブルの置かれた部屋が見える。通路の途中にも扉があるが、それは聖司に任せよう。俺の目的は、通路の真ん中辺りにある曲がり角。おそらく階段かどっかの部屋に通じているはず。
懐中電灯を左手に持ち、俺は右にMP7を構えながら忍び足で進む。撃つ瞬間にセレクターを切り替える芸当を冷静にできるか分からんから、とりあえず今のうちにセミオートにセットしとこう。片手持ちでフルオートは危ないしな。
「思ったよりいない……か?」
「ゾンビと言うからには、どこに潜んでいるかわかりませぬぞ」
「……だな。そうだ、無茶振り一つしていいか?」
「構いませぬ」
「一匹捕獲」
「だと思いました、了解です」
俺は曲がり角で聖司と別れ、一人通路を進む。奥に行けば行くほど闇が広がるな、懐中電灯の照らす部分しか見えん。ホラー映画か。
ちょっと心拍が上がってきたところで、目当ての階段を通路の突き当りに発見した。ちょっとした螺旋階段になってるな、階段上りきるまで二階が見えないから上で待ち伏せされてるとヤバいパターンの地形だ。慎重に行かなければ。
「…………」
いよいよ余裕がなくなってきたか、首を流れる汗の感触がはっきりと感じ取れた。唾を飲み込む音がまるでこの建物中に響いてんじゃないかと錯覚してしまうほどの静寂に、俺の手が震える。武者震いだ、なんて強がりもできんな。正直、やっぱり少し怖い。
「奴らは……」
待ち伏せショットガン的な嫌がらせもなく、俺は二階に到達。構造は一階と大差ないな、長い通路にドアが数個、それと屋根の塔に通じる階段。階段のとこだけは外の光が入っているが、それ以外は相変わらず暗黒領域。とにかく、近くのドアから順に開けて部屋の中を確かめないと。見逃しは絶対にできない。ベッドがあるならその下も、クローゼットがあるならその中も徹底的にだ。迅速に、だが確実に作業を進めなければ。
「これで最後……」
やはりこの建物、民家とは言い難い。今まで調べた部屋は全部、がらっとした空間にテーブルが一つ置かれてるだけとかパイプ椅子がたくさん並んだ部屋、武器かなにかでも入ってたのか空の大きな樹脂ケースがたくさん積まれただけの場所とかそんな感じだった。ちょっとした軍事施設だな。ここは監視所と呼ぼう。
でも助かった、これで寝室とかそういうのがあったらまずかったかもな。映画の登場人物とかならクローゼットからいきなり出てきても当然のように首をへし折って対処するけど、俺はそんなことできんからゾンビの夕飯になってしまう。
「ッ!?」
ドアノブに手をかけた瞬間、銃の発砲音。もう聞き間違えない。
一気に上昇した心拍を抑えるように深く息を吐いて、俺は目を瞑り耳を済ませる。セミオートで二発撃ち、一拍置いてからまた二発。規則的な射撃、焦って撃った感じじゃない。おそらく大丈夫だ、さすがだな聖司。
じゃあ俺も、とっとと済ませるとしよう。即決断、俺はドアを開く。さすがに蹴り開けるような派手な突入をする勇気はなかった。外開きだったら恥ずいし。
開けてびっくりゾンビ部屋、を警戒してまず少しだけ開いて隙間から懐中電灯で中を照らす。MP7を持った手でドアを押しているから敵の襲来に即応出来ないし、この瞬間が一番緊張するな。
だが見える限り気配はない。物もない。どうやらここも入居者ゼロらしい。他の部屋より小さいし、物置と言うにはちと広いがまあそんな感じの場所かな。
安堵のせいか、軽く脱力感を感じる。思ったほどでもなかったな、もっと銃撃戦があると思ったが。一応中に入って部屋の天井を確認しよう。張り付けるタイプのゾンビがいたらヤバいからな。
「って……さすがにそれはゾンビというかただのホラーだな。まあ、いないか」
電灯で照らせども、天井は赤茶色の飛沫が染みになった痕があるだけ。
これで確認は終了。銃声も途絶えたし、多分終わりだろう。早く皆を呼ばないと。
「ウ……ァ」
「しまっ!?」
俺は何をやっている。開いたドアの裏側に隠れて気づかないなんて、よくあるシチュだろうに。
早く撃ち──いや、まずは距離を取らないと。とにかく後退して──
「おわっ……」
足がもつれ、俺は満足な距離を取ることも出来ずその場に尻餅をついた。もうゾンビとの距離は手を伸ばせば届くほど。
「ガァ!」
「くそォ!」
倒れ込むように、口裂け女並みに両端が裂けた大口を開けながらゾンビが俺に覆い被さった。こんな時、冷静に銃を構え頭に一発食らわせてやれたなら最高だったが、必死の俺にそんな余裕もなく。咄嗟に出した左腕を盾にする以外に思いつくことはなかった。
ジャケットの袖越しにガッツリ噛まれたが、今のところ痛みはない。その瞬間俺の視界の左上に、縦に伸びた白いゲージが出現。凄まじい速度でそれが上から黒く塗りつぶされていく。じゃなくて減ってるんだ、これがシールド残量か。今日日ゲージ制耐久値のボディアーマーだって撃たれまくってももっと持つぞ。くそ、こんなのまるで役に立たん。
銃、早く銃を──