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最終話「一生分の奇跡」

 清潔そうな白いカーテンが、残暑の熱を運んできた風にそよぐ。この窓から見える景色も、一週間も眺め続ければさすがに飽きてきた。

 病院のベッドでの暮らしは慣れてきたが、同時に退屈だ。それもこれも、気の利かない白玉共のせいである。異世界から脱出はできたが、怪我はそのまま。しかも拉致った時と寸分変わらぬ時間、場所に送り返すものだから、俺は教室でいきなり血だるまになる怪奇現象に襲われた学生として学校で有名になってしまった。

 ちなみに、その時使ってた俺の教科書が魔導書としてオカルト部に取られてしまったらしいと聖司から報告を受けている。後で新しい教科書代請求しないと。

 

「退屈で死んじゃいそう……」

「ウッス」

「そう言うなって。そりゃお前はいるけど、ここじゃできることも殆どないからさ」

「ウッス」


 俺の隣のベッドは肉塊だ。この病院のお医者さんはとても話の分かる人で、こんなクリーチャーでも治療してくれた。


「加賀里さん来ないかな……」

「ウッス」

「そうかそうか、お前もそう思うか。だよなぁ」

「ウッス」

「いやー、意外と気が合うじゃないか。お前その1よりセンスあるぜ」

「ウッス」


 唯一の退屈しのぎ兼話し相手といえばこいつだけ。

 あとたまに様子を見に来てくれる加賀里さんという美人の看護師さんが癒やしだ。薫さんともあろう者が一目惚れなど聖司に言ったらなんと思われるか知らんが、とにかく俺のストライクゾーンにド直球のとても綺麗な方。外見からして俺とそう歳も違わないだろう。今度アタックしてみようか。


「こんにちは薫くん。身体はどう?」


 噂をすればだ。おしとやかで清楚なお姉さん。絢香や友希那、月宮さんとも違う本物の風格。やっぱこれだよ。


「大分良くなりました。加賀里さんと、斎賀……先生でしたっけ。あの人のおかげです」

「ふふ、やっぱり若いと回復力が違うわね。うちの娘ももう元気に走り回っちゃってるくらいだし」

「なッ!?」

「ウッス!?」


 馬鹿な……人妻、それも子持ちだと。いや、それはそれで。待て待て何を言ってる薫さん、ダークサイドに落ちるのはいかん。沼から這い上がってこい俺の理性。


「そそそそうですか……かかがりさんおここさんが」

「薫くん? 大丈夫? 今日はあなたのお友達が来てるから、娘がここへ案内しに行ってるんだけど……会うの止めておく?」

「え、もしかして加賀里さんのお子さんと俺の友人って知り合い?」

「わわ、復活早いね薫くん」


 加賀里さんの子供っていくつだ。小学生……幼稚園?そんな小さい子と知り合いになる友人っつーと絢香か?

 と、悩む俺の視界にちらっと長い髪の毛が映り込んだ。部屋の入り口に立つのは、クラスの人気者であり、ちょっと闇の一面を持つ女の子。月宮さん。


「こんにちは、薫君。会いたかった」

「あら、こんにちは。こんなに早く来てくれるなんて……瑛蓮ったら、また廊下走ってないかしら」

「大丈夫ですよ看護師さん。私、薫君の病室は前から調べてたので知ってたんです」

「ヴァー!? 助けて加賀里さん!」


 やだ何それ怖いよ月宮さん。聖司から暗号メールで要月宮さんを警戒と送られてきたからどうなってるのかと思ったけど、これは想像以上に重症だ。

 思わず加賀里さんの背中に隠れてしまったが、月宮さんの目が怖い。


「どうして……隠れるの? 私だよ、薫君」

「は、はい……月宮さんですね、はい」

「名前で呼んで、薫君」

「はい……柳瀬さん」


 異世界から抜け出したはずなのに、死の気配が漂っている。俺、本当に帰ってこれてるのか?ここ、実はよく似た別世界なんじゃ。

 でもおかげでしれっと加賀里さんにボディタッチできたぞ、嬉しい。なんかあれだな、肩には初めて触れるのに、知ってる感じがする。

 って、あれ?そういや今、瑛蓮て。


「あ、あの……加賀里さん」

「うん? 何かな、どこか痛い?」

「そ、そうではなくてですね。差し支えなければお子さんのお名前を……」


 俺が言い切らない内に、もう会うことはないかもしれないとまで思っていた少女が病室に転がり込んできた。

 彼女は金色の髪を翻して、俺のベッドに飛び込んでくる。

 間違いない、突然の帰還に別れの言葉すら交わせなかった少女。そしてあの世界での、俺の相棒だ。


「薫! よかったぁ」

「ぐあああ!」


 顎に頭突き、太腿の怪我に平たい胸の2コンボ。俺は死んだ。


「こら瑛蓮! 薫くんは怪我人なのよ!」

「でもでも、お母さん! 私ずっと会えるの楽しみにしてて……」

「それは分かります。でも怪我人には優しくしなさい」

「うぅ……はぁい」


 やっぱそっかー、うん。そういう流れか。てことは多分俺の治療をしてくれた人が瑛蓮の父ちゃんだな、名字同じだし。


「なあ瑛蓮」

「なになに薫! 何でも言って!」

「泣いていいかな」

「え!? もー、そんなに私と会いたかったの?」

「誰がお前のために涙なんぞ流すか! この世知辛い世の中に悲しみを抱いたんじゃ!」


 まさか憧れの人が異世界で知り合った少女の母親だったなんて。やはり薫さんは不幸の星の下に生まれた子。悲しい。

 でも母親の大きさが遺伝しなかった瑛蓮もある意味不幸の子か。つまり俺達は似た者同士。


「っくぅ……でも、そういうことなら加賀里さんは事情を知ってるってことですよね」

「ええ、瑛蓮から全部聞いたわ。薫くんがどれだけ頑張ったかも、ね」


 やだ恥ずかしい。言ってくれればよかったのに。それはそうと、瑛蓮のやつ脚色してないだろうな。

 単なる病院の人と患者の関係にしちゃやたら先生も加賀里さんも優しくしてくれると思ってたが、まさか違和感の正体が転移の件とはな。運び込まれた理由が理由だけに、怪しい実験でもされるのかと冷汗かいてた俺が馬鹿みたいだ。


「……信じてくれるんですか?」

「話だけなら首を傾げるところだけど……瑛蓮が行ったこともない学校の生徒さんの名前が出てきたり、こうして話に聞いた男の子が話の通りの怪我をしてうちの病院に来るんですもの、信じない訳にはいかないでしょう? なにより瑛蓮が熱心に語るんだもの、親として疑うことなんてできないわ」

「それは……なんというか、ありがとうです」

「いいえ、むしろお礼を言うのは私よ薫くん。瑛蓮を守ってくれてありがとう」


 一児の母とは思えぬ美少女の微笑み。瑛蓮の歳からして多分俺より結構歳上なんだろうが、容姿詐欺にもほどがあるぞ加賀里さん。

 しかし俺の手を握ってくれる加賀里さんの肌はすべすべ、柔らかくてあったかい。おまけに紛うことなきお姉さんな性格。もうこれならむしろ何の問題もありませんね。薫さんは行きますよ。


「いえ、当然のことをしたまでです。加賀里さんを悲しませたくありませんから」

「あなた、私のお母さんのこと知ったのこっちに帰ってからでしょ」

「黙らんか瑛蓮! 俺はいま加賀里さんと話してるんだよ!」

「え、なに……薫、あなたもしかして」


 いかん、瑛蓮に悟られる。話題を変えなければ。

 と、狼狽した俺だが、そこで救済の手が。病室に入ってくる顔ぶれは、これまた馴染みのある連中ばかり。絢香と友希那、それに紫さんだ。勝手に来た月宮さんはともかく、こっちが本命の来客だな。


「や、薫。元気そうだね」

「お前も変わらないようで何よりだ。てかよく来れたな、どうして俺の場所分かったんだ」

「せーじが教えてくれたの」

「なるほど抜け目ねぇ。なんだよあいつ、教えてくれればよかったのに。サプライズかなんかのつもりか」


 てことは瑛蓮にも伝えていたはず。あいつめ、もう会えないことが気がかりだ、なんてメールで送った俺がバカみたいじゃないか。

 

「まあいいか、潤一達も元気か?」

「うん、潤一もみんなも無事だよ」

「そりゃよかった。そうだ、来たついでに隣のピンクを解体してくれると嬉しいぞ」

「私に振る話題おかしいでしょ!?」

 

 よし、友希那と絢香は変わりない。まあ一週間程度ぶりだし当然だが。


「あの……薫、君」

「紫様……」

「よかった。……あの、治ったら……その。また……お話、してくれる?」

「もちろんです紫様。そうだ、復帰したら正式に紫様の親衛隊を作りましょう。第一席は俺で。山狩りでもなんでもお任せください!」


 ちょっと迷惑そうな顔された。そりゃそうだ。

 でもよかった、みんな大丈夫そうだ。それだけで、頑張ったかいがあるってもんだ。


「あ、そうだ。アンタのお父さんから伝言と荷物預かってるわよ」

「嫌な予感しかしねぇ。どれ絢香、よこしてみろ」

「ん、はいこれ。魔法のカード百万円分と、ゲームのリスト。きっちり全部引き当てて育てろ、だってさ」


 っく、絵が見たいだけで上限解放とか育成全部俺任せだからな親父。俺の懐が痛まないだけましではあるんだが。


「それと、おじいさんがシヴァ狩りのお土産あるから早く治して帰って来いだって」

「おお、やったのかじいじ!」

「え? え? 薫の家族ってどういう人達なの……」


 瑛蓮が困惑する。無理もない、ちょっと俺の家族は特殊すぎるからな。


「子供の頃から薫と付き合ってるけど私もよく分かってないわ。そうね、たとえば……もし薫の家族があの世界に入ったら、おじいさんなら30秒で世界中を灰にして、お父さんならベトナム時代からの相棒で今もタンスにしまってあるマスタングとサリーを使って一匹残らずゾンビを殺し尽くす……そういう人達」

「す、すごい……そうなんだ」

「そっから先は言うなよ絢香。どうせ、その血を継いで生まれたのがクソ雑魚貧弱な薫さんって馬鹿にする気だろ」

「バレた?」


 おのれ絢香め、いつか呪い殺してやる。


「しかしなんだ、さすがにこれだけそろうと騒々しいな。すみません加賀里さん、病院なのに」

「ふふ、大丈夫よ。それに瑛蓮なんて私に毎日毎日、薫に会わせろーってがっついてきて大変だったんですもの。だからお願い、構ってあげてね?」

「わわわっ!? お母さんそれは秘密にしてよ!」


 そんなにか瑛蓮。まあ白玉の気が利かないせいで突然さよならだったから、聖司が機転を利かせてなけりゃ一生再会できない可能性もあったんだしな。当然か。

 とはいえ仮にそうだったとしても、両親が勤めてる病院に運び込まれてるんだから、瑛蓮はいつかは気づいたかもしれないけど。てかそっちの方が運命的でいいな。


「そっか、そんなに想ってもらえるなんて薫さんは嬉しいぞ」

「むぅ、その割に態度がそっけないじゃないの!」

「そんなことないよ。もしかしたら、もう会えないと思ってたから……また瑛蓮の顔が見れてよかった」

「む、むむむ……き、禁止! そういう恥ずかしいの禁止! もー、いっつもふざけたこと言うくせに!」

「ふはは、薫さんは空気を読むんだよ」


 ベッドで寝転びながら暴れる瑛蓮の頭を撫でる。

 また彼女に触れられるなんて、奇跡も案外起こるもんだ。神様に感謝だな、本当に。いや、この場合は親友に、だろうか。


「瑛蓮、ありがとう。あの世界でお前に会えて、本当によかった」

「かお、る。う、うん……わた、わたしも」


 いい雰囲気だ。これはいけるかな。


「そこでその……瑛蓮さん。大事なお話があるんですが」

「わわ、なんで急に!? え、えと……うん。じゃなくて……は、はい。なんでしょうか」


 俺の足の間で正座して、瑛蓮は頬を赤く染めながらじっと見つめてくる。

 彼女に視線を合わせ、俺は瑛蓮の両肩に手を添えた。


「瑛蓮さん」

「ひゃい!」

「お願いします、お母さんを僕にください」

「はい! こちらこそよろしくおねがいしま……す?」


 一瞬の間。そして瑛蓮はベッドの上で飛び上がり、俺の顔面を蹴り上げた。


「そんなに好きなら一生ここにいられるようにしてやるわよ!」

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