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33話「希望を胸に」

 胸中にわだかまる思いを隠しつつ、俺は取り繕うように笑みを浮かべて仲間達と再会した。いつも俺はこんなもんだし、おそらく気取られてはいないだろう。

 ちなみに水源は俺が倒れた場所の近くに隠れ潜んでいた。あれを見つけられた紫さんは、さすがと言ったところだろうか。ただしとても小さい池だし、水は濁り濃い緑色をしていてとてもではないが口に含むのは難しそうだ。シールドの浄化作用を頼ればいけるか?でもビジュアル的に口に入れたくない。プール開き前のプールだぞこれ。


「これはさすがに飲めたもんじゃないよな……期待させてごめんみんな」

「あ、大丈夫だよ薫君! 私なら綺麗な飲み水に出来るから。まあその……元が何かを考えないようにしなくちゃだけど」

「え……あ、そっか!」


 俺は両手を合わせて打ち鳴らした。そう、月宮さんは泥水だろうと飲料水に変えるクラフト機能を持っていたんだった。完全に失念していたな。


「……あれ? てことは昨日のは……」

「ああああああ!? 駄目! わすれてかおるくん! わすれなさい!」

「えぇ……なんだかよくわかんないけどわかりましたです」


 すごい剣幕で押し切られてしまった。月宮さんがあんなになるんだ、これについて考えるのはやめておこう。

 なんにせよ、これで水分の確保ができた。今はそれで十分じゃないか。


「ふぅ……これで一息つけたな。ちょっとここで休憩にしようか。聖司、ここ頼んだ。どっか打ってるかもしんねーし、散歩がてら体の調子確かめてくる」

「了解です。また襲われないように」

「フラグ立てんなよ……」

「ははは、立てたフラグを回収しないのが薫殿ではなかったのですかな?」


 後手に手を振って、俺は仲間達から離れた場所に移動する。今は一人で考えたい。

 仮に俺達が塔を攻略しても、瑛蓮と友希那はこの世界に残される。ハッピーエンドはありえない。もしそうなら、今俺の後ろで笑ってるみんなは。

 みんなの笑顔を見ていると心が苦しい。誰もが、全員で帰れると希望を持っている。でもそれは、決して叶うことがない幻想なのだ。それを知っている俺は、彼女達に何もしてやれない。

 なら俺のすべきこととは何だ。ありのままを伝えることか。それとも隠し続け、瑛蓮と友希那を利用し、騙して最後に裏切ればいいのか。そんな、そんなことは──


「く──っそ!」


 蹴り上げた小岩が虚しく転がり続け、最後には岩壁に打ち付けられ四散する。まるで誰かが、あの岩のように瑛蓮の笑顔を、信頼を打ち砕けとでも言っているかのようだった。

 

「畜生……俺は」


 いくらこの世界が優しくても、俺達の味方であるわけではない。だから当然、避けられないような理不尽が降りかかることだってあるだろう。

 だけどせめて、こんな結末が用意されているならばもっと早くに教えてくれれば。そう願ったところで、俺の問いに答えるべき連中は何も答えないのだろう。これまでもそうだったように。


「……薫」


 うなだれ立ち尽くす俺を、誰かが抱いた。背中から優しく包むような抱擁。香る柔らかな匂いは、俺が一番良く知っている少女のものだ。


「絢香……」

「また一人で悩んでるって……わかったもん」

「隠してたつもり……だったんだけどな」

「わかるよ。何年一緒にいると思ってんの」


 そりゃあそうだ。幼馴染相手に隠し事は無理だな。薫さんも詰めが甘い。


「はは、まいったな。ちょっとうるっと来た。淫ピなのに」

「淫ピゆーな」


 優しく叱るような声音で絢香は頬を膨らませ、俺の背中に顔を押し付けながら体に回した腕に力を込める。


「ねぇ……何があったかわかんないけどさ、大丈夫だよ。大成功はないけど失敗もない、そんな物好きしか通らない道をわざわざ選んで薫は通ってきたじゃない。今度も上手くはいかないかもしれないけど、失敗もしない……でしょ?」

「……駄目なんだ。今回だけは、道が大きな岩で塞がってる。俺の力じゃあ、避けることも退かすこともできなさそうだ」

「そっか……じゃあ、いっそのこと神様に頼んでみる? もしかしたら……それが本当に切実な願いなら、石をどかしてくれるかもしれないよ?」

「神様……に?」


 それが出来たら苦労はしない。そう言いかけて、俺の脳裏にある考えがよぎった。

 もしかしたら。可能性に過ぎないが。賭けれるだけの希望を、見つけた気がする。


「っは……はは。そっか……そうだな」

「薫?」

「誰かが支えてくれるだけで、こんなにも簡単なんだ。悪い、一人で悩んでたのが馬鹿みたいだ。お前のおかげで道が開けた気がする」

「それが薫の悪いところよ。器用貧乏なんだから背伸びしないの」

「まったくだ」

 

 いくら全力で走っても俺の前には常に聖司がいて、無理して息切れした俺を気づかない内に支えてくれる友人がいる。だから俺は一番にはなれないし、一人で走り続けることも出来ない。けど、それでいいじゃないか。完全無欠の万能超人じゃないからこそ、俺には親友がいて、信じられる仲間がいる。


「そんじゃ、情けなくも仲間に頼りながら凡人なりに頑張るとしますか」

「その意気よ。ふふ……やっぱ私、アンタと幼馴染でよかった」

「退屈しないだろ?」

「ええ、本当に。良くも悪くもね」




 帰還した俺は、あることに気づき頭を悩ませた。

 それは背中に残る絢香の感触。二つ分のもにゅっとしたもの。具体的に言うとおっぱい。

 あまりにも瑛蓮と違いすぎる。瑛蓮がゴムボートなら絢香は超弩級戦艦。もしくは舗装された地面と人を駄目にしちゃう感じのソファ。

 俺はあまりアレのサイズで女性を評価したくはないが、体感すると少しこう、寂しいものがあるな。


「ちょっと、今絶対変なこと考えてたでしょ」

「あーあー、すまん瑛蓮。俺はさっきゴリラウィルスに感染してしまってゴリラ語しか話せないんだ」

「は?」

「うほほうほう、うほうほほー?」


 次の瞬間、俺の頬に瑛蓮の平手が炸裂した。一瞬目の前で火花散ったかと思ったぞ、加減しろ。


「いったい! 本気でぶつな!」

「何が、そんなに薄い胸で悲しくないのー? よ、ぶっ殺すわよ」

「ゴリラ語がわかるとはお主、相当な脳筋じゃな?」


 瑛蓮が刀を構えた。いかん、アイツの突きは食らったら死ぬ。


「ちょっと待て瑛蓮、正直に話すが実のところ俺は胸の大きさで優劣をつける主義ではないんだ。どちらかといえばお腹周りや太腿、腋とかに拘りがあって……見たところ君はそっち方面ではかなり優秀そうな──」

「それはそれで変態っぽくて嫌よ!」


 雷のような鋭い突き。に見せかけた峰打ちだ。更に速度が上がっている、もう俺じゃあ防ぐことは出来ない域に達したな。見事だ。


「っふ……絶対先制の圧倒的速度から繰り出す必殺の一撃……見事だ瑛蓮」


 軽く脳震盪が。体を張ったおふざけはちょっとさすがに控えよう、今後に響く。

 軽い息抜きも出来たし、俺も頭の整理がついた。あとは塔を目指すだけ。

 そしておそらくヤツも、あそこに──




 嵐のように吹き荒れる強風に煽られながら、俺は崖の縁に立ち下界を見下ろした。

 砂塵が巻き上がるだだ広い荒野。人類未踏の地とも錯覚する赤茶色の殺風景な空間に、異様な気配を放ちながらそびえ立つ文明的な建造物が一つ。天まで伸びる、いや天すら貫く白き塔。俺達の終着点。それは、今や目前まで迫っている。

 三神に会ったあの日以来、水も食料も補給できずにここまで歩いてきた。約三日、消耗するには十分な時間だ。だが、俺達は進まねばならない。なんとしても。


「まさに最後の舞台って感じだな。……いや、あるいはそう仕向けた誰かがいたのかもしれないが」


 双眼鏡を手に、俺はレンズを覗く。赤い荒野の中心部、塔の周辺にうごめく黒い影達。虫の死骸に群がる蟻のような集団、あれが全てゾンビだとするならば、ざっと400くらいか。それに変異種も確認できる。となると、実質向こうの戦力は1000くらい。やれやれ、精神的にも物理的にも骨が折れそうだ。


「入り口は東西に二つ。あれだけのゾンビを突っ切るのはほぼ不可能だ。誰かが陽動する必要がある」

「で、私と薫の出番……でいいのよね?」


 小さく身震いして俺と肩を並べる瑛蓮が言った。無言で頷き肯定を示しつつ、俺は聖司に目配せ。


「今更駄目なんて、言わないだろ?」

「言って止まる人じゃありませんでしょう」

「とーぜん。それにこれで最後なんだから、逃したら薫さんの凄いとこみせらんないじゃん」


 俺と瑛蓮は強襲用パックを使い、東を攻める。遮蔽物もない荒野だ、ゾンビは音を聞きつけて一斉に集まってくるだろう。そこで手薄になった西側からみんなが入る。俺と瑛蓮は、その後の状況次第で臨機応変に対応だ。

 でも、確実に塔の中には入らないと。きっとヤツがいる。


「さて、じゃあアーマーを……を……ぬう」


 強風にさらされて、俺の前髪が先程から目に入ったり入らなかったり。髪切ろうかと思ってた矢先にこの世界に拉致られたからな。


「あ、薫……君。私のでよかったら、使う?」

「紫様……」


 丁寧に両手の平に乗せて差し出してくれたのは、彼女が使っているであろうヘアピン。細かいところまで気が利く紫さんは素敵だ。絶対にお守りせねば。

 俺はヘアピンを受け取って、早速前髪を止める。うん、これなら装甲ヘルメットを被った時に汗で額に引っ付いても邪魔にならない。


「ねぇ見て瑛蓮、どう? イメチェン薫さん可愛い?」

「気持ち悪い」

「…………」

「わー!? 可愛い! 薫可愛いよ! だから泣かないで!」


 ちょっぴり本気で傷ついた。時々心に刺さることを平然と言ってのけるな瑛蓮は。

 さて、紫さんからの祝福も受けたし、本格的に準備を始めないと。と、思ったのだが、俺と紫さんのやり取りになにか不満があるのか主に女性陣方からの視線が妙に刺さる。特に月宮さんがヤバい。憎しみが溢れて人を殺しそうな目をしてらっしゃる。


「薫君……私の銃も持っていって。これを私だと思ってね」

「待って月宮さん、なんか色々重いよ!?」

「柳瀬って呼んで」

「や、柳瀬……さん」


 月宮さんもとい柳瀬さんの7連発リボルバーを受け取りながら、俺は少し彼女と距離を取る。名前で呼ばれて嬉しそうだが、ぶっちゃけ月宮さんの名前って名字みたいで名前呼んでる気がしない。本人が満足ならそれでいいか。それになんかいつも以上にヤバいが、これは水分不足と空腹のせいだと思っておこう。そうであってくれ。


「薫、これでお別れ? それはちょっぴり、寂しいかも」

「いや、塔で合流すると思うから、少しの間離れるだけだな。もうしばらくは一緒だ」

「そっか。それならまだ、さよならじゃないね。うん、よかった。じゃあ薫、私の武器……いる?」


 にへっとお姉さん顔を歪ませ、友希那がスカートの端を摘んで一気に捲り上げる。圧倒的、白。純白、いい。

 いや、そういう話ではないな。落ち着け。みんなが白い目で見てるぞ、特に月宮さん。

 

「薫さんはモロよりチラ派だ。こほん……それはそれとして、出来れば自分で取ってほしかったなぁ」

「んー?」

「なんでもないです、ありがとうございます、色々と」


 なるべく直視しないように顔を背けながら、手探りでニーソに差し込まれたナイフを探す。太腿すべすべだ。いやいかん早く離れなければ。月宮さんがヤバい。

 なんとか事故らずに折りたたみ式のナイフを入手。これはポケットにでも入れておこう。


「ふふ。なんか主人公みたいじゃない? 今のアンタ」

「みんなの想いをって、それ割とヤバめの展開が待ってる気がするんだが……頼むからお前までプレゼントとかはよしてくれよ」

「心配しなくてもあげるもんなんてパンツくらいしかないわよ。欲しい?」

「いらん。つーかノーパンで戦うつもりかよ、淫ピだからって心までピンクになんなよ」

「ぶっ殺すわよ」


 軽く胸をどつかれる。絢香なりの激励だな。案外、こういうのが一番嬉しい。物もいいけど気持ちも大事だ。ヤバい月宮さんになにかされそうだから、口が裂けようと声には出せないけど。

 

「アニキ……」

「その1よ、お前に最後の教えを授けよう」

「おお! アニキぃ」

「男の道に於いて突きは死に太刀。肉欲に溺れ無闇に突けば最後、世間から身内から、突いた相手からさえも疎まれる絶望の未来しかない。ゆえに感情を御し、お前が本当に添い遂げたいと思った相手を見つけたその時こそ、力を解き放て。安易に用いず、機を見定める。一度突くと決めたなら、あとには引けん。覚悟して突け。いいな?」

「はいアニキ! 分かったよ、俺頑張る!」


 もうこいつはヤンキーじゃない。ただのその1だ。人は変われる、こいつはそれを体現した。

 いい話だった……完。


「それとその2」

「お、おう」

「帰ったら肉塊を病院に連れてってやれ」

「了解っす」


 なんだかんだで、ヤンキー三人衆もみんないいやつだったな。

 碌に活躍してないけど、クラスメイトとしてこれほど誇らしいことはない。碌に活躍してないけどな。



「そんで、肉塊よ」

「ウッス」

「反省して次から相手は選べよ」

「ウッス」

「それと忠告だ、月宮さんは止めておいた方がいい」

「ウッス」


 彼は元に戻れるだろうか。もうなんかモザイクかけないと画面に映れないレベルだが。

 まあ、現代の医療を駆使すればなんとかなるだろう。病院の人に人外は治療できませんとか言われそうだけど。


「……いい感じに最終決戦な流れですな、薫殿」

「そのままハッピーエンドまでまっしぐらだ。しくじるなよ、聖司」

「ええ、薫殿こそ」

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