32話「失意」
どれくらい眠っていただろうか。瞳に差し込む眩い光は、朝日のようだ。つまり俺と月宮さんと肉塊となったヤンキーその3の三人で、縛られたまま夜を過ごしたことになる。
「あれ? なんかデジャヴが……アレは確かチョコミン……う、頭が」
記憶を辿ろうとすると、頭が痛む。なんだっけ、昨日は月宮さんと見張りをしてそれから──それからの記憶が曖昧だ。
確か赤いボタンを押して、煙が出てそれからどうしたんだったか。なぜか背中合わせに縛られてる月宮さんなら何か知っているだろうか。
「月宮さん、月宮さん。起きてる?」
「……はえ?」
今起きたのか、月宮さんが変な声を出した。かわいい。
だが月宮さんは何が起こったのかわからないといった様子で首を左右に振り回している。これじゃあ聞いても無駄か。かといって肉塊と化したその3はしばらく口が聞けなさそうだ。友希那に手を出すとこうなる、肝に銘じておこう。
「あれ? 私……あれ?」
「おはよう月宮さん。一応聞くけど、昨日の夜の記憶は?」
「あ、おはよう……ううん、薫君と岩のとこにいた記憶はあるんだけど……その後があんまり」
二人で首を傾げていると、俺達の覚醒に気づいた聖司がらしくもなく呆れ顔で近づいてくる。俺達の記憶の欠損になにか関係しているのだろうか。
「頭は冷えましたか? お二人とも」
「え!? なにそれ、俺らなんかしたの? 俺はともかく、月宮さんも? ありえんだろ」
「……覚えてないので?」
「何をだよ」
見せつけるように吐かれた聖司のため息。これはよっぽどだ。
「……薫殿、柳瀬殿もですが、昨日なにか妙なものでも食べたり触ったりは?」
「ええと、私は別に……薫君も私のアレをキメただけで──なんでもない! なんにもなかった!」
「……柳瀬殿?」
「ほ、ほらそう! アレ! 岩のスイッチ! きっとアレだよ! そうだよね薫君!」
月宮さんもなんだか落ち着かない様子だ。でもそう、やっぱ岩のスイッチだよな原因は。
俺は聖司にスイッチと煙のことを話し、以降の記憶が曖昧なのを細かく説明する。すると、また彼のため息。今度はすごく長かった。
「……薫殿、いちいちギミックを回収しなくていいですから。こんな時くらい控えてください」
「こんな時こそだろうに。で、結局俺らなにかしたんだろ? 何だったんだ?」
「……知らない方がいいかと。特に柳瀬殿は。ともかく、もう出発の時間ですから行きますよ」
腑に落ちない俺と月宮さん、あと肉塊3を残し、聖司は縄だけ解いてみんなのところへ行ってしまう。どうでもいいが、なんでこんなに縄を手に入れてるんだ聖司達は。
まあいい、これも貰っておこう。前に入手したのと繋げば、二階くらいの高さなら垂らして降りれるくらいの長さは確保できるな。
「じゃあ俺らも準備しようか。立てる月宮さん? それとヤン……に、肉塊よ。まずお前は動けるか」
「ウッス」
生きてた。人間一人が抜けてクリーチャーが一体加入したようなもんだな、何も問題はない。
肉塊を気遣いながら、俺と月宮さんも出立の準備を進める。といっても、画面の操作で道具は管理できるからさして時間はかからない。程なくしてみんなの準備が整うと、俺達は塔に向け歩き出した。
大小の岩が散在する地形は健康的なウォーキングコースとも言い難く、1キロ歩くだけで相当な時間を使ってしまう。さすがに一日二日で塔まで行けるとは思っていなかったが、これは少し考えて移動した方がいいかもしれないな。とりあえず水源の確保だ。俺は月宮さんのおかげでそうでもないが、他のみんなが心配だし。
俺は歩きながらマップ画面を開き、中途半端に不親切な地形表示を読み解きながら川を探す。すると、見えづらいが小さな青い点が俺達のいるであろう位置からすぐの場所に記されているではないか。多分ビンゴだ。
「聖司、ちょっとルート変更だ。近くに池……泉かな? とにかく水がある」
「おや、見落としてましたか失礼。了解です薫殿」
「へぁ!?」
突然素っ頓狂な声を上げる月宮さん。当然全員の視線が集まるが、彼女はさも何事もなかったかのように俺より下手な口笛を吹いて誤魔化している。
みんなの前で詰問してもしょうがないし、移動しながらそっと俺が聞いてみよう。
「ねぇ、どうかした?」
「あ、ええと。違うの、そんなつもりじゃなかった……っていうか」
「ううん? 何が、かな?」
動揺している。なぜだ。水を恐れる月宮さん、つまり狂犬病。
いやそれはないだろ、常識的に。獣になった月宮さんに襲われるってんならむしろウェルカムだけどね。
「もう水が飲めないと思って……それで、薫君にだけでもって」
「あー……そうしてくれたのは実際ありがたいし、みんな干からびる前に見つかったんだから何も問題はないんじゃないかな?」
「うぅぅ……ごめんね、薫君」
「なんで謝るの!?」
やばい、俺としたことが月宮さんがわからない。なんで謝るんだ。俺が悪いのか。仮に俺が悪いとして何が原因だ、まずい思い当たらない。っく、いつからこんな鈍感係主人公みたいになっちまったんだ俺。
「うぅ、薫君……」
「うごごご……俺は一体」
「お二人とも……本当に治っているのですか?」
なにか嫌な予感がしたので、聖司の怒りに触れる前に俺と月宮さんは顔を見合わせ隊列に戻った。いかん、命の危険すら感じたぞ。昨日の俺達に一体何があったというのだ。
「……さて、それで薫殿。水源はどちらで?」
「おお、そうだな……現在地が表示されないから分からんが、この辺りで間違いない。ちょっくら高台探してみてみるよ。みんなは休憩しててくれ」
聖司がなにか言いかけていたが、俺は流して先へ進む。十分な補給が済んでるのは俺だけだ、みんなには無理はさせられない。
少し進むと、転がった岩のせいですぐみんなの姿は見えなくなった。位置を見失わないようにしないと。けれど、水の音は聞こえない。もう少し先なんだろうか。
ちょっとこの辺りで大きめの岩に登って見渡してみるか。あまり遠くに行くのも危険だし、これで見つからなかったら一度みんなのところへ戻ろう。
「……んー、ないな。見落とすほど小さい水たまりなの──か!?」
鋭く風を切る音。何かが俺に迫っているのは理解できた。だがそれの飛翔速度は俺の反応を上回り、振り向きかけた俺の足にはなにかが絡みつく。両足の自由を失った俺は岩から転げ落ちると、身体ごと地面に叩きつけられた。
顔面から落ちたからか、口の中に鉄の味が広がった。切ったか。とにかく、体を起こさないと。
「いくらあなたでも、単独で先行は無茶が過ぎますよ。まあ、こちらとしては助かりましたけどね」
嫌味たらしい声、誰何する必要はない。
俺の足に絡んだ紐は、瑛蓮を拘束したものと同じものだな。しくった、刃物を持ってない。
「今度はどんな邪魔をする気だ?」
「ここで決着をつける気……かもしれませんよ?」
俺は鼻で笑いながら、左手で体勢を直し岩を背に座る。
その対面に転がる大岩に腰掛けながら、三神は小型のクロスボウのようなものを小脇に抱えていた。あれで撃ってるのか、じゃあ連発はできなさそうだな。
「おっと、お前のことを演出家としてはそれなりに評価していたつもりだが……俺の勘違いだったかな?」
「ふふ……さすが薫さん。ええ、まだですよ。あなたみたいな人は数回に一度出会えるかどうか。だから盛大に、観客が盛り上がる最高の舞台で殺り合いましょう。あなたにはその資格がある」
迷惑だが、向こうから出向いてくれるチャンスを不意にすることはない。できるだけヤツに乗って焚きつけないと。
装備は向こうが上。この世界の知識もヤツが上。さて、どうやってこいつを攻略するか。
「ああでも、もし仮に……あなたが勝てた時の話ですが、最後のハッピーエンドを濁しちゃ後味悪いので今の内に伝えておきましょう」
「今から負けた時のことを話してくれるなんざ、ずいぶん気の利いた悪役だな」
「最悪の敵を倒しハッピーエンドを迎える主人公。まさに王道の展開だ。それが台無しになるなんて嫌でしょう?」
「それはまあ、そうだな」
初めて、アイツの薄ら笑いが怖いと思った。
嫌な予感がする。ヤツは何を考えている。何を伝えるつもりだ。
「瑛蓮さん」
「が……どうした」
囁かれた名に、自分の心臓が跳ねるのを感じた。
しかし表情だけは決して変えず、あくまで冷静を装う。アイツから情報を最後まで引き出さないと。それまでは耐えろ。
「彼女、捨てた方がいいですよ。どうせ持っては帰れない」
「…………どういう意味だ」
「無理なんですよ。薫さんがクリアしても、一緒に帰れるのは同じクラスの人間だけ。他の人達は……さすがに俺も見たことないですけど、敵と一緒に再配置されてリスタート、みたいな感じらしいです」
手の平に滲む汗を、俺は地面に擦り付けて隠す。泥遊びした子供のように、土が指にまとわりついた。
「正直、彼女はそこそこ身体能力が高いだけで他に魅力もない。あなたは何かを彼女に見出しているようですが、薫さんの価値に釣り合うような子じゃありませんよ。それで言うなら紫さんや友希那さんの方が……っと、そういえば友希那さんも別の学校でしたっけ。まああの人はこっちにいる方が楽しそうですし、問題はなさそうですね」
「……瑛蓮とは同じクラスのくせに、ずいぶんと薄情な言い方だな」
「俺がこの世界に入るために一緒のクラスになった。それだけの関係ですから」
三神はそう言って画面を見ながら立ち上がると、親友に向けるような笑顔で俺に手を振った。
「ふむ、誰か気づいたみたいですね。じゃあこの辺で。……薫さんは強いんですから、瑛蓮さんみたいな枷はとっとと捨てた方が懸命ですよ。可愛い女の子なら、あなたは選び放題でしょう?」
「……大きなお世話だよ」
「ふふ、では。期待してますよ……薫先輩」
一瞬で三神の姿が消える。と、次いで着地音。ワープじゃなくて姿を消す力、か。あといくつヤツは力を持っている。
いや、それは今はいい。ヤツの言ったことが本当なら俺は。
「薫!」
「え……れん」
岩に背を預けている俺は、彼女から見たら横たわっているようにでも見えたのか血相を変えてこちらに走ってくる。
今はちょっと、会いたくなかったかな。そうも言ってられないのは分かるけれど。
「薫、薫! 大丈夫だよ、今助けるから!」
「ああ……心配するな。大怪我はしてない」
「でも血が出てる!」
「口を少し切っただけだ」
半泣きになりながら、俺の足に絡みついた紐を切る瑛蓮。彼女になんて言えばいい。君は帰れない、そんなこと言えるわけがない。友希那にもだ。
じゃあ俺は一体、どうすれば──




