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31話「異常者が止まらない」

「ところで、お二方」


 軽い咳払いを交えて、誰かが言った。

 声の主は焚き木の光にメガネを輝かせ、視線を隠したそれを指で持ち上げる。その瞬間、薪が音を立てて弾けた。


「今の会話、全員に聞こえてますがよろしいのですか?」


 俺と瑛蓮は指を結んだまま硬直した。そうだ、みんなで焚き木を囲んでたんだから、当然今の話はみんなに筒抜けで。

 

「さすが薫アニキママだ……これが魂のこもった告白。勉強になります」

「嘆かわしい。いつも冷静な薫殿が三次元美少女程度に周りが見えなくなるほど籠絡されるなどと」

「ちょっとまって違うよ!? そういうのじゃないから! もーなんでそんな事言うの聖司! 薫さん人のこと弄るのは慣れてるけど弄られるのは苦手なんだよ!? あとアニキママはやめろ気持ち悪い!」


 やばい、自分でも分かるほど顔が熱くなってる。助けて聖司!いや違う今のやつは敵だ、落ち着け。

 どうする、誰に助けを求めれば。絢香はむしろ乗ってきそうなくらい悪い笑みを浮かべてやがる。お守りする立場である俺が紫様のお力添えを願うわけにはいかない。だからってヤンキーその2が役に立つわけがない。

 瑛蓮は、俺と同じく顔を赤くして顔を伏せてる。くそ、ここは地獄か。


「あー、あー、そろそろ交代の時間だ。月宮さん行こーぜ」

「ええ!? い、いいけどお話の途中じゃないの?」

「戦略的撤退です! 勝てない敵に背を向けるも勇気!」


 


 ぐちゃぐちゃにされたその3と友希那の二人と交代して、俺と月宮さんは監視の任についた。

 監視と言っても最初に偵察で付近の状況は把握しているので、これは念の為程度のものだが。

 大きな岩に登って二人寝そべりながら、夜風を浴びる。火照った身体を冷ますにはちょうどいい。先程から無言のままもじもじと体を動かす月宮さんが気になるが、もう少し風を感じていよう。


「ね、ねぇ薫君」


 と思った矢先だった。意を決したように力を込めた声音で、月宮さんは俺に透明な液体の入ったペットボトルを差し出す。

 水や食料を管理していた絢香のストックはもう切れていたはずだが。じゃあこれは月宮さんの手持ちの分だろうか。


「昨日から水分……取ってない、よね?」

「まあ、切れちゃったし……その、チョコミントも俺がアレしちゃったしね」

「よ、よかったらこれ……これをその、飲んでいい……よ」


 ボトルを受け取る。ちょっと温かい、常温保存されたやつだ。まあコンビニとかで売ってる常温のやつとかもキンキンに冷えたのより飲みやすくて割と好きだし、俺は気にならない。

 でもアイテムボックスのものや配布された水はたいてい冷えてるし、インベントリに入ってる間は温度が維持されるからこれは外に放置されてたものってことかな。傷んでないといいけど。お腹を壊したら大変だ。でもさすがに月宮さんがそんな物を渡してくるわけないだろうし、大丈夫だろたぶん。


「なんか俺だけ貰っちゃって悪いなあ。月宮さんは飲まなくて平気?」

「だ、大丈夫! 大丈夫だから! と、とにかくいいから! 早く飲んで! 今すぐ!」

「ええ……ま、まあいいけど」


 なぜか急かされ、俺はキャップを開ける。抵抗が少ない、開封済みか。あんまり減ってないように見えるけど、月宮さんが飲んだのかな。

 待てよ?てことは月宮さんと間接キス。うむむ、せっかく落ち着いた俺の動悸がまた激しく。いかんまた俺の思考が暴走し始める前に飲み干そう。


「……ん、ありがとう」

「飲んだ? じゃあボトル返して! 今すぐ! ほら早く!」

「えぇ……わ、分かりました」


 普通の常温水だったのに月宮さんは何を慌てているんだ。って、そうか、俺にだけ水を渡したところ誰かに見られでもしたらちょっとまずいもんな。その程度で文句言ってくるようなやつが仲間の中にいるとも思えないが、用心するに越したことはない。月宮さんもいろいろ考えてくれているようで安心した。


「……あの」

「うん?」

「変……じゃ、なかった……よね?」

「あー、たしかに常温だったから心配だったけど、別に傷んでるって感じの味はしなかったよ。大丈夫、普通の水でした!」

「そそ、そっか……ならいい、ならいいの……」


 すごい速さで月宮さんがボトルをしまった。画面の使い方もはじめの頃に比べれば大分上達した、というよりもう使いこなしているな。この世界に順応するってのは複雑だが、月宮さんなりに努力してくれたんだと思うとちょっぴり嬉しい。

 しかも今、俺は月宮さんと二人きりだ。元の世界じゃよっぽど運がないと起こらないイベント。この世界は好きになれないけど、こういうのはむしろウェルカムです。


「しかしなんていうかさ、今更なんだけど」

「うん? なぁに、薫君」

「あーその……ごめん、心配かけて」

「……ううん、いいの。こうしてまた会えたから」


 柔らかな笑顔をつくって、月宮さんは俺の手を握る。少しひんやりだ、夜風に冷えたか、それとも女の子はこんなものなのかな。


「やっぱり、薫君はすごいね。正直に言うと、もう駄目かもって……塔に近づく度に思ってた。でも……ちゃんと薫君は戻ってきてくれた」

「ああ、それもこれも瑛蓮のおかげだ。あの子がいなかったら……っと。まあ、色々あったけどこうして再開できた事が重要だよね」


 いかんいかん、女の子と一緒の時に別の子の話をするとは。薫さんらしくないミスだ、間接キスの余韻に浸ってる場合じゃないぞ。


「うん……でも、だからこそ怖いの。薫君はふざけているように見えて、いつもしたいことじゃなくて、しなきゃいけないことばかりするから。だからまた無理したらって……そう思ったら私。あんなに辛かったのに、今度また薫君がいなくなったらどうしようって」

「それは……」


 いい加減なことは言いたくないな。三神との戦いも控えている、もしかしたら──いいや、瑛蓮とも約束したんだ。確実に、俺が勝てる策を考えよう。俺は死ねばそれまでだが、残された瑛蓮や月宮さんはどうなる。

 必ず、ハッピーエンドを迎えるんだ。やっぱり物語の最後は、そうじゃなきゃ。

 答えてくれるだろう?だってここは、そういう世界なんだから。


「だからね、約束」

「やく……そく?」

「うん。瑛蓮ちゃんだけじゃない。私とも約束……ね!」

「そう……そうだね。約束だ」


 誰にでも向けられる月宮さんの笑顔。そのはずなのに、今日だけはちょっぴり輝きが違う気がする。そしてそれは今、俺だけのものだ。うん、いい。すごくいい。

 ちょっぴり冷たい月宮さんの指を俺のと絡めて、二人で空を見上げた。これまでにないほど煌めく星空が、俺達の旅の行く末を祝福してくれているような気がする。あくまで俺と月宮さんの、ではなく俺達の、だ。


「うん、ありがとう薫君。……ところで、さっきから気になってたんだけど」

「ああうん、何が言いたいかは分かるよ」


 俺と月宮さんの視線が、二人の足元にある謎のボタンへと集中する。まず岩にボタンが設置されている時点でおかしいのは置いておいても、いまどき赤いボタンで押しちゃダメ、なんて注意書きがされた罠に誰がかかるというのだ。

 こんなに念を押されて触るやつがいるわけないだろ。まあ薫さんは押しますけど。


「ポチッと」

「ええ!? 押していいの!?」

「ギミックはできるだけ作動させる主義なんで……一応気をつけてね」


 押して数秒。何も起こらない。

 しかし拍子抜けして気を抜いた瞬間、岩からスモークグレネードでも投げられたかのように白煙が噴き上がった。反射的に月宮さんの腕を掴んで立ち上がらせ、岩から飛び降りる。しまった、少し吸い込んだな。月宮さんもむせてるし。

 だが、あんなふざけた装置だ。この世界の法則的に考えるならそれほど危なくはないのでは。これ見よがしに真っ白な煙だし、さすがにヤバいガスとかじゃあないだろう。

 それからさらにしばらく待てども、岩が盛大に爆発とかもなければ俺達の体調に変化もない。これでは面白くない。面白くないということは、まだギミックが作動していないか知らない内に何かが起こっているかだ。何も起こらなかった、はありえない。いや、そういうネタもありか。


「……うーん、なんにもなしか」

「みたいだね……よかった」


 よくない、とはさすがに口には出せないな。


「仕方ない、そろそろ時間だし聖司達と交代しようか」

「そだね。ちょっと寒くなってきたから、温まりたいよ」

「まったくだ。今頃聖司のやつ、焚き火で温まりながら乾パンぱくついて瑛蓮とおしゃべりしてるに違いない」


 しかし、その時俺に電流走る。


「待てよ……? アイツは水無しで乾パンを食える男。一度食べ始めたら止まらなくなり、ただでさえふくよかな聖司の腹がパンパンになった挙げ句、なぜか飛んできた俺の御刀が腹に激突して爆発……死んでしまうのでは?」

「薫君、頭大丈夫?」

「頭は大丈夫だ! それより爆発の巻き添えを食らう瑛蓮が危ない!」

「そんなさすがに……あれ、待ってよ? 爆発で倒れた聖司君を心配して駆け寄る瑛蓮ちゃん。同じく親友の安否を確かめに近づいた薫君と不意に伸ばした手が触れ合い、見つめ合った二人は瞬間恋に落ち若気の至りで結婚もしないままヤることヤッて子供ができちゃったら……」

「月宮さん頭に蛆でも湧いたのか」


 どうしよう、月宮さんも様子が変だが聖司が心配だ。


「頭はこれまでにないほど冴えてるから大丈夫だよ薫君! でも想像してみて! 考えなしの子づくり事後報告に薫君の両親は激怒、家を追い出された薫君はバイトを始めて安アパートに瑛蓮ちゃんと住むものの、バイトの給料では満足な暮らしができず不満ばかりが募る瑛蓮ちゃんはついに薫君を捨ててしまう。そして薫君は若さのはずみでヤッたことを後悔しながら子供の養育費を払い続けるだけの寂しい生活……そんなことになったら」

「なるほど……そして細々と孤独に生活する俺のもとに聖司が手を差し伸べにやってくるが、なぜか飛んできた俺の御刀が聖司の腹に激突して爆発。あいつは死んでしまうことに……」


 早くなんとかしないと。俺と月宮さんは同時に声を上げると、みんなの元へ走り出した。




 血相を変えて走ってくる俺達に、仲間達は何事かと集まってくる。

 そう、緊急事態だみんな。俺の親友の生死に関わる重大な案件だ。


「聖司無事か! 俺の御刀がすまない……」

「一体何を言ってるんですか薫殿!?」

「瑛蓮ちゃん! よくも薫君とヤッたわね!」

「薫を殺った!? 待って月宮さん薫はそこにいるよ!」


 どうやら聖司は今のところ無事なようだ。俺の御刀が飛んでくる気配はないが、油断はできないな。


「瑛蓮、できるだけ聖司から離れるんだ。俺の御刀がアイツに刺さる前に」

「薫の御刀が……聖司さん、に? オゥ…………ソウデスカ。きっと、薫の御刀はとてもとてもビッグなのでしょうネ」

「瑛蓮殿、顔を赤くしてる場合じゃないですぞ! たぶんそういう話じゃないと思うのでしっかりしてくだされ!」


 そういうお前も、無駄話をしている場合じゃないぞ聖司。いつ飛んでくるかわからない俺の御刀から護るために早くこいつをどこかに避難させないと。

 くそ、だがこんな開けた土地のどこに逃げ場がある。護れないのか、俺は。友の命の危機だというのに、情けない親友ですまない。


「よくも薫君を。はやく……さないと。私、許せない!」

「一体何なの!? ちょっとまって月宮さん私何もしてないよ!」

「これからヤるんでしょう!」

「薫を殺るわけないよ! しっかりして月宮さん!」


 相変わらず月宮さんは気が狂ったかのような振る舞いを。それに聖司は聖司で、俺の御刀がいつ飛んでくるかもわからない状況だというのに冷静にため息をついてるし。みんなどうかしてるぞ。


「……友希那殿、ほどほどにしばいてくだされ」

「うん。ごめんね薫」


 背後から、ぽえっとした声が聞こえた気がした。

 だが、振り返る直前で俺の身体に衝撃が走り、そこで視界が暗転。俺の思考はそこで途切れたのだった。

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