表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/36

29話「最凶の仲間達」

 これだけの人間が揃っているというのに、辺りは不自然なほどの静寂に満ちている。

 だがその静けさとは裏腹に、俺の心は穏やかではなかった。俺の、俺と月宮さんの引き金が仲間達の命運を握っているからだ。手の平に滲む汗に、だがそれを拭った瞬間合図が来てしまったらと思うと、身体もろくに動かせない。

 月宮さんと違って俺のライフルにはバイポットが備え付けられていない。だから積んだ瓦礫の上に銃を乗せることで安定させ、ストックは左肩に固定し左手だけで銃を保持する。右は殆ど銃には触れさせず、人差し指を引き金に添えるだけ。予備の弾倉は全部外に放り出して、すぐに取れる位置で並べてある。

 準備は整っている。後は待つだけ。けれどその時間が、とても長く感じた。一秒が一分に、一分が一時間に思えるほど。


「……来た」


 スコープを覗いていない側の瞳が、俺達に手を振る聖司を捉えた。

 見えないが、ビルの反対側で地ならしするような重い足音と振動がこちらにまで伝わってくる。だが銃持ちは、立ち位置を変えてはいない。瑛蓮は上手く誘導できたようだ。


「射撃開始。撃って、月宮さん」

「はい!」


 先手は月宮さんだ。彼女の細い指先が引き金を絞ると、重機関銃にも使われる特大口径弾がM95の銃身内部で加速しつつ、大型のマズルブレーキが備え付けられた銃口から射出される。

 瓦礫の埃は岩壁にぶつかった大波のように舞い散り、轟く銃声に大気は震え衝撃が身体を貫く。

 思わず、圧倒された。これは大砲と称されても、過言ではない。それでいてこれを超える弾を撃ち出すライフルすらあるのだから、銃とは恐ろしいものだ。


「ヒット。左腕部上方。狙いそのまま、次弾装填して待機」

「り、了解!」


 さすが対物ライフル、一発で盾持ちをよろけさせた。とはいえ徹甲弾を使ってもヤツの盾は砕けない。亀裂でも入っていてくれればいいが、月宮さんに同じ箇所を狙撃する力はあるだろうか。

 まあいい、俺の番だ。スコープの十字線を盾持ち、その構えた両腕盾の間に照準を定める。上手く抜けて胴体に当たれば良し、そうならなくても力の受け止めにくい場所だ、怯んでくれるだろう。

 あとは、俺が狙い通りの場所に当てればいいだけだ。銃に不備はない。弾も歪みのない良品。ここで失敗する要素があるとするならば、それは俺自身。狙撃において最も重要なことは、銃の性能ではない。それを扱う射手の腕だ。どんなに工作精度の高い銃身を組み込んだ高性能のライフルも、それを扱う者が未熟ならば意味をなさない。

 体の緊張を解け。力めば指先が固まる。その一瞬の遅れがチャンスを逃す。少しでも銃の固定が甘ければ、銃口はぶれて着弾点は大きく変わる。今の俺に必要なのは、このライフルを完璧に固定し、最適なタイミングで引き金を引くだけの機械、狙撃装置になることだ。一つのミスで全てが狂う。この一瞬だけは何も考えず、銃と一体になって照準を定め引き金を引く。それだけに集中する。


「…………」


 引き金に添えられた指の先を、ほんの数ミリ手前に動かした。

 左肩を思い切り殴られたような衝撃。刹那の間に世界が揺れて、覗いたスコープが再び標的を映し出す。

 着弾は狙い通りとはいかず、やや下側。だが一歩後退させるだけの効果はあった。


「ふぅ……次、月宮さんね。二秒後に射撃」


 月宮さんに指示を出しながら、ライフルを傾け左手でボルトを操作し排莢と装填を素早く行う。そして構え直すと、視線だけを動かし下の様子を伺った。

 銃持ちのタンクの前に紫さんが立ちふさがり、二挺の銃でヤツの注意を引いている。それも闇雲に撃つのではなく、できるだけ武器や関節を狙い少しでも無力化を図ろうとしているようだ。筋肉の塊のような身体は拳銃弾に対して強力な防御性能を発揮しているが、それでも少しずつだが膝や手首に集中したダメージが効いてヤツの銃口が下がり動きが鈍っている。時間をかければ拳銃でも殺せそうだ。

 だが瑛蓮はおそらく半周は回っているはず、それを待つ余裕はないな。


「あいつ……」


 タンクが銃を両手に握り、紫さんに叩きつけようと大きく振り上げた瞬間だった。ビルの柱に隠れていた友希那が、すでに回避行動を取っていた紫さんと入れ替わるように飛び出した。

 弾丸のように突進する友希那はタンクの銃が地面に振り下ろされる前に姿勢を変え、舗装された道路の上で器用にスライディングしながら怪物の股下を潜り抜けつつ陰部にスラグ弾を数発撃ち込む。並の化物ならこれで十分だろうが、さすがにタフだ。まだタンクはその名の通りの頑強さで倒れはしない。

 だが路面にこぼれる大量の血液は急速にヤツの力を奪い、タンクは銃を杖にしながら片膝をついた。そのチャンスを逃さず、友希那は片手と足だけを使ってタンクの背中を軽やかによじ登り、ショットガンの銃口を怪物の後頭部に擦り当て引き金を引く。顎から上が金属の粒弾と共に飛び散り、辺りは脳漿と血で溢れ返った。

 これで終わり。そう俺が安堵した瞬間、タンクは頭部が破壊されたにもかかわらず銃を振り上げた。狙う先は、身体に纏わりつく友希那。俺が射撃姿勢を崩し標的を変えれば、盾持ちに槍を放つ隙を与える。それは本末転倒だ。しかしこのままでは。


「クソ、聖司……頼む」


 頼れる親友に祈るが、最悪なことにこのタイミングで一周してきた瑛蓮が姿を見せた。当然、後ろからついてきてるやつも一緒に。

 万事休す。そう思われたが、俺は友希那の能力を見誤っていた。彼女は巨腕が振り回す鉄塊を難なく飛んで避けると、映画でしかみないような相手の獲物を利用した二段ジャンプを決め、銃を踏み台に更に高く飛び上がる。建物の二階と半分、俺なら漏らしちゃいそうな高さだ。

 更に友希那は畳み掛けるように、どこからともなく片手に瓶を取り出した。遠目に見ても分かるほど、注ぎ口に突っ込まれた布が激しく燃えている。あれが何かは、語るまでもない。


「薫君!」


 呆気にとられていた俺は対物ライフルの銃声に我に返ると、慌てて銃を構え直し盾持ちを狙い撃つ。先程の集中力を発揮することは出来なかったが、概ね狙い通りの位置。釘付けにすることは出来ている、大丈夫そうだ。

 そして念の為、友希那を見る。と、彼女はもうとどめの体勢に入っていた。火炎瓶をタンクに放り投げながら素早くショットガンを両手で構え、瓶ごと怪物の心臓を撃ち抜く。これを空中にいる僅かな間に済ませたのだ。

 炎の雨がタンクに降り注ぎ、盛大に炎上しながら今度こそヤツは地面に倒れ伏す。友希那の活躍は想定外だったが、あの洞窟内部に巣食ってたゾンビをほぼ一人で一掃したらしいし、ある意味当然か。

 あとは瑛蓮が誘い込んだやつを処理すれば、俺達の勝利だ。きっと、全員がそう思っていたに違いない。けれど、現実は──


「きゃ……」

「瑛蓮!」


 快調に走っていた瑛蓮が、突如バランスを崩して地面に身体を打ち付ける。

 彼女のミスではない。俺は見た。転ぶ瞬間、彼女の足首に光る紐状の何かが結びつくのを。それは今も彼女の両足を拘束し、散々振り回されたタンクの怒りの矛先を向ける絶好の獲物として、瑛蓮の自由を奪い続けている。

 一体誰が。脳裏にはそんな疑問よりも早く、ある男の顔が映し出された。だから俺は力の限り、怒りを込めて叫ぶ。どこか見えない場所でほくそ笑んでいるであろう、ヤツの名を。


「三神ィ!」


 タンクは瑛蓮の目前まで迫っている。一刻の猶予もない。選択の余地も。

 残数は9本。惜しんでいる場合ではない。俺はウィルス強化薬を首筋に当て、身体に流し込んだ。


「聖司、みんなも! 盾持ちに制圧射撃! 月宮さん、標的変更。タンクを撃って!」


 聖司達一行に精密射撃可能な銃を持つ者はいない。タンクを狙えば最悪瑛蓮に当たる。第一、攻撃姿勢に入ったタンクを小銃と拳銃だけで止められるとは思えなかった。

 瑛蓮の位置は俺のいる建物のやや手前。俺と月宮さんが一番近い。だが月宮さんの照準を付ける速度ではおそらく間に合わない。俺は指示を出しながら屋上から飛び降りて、無事着地。とはいかなかった。身体を強化しても、落下の衝撃は骨の芯まで響いて脳を揺さぶる。受け身を取ればよかったか、骨が折れてなければいいが。

 だが自分の心配はあとでも出来る、今は瑛蓮だ。振り下ろされかけた鉄骨。もう時間は残されていない。ライフルを屋上に置いてきたから、俺の武器は拳銃弾を使うAR15だけ。だが、それではタンクを倒せない。

 こういう時こそ、なせばなる、だ。強化された自分の体を信じ、俺はタンクの下半身めがけて思い切り体当たり。破れかぶれだったが、思いのほか容易くタンクの足は地面から離れ、勢いそのままに俺とヤツは倒れ込んでビルの壁を破壊。さながら、トラックがブレーキ無しで突っ込んだような有様だった。

 しかし、感心してもいられない。薬の効果はまだ続くはずだが、殴り合いでタンクに勝てるとも思えない。俺は立ち上がると即座にその場から離れ、瑛蓮を抱きかかえると聖司達の方へ全力で走る。


「月宮さん! 撃てるだけアイツに撃ち込め!」

「わ、わかった!」


 背後に聞こえる頼もしい銃声と、岩を砕くような激しい着弾音。それが正しく標的に向けられていますようにと願いつつ、俺は瑛蓮を聖司の傍に下ろした。まだ紐は瑛蓮を縛ったままだが、今は解いてやるより敵の対処を優先しよう。

 盾持ちは銃撃に晒され動けないまま、だが盾を少し傾け銃弾を横滑りさせることで衝撃を和らげていた。あいつも、見かけによらずかなり頭が回る。こちらの銃弾が尽きる前になんとかしなければ。


「友希那、アイツもやれそうか?」

「うん」


 淡々と、さも当然のように即答。強い。

 実は迷い込んだ学生じゃなくて、友希那も救済措置のひとつなんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。


「よし……聖司! 俺と友希那でやる、向こうで合図したら銃撃を止めてくれ!」


 銃声にかき消されないように大声で叫ぶと、装填の合間に聖司は弾倉を握る手で親指を立て了解を示した。

 俺と友希那は一方的な銃弾の嵐に紛れるように階段前に移動。手を降って聖司に合図を出すと、計算されたかのような正確さで銃声はぴたりと止んだ。ヤンキーたちも意外に連携は取れるようだ。


「よし、反撃される前にのぼるぞ」

「うん」


 誤射を避けるために銃撃をやめさせたが、時間をかければ盾持ちの槍が来る。ここから先は時間との勝負だ。

 だというのに、中ほどまで階段を登った辺りで友希那は俺の襟首を掴み、引き寄せる。すると。

 ごう、と音を立てて、俺の鼻先を何かが掠めた。後ろを見ると、階段下に黒いトゲが生えていた。じゃなくて、盾持ちの飛ばした槍が刺さっていた。

 地面から突き出した部分だけで、人間一人分くらいの長さはある。埋まった部分も合わせればもっとだろう。あの速度、長さ、とても俺が積んだ瓦礫で防げるものではない。俺もそうだが、月宮さんが撃たれなくてよかった。


「さ、サンキュー……なんで来るって分かったの?」

「んー……なんとなく?」

「強い」


 ぽえっとしたのんきな表情で、友希那が答えた。次元が違いすぎる。

 だが感心してもいられない、あんなものを何発も撃たれたら大変だ。即座に俺は頭を切り替え、軽く肌をつねってまだ薬効が残っているのを確認してから数段飛ばしながら駆け上がる。

 目前に迫った盾持ち、俺に有効な武器はない。だからまず肩からぶつかって盾持ちに盾を構えさせ、防御姿勢を取るために視界が妨げられたところで、俺はヤツの盾に手をかけめくりあげるように持ち上げた。だいぶ力が強い、薬を使っても20リットルの水入りポリタンクを持ち上げているくらいの抵抗を感じる。長くは持ちそうにない。


「友希那! やれ!」


 俺が叫ぶ──前に友希那は隙を見逃さず突っ込んでいた。強い。

 彼女はブルパップ式の取り回しのしやすい銃の特徴を活かし、素早く盾の内側に潜り込むと最小限にして最速の動作で照準。12ゲージの散弾が射出される、大砲のように大口を開けた銃口が捉えたのは盾持ちの下顎だ。

 射撃フォームも完璧。銃の知識には疎いからと俺が道中に教えてやったのを、完全に覚えて使いこなしている。それどころか、さっきは持ち前の身体能力と組み合わせてとんでもない動きでタンクを倒してたしな。強すぎる。

 俺の腕も限界が近づいてきたところで、友希那の銃が死の一撃を放った。9つの鉛玉は盾持ちの頭部をスイカでも割るように粉砕して、ヤツは後ろに数歩よろめき、最後には地面を震わせる衝撃を発生させながら重量級の身体を地に横たえた。これで、俺達の完全勝利だ。

 いや、まだ喜ぶのは早いか。月宮さんは大丈夫かな。タンクを任せっきりだったはずだが。


「oh……さすがにやりすぎデス」

「あは。薫、なんだかえれんみたい」


 振り返って階段から見下ろしてみれば、ビルの横にタンク……だったはずのものが広がっていた。あれじゃただの真っ赤な水たまりだ、一体何発打ち込んだんだ月宮さん。俺の周りの女子はみんなヤバすぎる。

 でも、よかった。全員無事だ。良かった、本当に──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ