28話「最後の門」
まだ日が高い内に、俺達は店を後にして塔を目指すことにした。
俺の目的は三神だが、ヤツは待っていれば向こうから来るだろうから探す必要はない。出会う前から俺を知っていたような口ぶりと、俺のクラスメイトの安否をあの位置から確認できていたことから、おそらくやつはクリア報酬とやらにバリア以外にも他の人間の位置を把握できる何かを貰っているはず。少なくともヤツが俺に興味がある内は、向こうからちょっかいをかけてくるはずだ。
「アニキ……歩くの辛くないっすか?」
「構わん。俺は縛られることにおいて頂点に立つ男なのだからな」
「さすがアニキだ! よし、俺も……」
「絢香が有刺鉄線作れたはずだから巻いてもらえ」
「アニキ! さすがにそいつはヤバいです!」
実際のところ、上半身を縄で縛られたまま歩くのはまあまあ辛い。あの月宮さんにすら変な目で見られているし。
てかみんな、なんでこの人縛られたまま歩いてるんだろうみたいな目で見るくらいなら解いてくれよ。見れば分かるだろ一人じゃ解けねーんだよ誰か察しろ。
「そういやアニキ」
「なんだ?」
「友希那さんって、すげー美人っすね」
「ソウダネ」
もう月宮さんから鞍替えか、やっぱ所詮はヤンキーだな。
その1が友希那を御せるとも思えんが、ここはこいつのアニキとして忠告しておいた方がいいのだろうか。
「お前にアイツをどうにかできるとも思えないが」
「そんなアニキ! 俺、本気ですよ!」
その1は鼻息荒く詰め寄ってくるが、正直会って数時間の女の子に本気になるやつの気が知れない。いや、これも若さか。うん、いいんじゃないかなそういうのも。
「じゃあ話しかけてみろよ。おーい友希那、こいつが話したいことあるってよ」
「わわ!? アニキいきなりすぎですよ!」
慌てても遅い。戦地から帰還した主を迎えるわんこ並みの反応速度で、すでに友希那が俺の声に気づき向かってきている。
中身はともかく優れた美貌を持つ少女を前に、口を鯉のようにパクパクさせるピュアなその1。相変わらずだな。対して友希那はそんな繊細な男心を分かっているのかいないのか、少し首をかしげて微笑む優しそうなお姉さん──に見える体勢のまま待機している。
「お、おおれ! 俺、一目見た時から君の……きみのことが」
まさかそんなありきたりなセリフで勝負するとは、こやつ正気か。駄目だ、これは失敗する。阻止せねば。
無言の腹パン。は縄で縛られて出来ないから、無言の膝蹴りをその1の腹に打ち込んだ。悶絶して腹を抱え屈むその1に、俺は言い放つ。
「そんな魂のこもってない告白じゃ、誰も落とせないよ!」
「あ、あにきぃ……」
地に倒れ伏し、その1は撃沈。だがその瞬間俺は気づいた、これはいい角度ではないだろうかと。
たしかに彼の挑戦は無謀だった。しかし、その勇気を誰が咎められるだろうか。彼はヤンキー三人衆の誰より早く、勇気を示し行動したのだ。それは称賛されるべきだ。
「この人、薫になにかしたの?」
「いや、気分で蹴っただけだ」
「むー、暴力は犯罪……」
「ただのスキンシップだよ。それよか縄解いてくれ、さすがに手が使えないと不便だ」
俺は少しずつ友希那に感づかれないよう位置を調整しながら身をかがめる。すると縄に触れる友希那もつられて腰を折り、スカートがふわりと舞い上がった。
気づけその1。俺からの小さなプレゼントだ。
「しゃがむと解きづらいよー」
「すまんなあ、薫さんはおじいちゃんだから足腰が弱いのじゃあ」
「ならしかたない」
さてどうだ。気取られないようにその1に視線を合わせてみよう。
なんか静かだと思ったらめっちゃ凝視してた。変態かよ、引くわ。
「うん、これで大丈夫」
「あ、縄は俺にくれ」
バレる前に用はそれだけだと言って、友希那を退散させる。足元では、まるで神でもその目で見たかのように瞳を輝かせながら両手を合わせて俺を拝むその1が。
「アニキ……アニキィ!」
「おおっと……ほらほら、よしよし。お前は頑張ったからご褒美だ。心のメモリーにちゃんと記録しておくんだぞ」
感極まったその1は俺に抱きついてくる。男臭いし気持ち悪いけど、これでその1はしばらく大人しくなるだろう。まあこれも男子高校生的な友情ってやつだ。いや、違うかな。
「アニキ、俺一生アニキについていくよ!」
「そっかそっか、うんうん。嬉しいよ、絶対にお断りだけど」
「アニキぃ……」
ヤンキーその1と謎の友情を育んだ。正直今すぐ全部捨て去りたい。気持ち悪いし。
だがこれで彼は完全に俺の味方だ。もしかしたら盾になってくれたりしないかな。なんて、そんなことを思っても、実際そんな場面が来たら俺は全力でこいつを守るんだろう。なんだかんだ言いつつも、完全に感情と思考を切り離すことはまだできなさそうだ。まあ──俺はそれでいいのかもしれないが。
エリアの境目が見えてきた。大きな通りを挟んだ向こう側、長い階段を登った先に佇むのは不気味な霧の壁。
そこに立ちふさがるは、3人の刺客だ。聖司との情報共有で種類は把握済み。まず大通りに二体、筋骨隆々の大男。タンクと名付けられたそれは肥大した筋肉が装甲のように体を覆い、その腕力もさることながら一番の脅威はこの手の種に見られる知能の低下があまりないということだ。さすがに言語を発する事はできないようだが、武器を使い戦術を組む知恵がある。あの二体も、一方は鉄骨を肩に担ぎ、もう一方はショットガンを持ちながら次のエリアに移る唯一の通路で獲物を待ち構えてる最中。
そして階段を上がった先、霧の壁を守る門番が盾持ち。重機のように安定した巨大な下半身に、腕骨が盾のように変形し両腕を構えれば体の前面を完全にガードできる拠点防衛型ゾンビ。しかも口から槍のようなものを飛ばすから固定砲台としても機能する。
最悪の組み合わせに、最悪の地形だ。このエリアは建造物が多く、ルートが制限され霧の壁に入るにはあの階段を上がるしか方法はない。だが、もしタンクを強引に突破しても盾持ちに阻まれ、逆にタンクを倒そうものなら上から盾持ちに狙撃される。
「塔に近づけば近づくほど、厄介になってくるな」
「どうしますか、薫殿」
俺達の武装でまともにタンクと盾持ちにダメージを与えられそうなのは、月宮さんの対物ライフルと友希那のショットガン。それと聖司達が道中で見つけたボルトアクション式のスラグ弾用ライフル。こいつを使ってどうにかするしかない。
「あの……私が囮になるから、その隙にみんなが撃つ……とかは、どうです?」
控えめに手を上げて、瑛蓮が小さな声で囁く。一人だけ中学二年、他は高校生だから萎縮するのも無理はない。聖司達なんかに気を使わなくてもいいんだがな。
「普通のゾンビならそれでいいが、タンクはあの巨体だ。歩幅がお前と違いすぎるし二体もいる、それに上からの狙撃も気にしながら逃げるのは危険すぎる。無茶が通るならやってもいいが、今回は違う。もっと安全で確実性の高い方法を取ろう」
「あ、うん……そだね」
「ふふ、どうです瑛蓮殿。薫殿は普段ああですが、こういう時は本当に頼もしい限りで」
「はい、本当に。私といた時も、ずっとそうだった……ですから」
なに本人前にしてこっ恥ずかしい話してんだ、怒るぞこの野郎。
いかん、俺としたことがちょっと浮かれて思考が乱れてる。冷静になれ、クールな薫さんだ。
「しかたない、三班に分ける。狙撃、強襲、陽動だ。狙撃犯はそこの建物の屋根から盾持ちを狙撃。出来れば倒したいが槍を撃たせないようにするだけでもいい。陽動は鉄骨タンクをもう片方から離し、その隙に強襲班はショットガン持ちのタンクを出来るだけ素早く倒して陽動と合流、残りを倒す」
人数的には十分だが、信頼できる能力を持った人間は限られる。スペック的に他より一つ抜けているのがおそらく紫さんと友希那。次点で安定した体力と技能の両方が備わっているのが聖司と瑛蓮。それらにはやや劣るが絢香もそこそこ。ヤンキー共は論外。
実質狙撃班確定の月宮さんは、威嚇射撃をやろうとして白いおっさんにハートショットを決める腕前。俺か聖司がついてないと駄目っぽいな。
そこで振り分けはこうだ。まず狙撃班は俺と月宮さん。俺の武装は9ミリ拳銃弾を使うライフルだからどちらの変異種に対してもあまり有効ではないのと、片腕が使えないことで接近戦に不向きな点を考慮した。
陽動は瑛蓮だ。彼女の武器、ゾンビスレイヤーだったか。あれはゴテ盛りの機関銃みたいなものだ。あんなのを構えれば瑛蓮持ち前の素早さを殺してしまう。タンクを相手にアレを振り回させるよりは、何も持たず逃げてもらった方が彼女の特性を活かせるはず。
その他は強襲。と言いたいところだが、実質メインで運用するのは紫さんと友希那の二人だ。身軽な紫さんが銃持ちタンクの気を引いて、友希那が急所を狙い撃ち素早く仕留める。タンクの武器が銃だけあって一斉に襲いかかるのは自殺行為、他のみんなは影に隠れて必要な時に援護してもらう。
「よし、瑛蓮は大通り傍の……そこのビルを回る感じで鉄骨を誘導してくれ。お前の足だと一周して再びショットガンと合流するまで約50秒前後、それまでに友希那、仕留められるか?」
「頭とか胸を撃たれてアレが壊れるなら、やれると思うよ」
「物騒且つ頼りになる答えをありがとう。よし、じゃあ瑛蓮頼むぞ。銃持ちまで連れてくなよ。二匹に追われたら終わりだ。銃撃が始まる前に鉄骨だけビルの影に誘い込んで、お前がヤツの気を引いている内に友希那達が銃持ちを倒す。誘導が甘いと合流されるからな、銃持ちの視界から外れたら一気に誘い込め」
「分かった、任せて!」
そして各々配置につき、俺と月宮さんは瑛蓮が回るビルと道路を挟んで隣の店舗屋上に。この位置なら瑛蓮が走ってきた時に上から援護できるし、銃持ちタンクの様子も伺いながら盾持ちを狙撃できる。
瑛蓮以外のみんなはビルの傍で待機だ。紫さんと友希那は銃持ちを倒すためヤツの近くに。聖司達はそれより少し後方で隠れ、銃持ちを視界に捉えつつ鉄骨を引き連れた瑛蓮が戻ってきた時に一斉射撃を浴びせられる位置についてもらった。
「……緊張するね」
俺に話しかけたというよりは、思ったことを口に出してしまった感じに、月宮さんが呟く。
ちらっと見ても、彼女はずっと対物ライフルのスコープを覗いていて俺の方を向いてはいなかった。
彼女と俺はうつ伏せになり、銃を構える。槍の攻撃を防ぐために手前に瓦礫を積んで壁にしてはみたが、そもそも槍投げのように放物線を描いて飛んでくるなら意味がないな。と、それに気づく頃には積み上がっていたからこのままでやろう。それに、もしショットガンで狙われたらこれが盾になる。無駄ではない。
「月宮さん」
「ひゃい!?」
普通に呼びかけただけなのに、月宮さんは陸に打ち上げられた魚のように体全体を跳ね上がらせて驚いた。相当集中していたようだ。本当は周囲にも注意を配ってほしいが、それは俺が担当しようか。
「俺も君の銃もボルトアクション、しかも装弾数もきっかり同じ5発だ。でも俺はこの通り腕がちょっとアレだから装填に時間がかかる。交互に撃つにしても間をあけよう。一発当てて、アイツが怯んで持ち直してからまた一発、みたいに。二人共装填中、なんてのは避けたい」
「お、おっけーだよ!」
盾持ちとの距離は目測120から130メートル。ビルに掲げられた旗の揺れ方だと、俺達から見て右に流れるような微風。やや標的との高低差あり、銃口を上に傾けて撃つしかない。
月宮さんの銃はともかく俺のサボットスラグ弾じゃこの距離、この環境でどれだけの精度が出せるんだ。猟銃だとか競技銃だとかは正直分からん。撃ちながら修正していくしかない。
「ちなみに……薫君は撃つの上手い?」
「夏休みに聖司と秘密の特別訓練をした時には、射撃では俺が上だった」
「夏休みの……特訓?」
「そう、夏キャンプ……サマーキャンプだ。射撃だけは俺が一位だった。今年の話ね、使ったのガスガンだけど」
その腕に賭けるしかないな。もっとも、あの時使ったのは右手で、今は賭けるべき腕も片方しかないのだが。




