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24話「ゾンビを殺す者」

 踏み抜いた新雪がスニーカーの中に入り込んで靴下を濡らし、俺の足を凍えさせる。

 まだ昼前だというのに、雪山エリアは防寒具無しではとても歩けないほど温度が低い。特に瑛蓮や友希那、女子勢はスカートで生足を晒しているから俺以上に寒そうだ。

 けれど、その冷たい大地から守ってくれる拠点はもう、存在しない。俺達が全員脱出すると同時、まるでそれを見ていたかのように適切なタイミングで拠点内に仕掛けられていたであろう残りの爆弾が爆発し、洞窟は崩落。もう二度とこの場所を使うことは出来なくなった。


「すまん、なんか知らんが三神が来たのは俺が悪いっぽいからその……」

「いえ、もう済んだことです。それを言えば彼らを拠点に入れた僕の責任でもありますし、むしろ貴方のおかげで避難がスムーズに行えました。感謝します」


 深々と潤一が頭を下げる。どう考えてもこうなった原因は俺だ。潤一が感謝することも、謝る必要もない。

 せめて安全な場所に着くまでこいつらの面倒を見るくらいはしないといけないんだろうが、全員が潤一みたいに理解のあるやつばかりじゃないからな。気づいていないふりをしてやり過ごしてはいるが、何人かは俺を敵意のこもった目で見てる連中もいる。あまり一緒にいるべきではないだろう。


「放ったらかしになってすまんが、俺達はここで……」

「それなのですが」

 

 男女にモテそうな微笑みを向け、潤一が俺の手を取った。なんとなく、何を言われるかは想像できるな。


「薫さんもご一緒してくださいませんか? あなたの力は、我々の誰もが持っていない。僕達にはあなたが必要なのです。幸い武器も食料も十分あります。いくつかこうなった時のために、代わりの拠点候補地も見つけておきました。あとはあなたさえ来ていただければ……」

「良い提案だ、魅力的だな」

「……では!」

「だが断る。お前も分かってるんだろ、無意味な会話は時間の無駄だぜ」


 そうですか、と残念そうに呟く割に潤一の表情はあまり暗くは見えない。最初から俺の答えは予想してたんだろう。


「では、薫さんはあの方を?」

「そりゃあなあ、アレは放ってはおけんだろ」


 三神が俺を狙っているなら、潤一についていけばこの拠点の二の舞になる。それは駄目だ、余計は被害は出せない。


「あ、でも友希那は貰うぞ。手が足りんからな」

「それはええ、まあ……。ですが、本人の意思は尊重してくださいね。彼女がそうしたいと言うのであれば、止めはしませんが」


 ちらりと、潤一が俺の背後でめっちゃ震えてる友希那を見た。温かい湯が張った金属の箱みたいなのがあったから、洞窟を出る前にそれに放り込んでから友希那を連れ出したんだが、外はこの有様。熱いお湯もすぐに冷えて水になってしまう。しかも服着たまま浸したから濡れた服が余計に体温を下げているのだろう。

 てか冷静に分析してる場合じゃなかったヤバい。


「つ、ついてく……ついてくけど薫、さ、さむいぃ」

「ヤベーぞマッハで凍死だ! 潤一、なんか着るもんないか!」

「え、ええと……衣類はあまり。コートならあるんですが」

「裸コートとかマニアックだなお前!」


 しかたない、これで我慢してもらおう。友希那的に言うなら、異世界は変態的衣装も犯罪じゃないからOKだ。たぶんな。


「それと、いくつか武器をお譲り致します。瑛蓮さんに預けておきましたので、後でご確認ください」

「すまないな、助かる」

「いえ、むしろこれくらいしか出来ずに……申し訳ありません」

「んなこたぁないさ。……じゃな」

「ええ、また縁があれば……お会いましょう」


 潤一が見送る中、俺達は次のエリアへと旅立つ。新しい仲間が凍死されてもかなわんからな。

 エリア内の天候は良好、というか雪が積もったエリアではあるが吹雪とかはそんなにないらしい。だから進む際に気をつけるのは、白一色で眼の前に崖があっても気づきにくいことくらいだ。

 しかし、それも頻繁に出くわすわけではないので、しばらく歩くとすぐに境界線である霧の壁が見える場所までたどり着けた。ゾンビもいないし、きっとこのエリアは他と比べても比較的安全なんだと思う。


「薫……寒い」

「もうすぐだから我慢してくれ」

「……そうだ」


 全裸にコートというちょっと危ない格好のまま俺の後ろをついてきた友希那は、何を思いついたのか突然コートのボタンを外し、露出狂さながらに身を護る唯一の盾を広げた。

 一体何をするのかと背後に気を配りながら歩いていると、友希那は躊躇なく俺の背中に密着しコートで二人分の体を包み込む。なるほど体温で温めてもらう作戦か、かしこい。


「これで私も薫もあったかい。ぬくぬくだ」

「別にとやかく言うつもりはないが、こういうのは瑛蓮とした方がいいんじゃないか?」

「えれんより薫の方がおっきいから」

「身体がね。そうだね、うん」


 誰に文句言われるわけでもないし、このままでもいいか。瑛蓮は瑛蓮でいちゃもんつけて来る気配もないし。というかアイツは顎に指当ててなにか考え込んでるし。


「つまり……友希那はぬくぬく、薫はむくむく、みたいな?」

「…………」

「…………」


 友希那も俺も、上手い返しが浮かばなかった。流れる沈黙に、瑛蓮は冷や汗を流しながら頬を赤くして顔を背ける。

 おっさんみたいな下ネタを使うんだなこの子。まあ冗談を言い合える仲なのはいいことだ、うん。


「い、今のは忘れて……」

「うん……さすがの薫さんもちょっと今のは上手く答えられない」

「──ッ! 私先行ってる!」


 束の間の、緩やかで微笑ましい時間だ。これから待ち受けることを考えれば、こういうのも悪くない。こんなことは、今しかできないだろうから。




 これでもう、何度目かのエリア超え。

 勝手にするすると霧の壁へと入っていく瑛蓮と友希那を止めるのは、もう止めた。実際霧の中にそれほど危険はないわけで、たまに紛れ込むゾンビのことを考えればむしろさっさと走って突破するのが安全なのだ。視界ゼロでゾンビと戦うのは無理だし。今となっては、霧の壁を抜けるのに手をつないで用心していたあの頃が懐かしい。


「到着……っと。瑛蓮、周囲に敵は……おお!」


 思わず、俺は瞳に映り込んだ物体に見とれてしまった。

 首を傾けなければ頂上も見えないほど高く、空へと続く柱。壁面は細部が崩れ落ち半ば倒壊しかけ、窓ガラスはすべて割れて四散し、その体は伸び切った草や蔦に覆われ緑化が始まっている。だがこれは間違いなく、俺達の世界にあるビルと同様の建築物だ。

 そもそも俺が今立っている場所もコンクリートの道路っぽいし、そこから先を見渡せば、折れて地面に転がった信号機や錆びついて赤茶に変色した車の残骸。

 これは現代文明が崩壊した未来の世界、ってな感じの設定のエリアかな。ロマンがある。


「一気に現代っぽくなったわね……ビルの中とか道具落ちてそうだけど、入ってみる?」

「いや、紫外線を避けるためにヤベー化物が中に潜んでるかもしれないし、目が見えないかわりに音を鳴らして敵を探る掴まれたら即死するヤベー奴とかがいるかもしれん。潤一達から貰った武器があるから、欲張るのはよそう」


 暗闇の中にあえて突っ込む気にはなれない。仮に変異種やゾンビがいなくとも、今にも崩れかけてる場所ばかりだ。少なくともビル系はあまり入りたくはないな。

 それに聖司達が塔を目指し順調に進んでいるのなら、このあたりのエリアで合流できる可能性もある。できるだけ人目につく場所を歩きたい。


「そういえばえれん、潤一から何貰ったの? 私も欲しいな」

「お前はまず先に全裸コートをどうにかしろ」

「そもそも一回道具入れに突っ込めば濡れてても乾くし、わざわざその格好で雪山超えなくてもよかったんじゃないかしら」


 しまった、瑛蓮の言う通りだ。盲点。損傷以外の汚れや水濡れとかはインベントリに放り込めば勝手に綺麗にしてくれるんだったな。

 軽く羞恥プレイと拷問を友希那に強要してしまったのか、反省。本人が羞恥を感じているかはともかく男として反省だ。


「おー、そうだった。じゃあ、着替える」

「あ、おいまてここで脱ぐ──」


 俺の静止も間に合わず、友希那が画面を操作。すると、友希那の身体が一瞬光り、次の瞬間にはもともと着ていた制服に。


「わざわざ取り出して着なくても、選択して装備のとこ押せば一瞬よ。残念だったわねー薫ぅ?」

「っく!」

「……ほえ?」


 したり顔の瑛蓮がムカつく。外見も歳も子供だから煽り効果二倍だな。おのれ、薫さんを煽ったことをあとで後悔させてやる。

 しかも当の本人がまるで分かってないような顔してるのがまた。なんというか、薫さんは時々友希那が心配になるぞ。


「いいからはよ貰ったもんを出せ。こんなにわいわいやって奇襲されたら交換する余裕もなくなる」

「あ、そっか。そだね……ふふ、薫って結構真面目だよね」

「確かに薫さんは遊び人でもあるが空気は読むのだ。さあ、貰ったものをよこせ! 薫さんは土しか持ってないんだぞ」

「まだ持ってたの!?」


 瑛蓮の画面を覗き込んだ俺の横に友希那が来て美少女サンドイッチの具になってしまったのはさておいて、潤一からのプレゼントの確認だ。

 二つのライフルとショットガンだな。もっとたくさんくれたのかと思ったけど人数分か、ケチだなアイツ。今度会ったらホモって呼んでやる。


「ショットガンは……KでSなGさんか。貰った弾はバックショット(大粒弾)スラグ(一粒弾)……んー、体格を考えると持つのは瑛蓮より友希那だな」

「散弾銃とかは男の子のイメージがあったけど、薫はいいの?」

「これガチャガチャするやつ。だから両手結構使うし、薫さんじゃちょっと……な」


 厨二というかもうミイラ的なボロボロで血が滲んだ包帯ぐるぐるの右手を振ってみせると、瑛蓮ははっとして目を伏せた。別に気にしてはいないんだがな、この怪我は瑛蓮に非があるわけじゃないし。


「そっか……それ、大丈夫?」

「ヘーキヘーキ、薫さんは頑丈なのだ。それよか他の銃見てみよーぜ。薫さん、気になります!」


 ライフルはどちらもAR15系のモデルだ。二つとも仕様が違うから、取り出して見比べてから俺の使えそうな方を選ぼう。

 俺は瑛蓮を促し、地面に銃を並べさせる。ベースが同じ銃だと思えないほどエグいのが一瞬目に映り込んだが、俺はそれをないものとして片方のライフルを拾い上げた。

  

「……俺、これ使うから瑛蓮そっちな」

「ちょっとまって、変なの押し付けようとしてない?」

「え……うん」

「うん!?」


 だがまあ、ある意味瑛蓮のために残した銃は対ゾンビ仕様の特別品だ。

 このAR15は上部レシーバーがベルトリンク式給弾が可能なものに変更され、それに合わせて弾倉も軽機関銃に使うような100連の箱型弾倉が付けられている。レイルには大光量のフラッシュライトと射撃の精度を高めるためのバイポッド。さらに重い銃を安定して保持するためのフォアグリップが装着され、照準器は遠近対応の小型ダットサイト付き低倍率スコープで、おまけに銃剣付き。

 さらに本体は黒の下地にドギツい蛍光色カラーの緑をハケでてきとうに塗ぬったくったようなある意味センスのある塗装が施され、レシーバーの部分には赤く血文字調でバイオハザードマークやゾンビの顔のようなものが描かれていて、なんかもう色々すごい。


「なんていうか……派手ね」

「対ゾンビ仕様だ。あっちの国の人は現実にゾンビが出てきた時用の装備をガチで作ってるからな……」

「そ、そうなんだ……」


 とりあえずこいつは俺のと区別するためにゾンビスレイヤーと名付けることにした。さすがに大容量の弾倉だけあって本体もフルオートが可能なモデルだから、これから瑛蓮には俺達の火力担当として頑張ってもらうとしよう。

 それに対して俺の銃は一見普通のAR15系のカービンモデルに見えるが、使う弾倉は箸入れのように細い。なんせ詰めるのは5.56ミリのライフル弾ではなく9ミリの拳銃弾だからだ。さらに銃口には簡易着脱式タイプのサプレッサー、照準器はホロサイトと等倍のそれに倍率を付加するマグニファイアがついている。こちらは民間向けのセミオート限定モデルだが、利き手じゃない左手でしかまともに保持できない俺にはフルオートなんて無用の長物だ。

 全体的に見ても瑛蓮の銃より地味だが、だからこそ俺向きといえる。いいものを貰ったな。


「よし、銃が決まったなら弾をくれ」

「えっと……この5.56mmって書いてあるやつ?」

「違う、それはお前のにしか使えん。9ミリなんとかって感じに書いてあるやつないか?」

「じゃあこれかな、9ミリさぶそにっく……あも? っての」

「そうそう、それそれ」


 かなしいかな、300発近く貰ったのに俺は9ミリサブソニック弾を90発しか持てないらしい。弾倉分と合わせても150発。現実は非情だ。

 だが、今までで一番装備は充実している。これなら白昼堂々と見晴らしのいい場所を歩き回っても多少の危険なら踏み越えられる。

 あとは、あいつらが無事にここまでたどり着いてくれるのを願うだけだ。

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