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22話「波瀾の予兆」

 数名の足音と振動。床を通して肌に伝わる感覚に、俺は浅い眠りから覚醒した。

 いつの間にか寝ていたようだ。思っていたより、疲れが溜まっていたのかもしれない。

 目を開き、状況確認。瑛蓮の眠るベッドの前に数名の、足の大きさからして男か。男達が並んで立っていた。

 ベッドは何かが上に乗った重さでわずかに板が沈んでいる。どうやらまだ瑛蓮は起きていないようだ。そして俺はベッドに隠れ男達からは死角。つまり、こいつらは瑛蓮に用があるというわけだ。おのれ不届き者め、成敗してくれる。


「お、おい……どういうことだこれ」

「なんでこの子が……」


 俺は油断した男達の隙を突き、ベッドの横から這い出る。その様はさながらホラー映画のワンシーンにも見えたことだろう。


「うわぁ!? だ、誰だ!?」

「俺は通りすがりの高校生だ。だがオヌシたちは殺す」


 地面を這いながら、俺は懐に手を入れた。あいにくと武器を持ち合わせていない今、できるのは虚勢を張って相手の戦意を削ぐことのみ。

 目論見は成功した。男達は揃って手を上げ、俺を奇異の目で見ている。

 いや待て、なぜそんな目で俺を見る。女の子が寝てるベッドの下から這い出た男がそんなに変か。いや変だなうん、通報ものだ。


「ま、待ってくれ! 俺達はあんたに……」

「言い訳は許さん。祈る時間も与えん。今すぐ殺す」

「ひえええ!」


 男達は逃げていった。どうだ、おちゃめな薫さんも気合を入れれば怖い役だってできるんだ。

 ベッドから完全に這い出して、俺は立ち上がると胸を張って男達の背中を見送る。これで馬鹿な真似は出来んだろう。ざまあみろだ。

 と、一人ドヤる俺の横で微かに衣擦れの音。あれだけ大声で話していれば、瑛蓮なら気づくのも当然か。彼女は毛布を身体に巻き、壁に密着するようにして身を縮こまらせていた。

 いつも瑛蓮はこんな目にばかりあう。今は俺が近くにいるんだ、上手く立ち回りさえすれば、未然に防ぐこともできたんじゃないのか?つくづく俺も気の回らない奴だな。時々自分が嫌になる。

 屑なのは自覚があるし、それを誇るような阿呆ではない。だからそれを少しでも良くする努力をしようと思っているのに、なかなか上手くいかない。だから絢香にも心配かけて、瑛蓮も泣かせて。

 分かっている、これは現実。アニメやゲームのように都合の良い展開は起こり得ない。けれど、もし神様がいるなら、少しくらいは彼女達にも──


「……かお、る?」

「おおっと、すまん瑛蓮。大丈夫か?」

「うん……びっくりしたけど、一応。それよりあなたこそ、今怖い顔してた」

「んん、そんなことないぞぉ。いつだって薫さんはみんなを楽しませる道化なのだからのう」


 無理やり指で唇の両端を釣り上げて、笑ってみせる。けれど逆効果だったのか、瑛蓮は余計に暗い顔をしてしまった。




 自分では浅い眠りだと思っていたが、結局俺は5時間ほど眠っていたらしい。つまり今現在の時刻は、早朝7時か8時くらい。

 潤一達はまた集まってなにかの相談事をしていた。ここの最高権力者である潤一がいないと友希那を解放出来ないので、俺達はとりあえず潤一達がいる建物周辺で会議が終わるのを待つことにした。

 

「ねぇ、薫」


 瑛蓮にしては控えめな、声をかけること自体に迷いが見られるような掠れた声音だった。


「なんだ?」

「私って……さ」


 壁に背を預け、二人並ぶ俺と瑛蓮。彼女は俺の方を向くことなく、時折顔色を伺うように視線を向けるがすぐに逸して、結局次の言葉が出てくるまでに少しの間があった。


「あなたの枷に……なってない、よね?」


 瑛蓮らしからぬ弱気な発言、今朝の件が関係しているのだろうか。不幸なことがあれば気落ちしてしまうのも無理はない。

 しかし本当に、そんな浅い理由なのだろうか。もっと根深い何かが関係していたのならと思うと、迂闊には答えられない。

 だから結局、俺はいつまでも逃げの一手で踏み込むことが出来ないんだ。

 

「何を言うか、瑛蓮みたいな美少女と一緒に旅ができるなんて男としては幸せなことなんだぞ。大丈夫、薫さんは二次元も三次元もいける」

「それは……その、そうじゃなくて。だって、薫の助けになれるかもしれないって付いてきたのに、遺跡でもここでもあなたの足を引っ張ってばかりで……私がいなければ、今頃薫は仲間と一緒になれてたかもしれないって思うと……その」

「……違うよ。遺跡はお前がいなかったら突破できなかったし、ここに入るのもお前がいなければ無理だった。だいたい俺一人だからって進むペースが変わるとも思えん。あのな……俺は、瑛蓮がいてよかったって思ったことはたくさんあるけど、いない方がよかったなんて思ったことは一度もないぜ」

 

 それは事実だ。そして心からそう思う。

 遺跡は負傷した俺一人では突破は困難。外を歩いても結果はおそらく同じだっただろう。この拠点も、仮に入れたとしても男一人は警戒される。瑛蓮がいるからこそこうして簡単に受け入れられたのだ。

 それに、一人ではここまで進めたかも怪しい。どうせ俺のことだ、無理をしてどこかでゾンビにやられるなり強引に進もうとして凍死するなりしててもおかしくはない。

 それに何より、瑛蓮と話しているだけで気が安らぐ気がする。一人であれこれ考えるより、ずっと胸の内が楽になる。瑛蓮という存在は、確かに俺の支えになっているんだ。


「……本当、に?」

「ああ」

「嘘じゃない?」

「本当だ」

「実はちょっぴり嫌だったりしない?」

「しない」


 突然、瑛蓮が笑った。そうだ、この顔だ。ちょっぴり強気で、でも優しくて気の使える子。

 本当に、俺を拾ってくれたのが瑛蓮でよかった。


「なんだか、初めて会った時の薫みたい」

「ああ……クールな薫さんのときの薫さんな。アレは記憶から消してほしい」

「なんでよ、そういう薫も好きよ私」

「なるほど……ギャップ萌え的な」


 すると彼女は俺の前に躍り出て、後ろで手を組みながらやや上体を前に傾かせ年相応に可愛らしく微笑んでみせた。

 ゲームのCGみたいだ。でもこういうのはエンディングとかに持ってきたほうが映えるな。できれば白のワンピースを着て、あとは麦わら帽子を被って背景は向日葵畑とか。うん、瑛蓮なら似合う。今度頼んで……殺されそうだな。

 

「でも、よかった。なら……これからもよろしく、だね」

「うむ、メイン戦力として期待してるぞ。俺はなるべくサボりたいからな」

「もぉ、すぐそういう事言うんだから」


 二人で笑い合う。こういうのも、この息苦しい世界じゃ悪くはない。死と狂気の溢れた世界で、今は瑛蓮だけが日常を感じさせてくれる。できるだけ長く、この感覚に浸っていたいとさえ思えた。

 けれど、まるでそれが当然であるかのように、俺の日常を壊す者がいた。人の気配に俺が目を向けると、そこには後ろに従者を引き連れた潤一。


「今日は長くなるので、こちらからお迎えにあがりますと伝えておいたはずですが……気を使わせてしまいましたね」

「何? 聞いてないぞ。だったらわざわざ出向かなかったのに」

「お、おや? おかしいですね……」

「連絡係までサボりか。もうちっと重要な役割を担う部下は選べ」

「そのようです。はは、本当に至らないところばかりで……申し訳ありません」


 潤一は心底申し訳なさそうにしながら、俺達に頭を下げる。

 遅れて瑛蓮も潤一に気づき体を向けるが、その背に隠れる存在を見た瞬間顔を強張らせた。


「ッ……薫」

「落ち着け、瑛蓮。それはそうと……どうも新しいお友達が出来たようだな潤一。そいつら、昨日はいなかったろ」


 ええ、と頷き潤一が背後を視線で示す。彼の後ろには二人、護衛のように控える男達。

 両者とも見覚えのある制服を着ている。男女の違いはあれど、色合いと胸に記された校章の形状、間違いない瑛蓮と同じ学校の奴らだ。彼女が話した通りの人間なら、嫌な予感しかしない。

 不審に思われないよう、体勢を変えるのを装い俺は瑛蓮を背に隠す位置に移動。ちらりと後ろを見れば、青ざめていく彼女の顔が見えた。それに合わせて、瑛蓮は俺の袖口をそっと摘む。なるほど理解した、やはりこいつらは危険だ。

 瑛蓮の視線は男の片方だけを注視している。やや細身、ぼさぼさで肩にかかるほど長めの髪という容姿の彼は、外にいたらゾンビと間違って撃ってしまいそうだ。そんな感じの陰気さが滲み出てる。

 反対側の男は対照的に腕っぷしの強そうな兄ちゃんって感じだな。短髪でそれなりに体格が良くて、けれど少し据わった目が何考えてるかわからなくてちょっと怖い。


「薫さん達のすぐ後に彼らが来てくれたんです。一応、ご紹介をしておこうと思いまして。見たところそちらの……瑛蓮さんと同じ学校の出身のようなので」

「そうか」


 いらん気遣いをしてくれる。

 潤一、誰でも受け入れるというのは余計なリスクを負うことでもあるんだぞ。っち、ゾンビの解説より人間の危険性を伝えておくべきだったか。

 というかまずいな、こいつらはこの拠点に入れる事自体が間違いだ。何をしでかすか分からん。だが派手に動けばこちらが警戒される。俺らも新参だ、ここの連中を納得させられるだけの発言力はない。俺が喚いても向こうが猫をかぶりゃ不利になるのはこっちだ。ボロを出すまでは静観するしかない。


「……ど、ども」

「うむ」

三神宗像(みかみしゅうぞう)です、よろしく。もしかして……あなたが瑛蓮さんを守って、くれたのかな? はぐれちゃってから、心配してたんです。ありがとうございます」

「礼はいらんさ、当然のことをしただけだ。まあ、よろしくな」


 瑛蓮が警戒している男は概ね予想通りの人柄。対してもう一方の男は快く握手を求めてくるくらいには好意的だ。

 だからこそ、ヤバい臭いがする。俺のカンでしかないが、たぶん厄介なのはこっちのガタイのいい兄ちゃんだ。瑛蓮がノーマークなのが気になるが、油断しないようにしないとな。


「それでは……お二人はどうぞ、ご自由にお過ごしください。僕は薫さんと所用がありますので、失礼いたします」


 恭しく二人に一礼してから、潤一が俺達に牢への移動を促す。正直目を離したくはないが、怪しまれても困るしな。どうするか。

 判断しかねていたところで、なんと向こうから仕掛けてきた。といっても、行動を起こしたのは瑛蓮が敵意を向けるひょろい男の方だが。


「あ、あの俺……俺も行っていいかな? えれ、瑛蓮ちゃんとまた会えるなんて思っていなかったし、話したいこともその……へへ」

「──ッ!」

「ひぇ!?」


 瑛蓮に睨まれただけで、男は竦み上がった。こいつはたかが知れてるな。とはいえこの手合いは突っつきすぎると何するか分からんから、用心するに越したことはないが。

 まあここで瑛蓮が耐えかね、こいつに殴りかかっても別に構わない。それならそれで潤一もこいつらを警戒してくれるし運が良ければ追い出せる。

 だが一晩の間に何か仕込んでいないとも限らん。派手に動くべきではないかもしれない。どっちに転んでもいいように対策を考えるか。

 

「そっか。じゃあそっちの、あー……」

「三神です。そうですね、俺はもう少しここを見て回りたいから……遠慮しときますよ」

「そうか、じゃあな」

「ええ、また後で」


 期待はしてなかったが、やっぱりそうくるか。でも今アイツについていくわけにはいかん。

 これは、早めに友希那と合流するのが良さそうだ。

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