21話「信頼は厚く、胸は薄い」
シャワー室が備え付けられた建物の入口付近。時折出てくる女の子達の風呂上がり感たっぷりの艶々な髪とお肌、上気した頬にちょっぴり複雑な気持ちを抱きながら、俺は努めて冷静にスレンダーな相棒の身体が建物から出てくるのを待ち構えた。
そしてついに、彼女は姿を現す。他の女性陣達のように濡れそぼった髪をヘアゴムでまとめて、ほんのりと紅色に染まった顔はどこか中学生らしからぬ艶やかな魅力を醸し出してる。とてもいい。
「よお相棒、生き返ったな」
「あ……待っててくれたんだ」
俺を見つけて、瑛蓮がぱたぱたと駆け寄ってくる。なんか飼い主を見つけて走ってくる犬みたいだな。
「あなたも入れば?」
「今女の子の時間じゃろうて……さらっと罠にかけようとするんじゃない」
「巫女なんだしセーフじゃないの?」
「いや、男は普通に駄目だろ」
「自分で言ったのに……」
それに薫さん全裸より制服半脱ぎとかの方が好きだし、別にお風呂シーンはいいかな。ここにいる子全員美少女ってわけでもないし。
「そういや、瑛蓮はあんまり俺のこと名前で呼んでくれないな」
「え……」
おい、なぜ顔を反らした。
「ごめん……名前なんだっけ。権左衛門?」
「古風!? 違うよ!」
「うそうそ、覚えてるわよ。名前で呼んでほしい?」
「まあ、できれば。君付け以外で」
すると瑛蓮は数秒間悩み、それから後ろで手を組みつつ顔を少しだけ傾け笑顔で。
「おにぃーちゃん」
「──ッ!?」
薫さんの心臓に電流が走る。数秒、いや一分くらい思考が停止してたかもしれない。
突然50口径のライフルに胸を撃ち抜かれたような衝撃だった。これはよくない。
「……それは駄目だ。薫さんの心臓も三度ということわざがあるが、そういう攻撃力の高いものは二度は耐えれても三度目には破裂して死んでしまうからしちゃいけない」
「oh……薫は時々貧弱デスネ」
「そのキャラまだ続けるのか!?」
なんだか俺への対応も手慣れてきたな瑛蓮のやつ。このままでは瑛蓮の操り人形薫さんとなる日も近いか。中学生恐るべし。
「もうだいぶ薫さんの扱いに慣れましたね……」
「こういうのは嫌い?」
「いいや、薫さんも遊び人だからこういうノリはむしろ望むところだ」
初めて出会った頃が懐かしい。あれだけ警戒されてたのに今じゃ瑛蓮の方から俺に寄ってくるし、その上一緒に塔を目指してるんだからな。
でもつまり、それは俺の目的に瑛蓮を付き合わせちまってることだ。絢香といい、ついてくる必要がないのに本人にそれを強いるような状況に陥らせているのは俺の落ち度。もし俺が全部一人で終わらせられるなら、それに越したことはなかったんだけど。この世界は、そんな映画みたいに都合良くはいかない。わかってるさ。
「……薫?」
「いや、なんでもないよ。ごめんな」
「……?」
突然頭を撫でられても、瑛蓮は驚くばかりでもう俺の手を払うことはない。今は得られた信頼に感謝して、これを損なうことがないように頑張るだけだな。
狭い空間にホワイトボードが一つ。それと向かい合うようにいくつかパイプ椅子が配置された部屋。
集まった人間の数は俺と瑛蓮、潤一を除いて十名ほどか。これだけの規模の拠点の割に重役を担う奴はあまりいないようだ。
「それではまず仲間の紹介から始めましょうか。あちらにいる方が僕たちの食料を──」
「あ、そういうのはいいよ。俺ら長居しねーし。それにぽっと出の称号付き名前有りキャラは存在が死亡フラグだからな、無理に登場させることはない」
「え、えぇ……ご、ごほん。ではそういうことなら、紹介は省いていつもの手順で進めましょうか」
やや戸惑いつつ潤一はちらりと俺を見、傍聴に徹すると目で答えてやると彼は頷いた。
そっから先は、おそらくいつもやっているのであろうありふれた連絡会的な会話。集まりというから来てはみたが、8割は聞くに値しないこの拠点内の事情だったな。
だが話の終わりに再び潤一は俺達に向き直り、軽く頭を下げて頼み込むように。
「それでは……せっかくですので、何か有益な情報があるのでしたらぜひ。見ての通り僕たちはこの拠点に籠もりきりで……まともに戦った事がある方もそうはいません。ですからなかなか情報を集める機会がないのです」
潤一の視線は俺の右腕に移っている。なるほど、これを戦闘時の負傷と解釈したか。残念だったな、それは違う。
だが、戦闘の数ならそれなりにはこなした。ゾンビ以外も、色々と。
食料を貰った恩もあるし、もしかしたらここで情報を共有しておけばこいつらの口も緩くなり、なにか有益なことをポロッと漏らすかもしれん。こっちにそれほどリスクもないし、話せる分は話してもいいか。暇だしな。
「そうなあ、エリアの情報は俺もそこまで詳しくないし……偵察で出くわす危険性も考慮するならゾンビの変異種の話でもするか。ちなみに見たことあるやつは?」
椅子に座った連中の中に、手を挙げる者はいない。というか、俺の言葉の意味を理解していなさそうに首を傾げている。
「おい……ゾンビの変異体だよ。羽付いたやつとか、トゲトゲのとか」
「ま、待ってください。そんなものがこの世界に?」
今にも肩に掴みかからんとする勢いで、潤一が迫る。こいつも会ったことはないのか。
ていうかさっきの半裸を想像しちゃうから寄るな、あだ名ホモにするぞ。
「なるほど、思ったよりお前らがヒッキーだってのは分かった。じゃあそっからだな。ゾンビにはたまに身体の形状が変異し、身体機能や特性が変わった個体が存在する。はじめからそういう個体なのもあれば、普通のゾンビが変異する場合もあるから油断はするな」
「……恐ろしいですね、偵察隊の方に伝えておきましょう」
「それがいいな、だが対処法があるとしても極力戦うな。どれも基本的に素人が銃握っただけで勝てる範疇を超えている」
それから俺は出会った変異体、と言っても爆発するやつに羽つき、トゲトゲくらいだが、それをホワイトボードに描いていく。正直絵なんて得意じゃないが、デフォルメで描けば多少はマシに見えるだろ。たぶん。
「まずこいつだ」
「あ、サボ──」
「アーイーアーンーメーイーデーンー!」
おのれ、横から口を挟むな瑛蓮。
「全身棘で覆われた変異種だ。目が見えないが代わりに音に敏感で、走る速度も早い。通常のゾンビとさして強度に違いはなかったから、拳銃でも頑張れば殺せる……と思う。俺と瑛蓮はこいつをアイアンメイデンと呼称することにした」
「棘を用いた中世の拷問具……でしたか。なるほど、言い得て妙ですね。さすがです」
深々と上下に頭を揺らして納得する潤一。どうだ瑛蓮めやっぱりこっちの方がいいだろう。
と、ドヤ顔を見せつけてやったら軽く瑛蓮に舌打ちされた。サボテンよりはいいだろ……いいよね?
「詳しい対処法とかは追々するとして、ぱっぱと紹介から済ますか。こっちは爆発するやつ……まあボマーでいいか、ありきたりだが分かりやすい。こいつはガスかなんかで身体を膨張させて爆発させる。火薬を用いるわけじゃないからそこまで衝撃や爆音が響くってこともないが、飛び散った骨や高速で飛翔する内臓や体液も場合によっては危険だな。加害範囲は……まあ10メートル弱か。手榴弾と違って金属片とかじゃない分威力は弱いかもしれんが、まともに喰らえばこうなるぞ」
言って、俺は右手をひらひらとみんなに見えるように振ってみせる。
少し場の空気が変わった。実際の威力を目の当たりにしてちょっと驚いたって感じかな。
「爆発する前にカエルみたいな声で鳴くからそれが聞こえたら逃げるか遮蔽物に隠れるといい。間に合わないなら伏せるしかないな。こいつは普通のゾンビがいきなり変化するから注意するんだ、用がないならゾンビはなるべくしっかり殺せ。見逃して仲間がやられるなんて嫌だろう? 死んだらそいつもゾンビになるしな」
その後に羽つきの話と、それぞれ俺的対処法の例を伝えて話を終える。
はじめは俺のことを訝しんで見ていた連中も、最後には俺に尊敬めいた眼差しを向けていた。
あー、なんかあれだな。異世界に行って現代の物や知識を現地人に伝えてドヤ顔するやつ、アレの気持ち何となく分かるわ。ちょっといい気分だこれ。
「……ありがとうございます。もし知らずにいたら、きっと僕たちの未来は明るいものではなかったでしょうね。なんとお礼を言えばいいか」
「いいって。それにこのエリアは雪山だし拠点には雑だが偵察もいる、俺の情報がどこまで役に立つか。まあ偵察の時に賢い敵に後をつけられんよーにはせんとな、今日みたいに」
「はは……善処します」
さっそく潤一は偵察隊に俺の情報を共有しに行くと言って、集まりはお開きとなった。それでも何人かにもっと外の様子を話してくれとせがまれ、適当にあしらっていると、もう時間は深夜に。薫さんもちょっとおねむだ。
「むー……そこまで気にはしないがここの連中の先行きが心配だ」
「薫がおかしいだけで、普通の人は銃を持っててもこんなにゾンビと戦ったりしないものね。多分戦いになったらここの人たちじゃ持たないよ」
「まーそんときゃそん時だ。しばらくは持つだろうし、頭がいる内はなんとかなるだろ」
なんだかんだでシャワーに入りそこねた。もういいか、眠いし。
安全な場所で、しかもきれいなベッドで寝れる機会を無駄にはしたくない。さっさと自分の部屋に戻ろう。
「あ……かお、る」
瑛蓮と別れるつもりだったのだが、俺の制服の裾を彼女は掴んだまま離さない。
俯いてどんな表情をしているか分からんが、なんとなく言いたいことは察した。察したが、俺の方から切り出していいものだろうか。男が誘うのはなんというかやばい感じが、な。
なんて迷っているうちに、瑛蓮の方から先手を打ってくれた。
「その、ここ……人、が多くて。できれば……一緒に」
「……そっか、いいぞ。俺の部屋でいいか?」
「……うん」
それ以降は一切の会話を交えず、俺達は質素なあの部屋に戻ってきた。
先に瑛蓮を進ませ、ベッドの選択権を与える。空きはいくらでもあるのだが、彼女は壁際のベッドを選んだようだ。分かる、端っこはなんか安心するもんな。なら俺はその隣にしようか。
と、俺はベッドの端に腰を下ろすが、対面に座る瑛蓮はそっと腕を伸ばすと指先で俺の服を摘んだ。
「……もっと、傍に」
「……むぅ」
一人用のベッドに男と二人で寝る方がヤバくね?と、言っては駄目なんだろう、たぶん。ベッド同士1メートルくらいしか離れてないんだから別にいいじゃんといいたいところだが、瑛蓮判定でそれは駄目らしい。また薫さんは男として見られてないな。一体何なのだ。
とはいえ本人が許可したところで、男子高校生が中学生の女の子と抱き合って寝るとか常識的にありえないし。かといってせっかく俺を頼ってくれてるのにそれを無下にするのはもっと駄目だ。
ならば、答えは一つ。
「……あの」
「気にするな、俺のことは妖怪か何かだと思ってくれればいい」
突然ベッドの下に潜り込む男。そんなのが目の前にいたら俺なら部屋から叩き出してるところだ。瑛蓮はどうやらそこまでではないようだが、すごい変な顔で見てる。正気を失ったのかとでも言いたげだ。
「これでさっきよりも近い」
「普通にベッドをくっつけるんじゃ駄目なの?」
「駄目だ! うっかり寝返りを打った拍子にお前に触れたらどうする! 事案だぞ!」
「そ、そう……」
強引に納得させて、俺は瑛蓮のベッドの下に這いずり込む。ギリギリ身体が収まるくらいのかなり窮屈な空間、しかも床は冷たい。けど、これで瑛蓮が安心して眠れるなら俺はそれでいい。
それに数センチ上に美少女が寝ているというこのシチュも悪くはないしな。そういうことにしとこう。じゃないと凍えて死んじゃいそうだ。




