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20話「似た者同士」

 壁から腕へと繋がった鎖が、俺に気づき首を持ち上げる少女の動きに合わせて小さく音を立てた。

 片側だけやけに伸びた髪を胸の辺りで揺らしながら、少女は俺を見つめると瞼を数度上下させる。まだ、口は開かない。

 なぜだろうか、俺は彼女の瞳を見た瞬間、ずっと幼い頃に別れた妹と再開するような、そんな奇妙な感覚を彼女に対して抱いた。だが俺にそんな壮大な過去はなく、妹もいない。間違いなく初対面のはずなのだが、何故か親近感が湧く。自分自身のことなのに、これほど不思議に思ったこともない。


「や、こんにちは。……ううん、もうこんばんは……かな?」

「そう……そうだな。こんばんは、だ」


 俺が答える。すると彼女は、冷たくもどこか大人びた雰囲気を纏う容貌を崩して、朗らかに笑った。中身は外見より少し幼いような、そんな印象を受ける。月宮さんと顔を入れ替えれば、ちょうどいい塩梅かもしれない。

 

「大丈夫……か?」


 何がだ、と自分自身にツッコミを入れたくなった。

 牢に入れられバンザイの格好で両手を鎖に繋がれて、大丈夫な訳がない。それに、座ったまま腕を上げ続けるのは立ってるのと負担はさして変わらない気もする。この部屋には寝床もトイレもないし、ずっとあの姿勢はさすがに酷だろう。それだけのことをしでかすような子には見え──いや、ちょっと見えるけれども。


「うーん……退屈だけど、私はこうしてる方がみんなが安心するんだって。だから、仕方ない」

「そう……か」


 体そのものを拘束するということは、よほど手癖が悪いか暴力行為を喜々としてやってのけるタイプの人間だろうか。その手合いなら厳重にするのも納得はいくが、ここまで自由を奪う必要はあるのか?

 過去にやらかしてよほどここの住人達の恨みを買ったか、あるいは逆に──


「なあ、おっさん」

「おっさ……なんだよ」


 遠目に俺達を観察していたおっさんを手招き。

 面倒くさい、というよりこの牢に近づきたくないとでも言いたげに顔をしかめつつ、彼は渋々歩み寄る。


「あの子なんであんなふうに?」

「それはその……ヤベェからだよ」

「どうヤベェんだよ」

「そりゃあその……そのだな」


 思い出したくもないのか言葉に詰まった感じでおっさんは顔を反らし、だが引かないぞと視線で語ってやると、それで折れたのか彼は両手を大げさに広げて息を吐いた。

 内容は聞いてびっくり。なんてこともなく、俺がいくつか想像した中でも比較的軽めな部類のやつだった。

 彼女はおっさんや潤一と同じ学校の出身。そして共に転移してきて、この拠点を発見した。しかし当時この拠点内部にはゾンビが跋扈しており、まずそいつらを駆逐する必要があった。とはいえ彼女は身体能力に優れるらしく、ゾンビの数はそこそこいたようだが難なく処理しすぐに安全確保。そこまでは何事もなくだったのだが、なんとそこで彼女は倒したゾンビを片付けるどころか突然ナイフで解体しはじめたのだという。だからこの有様というわけだ。

 そんなん俺だって委員長の一件がなかったらやってるぞ。この行為を狂気だと咎めるのは簡単だ。しかしこれは、そんな安直に答えを出すべき事柄ではない。少なくとも、どんな理由があってそうしたのかを聞くべきだ。俺ならゾンビの体を調べるために仕方なくだが、彼女の場合はどうだろうか。


「なあ、なんでゾンビをバラしたりしたんだ?」

「んー? それはね、知りたかったから。ゾンビさんは私達とおんなじ体。だから中を見れば、私達の中身が分かるかなって」

「ゾンビと俺達とでは微妙に構造が違うかもしれんぞ。調べるなら似てるやつじゃなくて同じのを解体せんとな」

「そうかな……そうかも。でも、人間ですると死んじゃうし、殺したら犯罪だから駄目だよ」


 なるほどちょっぴりクレイジーだ。でも犯罪かどうかの線引きはしっかりしてるから限りなくアウトに近いセーフ、セーフです。


「な? イカれてんだろ?」

「否定は……せんが、その程度でこの仕打ちはやりすぎだろ」


 鎖と繋がる手錠はきつく締めすぎているからか動くたびに手首が擦れて周りが赤く腫れているし、いつから身動き取れずに拘束されているのか知らんが色々汚れている。こんなにしてる潤一達の方がよっぽどひどいぞこれ。


「食事とかは?」

「こんな気味悪いやつの牢屋に入りたがるやつなんかいねぇよ。さすがに死なれても困るから気が向いたら余りもんくらいはくれてやってるが」

「おい……この子いつから入ってるんだよ」

「なんだよ……そんな目で見んな。さ、三週間くらい……か?」


 あの優男とおっさんを今すぐ殴りたくなってきたぞ。もうここまでくりゃあ拷問みたいなもんじゃないか。実害無いのにひどいことしやがる。


「鍵よこせ」

「な、何言いやがる! 駄目だ! どうしてもってんなら潤一さんに言え!」

「めんどくせぇなあ……わかったわかった、じゃあドアだけ開けろ」

「し、正気か?」

 

 俺は無言でおっさんを睨みつける。

 これで潤一さんに許可を頂かないと俺にはどうにも出来ません、なんて言い出したら一発ぶん殴ってやったとこだがそこまで三下くんではなかったみたいだ。かなり嫌そうな顔はしたが、ドアの鍵を開けてくれた。

 俺は早速、牢の中に入る。これで、きょとんと俺を見上げる少女と二人きりだ。

 確か瑛蓮から貰ったスナック菓子がまだ残ってたはずだが、今はこれでいいかな。


「ほら、これ食うか?」

「……いいの?」

「いいさ」


 彼女の両手はふさがっているから、俺が顔の前まで持ってきてそれを少女が噛じる。

 なんだかペットに餌やってる気分だ。いや、その考えはどことなくヤバい感じがするからいかんぞ。思考停止、思考停止だ。

 

「あなた、とっても優しいんだね。それに、顔も制服も初めて見る……じゃあ、はじめましてだ。あなたのお名前は?」

「姫路薫。親しみを込めて薫く……君付けはもう二人いるしややこしくなるからそれ以外ならなんとでも呼んで構わないぞ」

「うん、わかった。じゃあ……薫、よろしくね。私は友希那。柊友希那だよ」


 にへーって擬音が付きそうないい笑顔だ。しかし、やっぱりどこか幼い。見た目はクールで口数が少ないお姉さん風だからギャップがすごいな。


「うむ、よろしくな友希那」

「ところで、薫はどうして私に話しかけてくれるの?」

「うん? それはなんというかアレだ、気になるから……かな」

「おい、もうそろそろいいだろ! 潤一さんにバレると俺が困る」


 っち、おっさんめ空気を読まんやつだ。


「ふぅ……んじゃまた来るよ」

「うん、待ってる。ごちそうさま、薫」

「おう」


 手を振って牢から出ると、不機嫌そうにおっさんが迎えてくれる。腕を組み、わざとらしく音が鳴るようにつま先を何度も床へ叩きつけながら。


「悪かったな、邪魔して」

「まったくだ。あんまり迷惑かけんなよ、追い出されるぜ」

「ははは、心配すんな長居しねーよ」


 俺は倉庫を後にして、次なる目的地を定めた。あの優男に会いに行かねばな。

 確か司令室とかいう場所か、自分の部屋にいるっていってたかな。まずは近い方、あいつの部屋を目指すか。




 居住区の最奥部。四角い箱のようなコンクリートの塊であることは他と変わりないが、周りには観葉植物や小奇麗なベンチが立ち並び、窓から中を覗けば高級そうな家具が点在する建物ばかり。ひと目でここが拠点内で地位のある者しか立ち入れない場所なのだとわかった。

 俺は堂々とその敷地内に踏み入りその中の一角、入り口に赤く二重の丸がペイントされた建造物を発見する。たしか、アレが目印だったかな。

 俺は玄関まで進み、ドアを開けようと手を伸ばす。が、ドアノブに手が触れる寸前で動きを止めた。中にいるかどうかはしらんが、ノックも無しに男のプライベートな空間に立ち入るものではない。

 思い直して数度ノック。すると中からやつの声が返ってきた。こっちで正解だったようだ。

 確認も取れたところで、俺はドアを開け──その場で硬直した。


「ようこそ、僕の部屋へ」

「お、おう……」


 視線が泳ぐ俺に、潤一は怪しくも明るい笑顔を向けて。


「申し訳ございません、このような格好で」

「い、いや……別にいいんだ」


 俺の前には上半身半裸の男。しかもいい感じに汗を流しているから、なんか際どい感じになってる。

 これは男版ラッキースケベみたいな扱いでいいんだろうか。俺的にはラッキーでもスケベでもなんでもないんだが。


「筋……トレ? もしかしてお邪魔しちゃいましたでしょうか……?」

「いえ、ちょうど終わったところですから。はは、それにしてもお恥ずかしい。こんな事になってしまったからには鍛えなければと始めてはみましたが、素人考えのメニューではなかなか効率よく出来ずにこの有様です」


 言いながら頬を赤く染め、潤一は腹部をさすった。うむ、いい腹筋だ。変な意味ではなく。潤一は満足していないようだが成果は出てるな。

 ちなみに薫さんも少しは体型に自身があります。聖司の付き合いで砂がたんまり入ったリュックサック背負って街中走り回る行軍訓練したり、親友考案の特別筋トレメニューで来たるべき異世界転移や宇宙からの未知なる敵に備えていたからな。まあ結局、それでも俺は筋肉と体力もそこまでつかず運動のセンスすら並のままだったのだが。悲しい。薫さんは器用貧乏なのだ。


「もっとも、僕はあまり外に出ませんから……これが役に立つかも分かりませんが」

「お前が拳に頼るような状況なら、この拠点にとっての危機だろうよ。そうならない今が一番さ」

「……そうですね。貴方の言う通りだ。ところで、何か僕に用があるのでは?」

「ああそうだ、友希那なんだが……アレ俺が貰っていいか?」


 突然の申し出だったからか、あるいはその名前が俺の口から出たからか、潤一はひどく驚いた様子だった。しかし取り乱したりはせず、ふむと唸って顎に手を当てる。奴らとしても問題の種だ、あまり触れたくはない案件なのだろう。

 今後この拠点で何が起こるにしろ、味方……それもここの土地と敵を熟知した人物を確保したい。その可能性で最も高いのが、今のところ柊友希那だ。

 あの子はこの拠点のことを知っているし、アレだけの仕打ちをされているのだから俺と潤一どちらにつくか選択を迫ればこちら側に転ぶ確率も高い。しかも戦闘能力も保証付きだ。


「牢に行ったのですか、なるほど。確かに彼女は少々性格に問題がありますが……同時に我々の貴重な戦力でもあります」

「その割に扱いが雑だな」

「貴方もアレなどと、まるで物のような言い方ではないですか」

「お前らも似たようなもんだろ。人間として扱いたいならせめて飯くらいちゃんと食わしてやれ」

「……む? それは」


 途端に潤一の顔が険しくなった。この反応、おっさんが友希那をどう扱っているのか把握してなかったのか?


「まさか、彼はまた彼女を放置したままだったのですか?」

「何だ知らんかったのか、ひどいもんだぞ。少なくとも、女の子にする扱いじゃない」

「……申し訳ありません、僕の監督不行き届きで」

「謝る相手が違うぞ。まあでも責めはせん、組織の規模が大きくなればなるほど末端まで目が届きにくくなるのは理解できる」


 ガチですげー落ち込んでる潤一なんだが上半身裸なせいでなんか超笑える。なんだよ負けた格ゲーキャラかよお前。

 くそ、めっちゃシリアスな場面だぞ堪らえろ薫。駄目だ、黙ってると吹き出す。なにか、なにか話題を。


「そ、そんで……友希那は」

「ああ……そうですね。私の目が届かない限りそれが続くというならそれも問題ですし、彼女も僕たちに危害を加えるわけではないのでそろそろ出してあげてもいいかと思っていましたから……はい、構いませんよ。今日はこの後に仲間との集まりがあるので、明日一緒に牢へ行きましょうか」


 ざまあみろおっさんめ。纏め役に悪行がばれ信頼を地に落とし、なおかつ閉鎖空間的な小さな拠点内でその噂が広がり常に仲間から後ろ指を指される居心地の悪い生活をこの先ずっと送るがいい。

 

「助かる」

「この世界は助け合わないと生き残れませんから。そうです、もしよろしければ貴方も集まりに参加してくださいませんか? 提供した物資のかわりと言ってはなんですが、貴方の知る情報を差し支えのない程度で構いませんから、共有していただければと」

「……そうだな。じゃあ場所を教えてくれ、瑛蓮を迎えに行ってから行くよ」

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