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02話「行く先は見えず」

 光る球体に取り残され、平原に佇む白城高校3年2組の皆。それを眺めながら、俺は制服が汚れるのをいとわず草の生い茂る地面に腰を下ろし胡座をかいていた。

 正直なところ、状況は芳しくない。まだ個別に話をして意思を聞いてみたわけではないが、クラス総勢27名の内この異常事態に適応可能なのは半数にも満たないと言ってもいいだろう。特に半数以上を女子が占めるこのクラスでは、いきなり銃を持って人──いや、人の形をしたモノを撃てと言われてはいそうですかと答えられる者はそう多くないはず。まして銃社会なんて言葉からは縁遠い日本の、まだまだ多感な時期である高校生ともなれば尚更だ。おそらく男子ですら、俺や聖司のようにある種の経験と知識から自然に受け入れる事ができるほど特別な訓練を受けたものはそんなにいないだろう。

 そして、この状況に拍車をかけるのが所持する武器の優劣。全員は無理だが数名に確認したところ、おそらくだが初期武装に関して男子は比較的冷遇されている傾向にある。俺は武装面以外がそれ以上にヤバいから論外としても、聖司もサブの武器は装填と連射性に難のあるシングルアクションのリボルバー、かろうじて戦力になりそうなヤンキー共なんてストックと銃身を切り詰めたソードオフのダブルバレルショットガンや、やたらと錆びた拳銃とかライフルだ。心もとないにも程がある。ちなみに期待はしたけど火炎放射器とかはさすがになかった、残念。


「あの……薫君? ちょっと……いいかな?」

「あ、ああ……」


 半目に開けた瞳で、俺は声のありかを探る。

 三時方向、校則の基準値を満たしたスカート丈に、女子高生だからと背伸びするわけでもなく極シンプルな白のハイソックス、その二つに挟まれた程よい肉付きの太腿を発見。これだけでは該当者が少なくとも五人はいる。不明な対象を確認すべく俺は首ごと視界を上方に傾けた。

 完璧なまでのモデル体型、加えて上半身の一部分はこのクラスの女生徒たちの平均値をゆうに超えている、すばらしい。そんな蠱惑的な身体に対して髪は特に飾ることなく自然に流し、うっかりママと呼びたくなるような母性を感じさせる優しくも美しい美貌を持つ彼女は──このクラス唯一の良心。


「月宮さん、どうかした?」

「あっ、えっとね……時間ある時でいいから、銃の使い方教えてくれないかなって。私も……怖いけど、みんなの力になりたいから」


 そう言って唇を震わせながらも無理やり微笑む彼女は、地上に降り立った天使か女神のようにも見えた。心なしか、後ろで神々しい輝きを放っているようにも見える。まあ、それはこの世界になんか二つある太陽の片方が逆光になってるだけなんだが。


「それで、柳瀬殿の銃は何なのでしょうか?」

「あ、そうだよね。どんなものか分からなくちゃ教えられないよね、ごめんね」


 いそいそとぎこちない手付きであの原理は魔法らしいゲーム風メニュー画面を呼び出し、月宮柳瀬さんは時折手を止めながら唸ったり顔をしかめたりと四苦八苦しながら指を上下左右忙しく動かしていた。

 教えてやってもよかったが、可愛いのでこのまま静観だ。もしかしたら、薫君お願い教えて、なんて上目遣いでお願いされるかもしれんし。


「いや……さすがにそれは思うだけでも気持ち悪すぎるな」

「どうかされましたかな? 薫殿」

「オタク特有の気持ち悪い妄想」

「……理解」


 真顔で淡々と告げる俺と、眼鏡を指で持ち上げ頷く聖司。それに首を傾げる月宮さんは、数分の格闘の末やっと装備画面を開き自分の銃をメインの装備枠に入れるだけの作業を終えたようだった。そして、


「……わかってた、俺はわかってた。だから泣かないぞ」

「声が震えてますぞ薫殿」


 虚空から現れ彼女に優しく抱きかかえられたそれは、一目姿を晒せば見る者全てを威圧する野太い銃身に、その迫力に違わぬ巨砲の如き造形と弾丸で味方を祝福し敵には恐怖を与える存在。対物ライフルのM95だった。


「なんか黒髪ロングな日本の女子高生と対物ライフルは古き良き王道展開のようにしっくり来る何かがあるな、非現実的な光景のはずなんだが」

「特に理由はありませぬが何故か安心する的なやつですな」

「ええと……」


 つい口に出てしまった。キモがられる前に話題を戻した方がよさそうだ。それにしても、月宮さんといい女子の装備は充実しているな。

 この分だとヤツもきっといいもの貰ってるに違いない。後で奪ってやろうかあのピンクめ。


「ふむ……操作そのものは簡単だけど、撃つとなると少しばかり忙しい銃だ。でもかなり強い銃だから月宮さんは当たりだね」

「そ、そうなの?」

「うむ、ボスクラスのキャラを遠くから安全に攻撃して完封できる可能性がある。あと俺が持ってた銃が攻撃力30くらいならそれは1000くらいある」

「そう……なんだ」


 感心するように、恐る恐る抱えた銃を触る月宮さん。その挙動に、俺は目を見開くと半ば反射的に手でその動きを制した。


「ストップ! 待った! 太い銃身を手で撫でるのは禁止! 禁止です!」

「わわっ!? ご、ごめん……もしかして壊れちゃう、とか?」

「いえ、銃にはそれほど問題はありませぬが、なにぶん銃はいわゆる男根のメ──」

「聖司ぃ!」


 指を立てて解説する聖司の口を両手で塞ぐと、困惑する月宮さんに向き直り笑顔を作ってなんとか淀みかけた空気を払拭。

 普段の聖司は関係ない人の前でこんな発言はしないはずだが、彼もこの転移で少し興奮しているのかもしれないな。まあ当然だ。


「失敬。私としたことが少々気分が高揚しているようですな、面目ない」

「いや、こんなん仕方ない。俺だって誰もいなかったら飛び上がって踊ってる」

「薫殿……意外に一人だと異常にテンション高くなるタイプで?」

「あー、あー、あー! んん、とにかくその銃は使い方も難しいから後でゆっくり教えるよ、それで大丈夫?」

「え、あ……う、うん。無理言ってごめんね、薫君」


 月宮さんには一言断って、俺は逃げるようにその場を後にした。テンションおかしい時に人と会話するもんじゃないな。

 それに、彼女には悪いが今はどれだけ美少女だろうと一人の女の子にだけ構っている余裕はない。今でこそ二つの太陽が空に輝いているが、日が落ち周囲が闇で覆われれば皆の不安も大きくなる。少なくとも安全地帯、拠点となるような場所を確保するのを当面の目標としてさっさと動くべきだろう。

 そこで足を引っ張るのが、メニュー画面からアクセスできるマップ機能だ。塔を中心として表示されたこの地図、なんと俺達の現在地が表示されない。最近のゲームでは割と当然のようについてる機能だぞ、不親切だな。まあこれはゲームではなくて一応現実だからな仕方ない。しかしあの球体め、本気で俺達に攻略させる気があるのか。

 ともかく、それのせいで俺達の居場所を特定できずにいる。ここのような平原は塔の四方に存在しているため、判断が難しいのだ。それもあって、早めに移動を開始したいところなのだが。


「いいんちょ、みんなはどうよ?」

「あ……うん、それが」


 あまり協力的でない生徒達と話していた委員長に合流。しかしこの反応、顔の暗さからしてだいたい予想はついた。


「みんな、早く帰りたいだとか面倒だとかの一点張りで話をまともに聞いてくれなくて」

「うーん……まあ、普通そうだよな」


 出だしからいきなり死者が出る系ならもう少しやる気出る連中もいるかもだが、さすがに現実でそんな展開は望んでない。俺だって顔見知りが死ぬとかはちょっと気になるし、何より球体の言っていたゾンビの仕様が本当ならそのまま敵の数が一体増えることにもなる。それもみんなからすれば、そうとう倒しにくい一体だろう。さすがにそういうのを処理するのはちと面倒だ。

 

「姫路くん?」


 肩を揺さぶられ、思案に耽っていた俺は我に返る。いかんいかん、考えるのも大事だが今は行動だ。

 

「なあ、気持ちはわかるけどここにいても何も始まらないし、ちょっと動いてみないかみんな?」

「なんでさ、わざわざあんな変なのの言うこと聞くことないじゃん。待ってれば帰れるかもしれないのに、銃とか意味わかんないし。ノリ気になってさ、馬鹿じゃないのアンタら」


 真っ先に反応したのは、近くにいた女子の一人だ。いくつか予想した回答の内一つを見事に再現してくれたが、今その願いを聞くわけにはいかない。


「そうは言ってもだな……」

「行きたきゃアンタらで行けばいいでしょ! やりたい奴らで勝手にやればいいじゃない! それとも何? その自慢の銃で脅してでも従わせる? 私はそんな事されたって言うこと聞く気はないから!」


 むしろ女子の方が今にも殴りかかってくるような勢いだった。この状況を喜べる人間は少ない。それは分かっていたが、かといってはいそうですかと引き下がるわけにもいかないんだ。

 とにかく委員長が泣き出す前に事を収めないとな。


「塔の攻略はともかく、ここにいない方がいいって話だよ。本当にゾンビがいるなら、こんな見晴らしが良くて隠れる場所もないところに居座るのはまずい。それに、地球と似ているなら野生の動物……熊や狼、野犬みたいなのがいるかもしれない。あの球体の言うことを信じるかはともかく、もっと安全な場所を探さなくちゃいけない」

「…………」


 勝手に安全だと思いこんでいた皆は、俺の言葉に動揺しざわめく。と、一人の男子生徒が手を上げて。


「なんだ?」

「あの……だったら銃使える人が僕らを守る、とかは……」

「駄目だ。銃を撃つことに関して俺を含めてみんな素人の集団だ。皆を守りながら戦うなんて軍人でもなきゃ無理な話だ。弾も無駄に使うだろうし補給もなしには厳しい。それに、いつ来るかわからない襲撃にビクついて過ごすより、絶対に安全な場所にいた方がお前らだって安心だろ?」


 男子生徒は納得したようで、手を下げると隣の友人らしきやつと何か相談を始めた。他の連中も、迷っているのかさっきまでの絶対お前らには従わない的な空気は薄れている。

 ただ一人、さっきの女子を除いて。


「……ホントに生物がいるかなんてわかんねーだろ。あの変なのの嘘かもしれねー」

「ああ。だが本当かもしれない」

「…………」


 舌打ちを食らったが、ひらひらと手を振る動作は降参といったところか。ひとまずはこれで移動の準備は整った。ヒスって泣き喚いて制御不能になるようなのがいると面倒だったが、そこまでの奴は幸いだがいない。なんだかんだでこのクラス順応性高いな。


「姫路くん……じゃあ、どうしよっか。もう移動する?」

「それがいいと思うな」


 現在の時刻も分からない。日没までの時間も。もしかしたらいきなりこの日差しが暗転して夜に、なんてファンタジーな世界かもしれない。できるだけ急いだ方がいいはずだ。

 見通しも悪く、近づく者の気配を隠す夜が来れば──俺達じゃまず生き残れないだろうからな。

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