19話「避難所」
「あ、あの!」
突如前に現れた瑛蓮に二人の男は一瞬怯える。が、それが人間だったからか、はたまた彼女が女だったからかは分からんが、彼らは即座に緊張を解いた。そして銃を向けるどころか男達は彼女へと歩み寄り、脳天気に笑ってみせる。
「君もこの世界に連れてこられた子……かな?」
「そのカッコ……今このエリアに来たばっか? もうすぐ日が暮れるから寒くなるし、よかったら俺達の基地に来ない?」
「あー……その」
困った様子で瑛蓮は頬を掻く。そうか、質問にどう答えるかまで決めてはいなかったな。なら後ろで様子を見るのはやめて、そろそろ俺の出番といくか。
「動くな」
まさか人間が雪に埋まっていたなど思いもしなかったのだろう、男達は飛び上がる。
俺は即座に銃を持った男へと駆け寄ると、銃で対応される前に腕を掴み、強引に後ろを向かせ背中に密着しながらあるものを突きつけた。
「あ、え……お、お前」
「動くな、腹の中身をぶち撒けられたくなかったら言う通りにするんだ」
「あ、ああ……わかった。従う、従うから殺さないで……」
まあ、くっつけてるのはただの454カスール弾の空薬莢なんだけどな。いい感じに銃身っぽい円筒形の物ないかって聞いたら瑛蓮が渡しやがったのがこれだ。
とはいえ相手から見えてない以上、これで脅しには十分。もう一人も咄嗟に行動できるようなやつじゃないようだし、まだ何もしてこないところを見ると武器は持ってないのかもしれない。
「基地と言ったな? 案内してもらう」
「あ、そ、そんな……無理だよ、みんなを危険には」
みんな、つまりこいつらの他にまだ複数人存在する。大小どっちかはしらんがそこそこのグループか。あんま人が多いとやりにくいが、やっちまったもんは仕方ない。偵察にこの程度の人間を使うくらいだし、聖司レベルの策士はいないと祈ろう。
「お前バカ、潤一さんならなんとかしてくれって」
「あっ……あー、分かった。案内するよ」
小声で言ったつもりだろうが普通に聞こえてんぞ。それでなくても急に意見変えたら不自然だろうに、こいつら馬鹿なのか。こういう状況に慣れてないのかこの世界の仕組みが分かってないのか、どちらにせよこいつらにはあんまり気を使わなくてすみそうだ。
あとは、こいつらの言う基地の規模次第だな。
雪が降り積もった斜面に、白い布でカモフラージュされ隠された入り口。その先は、人の手が入ったとしか思えないほど綺麗にくり抜かれたトンネルが続いていた。
どう見ても自然の洞窟ではなく、人工的なものだろう。大きな荷物も運び込めるように軽トラぐらいは余裕で通れる広さに、なんと壁にはライトまで設置されている。誰かのクラフト機能か初めからここにあったのか、どちらにせよここまでしっかりとした拠点だとは思いもしなかった。
しかも、このトンネルは思いの外長い。五分ほど歩いてやっと光が見え、すると奥には──
「ごめん瑛蓮……さすがの薫さんもここまでとは思わなかったわ」
さながら巨大な地下空洞を利用した軍事基地だ。ここは別に地下じゃないけど。
基地の中は壁や天井いたるところに大型のライトが設置され、昼間のように人工の光が洞窟内を照らしている。また、天井まで届きそうな謎の機械が駆動音を響かせ立ち並び、居住区画のような建造物など平屋だがどれも鉄とコンクリートで造られた本格的なもの。
規模が大きすぎる。ここに何人いるんだ?百人、いや下手をすれば千人くらいいてもおかしくはない空間だ。
「……どうする、逃げる?」
耳元で瑛蓮が囁く。そうしたいが、背後のトンネルは長距離かつ直進しかできない。こいつらが追ってくれば捕まるだけだし、銃があれば撃たれる。仮に外に出れたとしても、もうすぐ日暮れだから脅威が人間から大自然に変わるだけだ。
それならまだ、人質がいるこの状況を使って上手く立ち回る方が利口だろう。
俺は歩調を速め、先導させていた男に背後から組み付いて首に腕を回す。絞め上げはしないが多少暴れても振り払われない程度に力を込めると、強張る男に向け俺は言った。
「リーダーの場所に案内しろ。余計な真似はするなよ」
「あ、あ……あの俺、その……」
クソ、足を震わせてまともに歩きもしない。ビビりすぎだ。
さすがに異常事態だと悟ったのか居住区の連中も遠目に俺達を見て何か相談事を始めてるし、まずいな。
「あ、あの……あの人」
「なんだ、はっきり喋れ」
「あの人が……」
男が恐る恐る俺の様子をうかがいながら腕を伸ばした。どこかを指さして、俺はそれを視線で追う。
と、こちらに笑顔で近づいてくる一人の優男。長身痩躯、なにか裏がありそうな微笑みを貼り付けた男。これはなんというかその、俺の苦手なタイプだ。
「ようこそ……僕らの基地へ」
男を拘束している俺に怯みもせず、優男は歩み寄ると恭しく一礼。
周りの連中の顔色が変わった。間違いないな、こいつがリーダーだ。
「この世界で人間同士争い合う必要はありません。どうか彼を開放してはいただけないでしょうか?」
「人質がいなくなった俺らを撃たないという保証は?」
苦笑して、それはそうですねと優男は軽く手を振った。すると居住区の一角、ぞろぞろとこちらに向かってきていた男達の足が止まる。
「この世界は辛く厳しい。だから同じ境遇におかれた者同士、協力し合わないと生き残れません。幸いこの基地には、あなた方お二人に提供できる分の食料も寝床も十分にあります。どうでしょう、お二人も僕らの仲間になっていただけませんか? 貴方のように行動力のある方は大歓迎です」
「断る」
即答されるとは思わなかったのか優男は虚を突かれたように目を丸くして、しかしそれも一瞬で元の笑顔に戻る。
「駄目……ですか?」
「ああ、だが食いもんと寝る場所を用意してくれると言うならそれはもらう。だが仲間にはならん」
「ははっ……それはそれは。ええ、それで構いませんよ」
こういうときは下手に出たり迷いを見せたら負けだ。こいつが気に入らないからそうしただけでもあるが。
裏がありそうだがともかくこれで、俺達は今日を凌ぐことができそうだ。明日がどうなるかは、わからないけど。
「それでは、貴方はここを使ってください」
優男に案内されたのは、まだ誰も使用していないのか何も置かれておらず、簡易的な鉄パイプのベッドだけが並ぶ殺風景な居住区画の建物の一つ。
どうやら宿舎は男女別々なようで、瑛蓮と違って俺は他の連中に怖がられてるからここで一人寂しく寝ろと、それをひどくマイルドな感じに優男に言われた。
「瑛蓮は?」
「彼女にもふさわしい宿舎を用意してあります、ご安心ください。それと基地の中は自由に見てもらって構いませんが、シャワー室は現在女性の使用時間となっていますので、そこだけはご注意を」
「ああ、悪いな。そうだ、食料と言ったがこのエリアじゃ探すのも一苦労だろ、一人分を最低限だけでいい。俺は低燃費だからな、無補給でも動けるのだ」
「…………やっぱり、貴方はいい人だ。もう一度だけお聞きしますが」
俺は優男の言葉を遮るように手で制して、首を横に振る。
「それは断る。やることがあるんでな」
「そうですか……いえ、構いません。貴方のような人に出会えた、それだけで僕は嬉しいですから」
「そうか」
また優男──斉藤潤一というらしいが、彼は恭しく一礼してから去っていく。
こうして俺は一人取り残されてしまった。さすがにまだ夜の7時くらいだろうし寝るには早すぎる、薫さんはいい子じゃないしな。
じゃあお言葉に甘えて基地の中を探索しようか。瑛蓮と合流してもいいが、俺のセンサーが危険を察知している。これはシャワー中だ間違いない。絢香はともかく他の女性とのラッキースケベは命取りになりかねない。極力避けないと。
それに瑛蓮が相手だと、見ちゃったとして胸の話で彼女を怒らせる未来しかないしな。
「……じゃあ見学でもするか」
やってきたのは、入ったときに見た大型機械の並ぶエリア。なんでもこいつがシャワー室の水や飲料水、照明の電力やらを全部自動で管理してくれてるらしい。天井まで届きそうな大きさで上の方はよく見えないが、雪解け水かなんかでも取り込んでんのかな。
この機械から伸びたパイプは給水所やシャワー室に繋がっていて、欲しいならいつでも蛇口を捻れば水が出る。照明にも常に電力を供給している。しかし動力源は謎で、今のところ無事に動いているから誰も触らない決まりのようだ。
ちなみに、居住区以外の設備は初めからここにあったものだと潤一が言っていた。他の誰かがクラフト機能で設置したのか、あるいははじめから存在していたのか。どちらにせよこんなオーバーテクノロジーもこの世界にはあるらしい。
そんな感じで、ここの住人はこの機械に頼った生活をしている。それはつまりこれさえ壊せば、ここの連中は一気に厳しくなるってわけだ。どうやったら俺と瑛蓮の手持ちの装備で壊せるかな。まあそれは追々考えながら、そうならないことを祈ろうか。
「暑……別の場所行こ」
機械の排熱がやばい。干からびた薫さんになる前に移動しよう。
とはいってもこの拠点、居住区画が大半を占めるからあんまり回る場所がない。あと気になったところといえば倉庫と、なんか隅っこに隠れるように造られた小屋みたいなのくらいか。
とりあえず小屋の方を先にしよう。俺は勘を頼りに歩き回り、なんとか発見。居住区の奥にひっそりと設置された2階建ての、小屋というより家かな。入り口には高校生くらいの女の子が一人立っている。門番的なものだろうか、もしかして入っちゃいけない場所か?
こういう時はどうするべきだ、しれっと素知らぬ顔で入ればバレない?よしそれでいこう。
「……待ちな」
「はい……」
駄目でした。そりゃそうだ。
「今は満員だ。あと少しすりゃあ何人かは出てくるだろうから、この辺で待っときな」
「……ここは?」
「なんだ、知……そうか、お前今日入ってきたっていう。ここはアタシらの仕事場だよ。男連中は見回りに駆除……そういうことばっかだから息抜きが必要なのさ」
「ああ……なるほど」
くだらん、期待して損したわ。倉庫の方でも行くか。
「なんだ、入ってかないのか? それなりの選んでるからハズレはないぜ」
「必要ない。アンタも……こんな世界だからって、自分を見失うなよ」
「ッハ……そこまで言うならお前がここを仕切ってくれ」
「それは無理だ。足を止めてる暇があるなら俺は一歩でも前に進む。不満あるならあの優男をボコれ」
俺は女の子に向かって後ろ手に手を振り、その場を後にする。
辛い状況に甘えて堕落することに価値を見出だせない。他人を不幸にしてまでという話ならなおさらだ。
気に入らんな。綺麗事を言うつもりもないし、集団をまとめる以上トラブルの回避は重要だから理屈では分かるが、それでも気に入らんもんは気に入らん。
──けれど、俺も潤一と同様の立場になればたぶん、同じことをさせるだろう。それが必要であるならば、必ず。
「難しいな……人の上に立つって。考えるのもめんどくせーぜ」
不意に訪れた気まずい空気も、俺一人ではどうしようもない。しかたなく気を紛らわすために拙い口笛を吹きながら倉庫を目指す。
と、倉庫に到着するやいなや気前よく入り口でひげのおっさん?が話しかけてくれた。
「よお、お前さんが新入りか?」
「情報の伝達が早いな、田舎のおばちゃんでもここにはいるのかおっさん」
「おっさんじゃねーよ、18だ」
「嘘だろ……」
どう見ても45とかそのへん。いや、これまで出会った連中の傾向からして間違いなく高校生か中学生くらいだろうとは思ってた、薫さんも思ってたけどこれはさすがにヤバい。
「そんなガチめに驚くなよ……傷つくだろ」
「人に気を使えない高校生ですまない……ところで、ここが倉庫で間違いないか?」
「ああ、そうだぜ。このおっさんが管理してる俺達の倉庫だ」
「おい待て自虐モードに入るな」
なんとかおっさんを慰めつつ、俺は許可を得て倉庫の中に。
倉庫は三部屋に分かれているようだ。食料や装備類はおっさんが、武器なんかは一部屋にまとめて置いてあり、その隣の部屋は物置のようだ。そしてさらに奥の部屋は、なんと牢屋らしい。
牢屋、つまり問題のあるやつを拘束する場所だ。この規模の拠点なら、まあ必要かもしれないな。
何の気なしに、俺はドアに備え付けられた格子から牢屋の中を覗く。生活感もなにもない、空っぽの空間。ベッドすらないとは。まあ住人がいないからかもしれないが──と踵を返しかけたその時、壁際でうごめくものと俺は目が合った。




