18話「失われた魔宮の聖戦3」
俺達は壁に備え付けられた松明の明かりを頼りに、先へ進んだ。
第二の遺跡は痛みが少なく、相も変わらず石造りの壁と天井なのは変わらないがしっかりと元来の形を保っている。だからこそ、この遮光された区間を頼りない小さな火の道標だけで進まねばならず、俺達の足取りも慎重かつ繊細なものへと変化していた。
「足元、殆ど見えないわね。気をつけないと」
「ちなみに聞くが、こういう暗い場所にだけ現れる超強力なゾンビとかいないよな?」
瑛蓮はふと首を傾げて思案に耽り、やがて緩やかな動作で顔を横に振った。
「そういうのは見てない……かな。でも、私も全部の種類知ってるわけじゃないから」
「そうか、なら用心して進もう」
俺の想像通りなら、この世界は現実のように非情でありながらもゲーム的な要素を多分に孕んでいるはず。
なら、こんな場所はむしろ何かがいない方がおかしい。
「瑛蓮待て、迂闊に入らないほうがいい」
通路を進み、ひときわ大きな部屋へと繋がる入り口を前に俺は瑛蓮を制した。
かなり広い、学校の体育館と同等かそれ以上の空間だ。壁掛けの松明が等間隔に設置されているが、それでも薄暗くところどころ暗所も点在して視界は悪い。
そして奥には、一体の影。さすがに見間違えることはない、ゾンビだ。人間はあんなにトゲトゲじゃないからな。
「瑛蓮、あいつは?」
「あ! サボテンだ!」
「サボ……アイアンメイデンにしよーぜ、かっこいいし」
「名前なんて呼びやすい方がいいでしょ」
「あ、はい……ソウデスネ」
変異種サボテンは広間の奥で佇んでいる。通常のゾンビに棘?いや鉄の針のようなものが皮膚のいたるところから突き出てるような外見だ。時折体を揺らすだけでまだ俺達に気づいたような気配はない。というか、目や口からも針が出てるし気持ち悪いな。
「あいつは目が見えないから音を立てなければ大丈夫よ」
「なるほど」
「足元に気をつけて進みましょう」
「心得た」
転がった石一つ蹴飛ばすだけで大惨事だ。慎重に歩こう。
猫も気を使って忍び足になってくれている、この調子なら問題なく突破できそうだな。
と、誰もが思ったその瞬間だった。壁の辺りから、金属を擦るような不快な音。グレソの切っ先が石壁をなぞったのだ。
「あ……てへ。足元見てたら周りが疎かになっちゃった」
「てへ、じゃないでしょ馬鹿!」
顔面針山の異形が俺達を捉えた。ヤツが動くたびに体中の針が擦り合いガチャガチャと異音を奏で、その不気味さがより一層俺達を恐怖させる。
思ったより早い、並の人間が全力で走って来るくらいの速度はある。だがこちらにはまともな武器もないのだ。
どうする、と迷う俺の視線の先で瑛蓮が唇の前で人差し指を立てた。静かにしろ、ということだろう。
彼女に従い、俺は迫る異形への恐怖心を無理矢理押さえ込みながら息を潜める。すぐ真横で足を止めた異形、その荒々しい息遣いは興奮した獣を連想させた。
「……にゃあ」
そしてこの窮地に手を差し伸べたのは、またしてもあの猫だった。彼──彼女かもしれないが、あの猫は自らの危険も顧みず音を立て異形の注意を逸したのだ。
だがそれだけでは駄目だ。猫の力で異形を倒すことは出来ない。でもここで猫を犠牲にすれば、俺達は助かる。
──なんて、考えられるわけがないな。ここまで助けてくれた恩人だ。見捨てはしない。それに、トゲトゲ野郎の金属音で前後の通路からゾンビの呻き声も聞こえる。コイツはここで倒さにゃ状況はもっとまずくなる。
ヤツは間合いの内。性質からして接触された時点でゲームオーバーな以上、一撃で仕留める。
剣術は素人だ、下手な小細工はできん。グレートソードを構え、ヤツの胴めがけ一気に薙ぎ払う。これしかない、覚悟を決めろ。
「どおぉ──せいッ!」
松明の火に彩られ、淡く橙に染まった鉄塊が半円の軌跡を描く。異形の半身は宙を舞い、俺はグレートソードの巨体に振り回されよろめきながらもなんとか持ち直した。
地面に転がった上半身とさよならしたヤツの下半分が突っ立ったままピクピクしてるが、おそらくこれで死んだはず。下半身だけで動くとかは勘弁してくれよ。
「す、すごい……」
「へへ、どうだ。俺だってやる時はやるんだ」
「これで原因があなたになかったら素直に褒められるんだけどね」
「はい……ごめんなさいでした」
一難去ってなんとやら、ボスを倒して一息ついていた俺達は再び窮地に立っていた。
問題は二つ。一つはゾンビの群れが前と後ろから迫っていること。もう一つは、原因が俺にあることで瑛蓮が怒っていることだ。
「後ろにも退けず前にも進めず……ほんとどうしてこうなっちゃったの」
「なったもんは仕方ない。薫さんも万能ではないのだ」
「なんでそんなおっきい剣出しっぱなしにしてるのよ!」
「これしか武器がないんだから仕方ないだろ! それとも何か! 土で戦えとでも言うのか!」
俺は画面を呼び出し、土を選択。手の中に現れた土の塊を握りしめると、それを瑛蓮へと放った。
「こんなんで戦えるか! お前ばっかいいもん持ちやがって! 土を喰らえ土を!」
「うわっ!? ぺっ……けほ、ちょっと! 何すんのよ!」
「だいたい遺跡から行こうなんていうからこうなったんだ!」
「あなたが最初に言ったんでしょう!」
瑛蓮は今にも飛びかかってきそうな形相だ、いかん。その労力はゾンビ退治に回すべきなんだが。
なにかリラックスさせる方法はないものか。
「ほれもう時間ないから戦う準備するぞ! お前も出せ、そのデカくて長いのをよ」
「変な言い方しないで! わかったわよ……もう」
「まあなんだかんだで俺達ならなんとかなるだろ。御刀が二つ、俺達も二人。二人……二人は巫女! うん、いけるな」
「巫女さんって刀振り回すような人だっけ……それにあなた男じゃない。持ってるの剣だし」
「細かい事気にするな」
「巫女が男って細かいことなの……?」
「ニャー!」
もふ、と俺の首筋にちょっと重めのマフラーが巻き付いた。
猫だ。こんなことをしてる場合じゃねぇぞ、とでも言いたいのか。そうだな、そろそろゾンビも到着しそうだし暇つぶし兼、体の緊張を解す会話もこれで十分だろう。
「……やるか」
「そうね……」
瑛蓮は銃を握る。長年付き合った友のように頼もしく、猛牛のように荒れ狂い敵をなぎ倒す大口径のリボルバー、レイジングブルを。
そして俺は、杖をついた老人のように頼りない、グレートソードを構えゾンビの襲撃に備える。
なんか現代ファンタジーみたいな構図だな。ついでにそれっぽくこのグレソに不思議な力があれば良かったんだが。
「行くぞNEKO! しっかり掴まってろよ」
「にゃー!」
「不思議ね……あなたとだと生き残れそうな気がするわ」
「当然だ。俺らが組めば倒せないやつなんかいない。全部まとめてブッ飛ばすぞ」
互いに背中合わせになり、姿を現したゾンビの大群に俺達は身構えた。
まずはここを生き残る、話はそれからだ。
「平均値しか体力のない薫さんにはきつい仕事だった……休暇がほしい」
周囲には濁った血液と肉片が散乱し、ゾンビの死体が……ゾンビの死体?ゾンビはそもそも死体だな、倒したゾンビとしとこう。
倒したゾンビの山の中で、俺は背後の相棒に向かって腕を伸ばす。それに気づいた瑛蓮は笑い声を漏らして、互いの手を合わせ打ち鳴らした。
「休んでは、いられないんじゃない? 仲間と合流するんでしょ」
「くそ……じゃああいつらと合流したら俺は一年くらい休む。その分は働いたからな」
「帰りたいんなら……急がなきゃ。学校が待ってる、わよ」
「そうか畜生、帰っても学校か。この世界もあっちの世界も地獄だぜ。そうだ、学校に有休申請出そう」
「はは……学校は会社じゃないでしょ」
多少息が上がっているのか、途切れ途切れに瑛蓮が言葉を紡ぐ。
無事とはいえかなりの激戦だったからな。それに俺なんてグレソで突っつくか横に薙ぎ払ってゾンビを押し倒すくらいで、ほとんど殺したのは瑛蓮の銃だ。俺が隙を作り瑛蓮が撃ち殺す。何も考えず振り回してればいい俺と違って彼女の方が負担が大きかったに違いない。
「悪いな、結局ほとんどお前任せで」
「一人じゃ生き残れなかったもの、おあいこよ」
ゾンビの体液で濡れた銃をまるでゴミでも触るようにつまんで、瑛蓮は画面を操作しインベントリに放り込んだ。ああすると汚れが落ちるらしいから便利だな。
俺も途中からゾンビのいろいろなものがグレソにかかって大変だった。怪我のせいで実質左手だけで握ってるようなもんだから、滑ってすっぽ抜けそうになった事もあったし。
でも、なんだかんだで愛着が湧いてきたからこのまま持っていたい気もする。が、あいにくともう刀身にガタが来てるようだ。あと数度ゾンビをぶっ叩けば折れてしまうだろう。残念だけどこれは捨てるしかないな。
「また武器なしか……」
「刀使う?」
「装備するには技量が足りないかな……」
早いとこ銃を見つけないと。近接武器は嫌いじゃないが、俺には銃が必要だ。あれは怪我人だろうが老人だろうが子供だろうが、誰が引き金を引いても威力は変わらない便利な道具だからな。
そんな状態でこのまま進むのには不安もあったが、視界の悪い遺跡の中にいつまでも留まる訳にはいかない。だから思い切って遺跡を進んでみたところ、意外にも周りのゾンビはほとんどさっきの戦いで倒してしまったのかそれ以降鉢合わせることはなかった。
そして、ついに出口が俺達の前に現れる。すぐ先は霧の壁。間違いない、隣のエリアとの境界線だ。
「よし……なんとか無事に遺跡を抜けられたな。日もまだ落ちてないし、このまま進むか?」
「そうね、仲間と早く合流したいならさっさと進んだほうがいいと思う」
ならばと俺達は歩を進め、そこで気づいた。それまで足並みを揃えていた三人のうち一人、というか一匹が遅れている。
足元を見渡せども姿はなく、振り返れば猫は遺跡の出口で行儀よく座ったまま俺を見つめていた。
「お前……」
「にゃあ……」
「……そっか、ありがとな」
「にゃー」
猫語は分からん。だが何を言いたいのかはわかった。
まるで手を振るかのように尻尾を大きく揺らす猫に、俺も同じく腕を振って応える。
「じゃあな、相棒」
「ニャー」
「じゃあねー、猫ちゃん!」
「フーッ!」
「なんで!?」
出会いと別れ、厳しい戦いを乗り越え俺と瑛蓮は次の舞台へと進む。
濃霧の壁を超えると、そこは一面銀世界。先程まで土の地面を歩いていたはずなのに、俺の足は降り積もった柔らかな新雪を踏みつけている。
四季も気候もなにもない、空間そのものが歪められ別の場所同士が繋がれているようなこの有様は、さながらゲームの世界だ。いやまあ、ゲームなんだろうけどな、誰かさんにとっては。
「……なんか寒くね?」
「私、寒いのは苦手デス」
「まだそのキャラ続けるのか!?」
突っ込んでいる場合じゃない、夏用装備の俺と瑛蓮じゃこんな場所にいたら死ぬ。もうすぐ日も暮れちまうだろうし、せめて洞窟かなにかでも見つけないと。
「あ……戻ればいいのか」
「あっちはあっちで野宿は危険そうだし……どうする?」
「んん……それもそうか。仕方ない、戻るよりは進もう」
これまでもなんとかなったんだ、今度もうまくいくさ。楽観のつもりはないが、なんとなく瑛蓮と一緒なら大丈夫な気がする。
そうと決まれば移動開始だ。妙に起伏が激しかったり急な斜面があったり、もしかしたら雪山なのかな。なら洞窟とかもあるかもしれない。
「ねぇ……あそこ」
30分ほど変わらない景色を眺めつつ直進。すると、そこで瑛蓮がなにかを見つけたのか足を止めた。
「どうした?」
「なにか、動いた気がして……」
こういう時の気のせいだろう、動物じゃないのか、は死亡フラグ。俺はそんなもんを回収はせん。
俺は身をかがめ、夕日の光に注意しつつ双眼鏡を取り出し構えた。一面雪景色、景色として楽しむ分にはいいかもしれんが、索敵が目的となるとこの白一色の光景は邪魔にしかならんな。ただでさえ視界が狭まる双眼鏡に、映り込むのは真っ白な絨毯。自分が今どこを見ているかさえ分からなくなりそうだ。そりゃジャングルで人を探せと言われるよりは簡単だろうが、これはこれでキツい。
だが俺は細心の注意を払い、極限まで集中力を高めそれを見つけた。
「……人だ。二名、内一人は短機関銃で武装。軽装だな……偵察か」
「あ、今の言い方なんか戦争映画っぽくってかっこいい」
「これ、集中せい」
「あわ!? ご、ごめん」
あいつらとの距離は大体300メートルってところか。こっちに向かってくるわけでもなく大きめにU字を描いて戻っていく。
足取りに迷いがなく、雑談しながらで周囲を警戒する様子もない。おそらく日常的に行っている行為で、慣れきってしまったがゆえの油断だろう。自発的に偵察するような繊細なやつならあんな形だけなんて真似はしない、たぶん指示した奴がいるな。
服も厚着はしてるが夜の寒くなる時間に合わせた服装とは言い難い。武器も最小限。おそらく拠点は近くにある。
「ど、どうする……の?」
「ふっふっふ……いい考えを思いついたぜ」