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17話「失われた魔宮の聖戦2」

 ソレは、音もなく俺の足元へと近づいた。

 誰に気づかれることもなく、気配を殺し、研ぎ澄まされた爪を掲げ、ソレは俺の足へと腕を伸ばしたのだ。


「にゃー」


 ぺしぺしと俺のズボンの裾についた虫にねこぱんちを食らわせながら、ふわふわもふもふの物体が鳴いた。

 これは紛れもなくねこです。ゾンビ的なモンスタータイプじゃなくて普通の猫。もうちょっと詳しくすると三毛猫。


「わあー、可愛い」

「フシャッ!」

「きゃ!? な、なんで?」


 瑛蓮も女の子だ、動物が好きなんだろう。だが相手がそうとは限らない。

 彼女が近づいただけで猫は毛を逆立て、もふもふと肉球に隠された鋭い凶器を剥き出しにして敵意を顕にした。思わず尻餅をついて瑛蓮は驚き、猫はしてやったりと優雅に歩きながら俺の足に体を擦り寄せる。


「嫌われたな」

「ど、どうして……」

「まあそういうこともあるだろう。人生そんなもんだ」


 やたらと俺の足にまとわりつく猫は見てる分には可愛らしいのだが、これでは歩けん。

 とりあえずどかそうと持ち上げてみると、なぜか瑛蓮と違ってすんなりとされるがまま猫は俺の腕に身を任せた。

 すると、首に輝く丸型の物体を発見。ネームタグかな。Nと刻まれている。


「N……NEKO?」

「そんな安直な……ネネとかじゃないの?」

「シャッー!」

「違うらしいぞ」

「な、なんで……」


 さて、さすがに連れて行くわけにはいかんが……どうしたものか。

 なんて考えながら猫と見つめ合っていると、突然瑛蓮が手を叩いた。

 

「そうだ! じゃあナナちゃん! どう?」

「シャッ!」

「そ、そんな……そもそもなんで嫌われてるの私」

「ネコと和解せよ」

「したい、したいわよぅ……」


 がっくりうなだれる瑛蓮はなんか見てて面白い。

 うん、とりあえず連れて行こう。瑛蓮のやつを弄れるし。


「仕方ないな、ついてくるか?」

「にゃー」

「NEKOが仲間になったぞ!」

「にゃー」


 なぜか敵でも見るような目で瑛蓮が見つめてくる。

 俺に懐いちゃったんだから仕方ないもん。許せ瑛蓮。


「もういいわ……それで、どうするの? ジャングルを抜ける? それとも遺跡を進む?」

「薫さん都会っ子だから虫とかキモくて触れんし……ジャングルとか防護服でもつけんと行きとうないで」

「じゃあ遺跡を通りましょうか。私も毒虫とかはちょっと……だし」


 あ、そうか毒のある虫もいるかもか。その考えはなかった。都会っ子丸出しで恥ずかしい。

 一応マップで確認してみたが、遺跡はエリアの境界まで続いてようだしルート上の問題はないな。

 ただ心配なのは、いかにもそれっぽい遺跡が、ゲーム風の世界観をしたこの舞台に存在するってことだ。嫌な予感がする。


「瑛蓮、気をつけろよ」

「言われるまでもないわ。遺跡の中は死角も多いから、あなたこそゾンビに襲われないようにね」


 注意するのは意思を持って襲い来る連中だけじゃないんだが、まあ確証もなしに無闇に警戒させるのもよくはないか。ここは余計に神経をすり減らして生き残れる世界じゃない。俺が気をつけていれば済む話だ。

 とりあえず俺達は最寄りの入り口から遺跡の中へ。天井のいたるところが崩れ落ちているので陽光が差し込み、それほど暗いわけではない。だがその分、崩れ落ちた瓦礫が通路を塞ぎ、足の踏み場もないくらい残骸が転がっているので進むのには時間がかかりそうだ。

 遺跡内の明かりは天の光のみ。夜までにはここを抜けないと、最悪なことになるな。


「にゃー」

「どうしたNEKO?」


 ふと、俺の腕から猫が急に飛び出した。

 何か見つけたのかと思ったが、その先にあるのは今いる通路よりさらに狭くなったアーチ型の通路だけ。

 ここだけ通路の形状が違うのは、建物と建物の繋ぎ目だからとかそんな理由だろうか。いや、それとも。


「どうしたの猫ちゃん? こっちになにかあるのかな?」

「あ、おい待て──」


 瑛蓮が通路に進む。しかし何も起きなかった。俺の思い過ごしだろうか。

 と、安堵した瞬間、石か何かがごとんと落ちる音がして。

 俺は悟った。だがどうするべきだ、止まれ?いや、罠の性質も分からないのに留まらせるのは危険か?しかし槍やら刃物が飛び出してくるタイプなら下手に動かすのもよくない。今ここで俺が飛び出して二人同士に死ぬのもまずいし──ええい、賭けるしかないか。


「瑛蓮走れ! てか飛べ! ダイブしろ! 早くその通路から抜けるんだ!」

「え? え?」

「早く行け!」


 瑛蓮の位置は通路の真ん中。俺が声をかけたせいでこっちに振り向いて立ち止まっている。

 しまった、俺が走ってアイツを引っ張った方がよかったか。


「シャーッ!」

「きゃ!?」


 猫が瑛蓮の顔面に張り付き彼女を押し倒すのと、石積みの壁の隙間から丸い鋸がいくつもせり出し不吉な音を奏でながら通過していくのはほぼ同時だった。

 結果を先に言うと、二人は無事だ。下の辺りが安地だったようで、鋸歯が二人の体を無残に引き裂くことはなかった。なんとか最悪の展開だけは避けることが出来たな。


「あ、あわわ……」

「やっぱりトラップ有りのダンジョンか。用心して進もう、立てるか?」


 この手の罠は一度発動すればしばらくは作動しないはず……しないといいな。とにかく瑛蓮を助けよう。

 目の前で刃が通り過ぎるのを見ていた瑛蓮の気持ちは察するが、早くこの遺跡を抜けないといけない。俺は彼女に手を差し出し、瑛蓮は躊躇なくそれを握って立ち上がる。良かった、俺の手を触るのはもう平気みたいだな。


「よくやったぞNEKO、お前のおかげだ」

「にゃー」


 褒美に猫の頭を撫でてやる。コイツなかなかにもふもふ、気持ちいい。

 しかも有能だ。このままずっと仲間にしていたいな。


「本当にありがとう猫ちゃん」

「シャーッ!」

「なんで!?」


 俺に倣い頭を触ろうとした瑛蓮が手を引っかかれた。助けてはやったが馴れ合う気はないということか、なかなかいい性格をしておられる。


「しかし何があるか分からんな……一応持っておくか」


 俺は装備画面を開き、先ほど瑛蓮から譲り受けたグレートソードを取り出す。

 相変わらず軽い。ガワもまあそこそこな作りではあるが武器としてはどれほど役に立つだろう。刃は研がれてなくともこれだけ巨大な金属の塊で叩けばそれなりの威力は出るだろうけど、中身が無いから数度当てれば折れるか曲がるかしちまうんじゃないか。


「さて、行くぞ……うっ」


 いきなり天井にぶつけた。まあ2メートルの長物をこんな狭い場所で持ったらそうなるよな、当然すぎる。瑛蓮の視線が痛いが、無視して進もう。


「次はこの通路を進んで……ぬぐっ……みよう」

「……ねぇ」

「ととっ……なんだ?」

「さっきから壁とか天井叩いて音鳴ってるし、ゾンビ来ちゃうじゃない」

「仕方ないだろ……俺の御刀がでかすぎるせいだ」

「それ刀じゃなくて剣でしょ」


 こんな狭い場所じゃ振れないが、盾くらいにはなる。それにいざゾンビが来た時に画面開いて操作なんてしてられないからな。我慢してくれ瑛蓮。


「まあ数体程度なら倒せるからいいけれど……あ、また開けた場所に出たわね」


 狭い通路を抜け、俺達はちょっとした小部屋に入った。広さは学校の教室と同じくらいだろうか。見た限りなにもないが、なにもないからこそ怖いな。

 床は材質こそ同じ石だが、通路と違って綺麗に加工され表面が滑らかになっている。特に文字とかが刻まれているわけではないが、殆どがヒビ入りで今にも割れそうだ。


「ははぁん、なるほど分かったぞ」

「どうかしたの?」

「おそらくこの下は巨大な穴とかになってて、正解の床を踏まないと真っ逆さまってやつだ」

「……確かなの?」

「俺を信じろ」


 半信半疑の眼差し、まだ完璧な信頼を勝ち取るには時間がかかりそうだ。なら、ここで俺の活躍を見せつけないとだな。

 ひび割れてるのが9割、きれいな床は圧倒的に少ない。そして、きれいな床の配置は見事に部屋の反対側まで続いている。


「っふ、余裕だ──ぜぇ!?」


 俺は第一歩を踏み出す。狙い通りに俺の爪先はヒビの入っていない床に降り立ち、そして床は一切の抵抗なく砕け俺の体は支えを失い地面に吸い込まれていく。


「おあああ! ヤバい瑛蓮助けて!」


 体が床に空いた穴に吸い込まれる前に、咄嗟に俺は両手を広げて他の石床を掴んだ。

 手の着地点がヒビ入りだったのを見た瞬間死を覚悟したが、意外にも床はびくともせずに俺を支えてくれた。おかげで俺は床に埋まった人、みたいな状態になったまま落下を免れる。助かった、俺の運もまだ尽きちゃいない。

 ちなみにチラッと穴の底を見てみたが、下はびっしりと俺の身長くらいの大きさの鉄の棘が生えてた。殺意が高すぎる、ヤベェ。


「一応、罠ってところは当たってたわね」

「くそう、くそう……こんなはずじゃあ」


 瑛蓮に引き上げられて、俺は安全地帯の通路で泣き崩れた。

 明らかにきれいな床が正解──と俺ならそう予測するだろうと考えた上で張り巡らされた巧妙な罠。おのれ卑怯な。


「にゃーん」


 また猫が先を歩いていく。その足取りは自由なようでいて、ある法則に従っていることに俺は気づいた。

 そう、きれいな床を避けているのだ。つまりそういうことだ。分かってたよ、分かってたけどね。


「ヒビの入った床を歩こう……うん」

「また猫ちゃんが大活躍ね」

「フーッ!」

「褒めたのになんで!?」


 なにか瑛蓮に恨みでもあるのか猫よ。それとも胸か、胸のない女は嫌いか猫よ。だが猫よ、胸は単純な大きさのみで優劣をつけるのではなくその子の体格に見合った適切なサイズで評価してみるのもいいとは思わないか。例えば瑛蓮は細身だから今の感じが一番似合う、というような。それとも猫よ、お前は大きければ大きいほどいい派閥の過激派か。ならば俺とは少し意見が合わないかもしれんな猫よ。


「……どうかした?」

「いや……なんというかだな、お前はそのままでいいと思うぞ」

「何が!?」

「何がってそりゃ……」


 俺の視線はうっかり瑛蓮の大平原に。

 察した彼女は、素早い動作で刀を取り出し構えた。


「ころすわ」

「待って、違う。そうだ、ほら……お前名前が外人みたいだから将来はあんな感じでバインバインに」

「名前で大きくなったらこんな苦労してない……」


 大きくする努力はしてたのか瑛蓮。そもそも成長期だしまだ希望はあるんじゃないだろうか、俺もそのへんは詳しくないけど。


「じゃあ振る舞いも外人っぽくすれば大きくなるかもしれないぞ」

「ヘイ薫! 今日も頑張っていきまショウ!」

「……エセ外人感がやばいな」

「oh……薫は辛辣ですネ」


 その後しばらく謎のガイコクジンになった瑛蓮と過ごし、俺達は無事部屋を突破した。だが流れ的におそらく、さらに第三の試練があるのは必定。

 予想は正しく、俺達の前に新たなる壁が立ちはだかる。目の前には外へと繋がる遺跡の出口。そこから2メートルほど離れた場所に別の遺跡の入口が。ただし、現在地は建物の2階分に相当する高さがある場所だ。つまり落ちれば怪我をするようなところから、ジャンプして向こうの建物に飛び移らないといけない。

 と、普通は考えるだろう。


「っふ、俺にはわかる。実は目の錯覚で見えないようになってるだけで橋がかかってるんだよこれは」

「そうは見えないですけどネー」

「いいから見てろ瑛蓮、きっと驚くぞ。ほれどう──だぁ!?」


 普通に落ちました。よく見りゃ地面に橋の残骸っぽいの転がってるし、罠でも何でもなく普通に通路壊れてただけですね……これは恥ずかしい。

 でもおっちょこちょいな薫さんアピールできたので良しとしよう、うん。


「薫……かっこ悪いデスヨ」

「これも全部、俺の予想を先回る策士の仕業なんだ」


 俺は右手の包帯を解いてグレートソードの柄に巻き付けてから、剣を壁に立てかけそれを足場に通路へ戻る。

 次いで俺は包帯を手繰り寄せ、するすると壁を登ってくるグレートソードを拾った。事情を知らない人が見れば包帯がとても強靭なように思えるだろうが、実際はグレートソードが軽すぎるだけだ。なんていうか、悲しいね。


「よし、俺の御刀を足場にして渡ろう。長さもちょうどいいからな」


 剣を寝かせればぎりぎり向こう側に届く、少なくとも飛ぶよりは安全だし体力も消耗しない。グレソの耐久値は……問題ないことを祈ろう。


「レディファースト」

「紳士な人は好きデスヨー……でもあなたの場合、単に罠があったときの身代わりって感じがするわね」

「急に元に戻るな! 第一HP多いほうを先頭にするのは基本だ! 薫さんは今半分しか体力がないんだよ!」

「防御力はあなたの方がありそうだけれど……まあいいわよ」


 瑛蓮を先に渡らせ、俺はグレソの柄を踏みつけ揺れたり回転しないように抑え込む。彼女の体重くらいなら耐えられるようだな、安っぽい作りではあるが金属なりにそこそこは頑丈か。

 次に猫が優雅に渡り、最後は俺だ。柄が滑り刀身が左右に揺れ、ちと怖かったが無事第三の試練を突破。これで俺達三人、隣の遺跡へと移動することが出来た。

 この先に待ち構えているのは一体なんだろうか。ゾンビか罠か、あるいは人か。どちらにせよ、気は抜けないな。

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