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16話「失われた魔宮の聖戦1」

 死と暴力の世界に、夜明けが訪れた。

 昨夜は男達の襲撃以降何事もなく、瑛蓮の案内で俺達は今、東側の隣接エリアとの境界ぎりぎりの場所までやってきた。

 木々の間からはもう霧の壁が覗ける。つまりアレを抜ければ、隣のエリアに入ることが出来るってわけだ。


「向こう側の詳細は分かるか?」

「ううん……私達が入ってきたのはこっちじゃなくてもう少し上のエリアからだったから」

「上? ……あれ? もしかしてお前って、結構塔の近くまで行ったのか?」

 

 現在位置が西南西エリア東端。マップだと、俺達が今行こうとしているエリアは上の辺りが山岳地帯になっているように見えるから、おそらく北東向けに進んで塔のある中央方面に直行は不可能。塔に挑むなら、俺が元いた東側のエリア辺りまで遠回りしてからじゃないと無理そうだ。

 だがこのエリアの北側から進むと、うまくいけば北に3つ、東に2つほどエリアを超えればすぐ塔のエリアにたどり着ける。森とか崖っぽいのが表示されてるから、本当に行けるかはわかんないけど。

 だから瑛蓮が塔の近くまで行った可能性は充分ある。諦めてたって割に積極的だな。いや、だからこそなのか?


「うん……初めはクラスのみんなと塔を目指した。誰だってこんな場所に長居したくなかったから」

「…………」

「でも、近づけば近づくほど連中の数も増えて……強い奴らもたくさんいて……」


 なるほど、それで失敗したわけか。

 そして脱出の見込みもなくなり、目的を失ってこの世界に毒されていく、と。

 元いた世界で枷となっていたものが何一つ存在しないこの世界で、狂う者もいれば、その犠牲になる者もいる。瑛蓮が一人でいるところを見る限り、つまりはそういうことなのだろう。


「結局駄目だった。だから仕方なく、安全な場所を見つけてみんなで役割を分担しながら暮らしてた。けど、時間が経つにつれて喧嘩とかも多くなって……男子が暴力を振るうようになって、その……私の友達が……」


 だから瑛蓮はそんな奴らを見限ってなんとか逃げてきた、か。


「……瑛蓮」

「……うん」

「俺だって馬鹿じゃあないつもりだ。その先は言わなくていいよ」

「うん……ありがとう」


 これは他人事じゃあない。俺のクラスだってそうならないとは限らない。

 だから本来なら時間はかけれないはずなんだが、クラス単位で行動しても突破不可能なほど塔周辺の守りが固いとなると、これは少し問題だな。

 運が良ければ、じゃなくて絶対に聖司達と合流する必要がありそうだ。最速で塔を目指すなら北ルートだが、やっぱり東に進んで聖司達との合流が最優先。こっちのエリアを選んで正解だった。

  とはいえそれでも、戦力不足は深刻か。


「瑛蓮の仲間は……まだ同じ場所にいると思うか?」


 彼女は首を横に振る。

 まあ当然か。仮に残っている奴らがいたとしても仲間にするにはリスクが高すぎる連中だけだろうし、この案は却下だ。

 

「なら当面の目標は俺の仲間との合流だな」

「それはわかったけど……難しいわよ? それに、その……あなたの仲間って、男の人は……いる、の?」

「ああ。男4人、女子3人だ」

「そう……」


 瑛蓮が心配するのも無理はない。だが俺が欠けたことで何か問題が起きていないのであれば、多分あいつらは大丈夫。聖司は言うまでもなく、ヤンキーもガチな連中でもないし、なにより俺よりピュアっぽかった。それはそれで俺が穢れてるみたいで悲しいが、まあとにかく大丈夫だ。

 あとは彼女達を率いる聖司次第だが、あいつは優秀だし何も問題などないだろう。あまりにも有能すぎて、えっちなお話なら俺が合流する頃には当然のように全員寝取られてるくらいの安心感がある。いや待て、それは全然安心できないぞ。いかん、早く戻らねば。


「ん? ……そもそも彼女でもないのに寝取るって表現はどうなんだ?」

「はあ!? いきなり何言ってるの!?」

「なんでもない! なんでもないぞ!」


 やばいやばい、また口に。てかこんな事を考えてる場合じゃない。しっかりしろ薫さん。


「と、とにかくエリアを移動しよう。どんな環境かわからないし、早めに確認する必要がある」

「そうね……それについてだけは同意するわ」


 懐疑の視線が背中に刺さる。

 瑛蓮さん前から思ってたけど中学2年生女子にあるまじき眼力、怖い。


「よし、じゃあ手を……」

「さっさと行くわよ」

「あ、おいちょっと!」


 瑛蓮は俺を追い越すと、躊躇なく霧の壁に踏み込み消えていった。

 思い切りが良すぎる。最近の若い子はそうなのか?

 まあいい、今は考えてる暇はないから後を追おう。


「よっと……」

「霧の中にゾンビがうろついてる時あるから、グズグズしてると危ないわよ」

「それにしたってなあ……」


 瑛蓮は壁を抜けた先で待ってくれていた。

 霧の中はせいぜい学校のプールくらいの距離だし、手を繋ぐほどでもないのは確かだが先に何があるかわからないんだから近くにいた方がいいと思うんだどな。

 まあ俺が慎重すぎるだけか。瑛蓮は数ヶ月ここで過ごしてるらしいし、むしろ彼女に合わせるべきかもだ。


「デェーン……いにしえの遺跡」

「なにそれ? ゲーム?」

「ちょっと言ってみたかっただけ」


 次のエリアは、ジャングルの中に佇む巨大な遺跡。

 苔むした石の壁に、半ば崩壊し蔦に覆われた彫像。不気味な鳥の鳴き声が森中に響き、茂みに潜む何者かの息遣いが聞こえる。

 うむ、これは冒険の予感。帽子と鞭を用意しないとな。

 

「ここにはきっとクリスタルな髑髏が──」

「見て見て! 道具箱よ!」

「あ、はい……今行きます」


 なんてタイミングだ自重しろアイテムボックス。

 いや、ありがたいのだがなんというかこう、もう少し空気を読んだ登場をだな。

 しかし背の高い雑草の中に紛れ込んでたのによく見つけたな。そこらの店で売ってる小型のクーラーボックスみたいな感じで小さいのに。さすが、サバイバルスキルというかレベルもかなり上がってるようだな瑛蓮は。


「ちなみにこれなにが入ってるんです?」

「色々。箱が派手だったり大きいとレアなのが入ってるけど、これは多分食料とか拳銃とかだと思う……たぶん。でも中身は開けた人の……ほら、あの変な光る画面の中に自動で入るから、箱の大きさだけで中身は判断できないわね。だからたまにすっごく大きなものがあったりするわ、大砲とか」

「たいほ……榴弾砲とかか? ヤベェな。まあとにかく瑛蓮が開けてみてくれ。俺60キロまでしか持てないから変なの来たら重量オーバーだ」


 ちなみに重量オーバーになると力士に押しつぶされたような凄い圧がかかって動けなくなる。その辺のでかい岩を収納して俺が試したからな、息もできなくて死ぬとこだったぜ。


「何でそんなに少ないの……もしかして体、弱い?」

「マジで!? アレのスペックってそういうので決まるの!?」

「え、あ……いや、女子の方が性能よかったりしたから多分違う」

「そ、そうかよかった……病弱キャラだったなんて設定は俺にはなかったんだな」


 安堵する俺の横で瑛蓮が箱を開ける。瞬間、ぽわっと光の玉がいくつも中から溢れ出て、頭の辺りまで上昇して消えた。なんかもう本当にゲームだな。

 そして瑛蓮はといえば、中身の確認か画面を操作してる。なにか変なのでも見つけたのかな、頭を傾けたり唸ったりしているが。


「ええと……これ、武器みたいね。だ……とう?」


 言いながら瑛蓮が俺にも見えるように体を寄せた。肩まで伸びた金の髪先がちょうどジャケットの崩れを直していた俺の手の甲に当たる。

 さらさらふわって感じだ。何ヶ月もサバイバル生活をしてるとは思えん。そういや汗の臭いとかもあんましないしシールドの機能にそういう効果もあるのかな。


「あー、打刀(うちがたな)だな。サムライソード。銃だけじゃなくてこういうのもあるのか」

「か、刀……ね、ねえ……その、これ」


 先を言わずとも分かるぞ。そんなきらきらした瞳を向けられればな。

 武器もないし俺も本物ならちょっと触ってみたいがここは大人な薫さんの見せ所だ、我慢我慢。


「瑛蓮が持つといい。見つけたのはお前だし、俺が持ったら怪我しそうだしな」

「うん……うん! あ、そういやあなたは武器なかったわよね? じゃあこっちのぐれーとそーど? っていうのあげるわね」

「……何? ちょ、待て──」


 グレートソードて言ったか? またひどく曖昧なカテゴリの武器を……というかアカン、下手すれば重量オーバーだぞ。

 またあの地獄の苦しみを味わうのか。しかし俺のようなやつが瑛蓮の笑顔を見た対価と思えばこのくらいは当然か。しかたない、覚悟を決めよう。


「ぬん! …………ありゃ?」

「急に力んでどうしたの?」

「いや、てっきり重量オーバーになるかと思ってな」


 さすがに一気に60キロもってかれるほどのファンタジー武器じゃなかったか。とりあえず確認してみよう。

 俺は画面を開き、瑛蓮から送られたグレートソードを確認。おかしい。土だとか双眼鏡とかで引かれた重量を差し引いてコイツの重さを計算すると約3キロくらいか。俺の想像してたやつと違う、クレイモアとかそのへんか?いやでもアイコンだとめっちゃでかいやつに見えるぞ。くそ、とにかく出してみよう。


「おお……紛うことなきグレートソード」

「わぁ、おっきー。あなた意外に力持ちなのね。ていうか隠れ細マッチョ?」

「……を再現した劇の小道具だな」


 刀身は2メートルと少し。巨大で幅広の刃と物々しい金属の輝きを放つグレートソード。の形をした小道具。材質は何だろこれ、アルミ?中身も多分すっかすかだな。間違いなく武器として作られたやつじゃない。


「ほれ、持ってみ」

「軽!? え……嘘、じゃあこっちは?」


 瑛蓮が慌てて打刀を取り出した。打刀は彼女の手の平に現れ、その重みに瑛蓮の腕が沈む。

 恐る恐る瑛蓮は柄を握り、鞘から刃を滑らせると。


「わあ……これは、その……」

「本物だな」


 俺の剣の形をしただけの金属の塊とは輝きが違う。なんというか、見ただけでいかにもって感じの雰囲気があるんだ。俺も刀剣の類は素人同然なんだが、あれは間違いなく本物だろう。

 確認し終えると、瑛蓮のなんとも言えない視線が俺に刺さった。まあ俺だしね、仕方ない。拾ったの瑛蓮だけど。


「聖司が言っていた……薫殿は良くも悪くもバランスの良いステータスしてるくせに運だけは低いというか限りなく0に近いですな、と」

「なんていうかその……ごめん」

「言うな、よけい惨めになる」


 仕方ない、こんなのでも振り回せば拳よりはまともな武器になるだろう。せっかくの貰い物を返すのも気が引けるしな。


「武器は武器だ、ありがたく頂戴しよう」

「いいの? 私は銃もあるからこの刀はあなたが使っても……」

「銃っていってもリボルバーだろ。隙が多い代物なんだから、代わりの武器があった方がいい。瑛蓮が使ってくれ」

「私のは弾込める必要がないのが能力だから、これだけでも十分よ?」

「なん……だと?」


 リロード不要、すなわち自動装填の能力。射撃時、インベントリに予備の弾薬がある場合それが即時自動で弾倉に入り実質再装填が不要になる能力だな。絢香のオートマグと同じだ。


「リロードがかっこいいのに……」

「銃のことになると面倒くさいわねあなた」

「まあその……うん。ちなみに、後で触らせていただくことは出来ますでしょうか……」

「別に今でいいわよ。傷つけないでよね」


 瑛蓮の手の平に、銀の輝きを放つリボルバーが現れた。彼女の手の平では持て余してしまいそうな大きめのラバーグリップ。まるで半自動拳銃のスライドのように肉厚重厚な銃身。そしてシリンダーには5発の、拳銃には大きすぎる弾薬。すばらしい。


「おお……454カスールが装填されてるってのもあるけど、この重量感だ……いい」

「え? それ拳銃なのにそんなに重いの?」

「なん……だと?」


 瑛蓮は小さいけどマッチョ。覚えた。やはり胸の栄養が他のところにいっているようだ。

 なわけないな。そもそも瑛蓮もこいつの重量が分かってなさそうだし。月宮さんもM95を軽々と振り回してたから、予想はしてた。


「……もしかして、メインで配布された銃って持て余しちゃう子だと扱いやすくなる?」

「それも知らなかった?」

「予想はしてたから……ほんとだから」


 逆を言えば、俺のMP7はおそらく実物通りの重量だし特に使いやすさが向上してるふうでもなかったから、俺はあれを使いこなせるという判断か。やはり薫さんはそこそこ性能いいのでは。


「そういえば、あなたの銃は?」

「分解した」

「え?」

「分解した」


 瑛蓮が察したように目を伏せた。この反応、そっちでもやらかしたやつがいるな。


「あれ勘違いしやすいもんね。私の友達も……って、そうだ!」


 突然瑛蓮は手を打つと、何かを俺に伝えようと口を開きかけ。しかし声を出す瞬間、フクロウ並みに顔を後ろにぐるんと反らした。おいやめろそういうのは逆に気になる。


「なんだよ……」

「いやその……私のところにもいたなーって。やけに物持てない子」

「ちなみにだが、貧弱だったか?」

「ううん、全然。そうじゃなくて、その子の銃だけ……みんなと違ってすごい能力で。だからたぶん、薫の銃も……」


 え、つまり何か?俺のMP7は強大な力を秘めていたとかそういう?

 

「……マジで?」

「ま、まじで……よ」

「それは知りたくなかった情報だ……」


 その後数分間、俺を慰める瑛蓮という構図が続き──お互いに意識を集中させすぎていたせいか、背後から忍び寄る影に気づくことが出来なかった。

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