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15話「薫と瑛蓮」

 漆黒に包まれた夜の河原にぽつんと焚き木の光が一つ。

 橙色の輝きに照らされて、浮かび上がるのは4人の人影。

 一人を取り囲むように三方に別れて笑う男達。そして、両手を頭の後ろで組まされ膝立ちに屈む瑛蓮。


「遅かったか……くそ」


 頼れるのは月明かりだけ。だからか視界が悪く、小屋の周辺が見通せる距離まで近づいても男達が俺に気づく様子はない。

 ただそれは俺も同じで、先ほど倒した奴らが持っていた拳銃を探す事は出来なかった。もう少し探せば見つかったかもしれんが、今は時間はかけられないからな。

 だから今の俺に武器はない。持ってる道具だけでなんとかするしかないが、なんとかなるんだろうか。

 まだ敵は俺の存在には気づいていない。今なら見なかったことにも出来る。どうする、返り討ちの可能性の方が高いんだぞ。


「…………」


 瑛蓮は泣いていた。体を震わせて。

 賢い子だ、これから何をされるかを理解しているんだろう。俺にすらあんなに拒絶を示した子が、今は武装した知らない年上の男達に囲まれている。彼女が抱く恐怖は、計り知れない。


「……そうだな」


 優柔不断な男は嫌われるぞ。一度決めたらやり通せ。

 俺はクラフト画面を呼び出し、元MP7を材料に鉄板を製造。胸の辺りを覆えるくらいのサイズか、悪くはないがライフル持ちがいるから盾には使えん。

 河原はいくら暗いとはいえ遮蔽物もないし石が転がってるから接近すれば気づかれる。3人を一度に無力化出来るのが望ましいが、出来るのか俺に?

 ええい、考えてる時間はない。


「なせばなる……だ!」


 ジャケットのポケットに、持っている分の土を押し込んでから、俺はMP7の弾丸を一つ握るとそれを川に向け放り投げる。

 水の音に反応して男達の注意が逸れたところで、俺は駆け出した。

 が、石を踏む足音ですぐに気づかれてしまう。しかし、相手はそっから即座に対応できるほどプロじゃあない。

 まずは一番近い位置にいるライフル持ち。鉄板を振り上げ、殺すつもりで顔面を殴りつける。どうせ俺の力じゃよっぽど打ちどころ悪くなけりゃ死なないだろう。加減して碌にダメージが入らない方がヤバいんだ、今は手を抜くな。

 

「──え?」


 瑛蓮の驚いた顔が見えた。まさか俺が来るなんて思ってもいなかったんだろう。悪いな、知り合いにはそこまで薄情でもないんだよ俺は。

 

「伏せてろ!」


 叫びながら、俺は鉄板を瑛蓮の後ろに控えた男にぶん投げる。当たらなくてもこれで怯むはず。

 あと一人、余計なことは考えるな。集中しろ。

 まだ状況が読み取れず動けない3人目より先に、倒れたライフル野郎の銃──はしっかり握られてスリングも付いてるし奪い取れないな。予想通りだ。

 俺はポケットに手を突っ込み土を取り出すと、ライフルの遊底を開放して中に入るだけ土を流し込む。

 次は最後の一人だ。もう使えるものはない。俺らしくはないが、こっから先はもう賭けだ。とにかく突っ込んで無力化する。


「俺を……なめんな!」


 頭を空っぽにして、とにかく殴ったり蹴ったり色々やったと思うが覚えてない。そしてどうやら、俺は賭けに勝った。

 拳銃はどこかに吹っ飛んだようだが、男は地面に押し付け拘束した。これで諦めてくれりゃあいいが。


「動くな! 仲間を殺すぞ!」

「テメェえええええ!」

「なっ!?」


 俺の警告を無視して、ライフルの男が引き金を引いた。

 銃口から小さな光が瞬いて、直後に破裂音と一緒に俺の足元にあった小石が跳ね飛ぶ。

 

「アァ!? くそ、何で出ねーんだ」

「……よし、なんとか上手くいったか」


 しかし発射したのは一発だけ。男は何度も引き金を引いたり銃を叩いたりするが、一向に次の弾が出る気配はない。

 遊底の閉鎖不良かなんか知らんがとにかく土で次弾の発射は防げた。これであとは、


「う、うう動くなぁ!」

「っち……クソが。そこはお前が動くなよ」


 だが、時間をかけすぎたからか二人目が持ち直した。

 まずい、銃を向けられてるし動くに動けん。やっぱ三人相手は無茶だったか。どうする、あと一手でいい何かあれば──

 その時、河原に響いたのは大砲のような銃声。狙ったのかたまたまか、俺に向けられていた拳銃は爆発でもしたかのように金属片を撒き散らして吹き飛んでいった。当然、それを握っていた男の手も無事とは言い難い。これで奴も戦闘不能だ。


「瑛蓮……」


 情けないなあ、助けようとした子に助けられるとは。やっぱ所詮、凡人の俺はサブキャラか。主人公を引き立てるだけの役回りだ。


「さっさと……どっか行って。早くッ!」


 ライフルの男だけはまだ抵抗するつもりだったのか俺達を睨みつけたままだったが、銃を向けられたまま反撃するほどの度胸はなかったのか他の二人に連れられて林の方へ逃げ去っていった。

 これで一応、任務達成だな。S評価とは言い難いが。


「……あー、その」

「…………」


 気まずい。瑛蓮は少し気が強めだし、そういう子は泣いてるところ見られるのとか嫌だろうしなあ、何も言わずに立ち去るのがいいか?

 いやでも、もう瑛蓮もここにはいられないだろうしな。どうしよ、困った。


「そのだな……」

「……いいから」

「ひぇ?」


 やべ、変な声出た。そんな震えた声で言われたら薫さん困っちゃう。

 どうしよ、何も言わずにジャケットをかけてあげるとかそういう感じの方向性?いやでも俺のキャラじゃないし、そもそもジャケット土まみれアンド俺の血まみれだぞ、汚すぎる。駄目だ。

 はわわ困った。聖司助けて!


「……いいから、少し待って」

「はい……」


 一人で何とか出来るのか、逞しい。

 なら俺がなんか言うのも野暮だな。余計傷つけてもまずいし。

 石でも積みながら待ってよ。

 

「…………もう、大丈夫」

「そっか」


 目にはまだうっすら涙が浮かんでいるけれど。顔はもう、ちょっぴり強気な女の子瑛蓮に戻ってる。

 良かった、間に合って。今は心からそう思う。


「立てるか?」

「あ……」


 俺はつい、手を差し出してしまった。


「…………うん」

 

 少しの躊躇。それから、俺の指先に彼女が触れる。

 その時、初めて俺は瑛蓮のぬくもりを知った。




 夜の移動は危険を伴う。装備も充実していないなら尚更だ。

 しかし俺『達』は進まなきゃならなかった。もうあの場所にはいられない。


「本当にこのエリアにはゾンビも人間もいないんだな」

「うん、隣のエリアから迷い込んでくることはあっても、この辺を集団でうろつくことはあんまりなかったわ。だからあいつらも……たまたま、だと思う」


 俺の半歩右斜め後方から補足する瑛蓮に、頷いて返す。

 そういや平原のエリアもそんなにゾンビがいたわけじゃないし、端っこの方はあんまりいないのかもしれない。

 塔の位置からすると端のエリアのどこかがスタート地点になるんだろうし、バランス調整的なものだろうな。


「なら、やっぱりこの辺が安全か」

「……? どうしたの」


 突然足を止める俺に、瑛蓮は肩をぶつけそうになるも寸前で踏みとどまる。

 反応も早い。この世界で生き残っていく上で培われたというより、やっぱ元々の基礎スペックが高そうだな。実はお嬢様的な……ふうには見えんが、露骨にそれっぽいやつなんざ漫画の中だけだろうし可能性としてはあるかもしれんな。

 しかし、普段からいい暮らしをしていたらあっちも豊かになるものではないのか?それとも食いもんやらなにやら高級な生活とあそこの育ちは関係ないとでも。


「私の体がどうかした?」

「ああ、いや……胸が」


 しまった、つい視線が。しかもまたうっかり口に。お茶目な薫さんらしい失態だがこれは間違いなく死に繋がる。

 どうする、なにか活路は──


「む……ねぇ?」

「あ、や……その、胸とか苦しくないか? この辺は標高が高い」

「山でもなければ高地でもないわよここは。いいから、正直に、どこを見て、何を考えてたか言いなさい」


 分析しろ。絢香の例を鑑みると、おそらく怒りをぶち当てるまでおさまることはない。ならば最初の一撃を受け止め、耐える。

 瑛蓮は大口径のリボルバーを片手で扱える筋力を有している、まともに当たれば死は確実。彼女の動きを観察し、初動を見逃さず確実にガードする。

 出来る、この片手で数えられるほどの戦闘をかろうじて乗り越え、怪我も重傷におさえつつ辛勝し続けている薫さんなら。


「そのだな……瑛蓮の」

「私の?」

「平野を──ぐぅお!」


 絢香で鍛えられた俺ですら見切る事ができない拳による高速の突き。鳩尾にクリティカルヒットだ。

 なんてダメージ……クリティカルだけじゃない、弱点属性を突かれたような鋭さがある。これは立っていられない、というか息ができない。本当に死んじゃう、助けて聖司!

 でも勘違いしてはいけない。絢香も瑛蓮もとても良い子で、こうなる原因は俺にあるのだということを。すなわち自業自得。全ては俺の自重しない振る舞いが招いた結果なのだ。


「薫の冒険はここで終わった……完」


 それが、俺が死ぬ気で声を絞り出し言い放った最後の言葉だった。

 新しいセーブデータを作って別の人生を歩みたいところだが、こうして思考が働くってことは神様はまだ俺が死ぬことを許してくれないようだ。仕方ないから起きよう。てかこれで死んだら瑛蓮が人殺しになっちゃうしね。


「一瞬サンズリバーを渡りかけた」

「貧弱」

「薫さん草食系ですから」


 木の幹を支えに俺は立ち上がる。瑛蓮の一撃を抜きにしても、大分体がまいってきてる気がするな。どっかで休んだ方がいいんだろうが、そんな時間が果たして俺にあるのかどうか。


「……それで」

「ん?」

「本当は何を言たかったの」

「それは……」

「それとも……そういう話?」


 やや声を潜めて、瑛蓮は呟くように言った。

 彼女は顔を伏せると体を抱くように腕を回し、俺をなるべく見ないように身体を捩って続ける。


「あなたには、助けてもらった借りがあるものね。でもそういうお返しは……その。別の形で、なにか埋め合わせはするから……」

「瑛蓮……」


 まずった、こういう話に持っていくつもりはなかったんだが。

 ええい、相変わらず女の子への接し方が下手だな俺は。


「瑛蓮」

「……何?」

「16秒前、俺はなんと言った」

「ええと……サンズリバーがどうとか」

「違う、その後だ」

「草食系?」


 俺は深く頷き、正解だと動きで示した。


「極限状態で肉食に転身する奴は三流、真の草食系はいかなる状況においてもその主義を貫くものだ」

「それで、あなたは?」

「二流」

「そこは一流じゃないのね」


 瑛蓮の顔に、笑顔が戻った。

 良かった、やっぱり女の子は笑顔が一番だ。使い古された言葉だけど、こんな顔を見せられると本当にそう思う。


「ああ、俺の知ってる一流の男は本当にすごくてな、とてもじゃないが俺なんかじゃ追いつけない。だからいつまでも二流なんだ俺は」

「草食系の一流って、そんなに語ったり誇るものでもないし目指すものでもないんじゃない? ははっ……なんていうか、あなたって変な人ね」

「掴み所がなくちょっと不思議で優しいことに定評があるのが薫さんだ。……だから俺は瑛蓮に酷いことしないし、そんな事する奴がいれば俺がぶっ飛ばしてやる」

「草食のくせに戦うの?」

「肉食獣は牙と爪、殺めるための武器を持つ。それと同じように、草食獣だって力を持ってるんだ。仲間と家族を守るための力をな。守りたいものがあれば戦うのさ、俺だって」


 なんて偉そうに語ったはいいが、どうしよう困った。こういう雰囲気になると言いづらい。

 でも俺に付き合わせるわけにもいかないし。困った、本当に。


「と、言っておいてその、非常に言いづらく恐縮なのですが……」

「は、あ……? なに?」

「この辺は安全なようですし、瑛蓮さんもその、この辺りなら詳しいようなのでその……」

 

 せっかく笑顔だったのにだんだん目が細まっていく。今すぐここから逃げ出したい、聖司助けて!


「俺は塔の攻略にいかないといけないので、瑛蓮さんをそれにお付き合いさせるのはどうかと思いましてその……この辺の安全な場所に居を構えていただくというのは……」


 瞬間、目を見開いて瑛蓮が驚いた。と思ったら目を逸らしがちに顎に手を当てた。

 瑛蓮は顔をしかめて唸っている。まさかこれは……俺とお前で目的が違うこと忘れてやがったな。

 彼女は暫くの間逡巡するような仕草を見せ、どうやら脳内会議で結論が出たのか頷いた。


「いいわ、私も行く。ここまで待って変わらなかったんだもの、自分でなんとかするしかない……のかもね」

「本当にいいのか?」

「あなたには借りもあるもの。せめてそれを返すまでは、ね」


 正直、来てくれるなら助かる。一人だと危険すぎて睡眠を取ることもままならないし、俺の積載量や体の状態を考えても誰かの協力があった方が事を有利に運べるのは事実だからな。

 それに瑛蓮は責任感も強そうだし、俺に借りがあるという意識を持っているなら裏切られることもそうないはず。戦力としても、彼女の力は申し分ない。

 って、何を考えているんだ俺は。素直に瑛蓮が仲間になるわーいやったーでいいだろう。これだから薫さんは。


「……分かりました。でも一つ訂正があります」

「なによ」

「俺は瑛蓮に命を助けられた。俺の方が大きい。今日のことを差し引いてもあと4割は残ってる。むしろ返すのは俺の方だ」


 真面目に言ったのに、笑われてしまった。

 てかこの子、顔や雰囲気だけでの印象は近寄りがたいというかとっつきにくい感じだけど、話すと面白いし絶対弄ったら面白いタイプだよな。

 俺を拾ってくれたのが瑛蓮でよかった。


「そう……じゃあ、ちゃんと残りの4割返してもらわないとね」

「うむ、任せろ。俺は約束とかはなるべく守る主義だ」

「そこは絶対、じゃないのね」

「現実において絶対はない。何の根拠もなく言い切って期待させ裏切るくらいなら、はじめから身の丈に合った目標を掲げるさ。薫さんは夢見がちな少年とは違うのだ」

「ふふ……変なやつ」

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