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13話「漂着」

 優しく流れる川のせせらぎに、緩やかに頬を撫でる暖かい風。

 銃声も、怪物の呻き声も聞こえない。

 そんな穏やかな時間も、もう少し堪能していたかったけれど。


「……んぅ」


 目を開ける。眩しい。

 天上に輝く二つの太陽。その輝きに瞳は悲鳴を上げて、思わず俺は瞼を閉じた。

 意識が戻ってから数分間、体が動かなかったから環境音を楽しんでたんだが、どうもそんな事をしている場合じゃないらしい。

 まず、ここは天国でも地獄でもない。天使も悪魔も見えないからな。それに、貴方は死んでしまったのですと困り顔で告げる女神様みたいなのもいない。なら、俺はまだ生きてるってことだ。生きてるってことは、俺にはやるべきことがあるってことでもある。


「しっかしすげーな……俺って生命力にステ全振りしてたのか?」


 とりあえず状況だが、誰かが俺を川から引き上げたのは間違いない。真新しい包帯が右手に巻かれてるし、背中の傷にもガーゼか何かが貼ってあるような感触がある。

 誰かが俺を治療してくれたんだ。そしてそれはたぶん、この小屋の主。

 俺が横たわるすぐ傍には、入り口もなければ壁も窓も無い、柱と屋根だけの掘っ立て小屋。簡単な調理器具が綺麗に纏められているだけで生活感はそれほどないが、俺らと同じ境遇ならそもそも物を外に放り出す必要もないだろうしこんなもんだろう。

 それに、俺の体を冷えさせないためにだろうか焚き火がつけられてるし、まあまあ気の使えるやつのようだ。

 とはいえ、味方というわけでもなさそうだが。


「……ふむ」


 俺のインベントリには、土以外に何も入っていない。P226は手に持ってたから、今頃川の中だろう。サブの銃に自動回収はないからな。

 だけど俺のMP7の成れの果てである鉄板とか双眼鏡を外に出した覚えはないので、間違いなくこっちは俺を救ってくれた謎の人物が回収したのだろう。

 どうせ全部抜くなら土も奪え。もしかしたら何かに使えるかもしれんだろ。


「てかここどこだ? 現在地……現在地」


 マップを開いて、とりあえず現在地だけでも特定してみようか。

 川の流れからして、元の場所からは大分流されたと見ていいだろう。しかも最悪なことに、あの川はマップの端から端まで流れてる。だから、元々俺がいたのが南東のエリア。んで今いるのがマップの西端って可能性すらある。そこまで流れたら死にそうなもんだが、俺に生命力99あったらその限りではないかもしれんし。

 何より今いる河原の形状がそれっぽくてマジで洒落になんねぇ。本当に西の端っこまで来てんじゃないのか俺。


「仕方ない……待つか」


 どちらにせよ、俺の体の状態と装備で単独行動は不可能。今は家主の帰還を待つしかない。

 美少女とかだといいな。




 失血のせいかまだ朦朧とする意識だったが、小石を踏み鳴らす音に俺は覚醒し上体を持ち上げた。

 まだ寝てると思ったのだろうか、近づく影は少しだけ震え、それから大きく息を吐いた。何か覚悟でも決めたかのような少しの間の後、彼女は敵意の眼差しを俺に浴びせながら、河原の石を踏み潰さんとする荒々しい足取りで歩み寄る。


「……起きてたのね」

「ああ」


 3メートルほど俺と距離を置いたところで立ち止まり、少女は目を細めたままこちらを見下ろす。その瞳の奥には優しさの欠片もなく、まるで敵でも見るような憎しみすらこもっているようだった。


「……動けるの?」

「まだ難しいな」


 水の音にかき消されるほど小さな舌打ち。

 それだけ聞ければ十分だとでも言うように、少女は金色の髪を翻して小屋に向かった。

 まだ幼さを残した顔、体格も小柄な紫さんと比べてもなお小さい。とはいえさすがに小学生ではないだろうし、中学生か。なら胸の発育にもまだ可能性があるな、うん。がんばれ。


「…………」

「……ふむ」


 俺が彼女を見つめても会話する気がないのか無言を貫かれ、しまいには顔をそらされてしまう。困った、色々聞きたいことがあるのに友好度がマイナスを刻んでいるぞ。

 だがこの手の人はいつものキャラで話しかけても逆に評価が下がる可能性が高い。ちょっとお茶目な薫さんじゃなくてクールな薫さんで行くべきか?しかし威圧的な態度ととられてもまずいしなあ。ううむ、どうしたものか。


「…………」

「むう……」


 ちょっと気まずい。どうしよう、もう一眠りしちゃおうかな。

 

「……ねぇ」

「……なんだ?」


 おお、助かる。あっちから話しかけてくれるとは。

 でもめっちゃ睨んでるし話題振りづらいなあ。まあ無条件で初対面の怪しいやつ信用する頭がお花畑ちゃんとかより、こういう子の方がよっぽど信頼できるけどさ。


「さっきから何なの? 妙なこと考えてるなら今すぐ世界の外に放り出すわよ」

「む……」


 俺がめっちゃ見てたせいで怒らせてただけだった。やだ薫さん超失態。

 てかこの子、今なんて言った?ちょっと気になる。


「世界の外……とは?」

「……知らない、の?」


 少女が驚いて目を丸くする。こうしてると年相応な感じで可愛いな。

 まあすぐ元に戻っちゃうんですけどね。スクショ機能が……ほしいです。本当に。


「……あなた、ここに来て何ヶ月目?」

「いや、まだ数日といったところだが」

「うそ……」


 信じられないものを見た顔、というのはこういうのを言うんだろうか。

 てか何ヶ月て……うそ、そんなに長丁場の戦いなのこれ。こっちが驚いたよ。思わず変な声出ちゃいそうになったじゃないか。


「本当だ」

「だって、羽付きを倒したのあなたでしょ? ここに来て右も左も分からないようなやつが倒せる相手じゃないわ」


 そうはいってもなあ、ゲームならレベル差的なものがあるんだろうけど一応リアルなんだし銃弾効くなら何だって倒せるだろ。血が出るなら、みたいな感じで。

 つーかアイツと一緒に流れてきたのか俺?ずっとアレの腕の中にいた思うとちょっと気持ち悪いな。


「銃で死ぬなら殺せる」

「そんな……だってあなた、高校生……だよね?」

「そうだ」

「ただの高校生が……アレを倒したの? この世界に慣れてもいないのに」

「ああ」


 やべ、警戒されたか?でも事実は事実だしな。他にどう答えりゃよかったんだ。

 ええい、俺の印象が上書きされるより先に話題を変えるしかない。


「それで」

「あ、うん……何?」

「世界の外とは?」

「あ……ええと、そうね。なんて言えばいいか……」


 少女の説明によるとあの画面の機能で表示できるマップの表示範囲外エリアを指すらしく、そこに入るとシールドが一瞬で消失し息もできずに死んでしまうのだという。

 ゲームとかでもある、これ以上進めません的なやつだな。

 てか何この子、つまり俺のことさらっと殺そうとしたの。殺伐、怖い。


「なるほど」

「だから私達は、誰かが塔を攻略するまでこの箱庭の世界から逃げることは出来ない」

「そのようだ」

「……ん」


 誰かが、か。この子は目的を果たす気はないみたいだな。

 まあ単独でどうにかできるもんでもないから分かるよ。もし俺の想像してる通りなら、ゲームみたいに塔周辺は難易度が高くなってる可能性が高いからな。あの羽虫野郎とか他の変異種とかがうじゃうじゃいても不思議じゃない。それこそ、軍隊かなんかがいて初めて達成できるくらいのもんかもしれないし。

 ラスボス戦はたしかに盛り上がるが、その過程も大事だ。そこを長く楽しみたいなら、なかなか先に進ませない仕様の方がいい。それこそ数ヶ月、何年もかかるくらいに。

 もっとも、本当のゲームなら最後にはラスボスを倒すことも、エンディングを迎えることも出来るはずなんだけど。ここがそうかは、まだわからない。


「その、さ」

「なんだ?」

「あなたってその……」

「……ふむ」

「話しかけづらいって、言われたことない?」


 やっちゃった。

 痛恨のミスだ、クールな薫さんでいることに力を入れすぎてしまった。

 どうしよう、今更キャラ変えたら驚くかな?でもこのまま続けるのもしんどいぞ。


「じゃあいつものお茶目な薫さんで行くわ、クールキャラとかしんどいし」

「わぁ!? 急にキャラ変えないでよ!」


 なんだろう、少し絢香と似てる気がする。てことはこの子も実は面白い系だな、俺には分かる。


「ん……それであなたは、薫……で、いいの?」

「左様。白城高校3年2組出席番号18番、姫路薫です」

「女の子みたいな名前ね」


 何だと!?薫は男でも使える名前だ、全国の薫君に謝れお前。


「そこまで言うお前はどうなんだ、名を名乗れ小娘」

「こむ……瑛蓮よ。斎賀瑛蓮」

「エレン……お前かて外人みたいじゃん」

「そ、そんなことないでしょ! ……ないわよね?」


 何でちょっと自信なさそうなんだよ。そこは自身持てよとーちゃんとかーちゃんがくれた名前だろ。

 しかも名字までかっこいいし。火縄銃とか撃つの得意そう。って、そういや近くのでかい病院もそんな名前だったが、あれの看板見たときも似たようなこと考えた気がするな……まるで成長していない。


「まあとにかく、よろしくだ」

「ぁ…………」


 瑛蓮は、俺が差し出した手を取ろうとはしない。正確に言えば、一瞬指をピクリと動かしてから戸惑い目を逸らした。

 依然として彼女と俺は少し距離を離して会話しているし、まだ近寄らせるほど信頼はされていないようだ。


「ふむ……まあいいや。んじゃ俺は寝るから、その間に川にリリースしたりしないでね。薫さんは水生生物ではないから水の中では生きられないのだ」

「あ、ちょっと!」


 数度の会話でかなり体力を消耗した。まだ本調子じゃないようだ。

 そもそもこの世界に来てまともに睡眠取れてなかったからな。ゲームのために徹夜すんのと迫る脅威に気を張り詰めて徹夜すんのは勝手が違うわ。漫画の主人公とかはやっぱすげーな、真似できねーや。

 いつもの薫さん的と比べれば一年分は働いたようなもんだし、ちょっとくらい休暇貰ってもいいだろ。働いたら、負けだぜ──




 目覚めると、後頭部には薄布をロール状に巻いて作った簡易的な枕と、体にはまるで新品のように綺麗な毛布がかけられていた。

 こんな事をしてくれる人物は該当者が一人しかいないから、今の内に礼を言っておこう。ありがとう瑛蓮。そして俺を起こさず頭に枕を差し込むステルスすごい。

 しかし、肝心の本人の姿が見えない。俺がいる河原から先は林になっているので視界も悪いし、ちょっと離れてるだけだとしてもこりゃ見つけるのは一苦労だな。確認したいこともあるし、素直に待ってよう。


「……痛て。やっぱ右手はもう駄目かな」


 軽く右肩を上げただけで、腕というか体全体に鈍痛がじんわりと広がる。もぎ取れなかっただけマシだが、もう銃を握るのも厳しいかな。

 そもそも、握る銃すら今の俺にはないんだけど。

 

「……包帯、か」


 真新しい包帯。最初に目覚めた時にはもうこれが巻かれてたから、古いのは捨てられたか何かの材料にされちまったかな。

 月宮さんの残り香すら、もうないってわけだ。


「……いや、何考えてんだ気持ち悪い」


 違う、そうじゃない。くだらないこと考えてないで今後どうするかをだな。

 少なくとも、月宮さん達は全員無事のはず。聖司もいるし、今も生きてくれてると考えたい。

 親友はたぶん、俺は死んだものとして塔を目指すはずだ。月宮さんや絢香辺りは俺を探したいと言うだろうが、聖司ならいくら美少女だろうと三次元女に折れることはないだろう……たぶん。


「なら、俺も塔を目指すべきだな」


 そうすれば、どっかで合流も出来るはず。あの橋が壊れた以上、聖司達も遠回りのルートを選択せざるを得ないからすぐにってわけにはいかないだろうけど。


「無事でいてくれ……みんな」

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