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11話「道化の素顔」

 色のない霧は、どこまでも続く。それは空と大地を、世界を覆いつくし、果てなき灰霧の世界は俺達を奥ヘ奥へと誘うのだった。

 時折聞こえるのは異形の声。だが怪物の恐怖すらも、色のない濃霧が満ちたこの地では些細なことでしかない。そう、ここは──


「あ……フツーに抜けるのかよ。俺の心の語りがまだ中途半端じゃないか」

「薫殿?」

「な、なんでもない……月の獣がちょっと心の中で暴れただけ」

「理解」


 あっさりと霧の壁を抜け、新しいエリアが俺達の前に姿を現した。

 見渡す限り、どこまでも果てしなく続く荒れ地とゴツゴツとした岩山に囲まれた暗褐色の大地。マップの色からして砂漠か岩場のどっちかだろうとは俺の経験則で予想はしてたから、驚きは少ない。

 どちらにせよ、こういった環境は一般人が過ごすには不向きで、なおかつ移動や休息にも影響が出るだろうことは明白。さてどうしたものかな。


「……お」

「……ぁう」

 

 不意に、振り返った俺と紫さんとで視線が交差する。恥ずかしがって俯く紫さん可愛い。いや違う、化物と入れ替わったり頭が無くなってるとかそういうのがなくてよかった、よかったぞ本当に。


「さっきの場所と……ずいぶん違うんだね。ねぇ薫君、こういうところは……休めるところ、あるのかな?」

「平原にぽつんと監視所があったくらいだから、岩山のてっぺんに基地や岩壁に天然の洞窟を利用した拠点があってもおかしくはないとは思うよ月宮さん」


 なるほど、と頷く月宮さんはどこか楽しそうだ。まあ一応俺ら都会住みだしこういうところは珍しいもんな、分かる。

 浸る月宮さんの邪魔をするのは気が引けるが、もう昼過ぎか夕方に差し掛かるくらいのはず。日暮れまでには安全な寝床を確保しないといけないから、あんまり時間はない。


「それじゃあとりあえず歩き回ってみようか。周りにゾンビは見えないけど、さっきの場所より見通しが悪い。岩の陰とかその変に生えてるもにょもにょした草の裏に注意して」


 不安はあるものの、歩き出さずには何も始まらない。

 どうかヤバいやつと蜂合わせるのだけは、と心の中で祈りつつ、俺達は目的地も定まらぬままに移動を始めた。




「思ったよりも難儀だな」


 日が暮れ、夜の世界が訪れた。残念ながら今日のところは拠点に出来るような場所を見つけられなかったので、野宿。

 比較的開けた場所に見張りを立て、絢香が作った焚き火を囲んで今はそれぞれ好きに休んでもらっている。


「移動のしづらさもそうですが、各々の体力差が思ったより深刻ですな」

「ああ、俺や紫さんはもう少し進めるだけの余力はあるが、月宮さんとヤンキー共が思ったよりキツいな」


 体力の消耗が激しい分、水や食料の消費も増える。それが分かってないヤンキー共はばかすか使うし、逆に月宮さんは気を使って控えめだ。倒れなきゃいいが。

 配分には気を使ってるが、どこかで補給できないと本当にまずいな。せめて水源だけでもあればよかったが、この環境だとそれも望み薄か。

 そして何より、俺達の一日の移動距離が問題だ。こういう場合体力の低い人にペースを合わせるのがいいんだろうが、生憎これは物見遊山のピクニックじゃあない。遅れは最悪みんなの死に繋がる。けど、今のままだと塔に到達するまで相当な時間を要するはずだ。

 まだ2つ目のエリアにして、ちょっと壁に当たっちゃった感があるな。

 

「うーむ……ちょっと一人で考えてみる」

「分かりました、何かあればお呼びくだされ」


 言って、聖司は焚き火を囲う仲間の輪に入っていった。

 じゃあ俺はといえば……どうしようか。とりあえずその辺の大きな岩のてっぺんにでも上って夜空を見上げよう。


「……星が綺麗だ」


 岩の上に寝転がって、俺は呆然と煌めく星空を眺めた。本当はいろいろ考えなきゃいけないことがあるんだろうけど、たまには頭を休ませよう。本当に、色々ありすぎたからな。

 この静寂と平穏は、束の間だとしても俺には必要なものだ。


「……む」


 うつ伏せに体勢を変え、岩肌のひんやりとした感触を味わっていた俺の視界に聖司と月宮さんが映る。

 何を話しているのか、月宮さんが楽しそうに笑っていた。

 月宮さんは誰にでもああだからな、何もおかしいところはない。

 誰にでも別け隔てなく接してくれる、美人で優しいクラスのアイドル。アニメやゲームの登場人物としては一般的だが、現実で出会えるのは結構レアなんじゃないだろうか。きっとみんなもそれが分かってるから、彼女に惹かれるのだろう。

 だが彼女を思う男の数に対して、彼女自身からはそういった浮いたような話を聞くことはない。俺の情報源の中には絢香とその友人達も含まれているので、童貞達の妄言だけを聞き纏めた噂話よりかは確かだぞ。たぶん。

 まあそんな俺の情報網を駆使しても、結局それが心に決めた男がもういるからなのか、あるいはこの学校に彼女に見合うだけの男がいないからなのかまでは分からなかったんだけども。


「柳瀬さんは誰にでもあんな感じよ。気にしなくても……いいと思うけど」

「一体何の話だよ……」


 俺の平穏と静寂は、野獣によって呆気なく破壊された。

 伏せたまま、的はずれなことを言う幼馴染に俺は半目で咎めるような視線を送る。


「あ……ごめん、一人になりたかった?」

「いや、いいよもう。話し相手がいるならそれはそれで、だ」

「そっか……」


 それきり、絢香は一緒に寝転んでから口を閉ざした。

 おいなんだよ、なんか用あったわけじゃないのか意味分からん。いくら俺とお前の仲でも気まずいからやめろ。


「……なあ」

「……ん?」

「用があるんじゃないのか?」

「別に……アンタが一人でいるのが見えたから」

「そ、そうですか……」


 なにこれ気を使われたのか。そりゃあまあ一人で悩んで、駄目な方向に向かっちゃうこともままありはするけどさ。今は多分、落ち着いてるはずだ。たぶん。


「今の……アンタはさ」

「うん?」

「ちょっと、かっこいいと思うよ」

「…………」


 え、なにそれ。これ喜ぶところか?

 なんというか、若干のシリアスを感じる。たぶん今は、いつもの薫さんをしちゃいけない。


「そりゃどうもだ。だからって変な勘違いしてはいかんぞ、俺は屑だからな」

「そんなことないよ。ちょっと変わってるだけ、でしょ?」

「ちょっとで他人の親をカッターで切りつけたりしない」

「あれは……手の甲を少し切っただけだったし。それにあれがあったから、父さんは私のこと殴らなくなった。だから薫は悪く──」


 言いかけた絢香の唇に、指を当てて黙らせる。


「どんな理由であれ、人を傷つけることを躊躇しないような人間は屑だよ。それも助けたい一心で咄嗟にとかじゃなくて、それが一番有効そうだから実行しただけ、なんて考えてるやつは特にな。そんなのがちょっと活躍したからって、褒めるもんじゃない。不良が捨て猫拾ったからって、それまでの悪行が許されるわけじゃないんだ。屑は屑のままなのさ」

「そんなこと……ないもん」


 無理やり指を押しのけて、絢香が口を開いた。その目には薄く涙も浮かんでいる。

 しまったな、真面目な話だとどうにも人の機嫌を取りにくい。騒いで誤魔化すのは得意だが、今は駄目だな。


「だって、私がいるじゃない。本当にアンタが嫌なヤツなら、私ここにいないもん」

「そりゃあ……そうかもしれないが」

「そーなの!」


 反撃とばかりに、絢香が俺の頬をつねる。本当に軽く、痛いというよりくすぐったさすら感じるほどに。


「アンタはその……変わった所あるし、変な趣味してるけど……でも、屑なんかじゃないから」

「何を根拠に……」

「理由なんていらないの! 私がそう思ったんだからそうなのよ! 子供の頃から付き合ってる私が言うんだから、信じなさいよ!」


 無茶苦茶な。それは理由として認めていいのか。

 てかこれ励まされてる?どうしよ、どう返せばいいんだ?いつも通り軽く流していいのか?いやでも、これどう考えてもシリアス。気の利いたこと言った方がいいんだろうか?でも傷つけてもやだし、どうしようどうするどうしたら──助けて聖司!


「……ちょっと一人で風にあたってきます」

「ふふ……うん、行ってらっしゃい」


 結局俺が選んだのは、戦略的撤退だった。

 逃げるように俺は絢香から離れて、岩を滑り降りる。アイツ最後笑ってたな。なんだかんだで勘は鋭いし、俺が何考えてたか察してたんだろうか。くそ、恥ずかしい。

 動揺し火照った体を冷ますために、どこか人目につかない場所でもないかと周囲を見渡す。と、誰かと視線が交差して。


「ぁ……かお、る……君」

「──ッ!?」


 やばい。

 紫さん傍にいたのか、気づかんかった。もしかして聞かれてた?やばい。

 でも今来たところかもしれないしまだ焦ることはない。ポーカーフェイスだ薫さん。

 いやいや、なにか言いたげなこの表情どう見ても聞かれてたやつだどうしようヤバい。しかも内容が内容だぞ、どうするもう自害するか?いや死ぬのはまずい落ち着け。


「…………あ、あの!」

「はい、何でしょうか紫様」

「様!? あうあう……じゃなくてその、わた……私、も」


 口調おかしいだろ、マジで落ち着け俺。

 一瞬驚いた紫さんは、ちょっと目が隠れるくらいの前髪を触ったり指に巻き付けたり、スカートの端を握りしめながら口をぱくぱくさせている。なんか鯉みたいだな。これはどうも、何を言うか迷っているようだ。

 まさかさっきの話をネタに脅されるのか。クラスの女子に弱みを握られ俺は仕方なく奴隷になるのでした、的な。っく、そんな辱めを受けるくらいならいっそ殺せ。

 でも紫さんみたいな女の子に耳元であなたは今日から私のモノですよ、なんて後ろにハートマークがつくようなねっとりボイスで囁かれるのはちょっと体験してみたいというかなんというか──


「ハラショー」

「ひぇ!?」

「……ごめん、なんでもない」


 動揺していつもの薫さんが暴走している。反省。

 あんまり口挟むと紫さんみたいな子は話しづらくなっちゃうかな。もう黙っとこう。


「あ、ええと……そ、その。私も、薫君は優しい人だって知ってるから……その」


 バッチリ全部聞かれてたね、うん。

 どうしよう、今すぐ死にたい。


「えー……あー……なんというか、ありがと……う?」

「うん……私、本当に……嬉しかった、から。二年の文化祭の……あの時の薫君、優しくて」

「ん……」

「だから、その……薫君は悪い人なんかじゃないよ。大丈夫……です!」


 紫さんはやや俯き気味に微笑んで、お辞儀をしてから逃げ去るように俺の前から消えていった。

 取り残された俺はというと、今必死に一年前の記憶を掘り起こしてるところだ。

 文化祭ってなにかしたっけかな。確か2年の時はお化け屋敷で、クラスの役割分担でうんうんはいはいあーいいね、とてきとーに答えながら苦戦してたゲームの攻略法を考えてたら、いつの間にか紫さんと一緒に受付をやらされる羽目になってたのは覚えてる。

 紫さんはあれだし、せめて俺だけでもまともにやらにゃ女子共から非難轟々で大変なことになるだろうと思い、面倒事回避のためにあの場限りで頑張った記憶はあるが……紫さんと会話なんてしたっけな。

 駄目だ、思い出せん。まあ半日隣りに座ってたんだし俺は覚えてないけど何かしら会話したんだろう、たぶん。

 

「ねぇ薫君」

「げぇっ、月宮さん」

「……?」


 怒涛の攻めに俺のライフがゼロになりそう。でもここを耐えればもう女子はいない、俺の勝ちだ。次回のタイトルが薫死すなんてことにはならないぞ、絶対。

 てかなんで女の子みんな俺のところに来るの、ヤンキーとか聖司がいんじゃん。もう泣きそう。


「あの……話、聞いてた?」

「へ? あぁ……ううん。せっかく紫ちゃんが自分から誰かに声かけてるところなのに、邪魔しちゃ悪いと思って……遠くからお話終わるの待ってたんだ」

「そ、そっか……」


 セーフ。よかった。やはりまだ俺は死ぬ定めではないらしい。

 

「あ、あのね薫君」

「な、なんでしょうか……」

「その……紫ちゃんのこと、どう思ってるの……かな?」

「え? あー……あんまり話したことないけど、いい子だよね。……って、そういうことでその……いいんだよね?」

「……それだけ?」

「それだけってなんだ」


 やべ、口に出ちまった。

 でも気になる。何でそんな疑り深く聞いてくるんだ月宮さん。


「あっ!? ええと……ご、ごめんねなんでもないの! えとえと……そ、そうだもう一つ!」

「……どうぞ」

「さっきその……何のお話してたのかなーって。さ、差し支えなけれなければ」

「ん、去年の学園祭の話だよ」


 嘘は言っていない。うん。

 すると月宮さんは安堵した様子で吐息を零した。うん、可愛いけどこれはどういうことだろう、薫さんちょっと混乱してきた。


「そ、そっか……そっか! うん、なんでもないの! 用はそれだけ。あっ! ご飯できてるから冷めないうちに食べてね!」

「はいです」


 俺がとんでもない自意識過剰な痛いやつだという可能性も残しているが、それはそれとしてこれは俗に言うアレだろうか。

 だってなあ、俺と月宮さんは何の因果か三年間ずっと同じクラスではあるけどそれ以上になにかあるわけでもないし。こんなに積極的に話しかけられるのもこっち来てからだし。だったら考えられることは一つしかないわけで。


「これが吊り橋効果……興味深い」


 俺は存在しない眼鏡を想像しながら、指で位置を調整するあの動きを真似する。


「薫殿が眼鏡を装備するとあっちな方向のキャラになりそうですな」

「聖司まで来たか……あっちってなんだ」

「イケメン鬼畜眼鏡」

「なん……だと?」


 イケメンかは置いておいても俺にまさかそっちの方向性への道があったとは。いや、あるのか?

 なんとなく湧いた衝動に駆られ、俺は気づけば岩を背にする聖司の前に立ち。左手を岩壁に押し付け、壁ドンスタイルのまま自分のネクタイを緩め鎖骨が見えるくらいにシャツのボタンを外して開きながら、聖司の耳元で囁いた。


「体が固いな……緊張してるのか、聖司?」

「……か、薫さんこんなことは」

「っふ、まるで子犬みたいに震えて……可愛いな。そんな顔をされると……ますます虐めたくなるじゃあないか」

「ああ、そんな薫さん──と、ちょっと一時停止で薫殿」

「うん?」

「あちらを」


 聖司が指差す方向に、俺は体勢そのままに顔だけ向けた。

 岩陰に隠れながらこちらを覗き見るヤンキーその2を発見。ヤツは両目を丸くさせて、口をぽかんと開けている。

 俺は瞬時に理解し、行動した。稲妻のような素早さでその2に肉薄、虚を突かれ不動だった奴の肩を俺は両手で鷲掴むと、強引に引き寄せる。


「待て、誤解だ!」

「うわああああ! 許してくれぇ俺は何も見ちゃいねぇ!」

「違う! 誤解だ! 落ち着け!」

「落ち着け!? 俺に一体何をする気だぁ!?」

「誤解だと言ったろ!」

「五回も!? やめてくれぇ……俺には、俺には好きな女の子がいるんだぁ」


 必死に懇願してくるその2。

 なぜだろう、少し会話が噛み合ってないように思える。


「お前の女なんか知らん! とにかく落ち着いて俺と話をしよう、な?」

「いやだ……許してくれ……許してくれぇ……俺は綺麗な体のままでいたいんだぁ」


 その後聖司も混じっての説得にその2は状況を理解してくれたようだが、何故か納得した後も彼は俺から一歩距離を置く態度をとるのであった。

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