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10話「越境」

 歩き始めて数時間。俺達はエリアの境目、と言っていいのかはわからないが、灰色の霧に覆われた、世界を断絶する壁の直ぐ側までやってきた。

 皆の疲労はそこそこ。この壁を超えた先に何があるかわからない分、今のままでは危険だろうという俺と聖司の判断で一旦休憩を取ることにした。


「なんていうかさ……ごめんな」

「……何よ、いきなり」


 口を尖らせ、絢香が不満げな顔で応じる。

 真摯に接してるのに何だその態度は、頭どつくぞ。


「お前のクラフト機能は便利だから……その、なんつーかさ……流れでこっちの組みに入らないといけないみたいな感じになっちまうから」

「こんな時に私の心配してたの?」

「そりゃあその……少し、は」

「別に、そういうの抜きにしてもこっちに来たわよ。アンタだけだと頼りないし、心配だし。幼馴染として放っておけないじゃん」


 クラスの女友達より俺の心配だと!?よりによってこの極限状態の異世界で。っく、駄目だ抗えん。狙ったか淫ピ!

 俺がちょっとドキッとするなど、認めんぞこんなこと!


「……お前さ」

「ん?」


 ペットボトルを頬に押し付け体を冷やしながら、やや上目遣いに首をかしげる動作。

 これをあざとさの欠片もなく自然に行えるヤツのスキルの高さには脱帽だ。


「ちょっとヒロイン力高いよな」

「……暑さで頭でもやられた? 飲む?」

「えっ……」

 

 俺に差し出された水のボトルはちょっとしか減ってないが明らかに開封済み。しかもさっきまで絢香の頬に当たってたやつだ。 

 どうしよう、受け取るべきなのか?いやでもほら高校生の男女としてそういうのはどうなのかとか、いやでも完全な善意にこんな下卑た感情を抱くこと自体が間違いかもだし素直に受け取っておくべきだろうか、とはいえしかし──


「ちょっとー! 顔赤くすんな! こっちまで恥ずかしくなるでしょ! はぁ……もういい、喉乾いたなら自分の飲んで」

「あ……」


 絢香はボトルのキャップを開け盛大に喉に流し込みながら、足早に俺の傍から去っていった。

 絢香の好感度か信頼度を上げるイベントのはずが、両方が下がる選択肢を選んでしまったようだ。好感度はともかく信頼度は一定以上あげておかないと裏切りや離脱イベに発展しかねん。相手が奴なのが不本意だが、もう一回ロードしてやり直したいくらいだ。ぐぬぬ、しかし現実はロードもコンティニューも出来ない。クソゲーだぜほんと。

 しかもヤンキーのリーダーがなぜか近づいてきやがる。うざいな。

 

「その……なんつーか、がんばれよ」

「うるせぇな……頭と腹に鉛玉ブチ込んだ後で、飛び出した内臓引っ張り出してゾンビに食わすぞ」

「お、落ち着けって! てかなんでそんな怖いこと言えるの!? 俺らなんかしたか!?」

「しただろ! なのにこんな時だけ深い友情みたいなのを築き上げようとしやがって! ヤンキー漫画の読みすぎだ、そのへんで喧嘩でもしてろ! 何なら俺が相手になってやる!  元SASで海兵隊でスペツナズでデルタの俺に勝てるもんか! オラ、来いよ!」


 俺は拳を構え、ヤンキーに当たらないよう軽くパンチを繰り出す。

 瞬間、這ってでも進もうと頑張るおじいちゃんのためにコントローラーのボタンを鬼連打していた時、不意に腕がつったあの辛い過去以上の痛みが俺の右手に走った。

 俺はその場でうずくまり、右腕に左手を添えながら悶絶。


「う……ぐお……おのれ呪術とは卑怯な」

「ちげーよ! てかおいマジで大丈夫かよ……柳瀬ちゃん呼んでくっか?」

「是非お願いします」

「うわぁ急に生き返るな!?」


 すっと立ち上がった俺に、ヤンキーが腰を抜かして尻餅をつく。

 何だこのラノベみたいなふざけたやり取りは。俺今ちゃんと現実の異世界にいるよな?いや、現実の異世界って意味が分からんけど。


「呼んだ? 薫君」

「うわぁほんとに来た!?」


 やべ、ヤンキーとハモっちまった。嫌なシンクロだ。

 つか月宮さんも何で来れるの。どこでも月宮さんなの?


「ありがとう、でも大丈夫だよ。月宮さんは休んでて」

「ん……そっか。……無理、しないでね?」

「うん、ありがとう」


 手を振る俺に、月宮さんは何か言いたげな様子だったが素直に退散してくれた。

 しかし、迷惑をかけ続けるわけにもいかん。もうちょっと慎重に行動しよう。俺の右手は思った以上に重症なんだから──中2的な意味でなく。


「お、そうだ。ついでだヤンキー、これを受けとれ」

「おお、そうだった。忘れてたぜ」


 俺はインベントリ内のダブルバレルショットガンを選択し、ヤンキーに返却。

 どうせ予備の弾持ってないし頻繁に再装填が必要な銃なんて今の俺は使えない。それにこのヤンキーその1はメインの能力付き武器がナックルダスターとか残念な感じになってるし、銃はこいつにこそ必要だ。


「でもいいのかよ? お前今ピストルしかねーんだろ? そんな銃だけで大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、問題ない」


 俺のP226は銃口にアタッチメントを付けられるように加工してある。サプレッサーもインベントリに入ってるから一応隠密プレイは出来るしな。武器としては十分。

 それに俺は慢心もないし根拠のない自信に溢れてるわけでもない。しかも俺のフラグ回収能力はさほど高くもない。大丈夫だ、回収せんぞ。絶対に。

 

「それより、その2その3から目を離すなよ」

「そこは名前で呼んでくれよ」

「お前らは三人組で1キャラ扱いだからこれでいーの。んじゃ俺はやることあっから」


 ヤンキーその1の制止が入るが、無視して俺は霧の壁へと歩み寄る。

 壁の中は全く見えない、そもそも漂っているものが粒子なのか固形物なのかすらも分からない。物理的に通過できない壁だと詰みだが、まあそれはさすがにないだろう。

 そんな一見すると埃の塊のようにすら見える灰色の反り立つ壁は空高くまで伸び、俺を見下ろしている。俺もお返しに上から下まで目を這わせる。特に変わったところはない。

 

「まあ、物は試しだな」


 P226の改造項目を呼び出し、サプレッサーを装着。俺は装備画面からホルスターと弾薬ポーチ、銃をセット。すると突然、俺の体に湧き出る装備品。これはまだちょっと慣れないな。

 でも壁の向こう側に何があるか分からん、画面から呼び出すんじゃ時間がかかるしそうかさばるものでもないからこのままP226は常に携行しておこう。


「スライド引いて装填……セーフティ……は、こいつの場合俺の指だ。んで構えて、照準……んん?」


 サプレッサーが太すぎてスライド上部のサイトに被ってる。ちょっと狙いにくいな。まあゲームでもそういう仕様のはあるしなんとなく感覚で当てれるからまあ本物でも同じようにすりゃなんとかなるだろ。

 そもそも今は狙う必要もないしな。


「……おお! …………おおお!」


 俺はトリガーを一回絞る。炭酸飲料の缶を開けた時のような、気の抜けた銃声。手首には鋭くも、どこかソフトな感じがする9ミリの反動。

 ついテンションが上って一発余計に撃ってしまった。反省。

 MP7の時は余計な事に気を回せる状況ではなかったので、これがある意味初めてのちゃんとした実射体験。必要だから撃つのではなく、楽しむために撃つ。なるほど、いいな。さすがの俺も興奮を抑えきれない。


「感動。満足。いい……とても」


 だが長く浸ってる場合でもない。分析だ。

 弾は壁を抜けた。少なくともバリア的なもので触れたら物理的に炎上、とかはなさそうだ。あとは人体に影響があるかどうかだが。


「……なるようになれ、だな」


 最悪の事態を想定して、怪我をしている右腕を先に壁の中へ突っ込む。

 焼けるように体が熱くなって肌が爛れ骨が灰に──なんてこともなく、痛くも痒くもない。シールドも減っていないから、おそらく人体に悪い影響を及ぼすものでもないはず。

 

「いや、皮膚に影響がないだけかもしれんか」


 俺は頭を壁の中に突っ込んだ。視界はゼロ、生き物の気配はたぶんだが無い。

 次いで俺は目を何度か瞬かせるが、痛いとか突然パァン、と破裂ってこともなかった。中を移動するのは大丈夫そうだな。

 そうして順調に調査を進めていると、誰かが俺の背中に触れた。というか服を掴んだ。


「おわー」


 なんとなくそんな予感はしたので、引き倒されながら俺は棒読み気味に声を上げつつ、受け身の準備をしながら地面に背中から倒れこむ。成功だ、そんなに痛くない。右腕以外は。


「か、お、る、く、ん~?」

「おおっと……そう来たかぁ」


 てっきり絢香だと思ったが、まさかの月宮さん。

 倒れざまにもしやと期待はしたものの、案外スカートは真下レベルまで移動しないと中が見えないようだ。丈にもよるがやはりラッキースケベなど幻想か。残念。


「無理しないでって……私、言ったよね?」

「ごめんごめん。でも、どうしても確かめたかったんだ。それにほら、どこもなんにもなってないし大丈夫大丈夫」

「むー……」


 納得してはもらえない、か。だが戦闘で役に立てない分、怪我人の俺がこういう役割を請け負った方がいいんだ。いざって時に再起不能になるのは役立たずが一番だからな。司令塔は聖司も出来るだろうし。

 だからすまない月宮さん。君との約束はこれからも破ることになるだろう。


「そ、そうだ! もう休憩も済んだことだし出発しない? ほら、向こう側どうなってるかもわからないし、休める場所見つける時間を考えるとそろそろ出発したほうがいいかなー……なんて。はは」

「もう…………分かりました。そういう態度を取るなら私にも考えがあります」


 それだけ言い残して月宮さんは行ってしまった。仲間達に出発の声掛けをしてくれてるみたいだが、それ以上になんか嫌な予感がする。少なくとも、月宮さんの監視は厳しくなったとみていいか。いやこれはむしろ──いや、やっぱりやりにくいな。


「……どうしたものか」


 月宮さんの手腕もあって、数秒足らずでみんなは俺のもとに集合。

 ぱっと見顔色はよさそうだし、熱中症とかは今の所大丈夫かな。紫さんが心配だったが、なんと彼女思ったより体力があるのかヤンキー達の方がバテてるようにすら見える。美少女は基本スペックが高い説はもしかしたら本当かもしれん。

 それは冗談として、絢香みたいに体型維持のトレーニングとかしてるのかな。影で頑張る女の子は薫さんちょっと好きですよ。


「それじゃあこの壁を超えてみよう。中は視界がほぼ無いに等しいから……さあみんな、二人一組のグループを作って手を繋ごうか」

「薫殿……そんな笑顔で処刑宣告に等しい言葉を」

「ごめん冗談だ……皆で手を繋ごう。はぐれると危ないからね」


 皆で陣を組みさっと壁を抜ける。はずだったのだが、なぜかヤンキー共や絢香、月宮さんまでもが戸惑いを見せる。

 

「え……何その反応。手を繋ぐだけだよ?」

「お、おう……分かってるがその、女子いんじゃねーか」

「その……ええとね。薫君……その、私……うぅ」

「手を繋ぐのが恥ずかしいとか思春期の少年少女か! ……いや、間違ってないか。いやいやいや、こんな状況で何いってんの君ら」


 思ったよりみんな純粋だった。俺の心が汚く染まってしまっただけかもしれんが。

 だがわがままを聞いている余裕もない。とりあえず組めそうな人と組んでもらって、俺はそれをつなぎ合わせることにした。そして、


「……おかしい。どうしてこうなった」


 俺の右腕を掴むのは絢香、左腕は月宮さん。そして背中から慎ましく上着の裾を摘む紫さん。俺の両手は前方の聖司、その制服を握り彼は同じようにヤンキーその1を掴みその2その3と一列に続く。十字架みたいな陣形だな。


「……もしかして薫さん男として認識されてないのでは!?」


 人類に姫路薫という性別が追加された瞬間だった。

 いや待てそれはない。俺に中性的な容姿で案外かわいいだとかそういう設定はない。


「この中で一番マシだからではないでしょうかな」

「自分にすら辛辣だな親友……」


 女性陣が揃って目を逸らした。図星か君ら。ヤンキーもちょっとショック受けてるじゃないか。

 ん?待てよ。男に触りたくないなら、女の子三人で俺の背中に回れば二人はわざわざ触れなくてもよかろう。絢香にでも俺を掴ませてアイツの背中に二人がくっつけばいいわけでさ。

 

「……ッ!?」

「薫殿?」


 俺は気づいてしまった。つまりこれは積極的に近づくのは躊躇するけど近くにはいたいとかそういう。

 なるほど、これが異世界補正。やはり薫さんが主人公のようだ。


「……なわけないな」


 なるべく盾になりそうなやつとか守ってくれそうなのの近くにいた方が安心するもんな。そういうアレだろう。

 一列の陣形はよくある一番後ろの人がいつの間にか消えて、なパターンもあるから俺としてもこの陣形の方がありがたいし文句は言うまい。先導がヤンキーなのは不安だが。


「こほん……しゃーない、これでいこう。おいヤンキーその3、できるだけまっすぐ歩いてくれよ」

「うっしゃ、任せろ」


 ヤンキーの任せろは失敗するフラグ。いやまあ歩くだけだし大丈夫か。

 ともかく、みんな覚悟を決めて壁の中に突入だ。


「ほ、本当に何も見えないんだね……大丈夫なのかな、薫君」

「霧の中にしかいない怪物とかに襲われても、この状態ならみんなで運命を共に出来るから大丈夫だよ月宮さん」

「アンタそれ励ます言葉じゃないからね……」


 両サイドからの声に俺は安堵する。この至近距離でも彼女達の顔が見えんからな。紫さんは……まあ上着引っ張られてる内は問題ないだろう。でもいつの間にか怪物と入れ替わってるとかはよしてくれよな。

 それより絢香のやつほとんど俺の腕に触れてないというか上着の表面に触れるだけというか、なんていうかソフトタッチにも程があるぞ。怪我のせいか?こんな時に何遠慮してんだ。


「それより淫ピよ」

「淫……何よ」

「もっと俺の腕ちゃんと掴め、そんなだとちょっと躓いただけで外れるぞ」

「でも……」

「俺のことは気にするな。傷の痛みなんて我慢すりゃいいだけなんだから。はぐれて二度と会えないなんてことになってみろ、そっちの方が問題だ」

「そ、そっか……そだよ、ね。ごめんその……ありが、と」


 突っ張る痛みが右腕に走る。これでいい、くだらない理由で誰かを失うなんてのは、もう御免だ。

 だからこそ、この先にある世界にも気を引き締めて挑まないと。

 みんなで帰って、ただいまを言うんだ。だから、さよならをするわけにはいかない。

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