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01話「夢の始まり」

「ここは……どこ、だ?」


 本の中の主人公が言うような、ありがちなセリフ。そんなありふれた言葉は同じ状況になったところで使うまいと思っていたが、実際に直面してみるとこのザマである。いかんな、まだまだ修行が足りん。

 俺は額に指を当て、記憶を辿る。たしかほんの数秒前まで、机の上に広がったプリントと黒板の双方と睨み合い、夏休みの宿題の答え合わせというひどく憂鬱で気怠い午後の授業に挑んでいたはず。それから太陽の光にしてはやたらと明るい閃光が視界を覆い、気づけばどこともしれぬ平原のど真ん中。


「薫殿、これはもしかしたらもしかするかもしれませぬな」


 名を呼ばれ、はっとして俺は背後を振り返る。そこには、見慣れたクラスメイト達。

 この奇々怪々な現象に巻き込まれたのが俺だけでないことに安堵したのもつかの間、皆は一様に困惑し思考が回りはじめた者から狼狽え混乱の一途を辿るばかり。

 しかし、傍らに佇み人差し指で眼鏡の位置を直すこの男。こいつだけは、黒縁フレームに埋め込まれた硝子の奥から細い目をぎらつかせ、努めて冷静に俺を見つめていた。


「聖司、お前もそう思うか。やはりこれは……」

「……左様」


 深く頷くたびに、肉厚の首と顎がひたひたとくっつく巨漢の男。彼は俺のオタク友達(盟友)であり、この非現実的な状況の正答を語らずとも導き出せる同志だ。

 だからこそ、共に叫ぶのだ。溢れる感情を声にして、力の限り。


「異世界転移キタ!」


 二人の声が、ざわついていたクラスメイト達の視線を一斉に集めてしまった。少々気恥ずかしくなり俺は一つ咳払いをしてから、ある人物に向け切り出す。


「それでいいんちょ、異世界に我々は来てしまったようだがどうする?」

「は……い?」


 問いを投げられたクラス委員長は首を傾げる。これが漫画なら頭の上にハテナマークとかが浮かんでいるはずだ。やっぱりちょっと少し説明が足りなかったかな。この流れでスムーズな会話ができるのはクラスの中では俺か安桜聖司、つまり俺の盟友だけだろうからな。知ってた。


「ま、待ってね姫路くん……今考えを整理……は? つまりその……どういう」

「いいんちょ、我々は異世界に転移してしまった。元の世界に帰るにはきっと街を見つけギルドに登録し、エルフの美少女と旅をしなければならないのだ。安心してほしい、俺と聖司はプロだからなんとかなる」

「姫路くんお昼に変なものでも食べた……?」

「待って、薫さんだけおかしいみたいなのやめよう。クラス全員いんじゃん。よしんば可能性としてあがるとしても、お弁当売りのおばちゃんが実は某国の諜報員で売り物に幻覚作用のある化学兵器でも入れた並の映画さながらの非現実的な展開が必要だ。ちなみにだが、紫さんが持ち弁だからその線はほぼ無い」


 捲し立てられ口を結ぶ委員長は、そのまま顎に手を当て思案に耽る。それはいいが、少しずつクラスメイト達に動揺が広がっているぞ委員長。

 とにかく目的の一つでも与えてやらないと、取り返しのつかない事態に発展する可能性もある。勝手にそこらに散って誰かが迷子は特にまずい、特にヤンキー共。こういう時は集団行動が大事だ。


「ともかく、人のいる場所を探してみないか? 待ってても帰れるか分からんし。バイオテロでもファンタジーでもどっちでもいいがとにかくここにずっといるのもまずいだろ」

「そ、そうね……」


 背後でどよめくクラスメイトをちら、と見つめてから俺は委員長を説得。意図を察した彼女も首肯して、なにか言いかけたその瞬間。

 彼女の背に眩い光。異世界転移で力が覚醒し、光属性の魔法が暴発した可能性を考慮し俺はやや後退して聖司を盾にする。だがその光は宙に漂うばかりで爆発することもなければ何かを召喚するというわけでもなく。しかし光の中心から感じた視線のような何かが妙に不快感を生じさせた。


「おい、いいんちょ……魔法が暴発してるぞ」

「ええ!?」


 俺が指差すことでやっと委員長は背後にいる物体に気づいたようだった。振り返るやいなや飛び上がり、彼女はアクションゲームのキャラ並みのステップ回避で光から遠ざかる。

 だが依然、光は位置を保ったまま輝くのみ。背後を追尾するタイプの砲台とかじゃなくて設置式の爆弾的なものだろうか。ヤベーよテロじゃん、味方に殺されとうないで。

 とは思ったものの、やっぱりあそこから感じる視線は勘違いではない。おそらくアレは生き物……のはずだ。

 俺が凝視していると、疑問に答えるかのように光は輝きを収縮させ、やがて野球ボール程度の光の玉になると微かに若い男女の声が混じったような声音で微笑を漏らした。


『こんにちは、白城高校3年2組の皆さん』

「シャベッタ……」

『皆様突然のことで驚かれたでしょう。ですがどうか落ち着いて、私の話を聞いていただけないでしょうか』


 この世界の神様的なやつかな。うっかりクラスまるごと転移させちゃった、てへ。とかでも言うつもりか。


『まず……ここはあなた方のいた世界ではありません。よく似てはいますが、あなた方の住む地球とは全く異なる場所なのです』

「やはり異世界転移……そんで、俺らの役目は?」

『今ご説明いたします。この世界はある種の……あなた方の世界で言うところのウィルスに汚染され、こちら側の人間は死滅しました。そして──』


 その時、俺は閃いた。この流れで来るのはだいたい絞られる。映画にゲーム、あらゆる知識と経験のままに俺は球体の話を遮り口を開いた。


「代わりに死人が蘇ってゾンビになったのでそいつらを殺してください……だな?」

『その通りです。日本の、特にあなたのような歳頃の方々はいつも話が早くて助かります。……ですが、こちらの世界の人口はそちらとほぼ同等。甦った人間全てを殺すのはあなた方だけでは不可能です。そこで……これをご覧ください』


 球体の光が一瞬強まると、俺の目の前でさながらゲームのメニュー画面のようなものが浮かび上がる。どうやら全員分あるようで、みんなは俺と同じように眼前に現れた画面を注視していた。

 一気にSFとかゲームな世界観に近づいてきた。それはつまり、俺のファンタジーが駆け足で遠ざかっていくということでもある。由々しき事態だ。悪い予感しかしない。


『これを御覧ください』


 浮かび上がった画面に、一本の塔の画像が映し出される。ファンタジックな石造りってわけでもなく、鉄のような質感の白く不気味な塔だ。


『この塔の頂上には、世界に広がったウィルスを殺すための装置が設置されています。あなた方にはこの塔の頂上へ向かい、装置を起動していただきたいのです。そうすれば、元の世界に戻ることも可能です』

「ちなみに拒否権は?」

『ありません。なにせ、塔の装置を起動するまでこの世界から出ることはできませんから』


 即答だった。夢の異世界に連れてきてくれた神様だと思ったらただの理不尽誘拐野郎かよ。それで助けてくれとかふざけているが、こういう手合いはヤバい場合が多い。逆らって殺されるパターンも考慮するなら、今は従っておく他ないだろう。そもそもあの球体、物理攻撃は効かなそうだしな。

 

『他にご質問は?』

「じゃあ……ゾンビの強さは? 感染力的なものとか……」

『感染者の強さは生前の能力に依存します。稀に異常に変異した個体も存在します。感染に関しては……実はすでにあなた方も感染した状態なのです。ですから、死ななければ問題ありません』

「おおっと予想外。さすがの薫さんもびっくりだぞ。どういう意味だ感染してるって」

『このウィルスは感染者が死亡した際にのみ力を発揮します。死亡と同時にウィルスが……と、このような説明はおそらく不要でしょう。分かりやすく言えば、死ねばゾンビになるということです。あなた方も同様に。またこの世界の空気中いたるところにウィルスは漂っているので感染そのものを防ぐことは不可能です。ですがウィルスが世界を超えることはないので、あなた方が目的を達し世界に戻った時点で体中のウィルスは自動的に取り除かれます』


 なるほど、ヤバいな。実感はわかないが、この口ぶりからしておそらく命をかけることになるかもしれん。

 とんだ異世界転移だ。触ったこともないジャンルのゲームを最高難易度で始めるくらいの無茶振りだが、それでも帰るためにはやるしかない。


『まだなにかありますか?』

「じゃあ……この世界にエルフは?」

『いません』

「獣耳娘……は?」

『いないです』

「えっちなモンスターは?」

『存在しません』


 なるほど、さよなら俺のファンタジー。

 俺は膝から崩れ落ち、肩を聖司が優しく叩いてくれるが、それでも目から溢れる涙滴が止まることはない。


『気休めですが』

「何だこの白玉野郎、握りつぶすぞ」

『あなたが見ているその画面は魔法で表示させたものです。馴染みやすいようにあなた方の世界にあるゲームを参考にしているので、操作は難しくないと思います。その他にも、装備の収納や防護膜……後でその画面を操作すれば解説で見れると思いますが、それらは全てこの世界の魔法で管理されています』

「なん……だと?」


 水を得た魚のように、俺は飛び上がった。それはそうだ、これがゲームの世界でないならこれは魔法だ、それかSFな超技術。いろいろと問題はあるが、夢見た世界が広がっていることに変わりはない。


「良かった……」

『それでは、あとはその画面の解説を利用してください。もうよろしいですね?』

「え? 説明さっくりしすぎじゃね? ま、待て! じゃああと一つ」


 気の緩みかけた顔を引き締めて、俺は薄くなって消えかけた球体を呼び止める。


「なぜ、俺達なんだ?」

『…………選ばれる者に基準などありませんよ。たまたま、あなた方だったというだけです』


 今度こそ球体は霧のように消えやがった。これで俺たち3年2組の面々は平原に取り残されたわけだが。

 ちょっと不親切なくらい説明不足すぎる。それらを補完できるだけの情報をこの超科学的な宙に浮く画面は有しているのだろうか。そもそも操作の仕方がいまいちわからん。試しに指先で浮かんだ画面に触れると、指の触れた部分に連動して映像が動く。ファンタジーと言うよりは大分SF映画やゲームの感覚に近い。

 とりあえず塔の画像を消し、左上にある戻る的なボタンを指差すように押してみる。と、装備やインベントリと様々な項目が日本語で表示された画面にたどり着いた。まずは持ち物を確認してみようか。そう思い立ちインベントリの項目を指で弾くように操作すると、画面一杯にマス目が広がった。殆どが空欄だが、上の方にいくつか埋まったマスがある。そこに指を置き、表示された名前に俺は嘆息する。一応、マスに表示されたアイコンの形状でどういうものかは察しがついてはいたんだが。


「MP7にP226……ゾンビって時点でなんとなく予想はしてたけどやっぱシューティング(そっち系)かぁ」


 俺は浅く広く、そちらの方面にも理解がないわけではないが、戦う手段もあまりファンタジーっぽくないとなると胸一杯にファンタジーを期待していた分、落胆も大きい。しかし落ち込んでどうにかなるわけでもなく、ため息をつきながらも俺は操作を続け、やがて上部に容量の数値を見つけた。


「ストレージは60キロ……そこまで持てるってことか? どうやって……って、そうか」

 

 そもそも画面に表示されているMP7もP226も、今俺は持っていない。つまりこれはよくある謎空間に格納されていて、自由に出し入れできるとかそういうのだろう。先程MP7のアイコンを押した時に取り出すやら改造やらといくつか項目が出てきたから間違いない。ほぼゲームの感覚だが、こうでもしないと女子達などはまともに戦うことすら難しいだろうから、その点は良い判断だとは思う。


「薫殿は軽量高機動タイプ的なものですかな? 私は500キロまで持てると表示されております」

「個人差ヤベェ……」

「一度に所持できる弾薬の限界も見れるようです。私のMk18に使う5.56mmは剥き出しで600発、装填済みの弾倉は別カウントで私の場合は弾倉10個、つまり300発分ありますな。ちなみにSAAの.45LC弾は150発と書いてあります」


 聖司に促され、俺も弾薬のアイコンを押してみる。そして表示された数字を二人で眺め、盟友である聖司はそこで憐れみの顔を俺に向けた。


「予備弾なし。どっちも装填済み弾倉のみでMP7が120発、P226は45発。俺は両方弾倉3つだけ……な、なあいいんちょ、ちょっといいんちょのやつ見せてくれないかな」

「え、ええ……」


 俺達に倣い傍で画面を操作していた委員長に俺は身を寄せる。

 動揺のせいか声が震えてしまった。落ち着け薫さん、まだ慌てる時間じゃないぞ。


「200キロ……弾も、たくさん……」


 俺は視界に連動してついて来る画面を手で払い除け、膝をいて草の生い茂った地面に両手の拳を叩きつけた。


「俺だけ……俺だけクソスペックじゃねぇか!」

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