迷宮、罠、魔法生物
※ 村重透流 ※
翌日、寝不足のまま高校に向かった透流は、一限目の体育で三度転び、二時限目の化学の実験で小爆発を起こし、三時限目の数学と四時限目の英語で居眠りをした。昼休みのときにも眠ったおかげで、午後の授業は普通に受けられたが、思考はダンジョンのことでいっぱいだった。
放課後、透流はすぐに自分のダンジョンがある公園に向かった。如月が一足先に着いていたが、パスキーを持っているのにまだ入ろうとしていなかった。
「どうしたんだよ。さっさと入ればいいのに」
「いや、だって、無断で入るのは」
「穐山さんたちもいるのに」
「でも」
少しだけ彼女の気持ちが分かった。一人だけでは不安なのだ。もしかすると穐山たちがいなくなっているかもしれない。透流は頷き、ダンジョンの中に入った。
中に入ると既に創史がいた。なにやら作業をしている。穐山と、長姉の未海が壁になにやら貼り付けている。
「あのー、何をしているんですか」
透流が訊ねると創史が腕を振り上げて怒った。
「何をしているだって? こっちのセリフだ馬鹿野郎! お前、呑気に高校に通ってる場合かよ」
「ええ?」
「透流も瑛莉も幻滅したぜ。国定さんたちの人生がかかっているっていうのに、学校くらいさぼれないのか。優先順位ってもんがあるだろ!」
どうやら創史は本気で怒っているようだった。透流は学校をさぼるという発想がなかった。しかし確かに言われてみればそうするべきだったかもしれない。一日くらい欠席しても問題は少なかったはず……。
未海が苦笑している。
「あー、いやいや、学業優先でお願いします。私も妹も、他人に迷惑かけるの嫌だし……。それに、透流くんも瑛莉ちゃんも、たぶんマークされているから、派手に動かないほうがいいと思うよ。創史くんはマークから外れていると思うから、ある程度自由に動けるだろうけど」
創史は何度も頷いていた。
「透流、お前がいない間に俺は国定さんからダンジョン造りの極意を教わった! 覚悟するんだな」
何を覚悟するというのか。しかし透流は彼らの作業を観察し、何をしているのか大体把握すると、驚きの声を上げた。
「罠魔法を設置しているんですか? いったいどうして」
穐山は壁に罠魔法を練り込み、それを偽装しながら、
「勝手にすまん。だが、今日、諏佐のやつが来ることになっているよな」
「ええ」
「実は昨日もう来てしまった。で、戦った」
「え!?」
「俺が勝ったが、言うことを聞いてくれなかった。普通、男なら、自分より強い男に尊敬の念を抱いて、従うものじゃないか?」
「いえ……。そうとは限らないっていうか」
普通はそうはならないと思う。穐山は見事な手際で罠魔法を完璧に隠すと、満足げに頷いた。
「正直、諏佐が俺たちを見逃してくれるかは半々だ。自信はない。しかし俺たちに味方してくれたときに備えて、準備をしておきたい」
「準備……、とは?」
「もし諏佐が俺たちに配慮して、もう村重のダンジョンに国定三姉妹はいない、他に移り住んだと報告したとする。しかし、必ず連中がその真偽を確かめに来る」
「連中?」
「魔呪医連が雇った魔法使いだ。諏佐の報告が虚偽ではないか、間違いはないのか、痕跡はないのか、そういうことを調べに来るはずだ」
「ダンジョン主である俺の許可も得ずに?」
「得ずに。もちろん奥まで入られるとアウトなので撃退する」
だから罠魔法なんて設置しているのか。しかし透流はすぐに首を傾げた。
「撃退するって、誰がですか。穐山さん自らが撃退したら存在がばれますけど……」
「もちろん、村重、如月、榊原、この三人でやってもらう。強制はできないが」
透流は頭を抱えた。
「プロの魔法使い相手に戦えって言ってるんですか? この構造がシンプルなダンジョンで……」
「うまく撃退したら、村重、お前が連中を脅せ。勝手にダンジョンに入るなんておかしいじゃないか、警察呼ぶぞ、と。向こうは魔呪医連の名前は出せないし、公権力でもないし、やってることは強盗同然だから反論できないはずだ。国定三姉妹がいる証拠を掴めていないから、どんなに怪しくても確定した情報として上に報告できない。もしかすると学生に負けたことを恥に感じて、もうダンジョンに国定三姉妹がいないという虚偽の報告をするかもしれない。これは少し楽観的過ぎるが、とにかく、この戦いでは明らかに村重の側に理はあるから、堂々としていればいい」
確かにいきなりダンジョンに侵入してきた輩を撃退したからと言って、文句を言われる筋合いはない。
創史が腕まくりをしてにやりとする。
「おれが朝から店を回って、使えそうなダンジョン建材や魔法触媒を掻き集めてきたぜ。奥のビオトープもいつでも魔法生物が造れるように準備しておいた。そっちは美湖と光沙ちゃんが調整してるから後で見てくるといい」
「魔法生物まで……!?」
侵入者がいつ来るかなんて分からない。そもそも本当に来るのか。透流が不安に思っていると、入り口に気配がした。
現れたのは諏佐だった。眼鏡の位置を直しながら、神経質そうにあたりを見回している。
「す、諏佐さん」
咄嗟に未海が姿を消そうとした。しかし諏佐が腕を持ち上げる。
「久しぶり、未海さん。今日はきみを連れ戻しに来たわけじゃない」
諏佐は落ち着いた様子だった。ゆっくりと話し始める。
「昨日、『このダンジョンに穐山真悟がいたが取り逃がした』という内容の報告書を上に提出した。魔呪医連の連中があれを盗み見るのにどれだけの手間と時間を要するのかは分からないが、まず間違いなく疑ってくる。なにせダンジョンの外に監視員を置いて、ずっとここの出入りをチェックしていたからな」
「ったく。俺一人ならともかく、大所帯となると、追っ手を撒くのも至難の業だな。ずっと居場所を捕捉されているなんて、気分が悪い」
「偽装するにも限界がある。ここを引き払う準備も並行して進めたほうがいいと僕は思うがな」
諏佐の言葉に穐山は頷いた。そしてじっと諏佐を見る。
「……なんだ」
「いや、随分とあっさり味方してくれるなと思って。昨日、弓良に説得されたか?」
「弓良さんとは会っていない。ただ、考え直しただけだ。これから僕がお前と弓良さんの連絡役になるというのなら、いつでもお前を捕まえられる立場になる。今日明日ですぐに結論を急ぐ必要はないと思った。国定さんたちの病状が本当に悪いのなら、穐山真悟、お前を利用してやる」
穐山は豪快に笑った。
「ははは、そうか、そういう風に説得すればよかったのかな。ま、何はともあれ感謝する。有益な情報を頼むぜ」
「調子に乗るなよ」
諏佐は言ってから、
「ダンジョンの外で監視しているのは二人。たぶんダンジョンに乗り込んでくるのもその二人だろう。まだ目立った動きがないから、僕の出した報告書の内容をまだ聞かされていない。なので連中がここに乗り込んでくるのは、早くて三日後といったところだ」
「三日後……」
「乗り込んでくる人数はさほど多くないはずだ。あまり派手に動きたくないはずだからな。恐らく監視役の二人がそのまま来る。見た感じ、僕や穐山ほどの手練れではないが、高校生が相手するのは厳しいだろう」
諏佐は創史のほうを見る。
「あまりこの秘密を共有する人間が多くなっても困る。他に助力は望めない。弓良班の人間は協力的だから加勢を頼めなくもないが、それを見た魔呪医連の人間がどう思うか」
「だな。やはり村重たちに頼むしかない」
透流は不安しかなかった。
「ほ、本当に戦うしかないんですか……。撃退って、もし相手が怪我したら」
「気にするなよ。相手をただの強盗だと思え。やってることは同じなんだから」
「そうは言っても、やばくないですか……」
透流は正直、野蛮な行為に加担したくなかった。だが、国定たちを匿うと決めたということは、幾つか法を破ることは確定しており、国定を狙ってやってくる人間と戦うことも昨日の内に想定しておくべきだった。自分の考えの甘さがここにきて恨めしかった。しかし、だからといって国定たちを見捨てるという選択が正しいとも絶対に思えない。これは仕方のないことだ。
「心配するなよ、透流」
創史が腰に手を当て、胸を張っている。
「戦うのはおれだけでやる。透流と瑛莉はサポートしてくれればいい。たまに顔出して、ちょろっと魔法を撃って、即退散。大丈夫、怪我なんかさせない」
「創史、それはいくら何でも」
「いや、いいんじゃないか」
そう言ったのは穐山だった。
「役割分担だ。ダンジョンの攻略難易度を決定する要因は大きく分けて三つあると言われている。ダンジョンの構造、戦力、罠。ダンジョンの構造を攻略者に把握されると途端に脆くなる。構造を細かく変え、隠蔽魔法を駆使して探索魔法の効力を弱め、ダンジョン構造の複雑さで相手を惑わせるのは極めて重要だ。罠魔法についても、全自動で作動させるより、ある程度裏で操作して発動させたほうが効率的だし、ヒット率も上がる」
透流は如月と創史を見た。如月は壁に練り込まれた罠魔法を遠隔で操作して火花を生み出した。そして自信なさそうに笑う。
「私は、実戦は無理だし、ここのダンジョンの構造については村重くんが一番詳しいだろうし、罠魔法を担当するのが一番自然だよね」
「それは、そうだけど」
「よし」
穐山がぱんぱんと手を叩く。
「早くて三日後、このダンジョンを調べにやってくる奴がいる。そいつらを奥まで入れずに撃退し、国定三姉妹の存在を隠匿する。そのための役割分担だ。やることは三つ。この単純明快なダンジョンの構造を改造し、迷宮化する。罠魔法を充実させる。ビオトープで魔法生物を繁殖させて使い捨ての兵隊をたくさん作り出す。ダンジョンの改造は俺と村重がやる。罠魔法は如月と未海。ビオトープの調整は残りの三名。材料はさっき榊原に買ってきてもらった。早速取りかかるぞ」
穐山の音頭でやるべきことが定まった。それは結構だが、まだ実感が涌かなかった。自分の造ったダンジョンに誰かが侵入してくる……。それを撃退する。本当に撃退なんてしていいのだろうか? あとで捕まったりしないだろうか? いや、捕まるだけならいいが間違って相手を殺してしまった日には、絶対に一生後悔する。そういう危険もあるのは間違いない。
穐山が透流の背中を叩いた。
「ほら、さっさと行くぞ。このダンジョンに一番詳しいのはお前なんだからな」
穐山と二人、ダンジョンの中を進んだ。穐山はスケッチブックを取り出し、恐ろしく正確な線を引き始める。それはこのダンジョンの全景だったが、細部の様子が変わっていた。
「このダンジョンを改造する。これは設計図だ。ただし法律に違反しないよう、建築基準は遵守する。後でここが違法ダンジョンだとばれて、警察に没収されると困るからな。今はダンジョン外からでも大抵の情報は抽出できるので、違法ダンジョンでもないのに虚偽の通報をされて、無理やり詳しい調査に入られるということはない。その点は心配ないが」
「なるほど……、法律を遵守するなら奥の部屋に繋がる通路を完全に潰すことはできませんね。魔力の循環がうまくいかずにダンジョン内の魔力濃度が異常値を計測することは間違いない」
「だな。もし潰すなら部屋ごと消さなくちゃならない。そんなもったいないことはしないが。通路を一部封鎖すると同時に、ダンジョン内の小部屋の壁を破壊し、新たな通路を開通、迷宮っぽくする。ただし時間がないので、せいぜい攻略者を蛇行させるくらいしかできないが」
「隠し部屋と隠し通路はどうします。地下三階の一番奥にありますが、わりと分かりやすい位置だと思います。索敵魔法を重点的にかけられる場所です」
「そのままでいいだろ。そこまで入られたらどうせ負けだ。短距離で生命探知魔法を食らったら俺でも姿を晦ませられるかどうか」
「この設計図だと……。入口から隠し通路まで、全長200メートルもないコースですか。それまでにダンジョンから退散させないといけない……」
「本番は俺と国定三姉妹は奥で隠れているしかない。ダンジョンを稼働させるのはお前ら三人しかできない。……やれるか?」
透流は穐山の気づかわしげな視線に気づいた。自分でも意外なことに、透流は発奮していた。
「やるしかないんでしょう? 全力を尽くしますよ。まずは、法律に違反しない程度に、複雑な迷宮を造り上げることです」
「よし。設計図を完成させるぞ。お前の意見を聞いておきたい」
透流と穐山はスケッチブックに思い思いの意見を書きなぐり、設計図をブラッシュアップさせていった。建材は穐山がかなりの数を買ってきてくれていたのでかなり贅沢に改築できそうだった。こんな状況だというのに透流は少しわくわくしていた。普段は限られた予算内でちまちまダンジョンを改造していたのに、今回は大胆に新しいことをやれる。その喜びを噛み締めつつ、目的を見失わないように、自分に言い聞かせ続けなければならなかった。
「大丈夫……。国定さんたちは俺たちが守る。俺がやるしかないんだ」