表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン作家の放課後  作者: 軌条
透流のダンジョン
8/18

報告


   ※ 諏佐英明 ※



 穐山の言葉は衝撃的だったが、犯罪者の妄言だと一蹴することもできた。ただ、心当たりがあまりに多く、でたらめだと断言することも諏佐にはできなかった。

 どれだけ考え込んでいたのか分からない。喉が渇いていた。よろよろと近くの壁に凭れかかり、ずるずると腰を落とした。へたりと座り込む。


「……話せ」

「聞く耳を持ってくれるか」


 諏佐は穐山を睨みつけた。


「僕は前々から弓良愛璃という人間を疑っていた。穐山真悟とのつながりがあるのではないかと。その疑いが確信に変わるかもしれない。お前に迎合するわけではなく、情報が貰えるというのなら貰っておく」

「そうか」


 穐山も近くの壁に肩をくっつけ、よりかかるようにして楽な姿勢を取った。そして虚空を見据えながら話し始める。


「俺が弓良愛璃から連絡を貰ったのは一年前のことだ。話があるというので、当時攻略していた中国の天然ダンジョンから帰還した。攻略チームのリーダーからは今でもたまに連絡がきて、まだ戻れないのかと催促をもらうが、断り続けている状況だ。本当は弓良の言葉なんて無視しても良かったんだが、あいつには学生時代借金しててな。強く言われるとこっちも断り切れない」

「……話というのは、国定三姉妹についてだな」

「そうだ。ざっと彼女たちの病状について説明され、どう思うかと聞かれた。色々と法規制が甘い中国なら治療が可能かもしれないと俺は答えた。弓良はそれはできないと頭を抱えていたよ。国外に連れ出すのは魔呪医連の妨害があるからうまくいかないだろうと」


 魔呪医連という単語を聞いて諏佐はびくりとした。保全課に入る前は悪印象のない団体だったが、いざダンジョン事故に多く直面すると、いたるところでその名前を聞くので少しきな臭い感じはしていた。


「それは……、そうかもしれないが」

「弓良には幾つか策があった。国営ダンジョンで彼女ら専用の城を造り出したり、医療用ダンジョンを改造する許可を得ようとしていたり、魔法因子を常時供給する機器の開発なんてのも、大真面目に考えていた。しかしいずれも実現には時間がかかるし、日本の法規制も大きな障害になった」

「……それで?」

「姉妹を誘拐し、非合法のダンジョンの中で治療を続けるしかないとなった。少なくとも何らかの法を破らない限りは彼女たちを救い出す手立てはなく、どうせ犯罪に手を染めるなら彼女たちの健康に最も良い方法を採ろうという方針で固まったわけだ」


 その言い分に諏佐は心底呆れてしまった。


「そんなバカな。どんな理由があろうと罪を犯して解決しても、長続きしない……」

「お前は正論を言っている。確かに長続きはしない。俺が彼女たちを何とか生かしている間に、法律を改めるなり、画期的な医療技術が生み出されるなり、根本的な解決策が登場することを願っている。弓良もそのために色々と動いてくれているはずだ。そのときがきたら俺は三姉妹を解放し、国外に逃れる。あるいは刑務所行きか」


 諏佐は穐山を睨みつけた。そしてすぐその視線は弱々しいものになった。


「どうして、見ず知らずの人間にそこまでできる? 三姉妹と面識はなかったのだろう?」

「理由は二つ。弓良に頼まれたから。もう一つは、どうせ俺なんかが自由に生きてても、到底世の中に貢献はできないと思っていたから。元々、ろくでもない男だしな、俺は」

「だが、そうは言っても……」


 穐山は肩を竦めた。


「お前は知っているだろうが、国定三姉妹は全員魔法の天才だよ。特に三女の光沙は、魔法を呼吸するかの如く使う。危うく、儚く、しかし力強い魔法の使い手だ。あの子をどうしても生かしたかった。あの子を生かすことは、きっと未来の日本にとって素晴らしく有意義なことになる」

「……お前が三姉妹を誘拐した理由は分かった。弓良さんとの関わりも」


 諏佐は言う。


「だが、僕をここにけしかけたのは紛れもない弓良さんだ。いったいお前も弓良さんも何を考えている」

「俺はひっそりと生きていたいんだが、弓良は欲張りでね」


 穐山はゆっくりと言葉を選びながら言う。


「あいつ、『穐山くんなら子守りついでに色々頑張れるでしょ』とか言って、保全課の仕事を丸投げすることがよくあるんだよ。それも、合法的な手段では解決が難しかったり、迅速に対応できない事案ばかり」

「なんだと?」

「保全課では弓良班が一番成績の良いチームなんだろ? 俺も弓良の部下の一人ってわけだ。知っている人間はごく少数だがな」


 弓良の部下だと? いやそれはどうでもいい。


「それは国定三姉妹とは全く関係のない話ではないか?」

「まあそうなんだが、正直国定三姉妹の世話だけをして一日を潰すというのも暇だし、カネを稼がないと食費やダンジョンの改造費をまかなえないもんで、何らかの仕事をする必要があった。弓良のやつ、生活費くらいくれてもいいのに、そこまでは面倒を看てくれなかったな」

「仕事……」


 なにが仕事だ。しかし弓良と密接なやり取りが行われていたことに今更ショックを受けていた。あの女、いけしゃあしゃあと穐山のことを語っていたが、とんだ演技力だ。あの時点では内通しているなんて想像できなかった。


「弓良とは一応連絡手段があるが、傍受される可能性があるので、必要最低限のやり取りしかできない。国定三姉妹の件と、保全課の仕事の手伝いの二点について、橋渡し役がどうしても必要でね。それをお前に任せたいと俺と弓良は考えている」

「僕が?」

「実力はさっきチェックさせてもらった。申し分ない。人格も弓良のお墨付き。諏佐なら俺たちの協力をしてくれると判断したらしい」


 とんでもない上から目線だ。苛立ちつつ、


「冗談じゃない。国定三姉妹誘拐の共犯になれと言っているのか。おまけに弓良さんとお前の連絡役……? 僕がそんなことをすると思うのか」

「もし、お前が協力してくれなければ、俺は警察に掴まり、三姉妹は保護されるだろうな。わりとぎりぎりの状況だと思う」


 正直に穐山は言っていると感じる。諏佐はあえて勢いをつけて言い返した。


「望むところだ」

「その結果、三姉妹が死ぬことになってもか?」

「死ぬとは限らない」

「死んでもいい、とお前は言っているのと同義だぞ」


 良心に訴えようとしているのか。案外甘い男だ。


「死んでもいいとは思っていない。正規の治療を受けるべきだ。国定三姉妹のことは気の毒に思うが、彼女たちだけに特例を認めるわけにはいかない。同じような患者が何百、何千人と出てきたとき、同じような措置を取れるのか?」

「取れない。だが、彼女たちの症例が今後現れるかもしれない患者の助けになることは十分考えられるだろう?」

「それならば、やはり正規の治療を受けさせるべきだ。ちゃんとした医療機関に診てもらい、研究に役立てるべきだ」


 穐山は拳を握り固めた。鋭い眼をまっすぐ向けてくる。


「そのために三姉妹が死ぬことになるのは俺が許さない。俺と弓良が、彼女たちを合法的に生かす方策を見つける。そうすれば同じ病気で誰かが犠牲になることもなくなる」

「だから……」

「魔呪医連が、国定を手に入れようとしている。警察に保護させるか、あるいは保全課がそうするのか。もしどちらにも動きがなければ、魔呪医連自ら刺客を送り込んでくるだろう」


 刺客。穐山が魔呪医連のことをどう見ているのか把握した。少しだけ、大袈裟な気がしないでもない。しかし穐山からすれば一番の敵かもしれない。


「……憶測でしかない」

「そうなる前に、お前には偽装を頼みたい。俺と三姉妹が別のダンジョンに移動し、姿を晦ましたと嘘の報告をしてもらいたい」

「そんなことはできない。今、この場でお前を捕まえ、国定三姉妹を救出する」


 穐山が手を伸ばしてくる。諏佐はそれを忌々しく見た。


「お前にはできない。分かっているはずだ。諏佐、誰に協力すべきか……」

「うるさい! 僕は保全課の仕事に誇りを持っている。犯罪者に手を貸せるはずがないだろう!」

「それじゃあ、弓良を告発するのか? 俺に国定三姉妹を誘拐させたのは弓良だぞ」


 一瞬だけ動揺した。しかしそれが正しいとすぐに思い返した。


「それは……。そうするしかない」

「お前から見て、弓良愛璃という人間は、どういう人物なんだ。お前が告発をして保全課はどう変わると思う。それが本当に正しいと思っているのか」

「……黙れ」

「職務にマジメなのは結構だがな。既存の法律や価値観では救えない命がある。解決できない事件もあるかもしれない。弓良は常に未来を見据えている。十年先、二十年先のスタンダードになるかもしれないことに着手し、救われるはずのなかった人々を救おうとしている。数十年前までは不治の病で、命を諦めるしかなかった患者も、現代の技術では簡単に救える、そんなケースが幾つもあるだろ。今回もそういうケースにしたいと、俺たちは考えているんだ」


 ばかばかしい、と一蹴できるほど、諏佐も理想論だけで生きているわけではなかった。力なく首を振る。


「……それでも、法を犯して良い理由にはならない……!」

「法を守るために少女を見殺しにしろと言っているんだな」

「犯罪者が……! お前は所詮、不法にダンジョンに入り込み、勝手に暴れまわるダンジョンハンターじゃないか……! お前が何を言っても、そこに正義など……」

「正義? そんなもののために俺は戦っているんじゃない。弓良は大した奴だよ、適材適所、見事に人員を配置して采配する。お前も本当は……」

「ありえない!」


 諏佐は叫んだ。ずっと国定の誘拐事件を追ってきた。その安否が心配だったというのもある。犯人が許せなかったというのもある。保全課のメンツに関わるというのもある。しかし諏佐がこの事件にこだわったのは、本来ならとっくに死んでいるであろう国定三姉妹を非合法な形で救おうとしている穐山という男に複雑な感情を抱いていたからだった。

 諏佐には数多のダンジョン事故に出動した過去がある。多くの事故で人々を救うことができた。しかしごく一部の、犠牲になった人々のことが頭から離れなかった。

 その事故の中には、正規の手続きを取っている間に手遅れになったケースも幾つかあった。規則を無視し、ダンジョンに突っ込む無謀さが自分にあれば、被害者を救うことができたのではないか。そう考えることも多かった。

 自分の「利口さ」を恨んでいる。もっとめちゃくちゃな人間だったら、恐らく今頃保全課にはいないが、救える命があったのではないか……。

 穐山のような男に嫌悪感を抱いている。その一方で、その無軌道な生き方に憧れを抱いている。諏佐は首を振った。


「……僕にはできない。国定さんたちを連れて帰る」

「分かった。そういうことなら俺もお前をこのまま行かせるわけにはいかないな」

「戦うか?」

「どうする。お前次第だ」


 諏佐は悩んでいた。そして後退する。


「応援を要請する。逃げても無駄だ。このダンジョンは監視しているからな」


 諏佐は出口に向かった。穐山は追ってこなかった。どうすることもできない。決められた手続きの中で穐山真悟を捕縛する。そうするしかなかった。

 ダンジョンの外に出た。直後、誰かに見られているという感覚があった。夜の公園。通行人ならいいが、妙に気配を隠そうとしている。

 諏佐は公園を出てすぐにある並木道を見た。そこに佇む一組の男女。諏佐のことを注視すると同時に、村重透流のダンジョンの動向も探っている。

 なるほど。魔呪医連の……。警察や保全課をけしかけて、村重のダンジョンに潜む穐山をつつき出そうとしている。

 そんなに成果が欲しいなら自分たちでやればいいだろう。諏佐は苛立っていた。

 しばらく公園の中に佇んでいた。するとポケットに入れていた携帯端末が鳴った。

 弓良からだった。


『諏佐くん、子供って何時間くらい睡眠をとるべきだと思う?』


 いきなり言われたのはそれだった。は? と諏佐は聞き返した。


『だから。睡眠不足はいけないよねってこと。高校生もまだまだ成長期だしね』

「何を言っているんですか」

『きみがそこにいると、家に帰れない子供がいるってことだよ、さっさと帰ってきて報告書提出したほうがいいんじゃ?』

「穐山真悟を見つけました」


 諏佐は思い切って言った。すると弓良は、


『あっそ』


 とだけ言って通話を切った。

 どう考えても弓良の反応はおかしかった。密に穐山と連絡を取り合っているのか。いや、もし自由に連絡が取れるならわざわざ諏佐を連絡役に仕立てようと画策するか?

 諏佐ははっとした。魔呪医連の刺客が公園の外にいることにはすぐに気付いたが、まだ他にもこの公園を監視している人間がいるのだろうか。弓良の部下なら、そう簡単に気配を探らせることもないだろう。

 ならば諏佐一人がここで粘っても仕方ないかもしれない。どうせ穐山は逃げられない。ここから逃げたとしても、魔呪医連の監視があるのなら居場所は常に知られ続けることになる。弓良班も情報は握り続けるだろう。

 応援を呼ぶべきか、迷った。ただ、諏佐の中ではここで大捕物を演じるより、弓良に直接問い質したいことが多くあった。


「……いいだろう。どうせまた明日、ここに来ることになっているわけだからな。穐山も国定三姉妹の体調を考慮するなら、そう簡単に移動できないはず」


 諏佐は公園を出た。車に乗り込みすぐに発進する。運転中は余計なことを考えることなく運転に集中した。庁舎に到着すると保全課のフロアの窓はまだ明かりを灯していた。

 帰宅する職員とすれ違いながら庁舎に入り、保全課のオフィスを目指した。

 てっきり弓良が残っているかと思ったが、彼女はいなかった。何人かの職員がパソコンに向かって作業している。キーボードを叩く乾いた音がいやに部屋に響いている。

 自分のデスクに着席し、パソコンを立ち上げた。画面が表示されて真っ先に目についたのは全く覚えのないファイルだった。いつの間にか得体の知れないファイルがデスクトップに出現している。


「……弓良さん?」


 諏佐はそれを開いた。そこにあったのは短い文章で、読んでみると弓良が諏佐の代わりに作製した報告書のようだった。村重透流の造ったダンジョンに調査に向かい、穐山真悟と国定三姉妹を発見、肉薄するも逃げられ、彼らは姿を消した。また別のダンジョンに潜ったと思われる……。


「そういうシナリオを望んでいるってわけか、弓良さん」


 諏佐は躊躇することなくそのファイルを削除した。あの女、馬鹿にしているのか。しかし諏佐は改めて報告書を作成しようとしたが、なかなか文字をタイプできなかった。指が動こうとしない。

 迷っている。悩んでいる。そして心のどこかで、さっさと目の前から消えてくれと穐山真悟に願っていた。明日ダンジョンに向かったら、跡形もなく消えていて欲しい。諏佐は自分がそんなことを考えていることが意外だった。なんて軟弱なんだと自分のことが嫌になる。だが、必ず今日の内に結論を出さなければならない。諏佐は少しずつ覚悟を定めていった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ