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ダンジョン作家の放課後  作者: 軌条
透流のダンジョン
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訪問者


   ※ 穐山真悟 ※



 穐山は考えていた。如月瑛莉の造ったダンジョンに魔法生物を送り込み、警察を呼び出したのは、十中八九「魔呪医連」の人間だろう。魔法や呪術に関わる医療技術の発展と開発、保護に動く団体で、世界各地の大病院や医療協会に太いパイプを持つ。魔法医療に関して妥協を是としない信条を持ち、表向きは魔法医療を全人類の幸福に寄与すべく幅広い分野で活動、無償の奉仕活動なども活発に行っている。実際に彼らの働きで命を救われた人間は無数にいるが、こと先進魔法医療に関してはきな臭い噂が絶えない。

 行き過ぎた臨床試験。不認可の魔法や魔法薬を使っての人体実験。裏社会の人材を多数擁する。政財界にもその影響力は及び、法律そのものを捻じ曲げて理想の魔法医療を邁進している……。

 一般市民にとっては、特に害のある団体ではない。むしろ恩恵のほうが大きいだろう。だが国定三姉妹という絶好の研究材料が提示されたことで、彼らは柔和な顔を脱ぎ捨て、彼女らを節操なく追い始めた……。

 魔呪医連の人間は、可能ならば穏便に国定三姉妹を手に入れたいと考えている。つまり警察に保護させ、正規の医療を受けさせるという名目で彼女らの身柄を確保、治療行為と称して実験行為を行う。実験の結果死んだとしても、元々これほどの奇病だ、病状が急変したと説明しても誰も疑問には思わない。

 穐山は魔呪医連の行動について考えていた。穐山と国定三姉妹が村重透流のダンジョンに潜ったことを知っていたのなら、わざわざ如月瑛莉のダンジョンに魔法生物を送り込まなくとも、透流のダンジョンを直接荒らせば済む話だ。

 いや、その場合はダンジョンに潜んでいる穐山が異常を察知する。警察が来る前に逃げ出してしまう。迂遠なやり方だが、魔呪医連の狙いは的中し、警察が透流のダンジョンの調査を行うことになった。

 問題は、警察が穐山がいる痕跡さえ見つけられなかったことだが……。穐山はいつも警察が来る前にダンジョンを引き払い逃げ出していたので、実際にそのダンジョン内に潜んでいるときに探知魔法を食らったのは今回が初めてだった。魔呪医連も警察の対応があそこまで雑だとは思っていなかったのだろう。その点は誤算だったのか。


「しかしどれだけ前からあいつら、俺たちがここに潜んでいることを把握していたんだ? 村重のダンジョンを調べさせてもらう為に、村重の知り合いの如月のダンジョンにアタックするというのは……。下調べが入念過ぎるだろ」


 穐山は完全にこちらの動きが把握されていることを察した。もし魔呪医連がもう少し法律をないがしろにする連中だったら、とっくに攻め込んできていただろう。

 警察をけしかけることに失敗した魔呪医連が次にどう出るのか、考えていた。既に居場所は把握されている。警察に直接通報して犯罪人穐山があのダンジョンにいる、と知らせるだろうか。その可能性は高い。

 だが逆に言えば、なぜ最初にその手を使わなかったのかという疑問がある。こそこそする必要があるのか? 

 穐山はその疑問に対する答えを持っていた。


「気配がします」


 長姉の未海が告げる。穐山は透流のダンジョンの入り口が開き、誰かが入ってくるのを感じた。


「……榊原創史だな。来たか」


 創史が隠し通路の前まで来た。穐山が出迎えると、創史は慌てた様子だった。


「大変だ。保全課の人間が、明日ここの調査に来る」


 創史の言葉に穐山は笑った。


「明日? 随分悠長だな、保全課の刺客は」

「笑ってる場合っすか。逃げたほうがいいんじゃ」

「来るのは保全課の諏佐英明。だろ?」


 穐山の言葉に創史はきょとんとした。


「えっと……、ああ、確かに透流は諏佐とか言ってたかな……。どうしてそれを。宿敵なんすか」

「いや。会ったことも話したこともないが、諏佐を出迎えようと思ってる。ちょうどいいから話をしよう」


 創史は首を傾げた。


「随分余裕っすね。おれ、急いで来たのに」

「ご苦労ご苦労。協力的で俺は嬉しいよ。だがまあ、心配はしなくていい。準備する時間もたっぷりあるだろうし……」


 しかしそのとき、再びダンジョンの入り口が開く気配がした。

 創史もそれに気づき、びくりとした。


「……まさか、おれをけてきた?」

「だな。お前が不審な行動をしているので、ダンジョン内に俺がいると確信したんだろう。しかし見事な手腕だ。パスキーを一瞬で複製してスムーズに入り口を開けやがった。弓良のやつ、とんでもないのを寄越してきたな」

「ユラ……? 何の話ですか」

「気にするな。とにかく今から戦闘になるかもしれないから、榊原、お前は帰れ」

「え。戦闘ですか!? 話し合いとかではなく」

「一度はやり合わないとな。これまでもそうだった」


 穐山は自分の言い方が謎めていることを自覚していた。創史の困惑顔が少し面白かった。そして隠し通路の奥を示した。


「あるいは隠し部屋のほうに隠れてるか? どうせ未海たちの部屋で戦うわけにもいかんし、そっちのほうが安全かもな」

「大丈夫なんすか。保全課の人間って、魔法戦闘のエキスパートなんでしょ」

「俺を誰だと思ってる。世界各地のダンジョンに単身乗り込んで荒らしまくってきた男だぞ。俺を信じろ」


 創史はぶつぶつ言いながら隠し部屋のほうへと消えた。未海たちが世話してくれるだろう。あるいは観戦好きの未海のこと、ダンジョン内をモニターして全てのやり取りを菓子でも食いながら眺めているかもしれない。

 穐山は最下層である地下三階から、入り口に近い一階へと向かった。入口付近でしゃがみ込み、持ち込んだ機器でダンジョン内の様子を探っていた諏佐英明が、穐山の姿に気づく。

 諏佐は眼鏡をかけた中肉中背の男で、穐山を見るなり機器を懐にしまい込んだ。そして眼鏡の位置を直しながら殺気を放つ。それ以上距離を詰めるなという威嚇を込めた魔力の乱れ。穐山が立ち止まると、戸惑ったようにこちらを見詰めてきた。


「穐山真悟。まさかこうもあっさり会えるとは」

「諏佐英明。そうだな?」


 諏佐は困惑をすっと自らの内なる領域に引っ込め、無表情になった。完全な戦闘態勢だった。


「……どうしてそれを?」

「知り合いから教えてもらった」

「……弓良さんか?」

「あいつ、同僚からも怪しまれてるんだな。もう少し地味に生きていけないのかね」


 それは本音だった。諏佐は一歩、前に進み出る。


「話を聞かせてもらう。穐山真悟」

「俺はそのつもりだけどな」

「国定三姉妹はどこだ? 生きているのか?」


 ばかばかしい質問だと思ったが、諏佐からすれば確かに確認しておかなければならない事柄だろう。


「は? 生きているのか、だと? 生きているに決まっているだろう。死なせないために色々と俺は無茶をしてきたんだからな」

「返してもらう。そしてお前は牢屋行きだ」

「お前は警察じゃないだろ。保全課の事故収拾係だ」

「ダンジョンに関する事案ならばある程度の裁量は与えられている」


 穐山は肩を竦めた。


「そうかい。しかしダンジョン内では手錠は役立たないな。魔法で幾らでも対処できる」

「そうだ。相手を無力化するしかない。しかし大人しくすれば怪我することもない」

「お前がか?」


 諏佐は激高した。


「お前がだ、穐山真悟! 国定三姉妹を誘拐し、数多のダンジョンに不法侵入を試み、違法な戦闘行為で多くの警官や一般人を負傷させた! 罪は重いぞ!」

「不可抗力だ。仕方ない。しかし負傷と言っても、せいぜい打撲とかその程度だろ。これでも結構気を遣って戦ってるんだぜ」

「投降しろ」

「しない」

「国定姉妹を返せ」

「ちゃんと治療してくれるんなら喜んで返す。しかし日本の法律では無理なんだろ? 悪いが無理だ」

「ならば……」


 諏佐が更に一歩詰め寄ってきた。しかし穐山は、諏佐がぐだぐだと問答している様子から、あまり交戦に積極的ではないことを察していた。一応、穐山が攻撃した場合に即応できるように態勢だけは整えているが、元来人を傷つけることに抵抗のある人間なんだろう。保全課の中には合法的にダンジョン内で暴れられるという理由で入局する奴もいるが、諏佐はそういう人種ではないようだ。


「……諏佐、今日はお前一人か?」

「答える必要はない」

「どうせ一人だろ。タイマンってのはあまり面白味がないが――俺が勝つに決まってるし――保全課の人間は使える戦闘魔法に制限があったよな。犯罪者を殺してしまったりダンジョンを壊してしまわないように、しょうもない配慮がなされている」

「それがどうした」

「俺も制限をつけて戦ってやる」

「どういうつもりだ」

「いや。ハンデをナシにしてやるって言ってるんだ」

「ほう」


 諏佐が再び眼鏡の位置を直した。そして次の瞬間、突進してくる。魔法も何も使わない、自らの脚力のみを使った普通の突進。

 穐山はそれに応じた。同じように突進し、互いに掴みかかろうとする。

 諏佐の手が穐山の首元に伸びた。指先が触れる瞬間バチチと電撃が走った。典型的な拘束魔法、電撃で相手を失神させる公務戦闘員の常套魔法。穐山は身をよじり回避した。自らの肉体に魔法をかけて身体能力を強化する。諏佐の手首を掴んで投げ飛ばそうとしたが、諏佐は素早く反応して地中から蔦を生やし自らの足に絡ませて固定した。少し宙に浮いた状態で止まった諏佐は鋭い肘打ちを繰り出してくる。それを額で受け止めた。

 諏佐の表情が驚愕に染まる。外皮を硬化させた穐山はノーダメージだった。


「なかなか魔法の発動が早いな。さすが保全課の特殊部隊に選抜されるだけのことはある」

「――その余裕、ぶち壊してやる!」


 諏佐は蔦魔法を解除し穐山から距離を取った。そして素早く擲弾魔法を発動する。魔力で練り上げた炎球が空中に浮かび、えげつない熱量を周囲に振りまく。


「おいおい、俺が一般人だったら即死だぞ、その火力の魔法はダメだろ」

「ほざくな」


 擲弾魔法が飛来する。素手で弾き飛ばすと火傷しそうだったので両腕に水の膜を纏った。それで払いのける。炎弾はしばらくダンジョン奥へ進んだ後、穐山が払いのけるついでに注入した魔法因子の効果を受けて煙となって消滅した。

 諏佐は早くも汗をかいていた。魔法戦闘は体力の消耗が激しい。全開戦闘を続ければ普通は一分ともたずにダウンする。魔法というのは触媒を介して魔力を魔法因子に変換し様々な効果を得るものだが、人体そのものが最も応用に富み強力な魔法触媒だと言われている。しかし魔力は人体に有害であり、臓器に負担がかかる。大量の魔力を人体に流し込み続ければ、当然疲弊し、疲労が蓄積すれば意識障害などを起こす。


「どうした、もう終わりか」


 穐山はまだ余裕だった。伊達に一年中ダンジョンに潜っているわけではない。自らの肉体が魔力のある環境に適応しつつあるのが彼には分かっていた。

 諏佐は舌打ちする。


「なぜそれほどの力量がありながら……。犯罪に手を染める……」

「力量があるからこそだろ。個人でもいろいろできちゃうもんでな。組織に属さなくても、やりたいことができる。今は国定三姉妹の世話をするのが、一応今の俺の生きがいだ」

「ふざけるな……。そんなこと、日本においては許されない……」


 諏佐はなおも攻撃を仕掛けようとしていた。穐山は頃合いだと思い一気に距離を詰めた。諏佐は素晴らしい反応で穐山から逃げようとしたが、穐山はその上をいった。諏佐の襟首をつかんで地面に引き倒す。うつぶせになった諏佐の背中に膝を置き、首に指を置いた。


「俺の指はどんな刃物より切れる。実演しようか?」

「……穐山……!」

「まあまあ。しかし、お前はなかなか良い腕前だよ。最近、保全課の職員の質が下がってきているんじゃないかと思ってたが、お前みたいなのがいて安心した」

「何を言ってる……!」


 まだ抵抗しようとしたので穐山が膝に力を入れると諏佐は喘いだ。


「ちっ……!」

「話だ、諏佐。話をしよう。お前は弓良から何も聞いていないようだったな」

「お前と話すようなことなどあるわけがない……」

「そう言うなよ。取引だ。お前、国定三姉妹をどうしたいんだ」

「この手で救い出す……。保全課が警護に当たっていたというのに、まんまとお前に出し抜かれ、誘拐された……」

「お前、そんな風に考えていたのか。それは正確な認識とは言えないな。本気で保全課があいつらの護衛に回っていたら、いくら俺でも手は出せなかった」

「しかし……」

「まあ聞け。真実を教えてやる。この話をしたら前の担当者も気が変わった」

「いったい、お前は何を言ってる……?」


 穐山は諏佐から離れた。諏佐はゆっくりと起き上がり、穐山を睨みつけた。


「お前が今日、ここに一人で来たのは、迷いがあったからじゃないのか? 国定三姉妹を救出しても、彼女らを治療するあてはない。彼女らの生命を守ることができるわけじゃない」

「そんなことはない。法に則り貴様を捕縛し被害者を保護する……、それこそが重要なのだと確信している」

「そうか。しかし、そんなこと、誰も望んでいないとしたら?」

「なんだと?」

「国定三姉妹も。ご両親も。彼女らの主治医も。保全課で国定の担当だった弓良も。全員この事態を黙認していたとしたら?」

「……何を言ってる……」

「一年前、俺は頼まれたんだ。大学の同窓である弓良愛璃に。国定三姉妹を誘拐してくれってな」


 穐山の言葉に諏佐はしばらく何も言わなかった。彫像のようにその場に立っていた。戦いでかいた汗が引き、ダンジョン内の微風で体温が冷めていくのが、彼の顔色を見ていれば分かった。彼の中で様々な考えが去来し、必死に整理しようとしているのが穐山には理解できたので、黙って諏佐が話し出すまで辛抱強く待つことにした。




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