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ダンジョン作家の放課後  作者: 軌条
透流のダンジョン
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国定三姉妹


   ※ 村重透流 ※




 透流の造ったダンジョンは全四階層、規律正しく小部屋が並ぶ面白味のない構造をしていた。その最下層から横に伸びる形で隠し通路がこっそり造られ、そこから三つの隠し部屋に繋がっていた。

 最も入り口に近い位置にあるのが、国定三姉妹の長姉、未海の部屋。五種類の魔法因子を供給する小さな部屋で、無駄のない洗練された構造に透流は感心したものだった。

 隣には、次姉の美湖の部屋があった。壁や天井から吊るされている照明器具は同じものだったが床の素材が違った。防水加工がされたタイルが敷き詰められ、部屋の各所から水が滲み出ていた。おかげで床が常に濡れ、少し過ごしにくそうだった。部屋には誰もいない。


「今、美湖は光沙の面倒を看ているはずだ」


 穐山はそう言い、透流と創史を連れて一番奥の部屋に向かった。

 そこはそれまでの部屋とはあまりにかけ離れていた。まず大きさが違う。これまでの五倍は広い。

 天井も高く、巨大な照明器具が幾つもぶら下がっていた。淡い光を放っている。

 壁は灰色の粘土材のようなもので、きらきら光る石がはめ込まれている。明かりに照らされて絶えず輝いている。

 床はまるで花畑だった。様々な植物が群生し、手入れされた庭園のようだった。カラフルな翅を持った蝶々がひらひらと飛んでいる。

 清新な空気が流れている。部屋の中央に据えられたベッドは純白のシーツが眩しかった。そこに横たわっているのは12歳前後の少女だった。茶色がかった短髪がさらさらと額の上で揺れている。そんな少女の顔を眺めているのは、15歳前後、透流たちと同年代と思われる女性だった。こちらは髪が長く、床にまでその黒髪が垂れている。その目つきはなかなか野性味があり、荒々しかった。


「あの目つきの悪い女が、次姉の美湖。寝てるのが末妹まつまい光沙みさだ。ここは光沙の部屋だが……。光沙は姉妹の中で最も症状が重篤で、魔法因子が20種類充満するこの部屋でも、生存にはぎりぎりといったところだ」

「20種……。制御が難しくはないですか」

「難しい。極めて難しい。繊細で緻密な魔法触媒の制御が要求される。そのために必要なのは魔力量の微細な調整だが、魔法触媒の種類が多くなればなるほどムラが生じる」

「そうですね」


 穐山は疲れたように自身の首を揉んだ。そして呟く。


「俺が付きっ切りで調整を続ければ、ほぼ問題はないんだがな。光沙はここのダンジョンに辿り着く前にかなり消耗していた。なのでしばらく目を覚まさないだろう。ここは居心地が良さそうで、体調は快方に向かっている」

「さすがですね」

「いや、俺はお前の造ったダンジョンを褒めたつもりなんだがな。おい、美湖、ここの家主さんに挨拶しろ」


 美湖と呼ばれた少女はゆっくりと立ち上がった。炯々としたその眼光は人を射竦めるのに十分だった。透流は彼女がこちらに歩み寄ってくるのを見て若干たじろいだ。


「どうも。国定美湖です」


 美湖は軽く頭を下げた。


「ここのダンジョンを造ったのはあんたなんだってね。立派なもんね。その歳でダンジョン造りなんて」

「どうも。趣味なんだ。他に取り柄のないつまらない人間だから、こっちに集中できたってのもあるかな」

「ふうん」


 美湖は値踏みするように透流を一通り観察した後、創史のほうを見た。


「……そっちは用心棒か何か? さっきの探知魔法、まるで軍人みたいな精度だったけど」

「それ、褒めてるのか?」


 と、創史は複雑そうな顔をしていた。


「魔法は得意だよ。教科書通りにやるのは好きじゃないけどな。どうせなら最も効果的で、最も無駄がない魔法を習得したいじゃんか」


 創史の言葉に穐山は笑っていた。


「違いない。しかし高校生がそんな思想を持ってたら、この先苦労しそうだな。試験や受験では嫌われそうだ」


 しかし創史の魔法の成績は学年でも一番だ。創史の恐ろしい点は、その独創性を全く捨て去ることなく教員からも評価されるような文句のつけようのない魔法を行使できる点にある。

 美湖は創史のことを胡散臭そうに見ていた。


「ねえ、本当に警察の回し者か何かじゃないでしょうね。さっきから光沙のことじろじろ見過ぎ」


 創史は確かにさっきからベッドの上ですぅすぅ寝息を立てる光沙をちらちら見ていた。いやあ、と創史は頭を掻いた。


「そこの子、可愛いね。いや、それは置いておいて……。何だかその子の周りだけ、魔力の流れが乱れている気がするんだけど」


 美湖がはっとした。穐山も軽く息を吐き、少し驚いたように、


「……分かるか、お前にも。光沙は眠りながら魔法を使う。使っている魔法はつまらん照明魔法や、幻覚魔法で、害はないが」

「眠りながら……」

「その影響で周辺の魔力の流れを乱している。光沙は魔法の天才なんだ。もし光沙が健常者だったら、今頃有名人になってただろうな。姉である未海も美湖も、魔法の天才と言っても良い腕前だが、光沙と比べるとどうしても劣る」


 美湖は不機嫌そうだった。


「国定さん、光沙のことになるとほめ過ぎなんだよ。そのたびにわたしとお姉ちゃんを噛ませ扱いにするし」

「仕方ないだろ。事実なんだから」


 美湖はそれからため息をつき、改めて透流に近づいてきた。すっと手を差し出してくる。


「……まあ、色々と迷惑をかけると思うし、わたしもこんな性格で、生意気だなあなんて思うこともあるだろうけど。できるだけ大人しくしてるから、ここに住まわせてくれるかな」

「ああ、うん。もちろん。病気、良くなるといいけれど」

「ありがとう。穐山さんとお姉ちゃんのこと扱き使っていいから。でもわたしと光沙のことはできるだけ労わってくれると嬉しいかな」

「はは……、了解」


 透流は頷くしかなかった。目力の強い美湖の言葉は、冗談だと分かっていても、軽く受け流せない迫力があった。

 美湖は光沙の傍に戻り、妹の顔をじっと見つめていた。穐山は部屋から出ようと二人の少年に合図し、美湖の部屋まで戻った。

 濡れた床の部屋に戻った三人は、空気の違いをまざまざと感じた。光沙の部屋だけ居心地が段違いに良く、部屋作りにも相当気を遣っていることが窺い知れる。


「未海と美湖だけだったら、他に手段はあったのかもしれない」


 穐山は呟いた。


「しかし光沙の症状はあまりにも酷く、ダンジョンに常駐させる以外に彼女の生命を守る手段はない。それに、俺一人では光沙の世話をし切れないので、未海と美湖に協力してもらうしかない。俺もときどき外に出て行って、カネを稼がないと生きていけないしな」

「大変なんですね……」


 透流はしみじみと言った。しかし穐山はそれを聞いて快活に笑った。


「他人事みたいに言ってるが、お前もまんまとそれに巻き込まれたんだぞ。それに、俺からダンジョン造りを教わりたいとか言ってたよな。ダンジョンの主の許可を得た以上、俺は早速増築に着手し、三姉妹の体に合った部屋を造るつもりだ。お前にダンジョンについて教えるのはそのついでだからな」

「わ、分かってます。手伝わせてください」

「うむ……。俺としてはありがたいが。こんなにうまく話が進むとは思ってなかったな。透流、お前には恩が出来た。俺にやれることがあるなら、何でも言ってくれ。あまり自由の利かない立場だが、出来る限りのことをしよう」

「そんなに気を遣わないでください。困っている人を見つけたら助けたい。それだけです。それに、穐山さんも同じような動機で国定さんたちの力になっているのでは?」


 穐山は曖昧に頷いた。


「ああ……。そうとも言えるかな。しかし、俺は犯罪者でもあるからな。本当はお前も深入りせず、何も知らないふりをしていたほうが平和だ。今回の件が露見したら、お前の将来に悪影響があるかもしれない」

「そんな……。知らないふりなんてできませんよ。こうして知ってしまった以上は」

「そうだな。そうだ。そうに違いない」


 穐山は申し訳なさそうに何度も頷いた。

 創史は話を近くで聞きながら、光沙の部屋のほうを振り返っていた。


「どうした、創史」

「あ? いや、眠りながら魔法を使うって、どうやるのかなって……。俺は頭の中で理論立てて、魔力の流れを肌で感じながら、慎重にコントロールして魔法を使うから……」


 創史の肩に穐山は手を置いた。


「普通はそうだ。光沙は特別なんだ」

「特別……」

「光沙は幼い頃から病弱だったらしい。学校にも行ったことがない。ずっと病院暮らしだった。つまり誰からも魔法を教わったことがない。それでも魔法を使った。地上に漂う微量の魔力を使って、魔法を使っていた。熟練の魔法使いでもそんなことは難しいはずだ」

「そうっすね……」

「あの子の肉体は常に魔法因子を欲している。魔法がなければ生きていけない代わり、魔法に愛されている。もしかするとそれは才能などではなく、特殊体質とでも呼んだほうがいいものなのかもしれない」


 透流も創史もそれを静かに聞いていた。生まれつきそんな人間がいることにも驚きだが、光沙は確かに魔力がほとんど存在しない地上より、濃厚な魔力に包まれたダンジョンの中でこそ生きるべき人間だという気がした。しかし人間の体はそれに耐えられない。たとえばどんなに泳ぎが達者な人間でも、基本的に生活は地上で行うだろう。仮にえら尾鰭おびれが生まれつき備わっていたとしても、ずっと水中で生きることはできないはずだ。人間の体はそのように出来ている。

 光沙の体は中途半端にダンジョンに適応し、人間の肉体の域を留まりながらも魔法に愛されている。それがどんなに生き辛いことか、透流は聞き知ったばかりの話だというのに色々と想像を働かせていた。


「村重くん! 榊原くん!」


 入り口のほうから声がした。その瞬間透流は思い出した。隠し通路の入り口に置いてきた如月の存在を。創史も同じだったようでばつの悪そうな顔になった。本来なら穐山との話に応じ、彼らをダンジョンに住まわせると決定した時点で如月に教えるべきだったのに。

 姿を現した如月は涙を流していた。二人の少年はぎょっとした。如月の後ろからついてきた小柄な女性も困惑顔だった。


「ど、どうしたんだ、如月」

「酷い話……。ねえ、そうは思わない? 恐ろしい病に罹っているのに、ろくな治療も受けられず、ダンジョンからダンジョンへ彷徨っているなんて」


 どうやら如月は国定三姉妹の境遇について知ったようだった。


「あれが長姉の未海だ。そこのお嬢さんに、全ての事情を話したようだな。同じ話を二度する手間が省けた」


 穐山が言う。如月は涙を流れるままにしていた。後ろの未海は宥めるように如月の背中をさすっていた。未海は髪を肩まで伸ばした女性で、大学生くらいの年齢に見えた。彼女が助けを求めるように穐山や透流たちを見たので透流は慌てて如月に近づいた。


「心配するなよ、如月。国定さんたちはここのダンジョンに住むことになった」

「え。本当?」


 と、返事をしたのは国定未海のほうだった。嬉しそうに穐山に向かって頷く。

 如月は涙を拭い、赤い目で透流と創史を見た。


「でも、そんなの、リスキーじゃない? もしばれたら……」

「黙ってたら平気だ。俺がここのダンジョンを造って五年になるけど、誰か部外者が入り込んだのは、今回が初めてだし」

「村重くんがそう言うのなら、私に文句を言う筋合いはないけれど……。ま、まさか、脅されてないよね?」


 如月ははっとした様子で穐山を見た。穐山は苦笑するしかない。


「……目的のためなら脅迫することも選択の内だが、今回はそんなことはしていない。穏便に済ませたよ」

「そ、そうですか。それならいいです……」


 如月はほっとしたようだった。


「警察に連絡しなくて良かった……。さすがに連日通報するのはどうかなって思い留まったんだよね。本当なら隠し通路を発見した時点ですべきだったのに」

「そうだな」


 如月は泣き止み、まだ赤いままの顔を穐山に向けた。


「あの、穐山真悟さん! もし私にできることがあるなら手伝わせてください! 私も国定さんたちの力になりたいんです」

「いいのか?」

「はい! これでも一応、ダンジョン造りのノウハウはありますし! あ、そうだ、穐山さんたち、私のダンジョンに一回侵入しませんでしたか?」

「ん?」

「私の造ったダンジョンも、同じ公園内にあるんです。産業用ダンジョンという区分ですけど」


 穐山は首を傾げた。


「……いや、俺はそのダンジョンに入る前にウェハーを解析して三姉妹を住まわせることができるか調べるから、一回入ったら誰かに見つかるまでそこに住むことにしているが」

「え? 昨日、私のダンジョンにも侵入者がいて……。てっきり穐山さんたちかと思ったのに」


 如月は不安げな顔になった。穐山は顎に手を当てた。


「その話、詳しく聞かせてもらえるか。俺が言うのもなんだが、ダンジョンの不法侵入なんて不気味な話だからな」


 確かに穐山が言うようなことではないが。一気に不安そうな表情に戻った如月を慰める為にも、穐山のような経験豊富な大人の意見が必要だった。




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