公園
※ 村重透流 ※
ダンジョンを造る上でかかる費用。市販のダンジョンキットは、最も安価なもので一〇万円代。さらにまともなビオトープを造成するつもりなら多様な魔法触媒は必須である。最低でも三種類は設置しておきたい。それで五万円は飛ぶ。罠魔法は設置するだけなら安価だが維持するのに魔力を要する。ダンジョン全体に能率的に魔力の脈動を張り巡らせるのに、民間の魔力供給会社と契約を結ぶ必要があるだろう。それで月々一万円はかかる。市販の魔力供給装置を使うのはお勧めしない。罠魔法の維持には相当な魔力が必要なのでどうせ幾つも設置することになる。倹約にならない。
そういう話を滔々と聞かせてやったのだが、榊原創史は「とりあえずキットを買えばいいんだろ」と言って透流を当惑させた。そして本当にダンジョンキットを買って「これで俺もダンジョン作家だな」と満面の笑みだった。
呆れてしまった透流はもう何も言えなかった。三十分以上に渡って説明したのに全く聞いていないようだった。
「あいつに何を言っても無駄だよ、村重くん」
そう話しかけてきたのは如月瑛莉だった。透流にとって数少ないダンジョン作家仲間だった。と言っても、娯楽用ダンジョン造りに執心する透流に対して、如月は産業用ダンジョンに興味を示し、魔法省公認のダンジョンコンテストに自作のダンジョンを出品するような生真面目な人間だった。恥じるところなしと言わんばかりにダンジョン造りをおおやけにしている。趣味を公言していない透流とは大違いだ。
二人は今、学校前の公園で駄弁っていた。この公園の異空間ストレージとの境界面接続子は誰でも利用可能で、ダンジョンを造ったり、それよりいくらか簡素な多次元倉庫なんかを利用する人もいる。
透流は魔力検知計をストレージから引き揚げながら、唇を尖らせた。
「でもあいつ、凄くしつこかったんだ。俺もダンジョン造りたいって」
「榊原くんは口だけだから、いちいち相手しないこと」
と、如月がもっともらしいことを言っているが、透流は忘れていなかった。
「もとはと言えば、如月が秘密を漏らしたのがいけないんだろ」
「何のこと?」
とぼけ顔の如月に苛々しつつ、
「俺がダンジョンを造っていること。ずっと秘密にしてたのに。よりにもよって創史に漏らすなんて」
「だって、榊原くんが、村重くんのことをバカにするから」
いつものことだ。創史は成績優秀、魔法も運動もできる。コミュ力も抜群で誰とでも友達になれる。基本的に良い奴なのだが、幼馴染の透流に対してだけは辛辣なことを言う。気心が知れているからこその言動だが、クラスで学級委員長でも何でもないのに「委員長」と呼ばれているくらい仕切りたがりの如月には看過できなかったのだろう。
「バカにされても俺は気にしないよ」
「でも、取り柄がないとか、短足とか、将来絶対禿げるとか」
「単なる悪口じゃないか。どうして如月がそんなに怒るんだよ」
「怒ってなんかない。ただ、短足というのは事実かもしれないし、将来もしかしたら禿げちゃうかもしれないけど、取り柄がないってことはないじゃない。少なくとも私はそれを知ってるわけだし」
如月は悪びれずに言う。彼女がクラスメイトがたくさんい居合わせているときに発言しなくてよかった。おかげで透流がダンジョン造りを趣味にしていることが露見せずに済んだ。
「でも、どうして秘密にするの? 別にやましいことじゃないよ」
と、如月は本当によく分かっていない顔で言う。透流は嘆息した。
「あのさ、そんなことはどうでも良くないか? 俺はこの件を秘密にしてたんだよ。そのことを如月は知ってたはずだ。それをあっさりと創史に話した。それが問題なんだろ?」「でも」
「でもじゃないんだよ。ダンジョンの件は、過ぎたことだからもういいよ。でも、今後はもう如月に大事なことは話せないな」
「なにそれ。そんな大それた話? 私は村重くんのことを思って……」
それが迷惑だっていうのに。透流はだんだんうんざりしてきた。本当のところ、如月に対してそれほど怒っていたわけではない。厄介なのは創史であり、基本的に如月は透流の味方であることが多かった。ただ、このやり取りが面倒臭かった。
「俺のことを思ってくれたの。そう。ありがとう。これでいいか」
「なにそれ。喧嘩売ってるわけ? 買うけど」
「好戦的な委員長だな。検知計を貸してくれてありがとう。今日も異常なしだったよ」
検知した魔力の数値をろくに確認もせずに透流は言った。検知計を乱暴に放り投げて渡したので、如月はそれを慌てて受け取った。
「ちょっと。これ二万円もするんだよ」
「ナイスキャッチ。二万円分の価値がある妙技だ。すげえすげえ」
如月はむすっとした顔になったが、自分を落ち着けるためか深呼吸をしてから、
「ねえ。ダンジョンの中、見ていかないの? 異常が起こってるかもよ」
「いいよ。どうせ今日も平和だ。俺のダンジョンは魔法生物飼ってるわけでもないし、罠魔法を敷き詰めてるわけでもないし」
「ねえ。でも、もし事故が起きたら――」
「どんな事故だよ。セキュリティは万全だし、魔法触媒が暴走することもないだろうし。もういいよ」
「でも、ダンジョン管理法の規定じゃあ……」
しつこく食い下がる如月に心底うんざりした。
「じゃあ代わりに如月が見てきてくれよ。パスキー持ってるだろ」
「いやそれ不法侵入で犯罪だって」
「俺が許可してるんだから。じゃあな」
透流は帰宅の途に就いた。歩きながらすぐに如月にこのような態度を取ったことを後悔していた。分かっている。完全に分かっている。如月瑛莉は良い奴だ。友人としてこれ以上ないくらいだ。しかしああいうマジメな手合いを相手していると疲れる。特に創史のような奴に振り回された後は、心の余裕がなくなってしまう。
今度会ったら謝ろうか。たぶん如月は許してくれるだろう。しかし許してくれると分かっていて謝るというのも、彼女の優しさに甘えている気がする。
謝るなら、今すぐ謝るべきだ。すぐに思い直し、立ち止まった。公園に引き返すと、既に如月の姿はなかった。まだ五分も経っていないはずだった。どこに行ったのだろう。
ダンジョンに潜ったのだろうか。如月が彼女自身のダンジョンに潜ったのなら、追うのは難しい。
携帯端末を取り出した。通信して呼び出そうか。自分が謝罪するために? メールか何かで謝っておいて、今度会ったときに改めて謝る。それがいいだろうか。そんなことを考えながら画面を見ると、先ほどの魔力検知計の計測結果が表示されていた。透流はダンジョンのデータ管理を携帯端末で行っていた。
「なんだこれ……」
普段の数字と明らかに違った。魔力検知は、ダンジョン内の異常が起こっていないかを大雑把に探る為に行うものだ。実際にダンジョン内に潜ってから異常を察知していては危険なので、ダンジョンに潜る前の予備調査として行う。
ダンジョン内の魔力の数値が異様に低い。ダンジョン内には魔力の脈道を幾つも張り巡らせていて、適度に空気中に拡散している。魔力濃度は魔法触媒の正常動作、魔法生物の維持、ダンジョン建材の保全のため、一定に保つ必要がある。
その数値が異様に低い。原因を幾つか考えた。まずは罠魔法の過剰動作で魔力の消費が増え、魔力を空気中に拡散できない状態にあることを真っ先に考えた。しかし透流のダンジョンにある罠魔法は少なく、どれも今は停止させている。起動させるのにかなり手間がかかるくらいなので勝手に起動することはありえない。
次に考えたのは魔法触媒の暴走だ。魔法生物の繁殖場であるビオトープは長期間放置している。異常成長した魔法生物が魔法触媒に何らかのアクションを起こし、魔法触媒による魔力変換が進んだのではないか。ただ、それだと魔法触媒が生み出す大量の魔法因子がばらまかれ、検知計もそれを感知するはず。それらの数値に異常はない。
だとすると、単純に魔力供給が滞っているとか? ただ、それなら他の公園利用者が異常を訴えているはず。長期間魔力供給がなくならないと、ここまでダンジョンの魔力濃度が低くはならない。数時間の断絶ならともかく、何日間も断絶するようなことはない。ニュースになるレベルだ。
となると……。外部からの干渉があったとしか考えられない。つい先ほど如月に「セキュリティは万全」と言った手前、認めたくない事実だが……。
「よお、透流」
声を背後からかけられた。振り返ると榊原創史が大きめの鞄を持って公園の入り口に立っていた。鞄からはみ出しているのはダンジョンキットの箱だった。一緒に買いに行ったからすぐに分かった。
「おい。それ……」
「ここってダンジョン設置してもいいんだろ? 学校からも近いし」
創史が鞄を引きずりながら入ってくる。値踏みするように公園の遊具や砂場などを見たが、もちろんそれらはダンジョンとは全く関わりがない。
「……創史、お前家の近くの公園にダンジョンを建てるって言ってなかったか?」
「言ったけど。やっぱり経験者にご教授願いたいじゃん」
あっさりと創史は言った。過去の自分の発言なんて取るに足らないと考えているようだった。そして鞄からダンジョンキットの箱を取り出す。手で外装を外していく。
「色々教えてくれよ。あっ。魔力供給会社と契約しないといけないんだっけ?」
「いや、それはダンジョンを設置してからでいいよ。じゃなくて、ちょっと待ってくれ」
「なんだよおいおい。まさかレッスン代を徴収するってんじゃないだろうな? さっきお前のこと短足って言ったの、まだ怒ってるのか?」
怒っているのは自分じゃなくて如月だ。と思いつつ、
「俺のダンジョンに異変が起こってて、今手が回らないんだよ。後にしてくれないか。できれば明日」
「なんだ。大変なんだな」
意外とすんなり納得してくれた創史は、箱を放り出し、
「異変ってなんだ? おれに手伝えることは?」
と言い出した。透流は少し迷ったが正直に話すことにした。
「ダンジョン内の魔力濃度が異様に低いんだ。原因を考えたんだが、外的要因しか見当たらない」
「外的要因って、つまり異変の原因がよく分からないから外から何かされたのかな、ってことか?」
創史の言葉に、透流は頷いた。さすがに創史は呑み込みが早い。魔法の成績も、他の学科の成績も、創史が上だ。体育も音楽も創史が上。学校生活において創史はこれ以上ないほどの優等生であった。それでいて人懐こくて親しみやすいキャラをしているので手が付けられない。
表面上いい加減に見えて、その内では深い洞察をする男だった。透流は創史に本格的に相談をすることにした。
「一応、セキュリティはしっかりしてる。外部から誰かが勝手に入ろうとしたら警報が鳴る。安全に入場しようと思ったらパスキーを使わなくちゃならないけど、これを持ってるのは俺と如月だけだ」
「へえ。瑛莉も知ってるのか。まあそれはいいとして、パスキーって複製できるのか?」「できるけど、俺と如月しか持ってない」
「そうじゃなくて。ダンジョンの出入り口にあるウェハーを解析してパスキーを複製できるんじゃないかってことだよ」
ウェハーというのは異空間ストレージとこちらの実存空間とのつなぎ目に使われる結晶板のことで、境界面接続子という名称で呼ばれる。
そもそもダンジョンというのは、天然ものだと地面に実際に埋まっていたり、高層ビルのように天高く聳え立つ構造物だったりする。しかしそれだとスペースを使い過ぎる。その上、魔法の実験場だったり魔法触媒を用いた工場だったり、ダンジョンの利用には魔法暴発によるリスクがある。そういう理由でダンジョンは異空間ストレージと呼ばれる特殊な空間に張り出して展開するのが一般的である。
異空間ストレージは、大雑把に言えば空間拡張技術による空間活用法である。「空間資源の節約」という言葉で語られるが、土地の少ない日本でダンジョンを造る上では必須の技術で、国が率先して異空間ストレージの確保に動いている。
この異空間ストレージは人間が普通に存在できる空間ではない。雑多な魔法因子が充満する超次元空間であり、人間が行動する空間とは厳格に隔てられていなければならない。それゆえに実存空間と異空間ストレージのつなぎ目は特殊な保護材で守る必要があり、その特殊性ゆえ、魔法による解析でダンジョン内の様々なことが分かってしまう。
ダンジョン入り口のウェハーを解析することでダンジョンの八割のことが分かってしまう、と一般的には言われている。ウェハー解析によってダンジョンロック機構の根幹を打擲し、パスキーを複製する。そういう手口もあるという。
「解析されてパスキーを複製される? 確かにその手の犯罪者が本気になれば、俺のダンジョンの安いセキュリティなんて簡単に突破されるだろうけど」
「なら、別に不思議なことなんてないんじゃないか」
「いやいや。俺のダンジョンに金目のものはないし、珍しいものも置いていないよ。動機は?」
「動機? ふうん」
創史は首を傾げる。
「もっとシンプルに考えればいいのに。透流は物事を難しくしたいのか? まあ、おれはダンジョン造りの素人だから、透流の言葉を尊重するが」
なんだよそれ。誰がこんな安ダンジョンに侵入を試みるというのだろうか。しかしそれ以外に仮説が思いつかなかった。それが少し悔しくて、透流は中に入る準備を始めた。
「ん? 中に入るのか? 犯罪者が中に潜んでるかも。透流なら警察呼ぶかと思った」
「誰も中にいないよ。ロックは完全にかかってた。魔力濃度が低いのは他に原因があったんだ」
「外的要因で魔力濃度が低くなった、って透流は言ってたよな」
「俺の判断が間違ってたんだろ。よくあることだよ」
「おいおい。冷静になれよ。そうだ、瑛莉のやつもダンジョンに詳しいんだろ。あいつに相談したら? あいつどこに行った?」
如月には相談できない。透流は頬を噛んだ。そのとき、公園の片隅の空間が歪み、ダンジョン入り口のウェハーから異空間ストレージの一部が捻り上げられるように出現し、そのひずみから如月が現れた。彼女自作のダンジョンから帰ってきたようだった。
如月は目を丸くした。
「あ。村重くん。榊原くん。ちょうど良かった」
如月は透流に対して怒っているようではなかった。それどころか慌てたように、
「ねえ。ちょっと聞いて。私のダンジョンに誰かが侵入した形跡があったの」
透流と創史は顔を見合わせた。如月は不安げな顏になっている。
「丁寧にパスキーを解除したようで、入り口周辺に侵入の痕跡はなかったんだけど、念の為に設置してた追尾トラップに反応があったの」
「トラッカー?」
透流は聞き返した。これには創史が答える。
「相手に特殊な魔法因子をこすりつけて、追跡を容易にするような魔法を、トラッカーって呼ぶよな。たぶんそれの罠魔法なんだろ」
門外漢のはずの創史に解説されてしまった。如月は頷いた。
「そういうこと。さすが榊原くんね。でも、トラッカーの反応を追ったら、ダンジョン途中で途絶えてたの。帰還ポートを使って消えたのかな。でも帰還ポートを使ったら盛大に痕跡が残るのにそれがないのよね」
帰還ポートというのは、全てのダンジョンに設置が義務付けられている施設で、このポートに魔力を介してアクセスすると、ダンジョンのどこにいても地上に脱出できる。
透流には咄嗟に意味の分からない状況だったが、創史が即座に、
「途中までダンジョンの中を進んで、そこから歩いて引き返したんじゃないの? 普通に」
「あ。そっか」
あっさり解決してしまった。如月は少し混乱しているようだった。それは透流も同じだったが。
「誰かが侵入したなんて……。セキュリティは万全だったはずなのに。村重くんも気を付けたほうがいいよ」
「その件なんだけど」
と、創史が勝手に話し始める。止める暇さえなかった。
「透流のダンジョンにも誰かが入った形跡があるらしい。いや、形跡は見つかってないけど、状況からしてそうとしか考えられないって」
「ちょ、創史! まだそうと決まったわけじゃ」
「お前はもっと自分の分析に自信を持てって」
創史が透流の肩をぽんぽんと叩いてきた。そう言われてもこういう性格なのだから仕方ない。むしろ創史はなぜ透流の言葉をそこまで盲信できるのか。ダンジョンに異変をもたらしたのは外的要因に違いない、と透流が思ったのは事実だが、創史はその判断の根拠を吟味すらしていないのだ。
如月は首を傾げた。
「村重くん、どういうこと? 侵入された痕はないけど、誰かに入られたに違いないって?」
「違いない、とは言ってないよ」
透流は渋々答えた。ダンジョン内の魔力濃度の低下について。
如月はしばらく考え込んでいた。
「なるほど……。魔力濃度が異様に高まることはあっても、低下することはそんなに多くないしね。ただ、危険な状況ってわけでもないんじゃないかなあ」
「まあ、それは。魔力濃度が低いってことは、魔法の効きが悪くなるってことだし」
「誰かが侵入したとは限らないと、私は思うよ。外的要因って点には同意」
如月の言葉に創史がにじり寄る。
「おいおい瑛莉、我らが村重透流大先生の判断に疑義を差し挟むってか?」
「隣接する他のダンジョンから影響を受けた可能性もあるでしょ。ただでさえ公園のストレージは密集しているんだから」
「異空間ストレージは理論上無限の広がりがある。密集とかバカじゃないか」
「確かにストレージ内は無限ね。でも出入口、つまりウェハー部分は物理的制約を受ける。元々魔法干渉を受けやすい部分だし、他のダンジョンから影響を受ける可能性はあるでしょうに」
だが通常は保護材がそうした影響を遮断する。透流はウェハーの保護を念入りに行っていた。異常は見られず、それを確認した創史が得意げになった。
「言っただろ、瑛莉、我らが透流が正しい」
「ちょっと創史は黙っててくれ」
透流は創史を押しのけて如月に顔を向けた。如月は少し不安げに見えた。
「うーん、だとすると……。ねえ、念の為に警察に連絡をしてみたら?」
「警察? そんなおおごとにはしたくないよ。俺がダンジョンを造っていることが、もっと多くの人に知られるかも」
「私は、侵入者の形跡が露骨にあったから、連絡する。そのついでに見てもらえばいいよ」
「ついでって……」
しかしその申し出はかなりありがたかった。透流一人の事情で警察に連絡するより、如月と一緒になって相談したほうが気楽だし、万が一騒ぎになったときも如月の協力があれば透流の秘密は守られるだろう。
「……いいのか?」
「うん。いいよ。さっき村重くんのことを怒らせちゃったし、これくらいは」
「いや、それは俺が悪かったよ。如月だって俺に気を遣ってくれてたのに」
創史が透流と如月を見比べた。
「なんだなんだ何の話だ? 知らん間に喧嘩して、知らん間に仲直りするなよ~」
原因はお前にあるんだけどな、創史。と思いつつ透流は彼に対して何も言わなかった。
「じゃあ、そうするか……。警察に電話したことないから緊張するけど」
「私も。どういう段取りになるんだろ。親とかに連絡いくのかなあ」
如月はそんなことを言いつつ淡々と携帯端末を取り出す。そして警察に電話しようとしたとき、創史がその手を掴んだ。
「ちょっと待った、瑛莉。もったいなくないか」
「え?」
「は?」
透流と瑛莉は創史を胡散臭そうに見た。創史は腕を組み、自信たっぷりな様子で、
「瑛莉と透流のダンジョンに無断で誰かが侵入したのなら、俺たちで成敗しようぜ」
創史の言葉を、残りの二人は即座に否定した。
「何言ってるんだお前」
「常識知らずね」
「相手がどんな奴かも分からないのに」
「これは遊びじゃないの」
「危険なだけで何の実りもない」
「ふざけるならよそでして」
二人が畳みかけるように言うので、さすがの創史も怯んだようだった。しかしすぐに立ち直り、
「おれがダンジョンを造りたいと思ったのは、そこがおれの遊び場になると思ったからだ! その聖域に無断に入る奴なんて、許せないよなあ」
「許す許さないじゃなくって。榊原くん、どうかしているんじゃないの」
創史は如月の冷静な態度に対し、熱を帯びた語気で対抗した。
「お前ら何の為のダンジョン造ってるんだよ! 娯楽用ダンジョンなんだろ。冒険を提供するのがダンジョンの役割だろ!」
「榊原くんの認識は五百年ほど遅れてるわね。確かにダンジョン造りの技術は、昔、娯楽用ダンジョンの流行によって培われた。けれど近代、そして現代にかけては、産業用ダンジョンを舞台にした魔法産業の隆盛によって、文明のカタチが一新された。今ではダンジョンといえば産業用ダンジョンが大半を占めるのよ。ダンジョンが冒険の舞台だなんて、古い考え方だわ」
「はあ? 何を言ってるんだよ。瑛莉は何も分かってないな。なあ、透流」
創史は熱く語り始める。
「今だからこそ、ダンジョンには娯楽が必要なんだろ! 学校で習ったぞ、ダンジョン規制緩和の波が押し寄せて、にわかダンジョン作家が急増、事故も増えて保全課の仕事が倍以上になったらしいじゃないか。それくらい今はダンジョン造りがブームってわけだ!」
「それがどうしたんだよ」
あきれ顔の透流に、創史は全く動じない。
「こんなの滅多にない! 誰とも知らない奴がダンジョンに入って身を潜めているかもしれない。その正体を暴く冒険! ダンジョンの本懐! ははは、ロマンじゃないか」
ダンジョンを造ったこともない人間が、透流と如月にロマンを語っている。透流は創史のこういう熱しやすい性格を熟知していたので「またか」という感じだったが、如月は本気で創史のことを心配しているようだった。
「ねえ、大丈夫、榊原くん? 急に騒ぎ出して――変なものでも食べた?」
「おれは大丈夫だ。それより、せっかくの冒険を……」
前のめりになる創史の手を掴んだ透流は、公園の出口に向かって歩き始めた。
「如月、こいつは俺が何とかするから、警察に連絡してくれ」
「あ、うん、分かった」
ぎゃあぎゃあ喚く創史を押さえつけるのに、透流は苦労した。
「おい見損なったぞ透流! お前、ダンジョン造りに命を懸けているんじゃなかったのか!」
「別に命は懸けてないよ」
公園の外に引きずり出しながら透流は答えた。創史はしばらく抵抗を続けていた。それを苦労して封じ込める。やがて創史は力尽きたように歩道に座り込んだ。
しかし、実のところ、透流は創史の言いたいことも少しだけ理解できた。透流がダンジョンを造り始めたきっかけも、まさしく娯楽用ダンジョンを冒険したいという思いからだった。
昔話、あるいは寓話として伝えられている太古のダンジョン攻略話、あるいは現代に数少ないながらも残っている天然ダンジョンに挑む冒険家たちの生死を懸けた戦い。そういう話に興奮した過去がある透流にも、ダンジョンを冒険したいという欲求はあった。
しかし娯楽用ダンジョンを造っていく上で、日本でそういった危険なダンジョンを造ることは禁止されていること、規制が多くてさほど自由度がないこと、そもそもダンジョンを造る人間からするとそこは難攻不落の迷宮というより、よく見知った庭のような場所に成り果ててしまうことなどに気づいてしまい、月日が経つにつれて冒険心は薄れていった。
創史がすっくと立ちあがった。公園のほうへ歩き始める。
「あ、おい、創史、懲りねえのか」
「そうじゃないよ、透流。瑛莉のやつが一人で警察の人に説明するの、大変だろ。一緒にいてあげないと」
確かにそうだが。透流は腑に落ちなかったが、創史と一緒に公園へ戻った。公園脇の道路にパトカーが一台停まっていた。透流はその非日常感に思わず立ち止まってしまったのだが、創史は何でもないように公園の中に入っていった。
公園の中では、如月が警官二名と話をしていた。如月が身振り手振りを交えながら話をしているのが見える。透流は小走りになって創史に追いつき、如月の横に立った。