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キャラメルおじさん

作者: 霧島玲斗

 そのおじさんはいつも、近所の公園のベンチに座っていた。僕ら小学生の間では有名なそのおじさんは、僕たちによくキャラメルをくれた。だから僕らはそのおじさんのことを、いつもこう呼んでいた。


「キャラメルおじさん」


 初めておじさんに会ったのは、僕が小学四年生の時。いつもの公園で遊んでいたときだった。公園の遊具は小さな滑り台と砂場ぐらいしかなったから、僕らは学校で流行っていた「サバイバル」という遊びをよくしていた。普通の鬼ごっこと違って、鬼は交代制じゃない。鬼はずっと鬼だし、鬼に触られた人も鬼になる。どんどん鬼は増えていって、全員が鬼になったら終わり。鬼ごっこに飽きていた僕らにとってサバイバルは、スリルもあって夢中になって遊ぶほど楽しかった。

 その日も、僕は友達五、六人でサバイバルをしていた。最初の鬼は誰だか忘れたけど、確か僕は逃げる役だった。走るのが遅かった僕は、鬼に見つからないよう、花壇の陰でじっとしていた。すると、急に後ろから背中をポンポンと叩かれた。


(まずい、見つかった……!)


 後ろを振り向くと、そこにいたのは鬼役のクラスメイトではなく、知らないおじさんだった。MHKの工作おじさんに似た、丸ぶちのメガネが特徴的で、見るからに優しそうな雰囲気の人。しかし、知らない人には絶対について行っちゃダメよ。と、母の説教が脳裏に浮かぶ。

 僕がどうしようと戸惑っていると、ずっと黙っていたおじさんが口を開いてこう言った。


「大丈夫かい、腹でも痛かったのかい?」


 どうやらおじさんは、僕がうずくまっていたから心配して話しかけたみたいだ。変なことを言われなくてほっとしたけど、まだ油断できない。僕は「大丈夫です」とだけ言って、その場を立ち去ろうとした。すると、おじさんはちょっと待ちなさい、とおじさんの着ているジャケットのポケットに手を突っ込んだ。


(もしかして、これって危ないヤツじゃ……⁉)


「はい、キャラm「い、いらないです!!さようなら!!!」


 僕はおじさんの言葉を遮るようにして、差し出された物も見ずにダッシュで逃げ出した。その時は、とにかく怖かったのだ。鬼にタッチされてようやく、自分がサバイバルをしていたことを思い出したくらいだった。しかし、サバイバルが終盤に近付いてきた頃、鬼に捕まった友達の一人、たっくんがたくさんのキャラメルを持ってこっちに走ってきた。どこからか聞いてみると、


「あのおじさんが、あげるって」


 たっくんはベンチの方を指さして言った。ベンチには、丸ぶちのメガネをかけた、優しそうなおじさんの姿が。そう、そのおじさんは、さっき僕が声をかけられたおじさんだった。

僕たちがこっちを見ていることに気がつくと、おじさんは帽子を取り、にこりと笑って軽く会釈をした。


「ラッキーじゃん」

「オレ一個もーらい!」


 みんなは次々とキャラメルをとっていく。もしかして、さっき僕に渡そうとしていたのはこれだったのかもしれない。僕もキャラメルに手を伸ばそうとした。


「なあ、知らない人からなんだろ。食べないほうがいいだろ?」


 そう言ったのはシュウだった。これには正直、僕も同感だった。さっきまであんなに警戒してたのにって気持ちもあって、伸ばした手を引っ込める。でも、他のみんながキャラメルをおいしそうに頬張っているのを見て、決意が揺らぐ。すると、すでに二個目を食べていたマサキが言った。


「でもこれ、普通においしいよ」


僕はキャラメルを取った。包みを開いて口に投げ入れる。

うまい。

おじさん、いい人じゃん!


僕は単純だった。


 ◇ ◇ ◇


 そのおじさんはいつも公園のベンチに座っていた。そして僕たちを見つけると、たくさんのキャラメルをくれる。いつもキャラメルばかりくれるものだから、僕らの中でおじさんは「キャラメルおじさん」として定着した。


「思うんだけどさ、おじさんはどうしてキャラメルくれるのかな?」


 ある日、マサキが言った。この時、僕らがキャラメルおじさんと出会ってからすでに二年が経過していた。特に僕、たっくん、シュウ、マサキの四人は常連で、六年生になった今でも公園へ遊びに行ってはよくキャラメルをもらっている。


「そういや、考えたことなかったな」


マサキの言葉に僕とシュウは、二人そろって首をかしげた。


「そもそも、あのおじさんって何者?」


 たっくんが言った。よくよく考えると、二年経っているとはいえ、僕らはおじさんのことを何も知らなかった。今まで僕たちは、よくわからない人物からキャラメルをもらい続けてきたということになる。キャラメルおじさんの正体、考えだしたらきりがなくなってきて、いつもの公園で空が紅くなるまで考え続けたけど、結局全然わからなかった。


「よし、こうなったらおじさんのとこに行くしかない!」


「聞きに行くのか?今から?」


早速走り出そうする、せっかちなマサキをシュウが制する。いつもの光景だけど、それを見るたびに、シュウは大人っぽいよなぁと思う。


「じゃどうすればいいんだよ」


「フッフッフッ、いい方法があるぞ」


そう言ったのは、たっくんだった。

というか何なんだよ、その変な口調は。


「『追っかけ』だ」(`・ω・)キリッ


 たっくんが言い出したのはこうだ。明日の放課後、おじさんに見つからないように、花壇とか電柱の陰に隠れながら尾行するというのだ。まるでストーカーみたいだとマサキが言うと、たっくんは


「違う!この地道な調査が大切なんだよ!!」


と憤慨して、この調査について長々と説明しだした。


(……こいつが昨日読んでたマンガって、絶対探偵ものだ)


 ちらりと隣を見ると、シュウと目が合った。シュウも同じことを考えていたのか、探偵についていきいきと語るたっくんを見て僕とシュウは小さなため息をついた。


 次の日、僕たち四人はいつもの公園に集まり、キャラメルおじさんの尾行を開始した。僕たちは大きな木の影に身を隠し、いつもと同じようにベンチに座っているキャラメルおじさんを観察した。おじさんは今日も丸ぶちメガネにボーラーハット姿で、いつものように空を眺めていた。


「探偵みたいだな、俺ら」


 たっくんの目が輝いている。案の定たっくんは、刑事ものや探偵もののマンガやドラマにはまっているようだった。いつの間にか虫眼鏡を取り出して、おじさんの姿をじっくりと観察している。その後ろには、メモ帳を小脇に抱えた僕と、なんだかんだ言っておじさんが気になっているシュウ、もはや隠れる気などないマサキが続く。僕はそれを、傍から見たら何してるんだろうって感じだなとか、他人事のように思っていた。


「さて、いつ動くかな……」


 そうたっくんが言ってから一時間が経った。キャラメルおじさんに変化はなかった。たまに、遊んでいる子供たちにキャラメルをあげる以外は、ただベンチに座ってどこかを眺めているだけ。ここまで変化がないと、さすがに僕たちも飽き飽きしてきた。最初は乗り気だったたっくんも、今では地面に寝そべってごろごろしている。すると、イライラを募らせていたマサキが無言で立ち上がった。


「……どこ行くの?」


「おじさんのとこ行ってくる」


「どうして⁉見つかったらダメだって!」


 マサキを止めようとした僕は、声を荒げてそう言った。言い出しっぺであるたっくんも「そうだぞ」と言うけれど、もうやる気が感じられない。マサキは続けて言った。


「このままやってても意味ないじゃん!」


「確かに、意味はないかもね」


 シュウが火に油を注ぐ。たっくんもこれにはカチンときたようで、素早くその場から起き上がってシュウの胸倉をつかみにかかった。これはまずい。僕は二人の間に入って止めようと試みたが、二人からは『邪魔をするな』というオーラが漂っていて入れそうにない。


「おい!やめろって!!」


 僕らがギャーギャーと騒いでいると、さすがにうるさかったのか、後ろから、誰かの影が近づいてきた。


「君たち、ケンカはいけないよ」


 声にびくりとし、僕らは一斉に振り返った。そこにいたのは他でもない、ニコリと笑った顔のキャラメルおじさんだった。


 ◇ ◇ ◇


「成程、私のことをね……」


 僕たちの話を聞いても、おじさんはずっと笑ったままだった。そして、勝手に後をつけようとしていたこと、ケンカのことをおじさんに謝った。すると、怒られると思って小さくなっていた僕たちに、おじさんはこんな話を始めた。


「私の息子は、キャラメルが大好きだったんだ。どれだけ機嫌が悪くても、キャラメルがあればすぐに笑顔になってね。私はその笑顔が大好きだった。大好きだったんだが、ある日突然、いなくなってしまったんだ。よりによって、私が怒鳴り散らかして家を出ていいた後だった。今でもすごく後悔しているよ。もう、息子の笑顔は見れないんだ。」


 そのときのキャラメルおじさんは、いつものニコニコ顔じゃなく、とてもとても悲しそうな顔だった。僕たちはそれを黙って聞いていた。しばらくすると、おじさんはキャラメルから目を離して僕らの方を向き「少し難しかったかな」と言って小さく笑った。そしておじさんは、いつものようにポケットからキャラメルを取りだして、僕たちに一つずつ渡してくれた。


「でもね、こうしてキャラメルをもらって喜ぶ君たちを見ていると、こっちまで嬉しくなってくるんだ。だからこれは、魔法のキャラメルなんだよ」


 おじさんは、いつものようにニコリと笑って、そう言った。


「ありがとう、おじさん」


 僕たちは深々とお辞儀をした後、キャラメルおじさんの真似をして、ニコリと笑って手を振った。キャラメルおじさんもまた、ニコリと笑って手を振り返してくれた。

 その日は、誰も、何も言わずに帰った。家に帰った僕は、おじさんにもらったキャラメルを口の中にゆっくりと入れた。ふと、話していた時のおじさんの顔を思い出した。

今日のキャラメルは、いつもと違って少しだけしょっぱい塩キャラメルだった。







 二十年後。


 昔とは少し変わってしまった公園で、僕はブランコをして遊ぶ娘たちを見守る。それにしても、改修工事があったのもあって、きれいになってるな……と考えながらぼうっとしていると、娘が大声で僕のことを呼んだ。すぐに駆け寄ってみると、娘の手にはひとつのキャラメルが握られていた。


「お父さん、あのおじいさんがキャラメルくれたの!」


 そう言って、娘はベンチに座る高齢の男性を指差した。そのおじいさんは杖に手を置き、丸ぶちメガネをかけていて、色あせた帽子を膝の上に置いて空を眺めていた。


「そうか。あの人はね、キャラメルおじさんっていうんだよ」


「おじいさんなのに、おじさんなの?お父さん、変なの」


 今日も、キャラメルおじさんは子供たちにキャラメルを配る。いつまでも、子供たちの笑顔を見るために。


お久しぶりの投稿でした。

文章がおかしい所もあるかもしれませんがご了承ください。何か気づいた際には教えてくださるとうれしいです。


この文章は高校時代の文芸誌に書いたものを大幅に加筆修正したものです。原型が残ってない(笑)

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