とある記者
3月某日、女子中学生による一家殺人事件が起きた。
犯人は名門私立に通う優等生であり、美人であることや陸上選手として有名だったことから不謹慎ながらもネットではかなりの話題が出ていた。
テレビのニュースでは顔は映らないものの、ネット上では『美しすぎる犯人』として顔が出回っている。
この度、私はその犯人である少女に話を聞くことに成功した。
「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」
まず、面会室で出会った彼女は殺人事件を犯したとは思えないくらいに穏やかそうな少女だった。
確かにネットでも話題が上がった通り、見事な美人だった。やはり中学生であるためか、少しだけ幼さを感じさせる。
ネットで出回った写真よりも、今の方がなんとなしに綺麗に思えた。
《さっそくですが何故、親二人を殺したのですか?》
「私を残して、二人で生きようとしたからです」
《虐待を受けていたのですか?》
これはネットでも皆が気になっていることであった。
犯人は親からの虐待を受けていたのではないかと。
しかしながら、彼女は予想に反してとても穏やかな笑みで否定した。
「まさか。暴力も暴言も何もなかったですよ。私がいくら喋ろうが父と母は無視してましたし、時々舌打ちされるくらいでしたね」
そういった彼女の目は、何処か虚ろであった。
無視をされるというのは、存在が無かったことにされることである。一人で喋り続けてきた彼女は一体、どんな思いで話しかけていたのだろうか。
《話に聞けば、とても仲のいい恋人がいたそうじゃないですか》
「はい」
《殺すとき、その恋人は思い浮かばなかったんですか?》
「勿論、浮かびましたとも」
誇らしげに彼女はそういった。
自分の素晴らしき知人を紹介するような無邪気さで話す。
「恋人の顔や、優しいおばさん、大好きな親友に、大恩のある先生、可愛い後輩…沢山浮かびました。あの人達はとても優しいからきっと悲しむだろうなって……私に失望して縁を切られたら嫌だなって…」
そういってから、彼女は目を細めて断言する。
「浮かんだ上で…殺そうとしたんです」
……。
《それは何故ですか?》
「物語を終わらせるためです」
シンプルに彼女はそういった。
その真意を確かめる前に、面会時間が過ぎてしまった。
さて、ここからは彼女の周辺について書こう。
「ちゃんと引き取ります。私が引受人になりま…す。あの子は……なにも悪くないんです」
そう裁判長に訴えかけたのは、犯人の恋人である母のTであった。
苗字と名前が一緒という特徴を持つ彼女は、綺麗で美しい容姿に反して継ぎ接ぎだらけの体をしており、それすらも魅力に移るような人だった。
因みに彼女は、少女が殺人を起こしたと知った時に瞬時に夫に相談して腕のいい弁護士を雇い、少女の減刑を目指した。
まるで全てを予想していたかのような、もしかしてこの殺人の片棒をかついでいたのでは思う程の手際の良さだったという。
「私が…私がもっとちゃんと見てあげればよかったんです…!!あの子は悪くないんです!だれだって…だれだって…親に捨てられそうになったらぁあなります!あれは心の正当防衛です!」
Tはそれはそれは女優顔負けの迫力で裁判長や周りに訴えかける。
私もその迫力に思わず呑み込まれそうであった。
その後も、Tはあらゆる手をつかって裁判長やその周囲の同情をかい、減刑を要求した。
「結婚するつもりです」
そういったのは、犯人の恋人であるRであった。
あの母親の息子だけあって、やはり綺麗な顔立ちをしている。
この少年も犯人の恋人としてネット上で写真が出回っていた。
《彼女は殺人を犯しましたよ?》
そう質問してみるが、彼は薄ら笑いを浮かべる。
それはどこか不気味でありながらも、彼女と同じ様な魅力を放っていた。
「…俺はずっとあの子と付き添うつもりです」
それは本当に覚悟を決めているものの目であった。
本来は恋人が殺人を犯せば恐れおののくか、自分は無関係と言い張るところにも関わらず…彼は全てを受け入れている顔だった。
《あの子は…アナタがいるにも関わらず殺人を犯しました。アナタでは抑止力にならなかったんですよ?》
「はい、なので俺が殺してやればよかったんです。そうしたら…彼女は…」
そこで彼の言葉は止まった。
プチリと切れてしまったぜんまいじかけの人形のようにピタリと止まったのである。
《…Rさん?》
「……ッフフ…」
長年の記者としての血が警告を促す。コイツヤバイニゲロ…と。
私はすぐにインタビューを打ち切った。
その後も彼女の周りを取材してみたが、どれもこれも彼女を肯定するものばかりである。
『頭がよくて明るくて社交的。笑顔の可愛いく、少し完ぺき主義な所はあるが周りにそれを押し付けず、人格的にも何もかもが恵まれている女の子』
総合するとこんな感じであった。
彼女は沢山の人望があり人気者だったらしく、現在は署名活動までしているらしい。
野次馬やネットをかいしたことでも、今の段階で集まった人数が30000人を超えていることから、彼女の人気っぷりが伺える。
そして、最終的な判断が下される裁判の日には沢山の人物が押し寄せた。
恋人やその母は勿論、教師や親友や友人や部活仲間…後は私を含めた記者関係なども沢山押し寄せ、最終的に傍聴は抽選となったほどだった。
そして、裁判長が判断を下した。
「主文、被告人は……」
結論からいえば、彼女は無罪ではないものの…かなりの軽刑であった。
彼女が未成年であること、家庭環境の崩壊、引き取り人がいること、反省が見えていること、これからの生活で十二分に更正出来ることを考慮して、その軽い判決だった。
傍聴席はみな喜びあった。
彼女の恋人もその母も父も親友も弁護士も部活仲間も教師一同も…記者までもが喜んでいた。
しかしながら当の彼女だけは…相変わらず空ろな目であった。
《何故、罪が軽くなったのに嬉しくなさそうですが、何故ですか??》
裁判後、私は拘置所にいる彼女に聞いた。
「いえ、ただ…父と母の命の価値はそんなものだったんだなって」
虚ろ空ろに彼女はそういった。
悲しいというよりも…悔しい、プライドを傷つけられたような顔をしていた。
「……」
私は……メモとペンを下に置いて、声帯を震わせた。
「少し…聞かせてください」
「はい、何でしょう」
「君を満たすものは…親じゃなければ駄目だったんですか??」
アレだけ彼女を慕う人たちがいて、恋人がいて、大人だっていた。
それだけ恵まれた環境でも尚…彼女はあんな親でなければならなかったのか。
俺の見解からすれば……彼女が手を汚さなければならないほど、あの親を愛する価値なんて合ったのだろうかと疑問に思う。
「はい。親でなければ満たされませんでした。『家族』に成りたかったんです、『夫婦』と『私』ではなく……『父母子』がよかった」
「何故、そこまで執着したんだい?いくら親でも……話を聞く限り最低じゃないか」
人のことはあまり悪くいいたくないが……俺、個人としてはそう思う。
無視され続け、愛されなかった環境にも関わらず……どうして彼女はそこまで親に執着し続けることが出来たのだろうか。
その答えをもつただ一人の彼女はニッコリと可愛らしく笑った。
「そうですね。強いて上げるならば……私の名前が『愛子』だからです」
ニコニコと、彼女は笑う。
無邪気に健気に笑う。サンタさんにプレゼントを貰った子供のように笑った。
「『ずっと待ち望んでいた愛する子供だから愛子にした』……って、遠い昔に父と母がそういってくれたんです。多分ですけど……産まれた時点ではまだ愛があったんだろうなって……」
そういいつつも、彼女の目は『絶対に違う』と出ている。
違うと思っても尚、彼女は遠い昔の話を続ける。
フィクションであることが前提のお釈迦話をするように彼女は話す。
「4歳の時には、一緒にお花畑にいったんですよ?綺麗な花だね…って、花冠を作って私の頭にのっけてくれたんです。
そういうことにしたかったんです」
彼女は途端に大人っぽい表情でそう締め括った。
まるで純潔を散らされた処女のような……そんな怪しげな表情。
「最後に一つ……よろしいですか?」
「はい、どうぞ」
「何故……貴方は自殺しなかったんですか」
父母子でいたいならば、孤独が怖いならば……彼女は自殺を選ぶのではないだろうか。
そんな俺の凡庸な質問に……彼女は涙した。
1滴の水が目から頬にかけて一筋につたっていく。苦しげな悲しげな……いや、物凄く悔しくて悔しくて仕方のない駄々っ子のような顔をして……
笑顔でいった。
「父と母より……大切なものがあったんです」
どうやら、彼女の物語はまだまだ終わらないらしい。