おくりもの
「や、あれはなんだ?」
空を見上げた人々は口々に言い始めた
遥か上空になにやら黒い物体が見える
動きはなく、形も遠すぎてわからないが、確かになにか異質なものがあることはわかった
まもなく避難警告が発令された
どうやら動きがないと思っていたその物体はこの地域に落下してきているらしい
その証拠に、最初こめつぶくらいだったそれは四角い形が確認できるほどまで近づいてきた
巻き込まれてはたまらない
たちまちその地域には誰もいなくなった
もともと荒廃してなにもないところで避難もすぐにすんだのだ
「落ちてくるぞ」
遠くへ避難した誰かがそう言った途端大きな音をたてて黒い物体は地面に落下した
しばらくして探索チームが組織され、落下地点へ向かう
周りも野次馬精神にかられ、いつの間にか物体の周りには人々が大勢集った
それは真っ黒なロケットのようだった
衝突のダメージで少し歪んでいるようだ
すぐにあらゆる専門家がそのロケットの周りを調べ始める
「何でできているんだ?」
「見たこともない頑丈な物質だな」
「どこから来たんだ?」
「俺たち以外の生命体がいる確たる証拠だな」
「中はどうなっている?」
「出入口のようなものがあるが、歪んでいてうまく開かない」
「ちょっと待て。中に何が入っているのか分からないのに開けるつもりか」
「開けないと何が入っているのか分からないだろう。」
探索は一時中断して話し合いの場がもうけられた
中身がなんなのかどこから来たかも分からないのだ
宇宙人の侵略計画の一貫の可能性もある
有害な毒ガスや生命体、未知の物質が入っているのかもしれない
しかし友好の証としての贈り物やメッセージかもしれない
中身を確認するか否かの話し合いは長期に渡った
そのまま地下深くに埋めてしまおうと言う者もいたが、好奇心は抑えられない
危険は承知でも開けてみようということになった
大勢が集まる中、ロケットの入り口部分をこじ開ける
しかし、頑丈な物質だけになかなか開かず、夜になってしまったので、また明日ということになった
好奇心がますます高まり、明日が待ち遠しくなる
結局、数日かかったのちようやく開けられるときがきた
大勢の視線が注目するなか、おもむろにドアを開ける
全開に開けられた途端、嗅いだことのない素晴らしい香りがただよってくる
中を覗いた人々が感嘆の声をあげた
そこには大量の物体が入っていた
どれからも甘く爽やかで素晴らしい香りがしてくる
探索チームはよたれを垂らしながらもそれを外へすべて出し始めた
直接触れないよう注意しろと言われたものの、みな口に入れたくてしょうがない
すべて運び出すのには半日かかった
それから物質を細かく調べ始める
どれも見たこともないものだった
どろどろしたものや、異様な形の硬めのもの、薄いものや長いもの、重いものやふわふわしたもの、ぷにぷにした感触のもの、鋭く尖ったもの…
結局、どれひとつとしてなんなのかは分からなかったが、どれからも思わず食べたくなるような香りがしてくることは分かった「ひとつ、食べてみようじゃないか」
誰かがそう言った
食べ物かどうか、危険かどうかもわからないがその香りを嗅いでそのままなのは我慢できない
誰もが限界だった
そして大多数の立候補者の中、ある一人が選ばれ、食してみることになった
何があるかわからないので、同意書にサインもし、側に医療班もスタンバイさせる
大勢の注目するなか、その一人はひとつころころした物体をつまむ
口に入れた瞬間人々ははっと息をのみ、その表情の変化をじっと見ていた
「なんだこれは」
口に入れ、しばらくしたのちそいつは大声で叫ぶ
表情は晴れやかで目は輝いている
「こんなおいしいもの食べたことがない」
群衆が前のめりになって感想を聞く
「どんな味がするんだ?」
「食べた瞬間力がみなぎってくるようなんだ。甘くて爽やかで…いいや、こんなもの言葉で言い表せない。食べればわかる」
「体に異変はないのか?」
「今のところは。いや、しかしこれでなにか起こったとしても本望だ。それよりもっと食べてもいいか?」
「俺にも食わせろ」
「私にも」
一気に混乱が生じる
何とかして口に入れようと手を伸ばすものとパニックを沈めようとそれをおさえるものとが入り交じる
「ああ、あれはなんだ」
そんな中誰かが空を見上げて叫ぶ
遥か上空にまた黒い物体が浮いていた
1つ、いや2つ、3つとその物体が現れ始めたのだ
人々は一丸となって空を指さし感嘆の声をあげる
それは人々の大きな希望となり、誰もが幸せな気持ちに浸っていた
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「今月の分は全て打ち終わりました」
一人の青年が報告に来る
ここは地球のある宇宙センターの官長室
ソファに官長らしき人物が座っていた
「御苦労様、丁度ワインを開けたんだが一緒にどうだい?」
「いただきます」
青年は官長の前に腰掛ける
官長は窓の外を眺めて微笑む
「どうだ、きれいな景色じゃないか」
そこには多くの町の光が見えるすばらしい夜景があった
青年もその景色に目を向ける
「それもこれも世界の大量のごみをロケットで宇宙へ打ち上げられるようになったからですね。埋め立て地もなくなり、ごみの処理が問題になっていた昔とは大違いです。今やロケットの開発も進み、世界のあらゆる都市で毎月のように打ち上げられるようになりました。ごみが散乱する場所は無くなり、水もきれいになりました。」
「地球の美しい姿を維持できるのはとてもうれしいよ。」
「ええ、しかし本当にこのままでいいんでしょうか」
「なぜだい?」
「いいえ、ただ、発展した今の研究でも宇宙の構造はまだほとんど解明されていません。今まで発射してきたロケットが年月を経て、反対側から戻ってきたりして…」
「なかなか面白い発想をするね。」
「いえ、ただの冗談です。」
「どんな想像も自由さ。宇宙はまだ未知がいっぱいであるしね。まあ、でも、君の発想のようにロケットが帰ってくることはないだろうね。その前にどっかの星にぶつかってしまうだろうから。」
「もし、大量のごみが同じ星に着いたとしたら、そこは過去の地球のようになってしまうでしょうね。」
「まあ、私たちには知るよしもないことだ。」




