第四話 トンネルの向こう側
驚いたことに、老婆は走っていました。
目の前には、どこまでも続く長いトンネル。
足はしっかりとして力強く、もう、杖もいりません。
体は素早く動くし、トンネルを行けば行くほど、どんどん早く走れます。
とうとう地面から浮き上がったような気がしました。
まるで、体がなくなってしまったようなのです。
老婆は、すっかり自由になったと感じました。
そうして、走り続けてどのくらい経ったでしょうか。
ついにトンネルの出口が見えました。
明るく柔らかな陽の光が差し込んでいます。
老婆は今までよりもいっそう強く地面を蹴り、光の中に飛び込みました。
・・・・・・
サクラは森の中にいた。
明るく暖かい木漏れ日が降り注ぎ、柔らかく優しい風が体を撫でる。
清浄な空気は都会に暮らしていては決して味わえないもので、サクラは深呼吸して胸いっぱいに取り込んだ。
木々がたてるサワサワとした葉音と、小鳥が鳴くチチチッという鳴き声以外、何も聞こえてこない。
そんな自然の静けさは、サクラの心に安らぎを与えた。
「そうか、ここが極楽浄土じゃな。ワシは、無事に成仏出来たのか」
悪人と指差されるようなことはしてない人生ではあったが、人並みに欲はあった。
もしかしたら成仏出来ないのではないかという不安が心の片隅には存在していた。
そんな考えが杞憂であったことにサクラは胸を撫で下ろした。
その時、足元に落ちているものが視界に入った。
いつも着ていた着物と、お気に入りの木櫛、旦那との思い出の簪であった。
「ああ、もしや、一緒に荼毘に付したのか」
自分の名と同じ柄の着物は、一目見て気に入り、家族に相談せずに買った物だ。
後で家族に小言を言われたが、以来大事に着ていた。
木櫛はサクラの兄が嫁入りの時に持たせたくれた物で、毎朝毎夜この木櫛で髪を梳いていた。
お陰でこの木櫛はサクラの髪によく馴染み、いつも綺麗に流れていた。
白いすずらんをあしらった簪は、旦那がサクラの誕生日にプレゼントしてくれた物だ。
ぶっきらぼうで恥ずかしがり屋なくせに精一杯格好つけて、渡すときは耳が真っ赤になっていた、そんな旦那に二度目の恋をしてしまった。
「着物はありがたいのう。正直、この羽織一枚では薄くて恥ずかしいわい」
早速着替えようと白装束を脱ごうとしたとき、サクラは自分の体に違和感を覚えた。
腕や足の関節が痛まない。
よく見てみれば、肌のシワが消え、かわりに張りと艶がある。
腰まで届く髪は黒々としていて、白髪は一本も見当たらない。
老いとともに無くなった胸も、慎ましいながらもしっかり膨れていた。
何よりも、先程から声がしゃがれてない。
「これはもしや、若返ったのか?」
鏡がないので顔を確認することはできないが、触った感じでは間違いない。
おそらく、十代後半から二十代前半くらいだろう。
試しに日本舞踊を舞ってみれば、体は素直に動き、期待以上の舞が舞えた。
「また体が思い通りに動くようになるとは。流石極楽じゃな」
ほうっ、と一息吐いたとき、サクラは自分が中々きわどい格好であることに気づいた。
着替えようとしていたため、帯を外した白装束ははだけており、珠の様な肌が見えていた。
誰が見てるわけでもないが、自覚した途端に恥ずかしくなり慌てて前を閉じて、そもそも着替える途中だったことを思い出し、そそくさと着替えを再開した。
・・・・・・
帯をしっかりと締め、木櫛で整えた髪を纏め、簪で止めれば、生前と同じいつものサクラの格好である。
違うのは着ている本人の若さだけで、それも良い方に働き、大和撫子というに憚りない。
「ふむ、こんなものかの」
着替えた後は、着ていていた白装束を丁寧に畳む。
その時、白装束の袖の部分からカサリと音がした。
「ん、何か入っておったのか?」
袖をあさってみれば、一枚の写真と紙が出てきた。
裏には「マスターへ 邪神討伐クエストクリア時 サブマスターより」と書かれている。
「あやつら葬式には間に合ったのか」
写真はサクラがやっていたゲームのスクリーンショットで、六人が並んでポーズを取っていた。
これを見て、サクラは振り返る。
邪神討伐クエストはゲーム内の最終ストーリークエストで、同時にゲーム内の最難関クエストだ。
ストーリークエストであるのにも関わらずパーティプレイ推奨で、このクエストが実装されてから二週間、クリアの報告はなかった。
そのあまりの難易度にプレイヤーから苦情が出始め、運営がレベル上限を開放することでやっとクリアするプレイヤーが現れるようになったが、それまでにクエストの配信が始まってから一月も経っていた。
当初のレベル上限が五百レベルで、このクエストを最初にクリアしたパーティの平均レベルが六百五十レベルであったことを考えると、レベル上限開放前は相当な無理ゲーであったことが裏付けされた。
そして、何を隠そう、最初にクリアしたパーティの一人がサクラである。
当時のトッププレイヤーがギルドや所属国の垣根を越え、邪神攻略の為だけに組んだチームは、名実ともに最高のチームであった。
「懐かしいのう。この後二人でクランを立ち上げたんじゃった」
討伐に成功し、名前が売れた二人はクランの仲間からは多くの称賛を受けたが、ギルドマスターと一部のメンバーからやっかみを受けてしまった。
それに嫌気が差した二人はクランを抜け、所属国を変え、新しくクランを立ち上げることにした。
何人かは付いてきたが、所属国を変えるには課金が必要なのでほとんどのメンバーとは分かれることになった。
以来、最前線に立つよりも初心者の育成などに力を注ぎ、トッププレイヤーの座からは退いた。
「まあ、クランを大きくするのは面白かったから良いのじゃがな」
サクラは写真を大事に懐に入れると、紙の方を調べた。
紙には黒丸の中心が四角に白抜きされたものが六つ並んで描かれていた。
「これは、三途の渡しで使う六文銭。何故、ここに・・・・・・」
もしや、ワシは、まだ三途の川を渡っておらんのか?
気づく方もいるかもしれませんが、冒頭の文は「わすれられないおくりもの」をオマージュしております。
子供のころ、母によく読んでもらいました。
いまでも大好きです。
やっぱり、全体的に短いなー
情景描写にがてなんだよなー
でも、頑張らないといけないよなー