愛する国を守るのです!
後1話で完結予定。
自決は聖なる儀式。ルフレを守る巫女にとっては神聖な儀式も、初めて目にする者たちにとっては愚かな行いとしか映らないだろう。
理解してほしいとは思わない。
代々巫女――神子としての記憶と能力を持つ者のみに受け継がれる結界を創造する儀式なのだ。
その命で持って国を守る、大切なお役目。
初代様が精霊王と交わした約束事。
巨大な力の代償を己が命で賄えることは、とても名誉なこと。大切な自国を守れるのだから、生に執着はない。
生といっても私は結界として生き、本来の寿命が尽きるまでルフレを守る役目に就く。ちなみに神子の寿命はおよそ200歳~300歳、不老。
力の代償の代償とでもいうのかしら。精霊王に出逢ったら教えて頂こう。
精霊王との盟約により与えられし恩寵。それが小国でありながら豊かな自然と豊富な資源。
閉鎖的な国が国交せずに暮らせるのは、すべて開国の祖、初代国王の民衆に対する優しさ。
精霊や妖精に好かれやすい生まれ持った特異性も相まって、自国を守る強靭な結界の力を精霊王より授けられたとされる。(ノワール王国の図書室で見つけた歴史書の内容から抜粋)
微かに残る前世の記憶から見ても、歴史書の内容と似たりよったり。歴史書では王族に連なる者が結界の力を与えられると記載されていたが、どういった条件の元発動されるのかは記載されてはいない。帝王学のひとつとして学ばれるようだが、ルフレの歴史書を図書室で発見できたのは運が良かった方だ。
もっと知りたいとなると帝王学を学ぶ王太子かノワール国の王に訊ねなければならない。それだけは死んでも嫌だ!
本来なら厳重な管理の元、保管されていてもおかしくない本が普通に本棚に並んでいたときの私の心境はとても複雑。
新人司書が保管場所を間違えたことが発覚し、すぐに陛下の蔵書室へ移されてしまったが。一度見たモノは二度と忘れない能力が功を奏し、本の内容はすべて覚えている。
もっとも門外不出なモノ――ルフレ王家と精霊王との繋がり――をおいそれと国外へ出すことはない。文献も然り。ルフレの神官長が代々口語でのみ語り継がれる。
神子は記憶として受け継がれる。私は世代様の記憶とご本人から学ばせて頂きました。
活発な母は王宮の暮らしに飽きて、見聞を広めるという名目でノワール王国の市民街で暮らしていた変わり者の姫。同盟国でも敵国でもないが、それでも脅威となる国に住むとは――…
クスッと笑いが漏れる。
(だからこそお父様と出逢えた)
光が増える。
下半身は薄れ、あとは上半身を残すのみ。意識が薄れ出せば一瞬で結界となる。
残り少ない時間で私は色んなことを知る。
消えゆく私に縋りつく異母兄姉を優しく抱き締め、逃すまいと抱きこむ父の背を軽く叩く。視界が父の胸元で塞がれてしまったが、僅かな隙間から周囲を見渡した。
一番に視界に入ったのは玉座に続く隣室の扉前に佇む2人の女性。
一目で高貴な身分の女性だと分かる色鮮やかなドレスと高価な宝飾品の数々。手入れのいき届いた髪は艶やか。
王妃と第一側妃が美しい顔を歪ませ、こちらを見つめている。
この光景が不愉快なのだろうか? と一瞬過った考えを一蹴する。異母兄姉の態度を見れば一目瞭然。
廊下をすれ違うたびに怜悧な眼差しで見下ろされていたので苦手意識を持ってしまったが、本当はいつも私のことを心配しているのだと教えてくれたのは、別棟で働く侍女と侍従。そして私の護衛騎士であるお父様。
別棟で働いてはいるが良家の子息令嬢たち。
王宮内で人脈を広げ、公の場に出ても揺るがない地盤を確保するため奮闘する方たちは、妃付きの同年代の者たちと知り合いになった。
そのとき「秘密ですよ」と教えられた矜持の高い王妃と第一側妃の本当の素顔。
私には黙っていたようだが、隠し事をしていることはバレバレ。それが何であるのかが分からなかったものの、過去を振り返るたびに思い出すモノもある。
風邪を引いて別棟で数日籠っていれば名無しの差し入れがふたつ届く。
本来送り主の名がない贈り物は贈り先には届かない。だのに、私の手元にはいつも届く。死んだ魚のような目をしたジュークが持って来るのだ。
相手が上司だろうと、果ては王族だろうと私に害なすモノをすべて排除するジュークがだっ!!
『ヴァーベナ様に悪意のない方からのお見舞いの品です』
ニコリと(死んだ魚の目のまま)笑うジュークを見上げ、悪意があれば排除していたんですねと納得し、受け取った見舞いの品。
誰? とは訊ねたことはない。
お礼を伝えていてとジュークにお願いし、私はそれ以上関わらないようにする。贈り物はすべて――捨てた。
ジューク以外の者たちの目の前で人の好意をぞんざいに扱う。
別棟では行わず、王宮に使える者たちの目の前で扱う。その方がより効果的だからだ。私のことをよく知る者たちの前で行っても
「またヴァーベナ様はそうやってご自身の評価を下げる。本当は優しい姫様なのに、そこまでする必要があるのですか?」
私のことをよく理解しているだけに、温かな眼差しで見られるのが苦痛だ。本当に私の性格をよく理解してますよね! 話が脱線しました。
「酷い」と詰る侍女を冷たく見据え、「非道」と陰口されても注意するどころか広まればいいと願う。も。
私に対する評価を(王宮で働く者たちからの)イヤというほど努力して下げたはず……が、高貴な身分の女性方はとてもお強い精神の持ち主なのを忘れていました!
『人気があるからといって、ヴァーベナの好みではないのね』
『あの子のことをきちんと理解しておかないと。不快な気分にさせてしまうわね』
どうして思考がそっちへ向く!!
拒絶の意味を含めての貰い物をゴミ扱いなのに、妃様方の中では私の好みではなかったから捨てられても当たり前と思われてしまっている。
物は大切にしましょうね。とお母様から教えられている身としては、妃様方の贈り物も本当は大切にとっておきたい。心のこもった贈り物こそ大切に扱うべきものをぞんざいに扱っても、妃様方の思考はとても前向き。
今は捨てるのは止めて部屋の片隅にまとめて飾ってます! 部屋の一部が豪華絢爛になってしまいましたが、気にもなりません!
思い出すだけで泣けてきた…
身体が結界へと変化するにつれ意識が朦朧とすると教えられていましたが、朦朧とするよりも思考がどんどん変な方向へ進んでいくのは何故でしょう?
妃様方の今にも泣き出しそうな表情を見てしまったから? まぁ! 王妃と第一側妃が大勢の前で走るものではありませんよ。
…聖なる儀式とはいえ人前で自決に似た行為を行った私が言うのもなんですが。
光が強くなるにつれ、ルフレ国土を覆う結界の強度が取り戻されていくのを直感で感じる。そこに新たな力を付随させ、半永久的結界を再構築させていく。
悪意ある者を排除し、平和と優しさが溢れる国になるよう、願いを込めて……
≪フィーア≫
懐かしい声が私を呼ぶ。
薄れゆく視界の中、反射的に呼ばれた方へ視線を向けた。いつの間にかお父様の胸に抱きこまれる形になっていたので、上を向くにも悪戦苦闘。なんとか隙間を見つけお父様の腕から頭を出し、上を向く。
向けた先は真上。神秘的なステンドグラスからの輝きに混じり、黄金に輝く人の形をした影。
「………お母様」
ポツリと呟けば、黄金に輝く人らしき影から手が伸び、私の頭を優しく撫でる。
髪を梳かすように撫でる優しい懐かしい撫で方に、私の涙腺は簡単に――崩壊した。
「お母様!」
≪よく頑張りましたねぇ。フィーア≫
「お母様!!」
バッ、と宙へ両手を伸ばす。突然の私の行動に抱き締めていた3人は顔を上げ、私が向ける先を同じように見た。
だが、何もない。
あるのは今上陛下に不似合いのステンドグラスがあるだけ。と映っていることでしょう。
無理もない。お母様は精霊の力を借りている。“視える”のは魔力の高い者か精霊に愛されし者。お父様の目が見開かれているあたり、ぼんやりとは感じ取っているのでしょう。
お父様は“精霊に愛されし御子”。
指先は完全に光の粒子へと変化し、物を掴むには困難な状態になっていたが、抱き締めることはできる。
黄金の人型に抱きついた。
光なのに、人の温もりを頬に感じる。
光なのに、優しい香りがする。
光なのに、お母様の懐かしい笑みが視界いっぱいに映る!
「お母様! お母様! お母様!!」
≪はいはい。フィーア。そんなにわたくしを呼ばなくても消えませんよぉ≫
「………」
どこか少し緩い口調は間違いなくお母様だ!
抱き締めた瞬間、黄金は人の形を明確にし、そこには亡きお母様が微笑んでいた。病気で床に伏したときの痩せこけた姿ではなく、元気溌剌のお姿。
元気が良すぎて王家の末姫だと教えられても、信じられませんでしたが…
私を優しく抱き締め、背中をポンポンと一定間隔で叩く。懐かしさに再度涙が零れる。
お母様との抱擁を堪能し続けていれば、気になるのは――視線。
一番強く感じる視線の主をちらりと見れば、静かではあるものの滝のような涙を流していた。声を出さずに大泣き出来るとは……さすがです。お父様。
「お母様! 私は―――」
≪分かっていますわぁ。フィーア。わたくしの大切な宝≫
「お…かあさまぁ」
≪貴女が生まれたときから決まっていた運命。それが早いか遅いかの違い。貴女が決意したことに母は何も言いません。見守っているから、最後までやり遂げなさい≫
「はい!」
お母様の温かな後押しに、強く頷く。私の頷きを見届けたお母様は、お父様へ手を伸ばし涙が流れる頬を一撫でし、消えた。
お父様の目が再度見開かれる。撫でられた方の頬へゆっくりと手を伸ばし、静かに微笑む。もしお母様が消えていなかったら、手と手を取り合い柔らかく見つめ合う仲睦まじいお姿が見られたことでしょう。
庶民と貴族の嫡男として出逢い、愛し合った日々のように―――――
ステンドグラスから降り注いでいた色とりどりの光が真白一色に変わる。お母様を抱き締めていた腕を天に向けて挙げた。
この光はルフレに住まう精霊王がお越しになった証。お迎えが来たということは、私がこの世に居られるのもあと少し。
“人”としての形を失うが、死ぬ訳ではない。私は愛する国を守る結界として、残りの寿命を全うするのです。
「“4番目の名において精霊王に願い奉り申し上げます。我が守護せしルフレを、全ての悪意からお守り下さい。我に悪意を排除する力をお与え下さい。我が願うものはルフレの平和と繁栄。何モノからも支配されず、また支配せず、民が心穏やかに過ごすことを望みます”」
≪あい、分かった≫
(ふおぉぉぉぉぉお!!)
ズシンと腰に響く重低音の美声が頭の中に響く。
10歳児を腰砕けにする美声は有りですか?! 有りですね! 私、秘密にしておりますが結構良い声が好きなんです。今まではお父様のお声が一番でしたが――申し訳ありません! たった今一番は替わりました! ちなみに陛下は除外です。声が良くても性格や何もかもが嫌いなので!!(←強調)
この声の持ち主は誰?! と捜さなくとも、精霊王のお声なんだと瞬時に理解する。
頭の中に直接話しかける能力なんて、そうそういません。大国中捜しても片手で足りるほどの人数しかいないはずです。
魔力よりも特定の人物を指定して話しかける探知能力に長けていないと使えない代物だと、お父様の講義で習った覚えがあります。
王宮魔術師に魔法のことを訊いてもあまり良い顔をされず、話しを逸らされる(王太子命令)ので護衛騎士(お父様のことです)にお願いしたところ、あっさり了承して下さった日は小躍りしましたね。
誰もいないと思っていた私室で踊っていたところ、こっそり護衛騎士に見られていた真実は、全力でなかったことです。なかったこと!
≪フィ、4番目?≫
困惑した美声が背後から聞こえ、本気で腰が抜けかけプルプルする足を叱咤し、振り返る。
振り返った瞬間、温かな風が吹き抜け、風の勢いに目を庇う。勢いが強くて倒れそうになる体を、足と腰に力をいれることで耐え続けた。
―――謁見の間に突如起こった暴風は、振り返った私の光の粒子をすべて空へ押し流したのを、別の物に意識が向けていた私は知らない。
泣き叫び、呼び止めようと声が嗄れるほど何度も名を呼ばれ、駆け付けた王妃と側妃が手を伸ばしかけたことにも気付かず、ノワールの地から去った。
とても呆気ない終わり方だったと、後に後悔することとなるが、今の私は知らない。
王太子が悲痛な叫びを上げ、私を抱き締めようと走り寄っていたことも、一生知ることは――ない。
王太子の気持ちもちょっと書きたいなぁと思う今日この頃。