謁見と侵略
登場人物増えます。
説明っぽい内容…
呼び出しから遅れて十数分。
遅れて玉座の間に到着した私たちを向かえたのは、広い間の窓辺に等間隔で立つ王専属の近衛騎士と臣下。数段上に配置された玉座と対面するように並んだ二列の椅子。
前列が三脚。後列に一脚。……簡単に想像出来る王宮勢力図ですね。はい。
前列には王太子、第二王子、第一王女が坐し、豪奢な扉をくぐる私へちらりと視線を向け、すぐに前を向く。王の側妃ではありますが、庶子出身の母の子には興味ありませんものね。
ジュークの手を借りて下座に坐した私の傍に影が差す。私から一番近い窓辺に移動したジュークが戻って来たのかと思う――訳がありません。
顔を上げる必要もありません。慣れた気配と視線です。
「ヴァーベナ。遅かったな」
「………」
さっそく苦手な方の嫌味攻撃を受けてしまいました。
先ほどまで前列中央に座っていた王太子が席を立ち、私に話しかけてくることにいちいち驚いていては心臓が持ちません。この場に居る者たちもそのことで驚く者は少なくなった。内心は知りませんが。
片親の血しか繋がっていない異母兄妹ですが、私は他の王の子――3名とは親しくない。
王太子は王妃の実子。第二王子、第一王女は第一側妃の子でありますが、その側妃が王妃ととても仲の良い従妹なのですから。想像は出来ますよね?
王宮で村八分の10歳児って、私しかいません。気にもなりません。
深層の令嬢とは違い、結構肝が座っている、神経が図太いと別棟で働く侍女たちが話していました。私の目の前で……気にしていません! それだけ別棟の皆さんと仲が良い証拠なんです! 私の立場を忘れている節がありますが…
この場合は全力で無視させて頂くのが得策なのです。
「挨拶もなしか」
「お久しぶりでございます! 王太子殿下」
別に見つめ続けられることに耐えかねて返答した訳ではありません! 何を考えているのか分からない笑みを浮かべて見つめられることが気持ち悪く思ったからです!!
「声を出せたのか。しばらく顔を合わせない間に話せなくなったのかと思い、心配したではないか」
「―――!!」
台詞は優しいものなのに表情と一切かみ合ってません! 腹が立ちます! 人を見下す瞳! 琥珀の瞳が私の姿を映しこむ度、口には出せない怒りがいつも湧きます!!
私の兄――ノワール王国第一王子――カインの人をバカにしたような物言いが本当に嫌いです。
王太子が正妃の御子。私は側妃の子。
同じ王の血を継いだ異母兄妹だとしても、あちらは一切私を認めてはいない。私は王の子であっても、身分は彼らより下位。下手したら行儀見習いで城に使える侍女や侍従の方(上位貴族の子供)が、扱いが良かったりします。
……私の棟では身分の関係がないように思います。
王女として敬って下さいますが、忙しければ仕事を渡してきますからね。私は棟の主よ? と訊いたところで空返事で終わり。仕事を手伝う破目になってしまいます。
和気藹々と雑務をするのは楽しいので、構いません。何事にも器用にこなせてしまう私も悪いのでしょう。
何事にも全力で器用にこなせるようになったのは、母の教えです!
「人の話を聞いているのか?」
「………」
まったく聞いておりません。
意識も別のものにすり替えていましたし。早く陛下はいらっしゃらないかしら?
返事のない私をしばらく見下ろしていた王太子は漸く諦めたのか、一列目中央の――玉座の次に豪奢――椅子に腰をおろす。誰にも気付かれないほど小さく息を吐き出したとき、陛下の入室を告げる宰相の声が広間に響き渡った。
***
椅子に座っていた者たちは立ち上がり、玉座の階段を上がる陛下に向けて頭を垂れる。
陛下の一声がかかるまで頭を上げられないのが苦痛です。首が痛いとかではなくて、周囲の様子を観察できないのが辛いのです。
横目で窺える範囲は狭く、情報収集したくとも欲しい情報は陛下に直接頂くしかありません。それに肌に感じるピリピリとした空気が耐えられません。
大人びていると言われていますが、私はまだ10歳の子供。社交界デビューも済んでいない未成年者。
未成年だからといって大人に頼るのも嫌です。突き放すか過保護になるかの超極端なんです! 選択の幅が広がってもよいと思いますよ? ジューク。
「面を上げよ」
バリトンの良い声が広間に響く。
陛下のお言葉で顔を上げた私は、久しぶりに見る父王の様子を窺っていた。何度見ても私と似たところがない父。
黒髪に紫の瞳の私に対し、父は銀に近い金髪に金に近い琥珀の瞳。
私以外の三兄弟はどちらかの色を持ち合わせているのに私だけが別。ジュークは母に似たからと言ってくれたが、城内では母の不義で出来た子供だと噂されている。
その方がいい。人を人とも思わない王の血など受け継ぎたくはない。最高の身分に縛られたくはない。
私は自由でいたい! 大切な人を守り、大好きな場所を守れるなら王族でなくてもいい。
座れと、身振りだけで指示を出す陛下の言葉に従い、私は腰をおろす。
先ほどから冷や汗が止まらない。威圧ある陛下に見つめられているのもありますが、それとは違う嫌な予感が私の中に生まれていた。
これから陛下は何を話すのか?
分かりきったこと。演習場で見た光景の説明を陛下の口から詳しく聞かされるのだ。
母の形見であるロザリオを服の上から握りしめる。
平民でありながら母が大切にしていたロザリオは銀で出来ており、薔薇の形に宝飾されたガーネットとルビー、蔦模様に配置されたエメラルド。星空を表すサファイアの宝石の数々が母の身分に相応しくない物であった。
プレゼントされた物ではなく、代々母の家の家宝としてあった物らしい。
母の母。つまり私の祖母から母が受け継いだ物で、母が身ひとつで王宮に嫁いだときの唯一の持ち物だったそうです。宝飾に目がない王族や貴族が喉から手が出そうなほど欲しがる品を持つ母は、それを私に譲ってくれた。
大切な思い出が詰まった物なのに、欲しがる私に笑顔を向けて「大切にしてね」と一言添えて。
凝った意匠のソレを私は誰の目にも触れないように、いつも服の下に隠している。特に陛下と王太子に見つからないように。
そのロザリオを無意識に握りしめている。嫌なことがあれば縋ってしまう唯一の物。いつも傍にいる護衛騎士ではなく、私は無機質の物にいつも救いを求めてしまう。
ちらりと壁側を盗み見る。
背筋を伸ばし佇むジュークが私を見つめていた。
柳眉を寄せ、心配気にこちらを見つめています。私が一声かければジュークは飛ぶようにこちらへ駆け付けて来るでしょう。
陛下の言葉の最中でも――…
「漸く忌まわしい結界が消える」
ザワリと騒ぐ周囲。陛下の一言に意識を戻す。
別のことを考え過ぎて話の前半部分を聞き逃してしまったことが悔やまれる。
なんの結界が消えるのかが分からない。分からないが、結界が消失するだけで戦争を起こすような事態に発展するのでしょうか?
演習場で見た兵士の数と武装。あれはどうみても一国を落とす準備です。
ロザリオを握りしめる力が増す。
騒ぐ周囲の声を手振りで抑え、再度陛下は口を開く。
「小国ルフレを守る結界が漸く消滅する。消滅したと同時に一気にルフレを攻め落とす」
「ルフレを落とすですって!?」
驚愕の声を上げながら、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がってしまう。
別の意味で騒然とした周囲の声は聞こえない。「ヴァーベナ様!」と焦りを含んだジュークの声も耳に入らないほど、私は陛下の言葉を疑っていた。
ルフレを落とす? そんなこと、許されるはずかありません!!
「なんだ? ヴァーベナ。俺に意見でもあるのか?」
「あります!」
駆け寄り、私を落ち着かせようと肩に手を置くジュークを無視し、陛下を睨みつける。父子であっても不敬に値する行為ではあるがそれどころではない。
陛下のやろうとしていることが許されないのです!
「小国のルフレを落として何を得るというのです! 大国である我がノワールは一体、何を求めてルフレへ攻め入るのですか?!」
小国でありながらも豊富な資源と豊かな自然。そして精霊王が住まうとされる神秘的な大樹。
国内だけで需要出来るほど豊かな国だとしても、大国が喉から手が出るほど欲しがるような物は一切持ってはいない。
唯一と言っていいのは魔力を持つ者が多いこと。
魔石も豊富に採れることから“魔法国家ルフレ”とも呼ばれていますが、ノワール国も負けてはいない。魔法学園があるくらい、魔術に対する研究もどの国より進んでいる。
「魔石が必要ならルフレ国と国交すればよいではありませんか! 人材が欲しいなら国外結婚を認めればいい! ルフレ国を落とす要素はどこにもありません。第一……」
そうルフレ国には――…
「軍などありません」
国を守る騎士が圧倒的に少ない。
開国してから一度も戦争を経験していないのです。軍を必要とする要素がない限り、ルフレ国は必要最低限の人材しかいません。
ルフレ国騎士もせいぜい500名。ノワール国の10分の1にも満たない戦力で何が出来ると言うのです! 魔力が強いだけで、軍事訓練や模擬訓練なども行ったことがない平和な国を何故ノワールは攻め込むのか。
怒りも顕わに陛下へ喰ってかかる私に対し、陛下は憤ることもなく余裕の表情で見下している。その表情が王太子にそっくりで余計に腹立たしい!
「あぁ。軍もない。戦力もない。友好国もない。あるのは魔力の強い兵士が500名程度。戦力はたったの500名だ」
ニヤリと哂いながら右手を開いて顔の前に持ってくる。圧倒的な戦力の差。ギリリと奥歯を噛み締める。
開国の歴史はルフレ国の次に長いノワール国。
大国とまで呼ばれるのは戦で周辺小国を手中に収め、自国の領土としたから。その中で魔法資源の豊富な国や自然豊かな国も含まれているので、資源不足に悩む心配もない。人材も領土広大と共に手中に入ってきたので問題はないはず。
―――私が独自に調べ上げたものでは。
周辺諸国を襲い、領土を奪って拡大したノワール国も唯一手が出せなかったのが、ルフレ国。
独自の発展を持つ小国は、他国も知らない秘伝を持って国土全体を強力な結界で覆っている。間諜を送りこもうにも、何故かルフレ国領地には一歩も足を踏み入れられない。
見えない壁があるかのように、見えない力で押し留められると侍女の噂を耳にした。
そんなバカな。と誰しもが思う噂。私は真実だと思っている。魔法の国ルフレだからこそ、不思議な力が働いていてもおかしくないと。
現に悪意のない者は国土に入ることができるのです。それを強力な結界が選別していてもおかしくはありません。自国に危害を加える者を拒むのは当たり前なのですから。
陛下のお考えが理解出来ません。時折、思い出したように「欲しいな。ルフレ」と呟くときはありましたが、その言葉に本気はまったく感じられなかった。それが何故、今なのか。
ルフレ国を守る結界の力が消滅しかかっているとしても、ノワールの全兵力を使ってでも手に入れたい国でしょうか? 大国の戦力を前に小国は確実に滅んでしまう。ルフレ国と言う名を遺して、国民も王家も何もかもすべてが消えてしまう。
ブルリと身体が震える。
行きついた先の答えが正しければ、陛下はなんと恐ろしいことを考えているのか。私は恐怖で震えてしまった。
傍にいるジュークの体温を求めるように、彼の胸元に縋ってしまう。彼の気配が張り詰めたものに変化したのも気付かないほど、私の頭は真っ白になっていた。
「……な…ぜ?」
小さな呟きが広間に落ちる。
周囲のざわめきで打ち消されるほどの小さな呟きを、聞き逃さない人物が二人いた。それは玉座に座る王と――…
「私が陛下にお願いした。ルフレが欲しいと」
王太子だった。